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優しい嘘

クリスマスイブになんて話を書いているんでしょう……彼女が欲しい。

 ギルド拠点である浮遊島。


 いつまでも浮遊島と呼んでいるのもアレなので、名前を募集することになった。


 普段ならポン助も真剣に考えるのだが、いずれ消えてしまうと思うと名前を付けるのを躊躇ってしまう。


 そのため、いくつかの案から多数決で決まったのが――。


「アルカディア……理想郷か。皮肉だよね」


 ポン助にとっての正しく理想郷かも知れないが、他のプレイヤーにしてみればどうだろう? 本当の理想郷なのだろうか?


 ずっと幻を見せられているようなものではないか?


 そんな不安を拭いきれない。


 ギルドマスターの執務室で、今日も必要な仕事を処理するポン助はこれからの事を考えるのだった。


(……計画の実行まで時間がどれだけあるのか分からないけど、準備をするとなるとやっぱりパンドラを頼らなくちゃいけないか)


 元大臣――プライの計画ではポン助は重要な役割を担っている。


 現実でも仮想世界でも……ポン助は強くならなければならなかった。


「……ライターに話をするか」


 立ち上がるポン助は、そのまま工房へと足を運ぶのだった。






 工房では作業の確認をしていたライターが唖然としていた。


「い、今、なんて?」


「いえ、少し本気を出してみようかと。ライターが言っていた例の計画も実行すれば良いのかな、って」


 ライターの計画とは、アルカディアを最前線――憤怒の世界に持って行き、そこでモンスターたちと戦うことだ。


 プレイヤー側の利点は、戦い終わったら最低でも純潔の世界に戻らなければならない。


 クエストにしても、レベル上げにしても、どこかで戻るタイミングがある。


 それを無視して、レベル上げとドロップアイテム集めに全力を傾ける方法がアルカディアごと乗り込むことだ。


 実際、ポン助たちが砦の一つを攻め落としてからは、攻略組も本気で浮島を獲得するために動いていた。


「やっとその気になってくれたんだね、ポン助君!」


「まぁ、どうせ全員がログアウトすれば、浮島自体は元の場所に戻ってしまいますけどね」


「それでもいいさ! 体感時間は既に“二週間”だよ。二週間の内に、十日も憤怒の世界で暴れ回れば元も取れるから!」


 ――既に、仮想世界で過ごせる時間は二週間。


 十四日になっていた。


 リアルでの時間が、もう百六十八倍にまで加速されている。


(いつの間にか二週間……これは、本当に危険だな)


 現実で一日過ごして、仮想世界では二週間……感覚などおかしくなって当然だろう。


 ライターはノリノリだ。


「なら早速準備に取りかかろう。今から行く?」


「明日にしましょう」


「OK、なら明日の何時?」


「……リアルの明日、って意味ですよ」


「え? あぁ、そっちか。まぁ、準備も念入りにしたいし、みんなの説得もあるからそっちが良いかもしれないね」


 ライターとのやり取りは、違和感の正体に気が付いたポン助には辛かった。


 そのまま話を終えて、ポン助は工房を出て行く。


 工房内には大勢の生産職のプレイヤーたちがいて、楽しそうに武具や道具を作っていた。中には、システム的な限界に挑戦しようと色々と頑張っているプレイヤーたちもいる。


(みんな楽しそうだな)






 アルカディアは浮島だ。


 それなりの広さがある。それに、小さな浮島を新たに購入すれば土地だって広がっていく。


 観光エリアを再現したいプレイヤーたち。


 主にアルフィーやリリィが、アルカディアの各地に色々と作っていた。いや、作らせている、という方が正しい。


 いつの間にか温泉が出来ていた。


 その次は遊園地だ。


 雰囲気のある街並みが作られたかと思えば、プレイヤーたちが店を開いていた。


 ギルドメンバーが知り合いを呼ぶため客もそれなりにいる。


 ギルドメンバーではない一般プレイヤーが、楽しそうに街を歩いていた。


「ねぇ、アイス食べよう! あっちの屋台が凄くおいしいの!」

「クレープ! クレープにしよう!」

「待ってよ。今日は私の買い物に付き合うって約束じゃない! 有名デザイナーの装備一式が欲しいのよ! 滅多に来られないんだから、先の用事を終わらせてよ!」


 楽しそうな女性陣。


 中身は男性かも知れないが、本当に楽しそうにしていた。


 違う場所ではギルドメンバーたちが集まって真剣な話をしているが――彼らの中心には一人のメイドが立っている。


 ただ、彼女はNPCだった。


(どうしてNPCが?)


 ポン助が近付くと、ギルドメンバーが挨拶をしてきた。


「あ、ギルマス! 見回り?」


「えぇ、随分と賑わっているな、と。それより、そっちのNPCはいったい……」


「あぁ、彼女はギルドの規模が大きくなると配置されるNPCみたいでして。うちだと十体?」


 話しているギルメンも詳しい内容を知らないらしい。


「二十じゃない? 増やせるみたいだけど、うちは拠点の設備に全力投資だから、NPCは放置気味でして」


 ポン助がそう言えばそんな話もあったと思い出す。


 ただ、幹部というか主だったメンバーは設備投資を最優先にしており、議題にNPCの扱いが上がることがない。


 ライターとアルフィーたちで意見はぶつかるが、双方共にNPCには無関心だった。


 ギルドメンバーがポン助にすがりついてくる。


「ギルマス、お願いします! 俺たちにこの子のカスタマイズ許可を!」


「お願いします!」


 ポン助はオークにすがりつくベテラン風の男と、美形の男性に困惑するのだった。


「……いや、急に言われても。それよりカスタマイズとは?」


 ベテラン風の男が得意気に説明をしてきた。


「性別は無理でも、外見やら服装、そして設定を変更できるんですよ。レベル上げとかスキルを与えるにはクエストとかアイテムが必要ですけど、絶対に美人のメイドにして見ませ増すか!」


「おい、美人の町娘だろうが!」


 二人の間で意見の食い違いがあるらしい。


「五月蠅い! 俺はメイドが好きなんだ!」


「街の雰囲気的に町娘の方が絶対に良いって! すれていない可愛い純朴な子が良いんだ!」


 喧嘩をしている二人に呆れつつも、今度話を出してみると言ってその場を乗り切った。






 一人、ポン助は憤怒の世界にいた。


 相対しているのは厄介な骸骨騎士というモンスターで、複数で囲んでプレイヤーを追い詰めてくる。


 持っている武器も様々で、中にはライフルや拳銃を持っているモンスターもいた。


 憤怒の世界の効果でステータスが上昇している上に、連携を取ってくるためプレイヤー泣かせのモンスターだ。


 そんな骸骨騎士を相手に、ポン助は一人で戦っていた。


 武器を持たず、素手で戦っているが――ポン助は元々盾や剣がメインだ。


 格闘スタイルも出来なくはないが、メインではない。


「――っ!」


 敵の剣が太股に深く突き刺さり、そのまま拳を叩き込んで一体を撃破。だが、ダメージを感じるがポン助の高いステータスや様々なスキルが傷を回復させていく。


 背中に矢が突き刺さり、振り返ると槍を持った骸骨騎士がポン助の懐に深く踏み込んできた。


「せいっ!」


 蹴りを放って吹き飛ばす。


 元々は補助で手に入れていた格闘系のジョブやスキルを、ポン助は鍛えていた。ゲームの数値的な上昇もそうだが、実際に使ってみて体にその感覚を叩き込んでいる。


 セレクターとしての特徴に、ゲームの影響を受けやすいものがある。


 ジョブやスキルを手に入れるとリアルに影響が出るというものだ。


 そのため、ポン助はとにかく戦い続けていた。


 地面からは、次々に骸骨騎士をはじめとしたモンスターたちが這い出てくる。


 終わりの見えない戦いをポン助はとにかく続けている。


 雑念を振り払うように――余計なことを考えないで良いように自分を追い込んでいた。


(もっと、もっとだ! 感覚を研ぎ澄ませ!)


 戦いだけに集中し、そしてどれくらいの時間が経過したことだろう。


 持って来た回復アイテムはほとんど使い、装備も壊れて砕けたポン助は赤いパンツだけを装備して立っていた。


 その姿を見て、時折近付いてくるプレイヤーたちもすぐに離れていく。


 ポン助は骸骨騎士を撃破しながら。


「面倒だな。死に戻りもありか?」


 そんな事を考えていた。


 睡眠不足、空腹……バッドステータスが増えても気にせず戦い続けた。目の前の敵を倒すことだけを考えていた。


 死に戻りを実行し、また休んでアイテムを揃えここに来れば良い。


 そんな考えをしているポン助の周囲に爆発が起きる。


 周囲のモンスターたちが赤い粒子の光になっていき得ていくと、現れたのはプライだった。


「困るよ、ポン助君。いつもと違う行動は目立ってしまう」


「……プライさん」


 周囲には重装備姿のオークたちがいた。


 出現するモンスターたちを次々に倒し、ポン助とプライが会話をする時間を稼いでいた。


「随分と焦っているようだね。私としても責任を感じるよ」


「いえ、なんかじっとしていられなくて」


「気持ちは分かるけどね。だが、耐えるのも戦いさ。耐えるのは良い。本当に素晴らしい。君にも素質があるからすぐに分かるはずだ」


 途中で趣味に走ったような会話をするプライにドン引きしていたポン助だが、プライについてくるように言われて後に続いた。


 行き先はエアポケット。


 監視の目がない自由なエリアだった。







 そこは不気味な森の中だった。


 エアポケットは運営の目が届かない場所であり、違法行為を行うプレイヤーのたまり場である。


 ただ、そこは最前線と周囲のモンスターたちの強さから、プレイヤーたちがいなかった。


 オークたちに囲まれたポン助は、数が増えていることに気が付く。


「……随分と増えましたね」


「同士はどこにでもいるものさ。まぁ、中には協力者という者もいるが……みんないずれ気が付く。自分の性癖にね」


 止めろよ! ポン助はそう言いたかったが、周囲の雰囲気が特殊すぎて何も言えなかった。


「さて、本題に戻ろうか。あまり目立った行動はして欲しくないね。普段と違う行動は目立つと言ったはずだよ」


「……焦っています。それに、みんなとどう付き合えば良いのか分からないんです」


 プライは「そうか」と呟き。


「いつも通りは難しいか」


「知らなければ良かったと思うこともあります。でも、知ったら……」


(迷惑をかけたくない。人の意志をねじ曲げて好かれたって……)


 周囲は黙っている。


 プライはポン助に助言をする。


「技術的なことならうちには専門家がいるから教えて貰うといい。現実で接触するのは難しいが、ゲーム内なら同じギルドの仲間だ。それと、これを」


 渡されたのはオーク用の拳銃だった。


「オークは装備できませんよね?」


「装備は出来ない。扱えるのは大砲くらいだ。だが、リアルに作り込んで貰った。システム的な補助は受けられないが、扱いを覚えて欲しい」


 構造、そして扱い方を学べというのは――使うことがあるという意味だ。


 ポン助は受け取ると、指導するオークが近付いてくる。


「仮想世界でも撃てるし、練習になる。とにかく、体が覚えるまで扱いを覚えて貰おう」


 ポン助は静かに頷いた。


 そして、プライは――。


「さて、女性陣のことだが……そちらは変に考えない方が良い」


「でも」


「いずれ目を覚ますかも知れない。だが、大事なのは今だ。彼女たちを不安にさせて暴走したら目も当てられない。それに、どうせこうなってしまったのなら、楽しむしかない。良い思い出を作ると思ってね」


 いつか壊れる関係なら、楽しい思い出になるようにする……ポン助は少しだけみんなに向き合えるような気がした。






 アルカディアに戻ったポン助は、すぐに行動に出た。


 拠点の会議室には、大きなホワイトボードが用意されている。


「みんな、僕たちはNPCについて放置しすぎたと思うんだ」


 ポン助が議題を提案する。


 それは、NPCの育成とカスタマイズについて、だ。


 要望を聞いて貰えたプレイヤーたちが、会議の様子を見ながら祈るように頷いている。


「そこで、アルカディアに配置されたNPCの調査をしようと思う。これからはNPCのレベル上げとカスタマイズも行うことにした」


 手を上げるのはライターとリリィだ。


「異議あり! 今のギルドの戦力で、そこまで手を伸ばすなんて無理だよ! 効率を考えたら設備を優先した方が最適解だ!」


「同感ね。NPCよりも楽しめる施設の方が大事よ。私、今は流れるプールが欲しいの。それもスケールの大きな奴が!」


 ポン助は頷く。


「その意見も大事です。でも、プレイヤー個人、もしくは少数のグループならどうです? 余力があるなら試しにやらせてみましょう」


 ライターが考え込む。


「まぁ、プライベートまで関わるのはアレだし、良いとは思うけど……」


 手を上げるのはシエラだった。


 真面目な女の子、という感じのシエラは少し興奮していた。


「は、反対です! 最近、NPCのカスタマイズで凄くエッチなのが流行っているじゃないですか! ここの拠点までそういうのは嫌です!」


 顔が真っ赤である。


 会議を眺めていたプレイヤーたちも。


「確かに下品すぎると引くよな」


「街中を水着姿で歩かれても困るよな。主にどんな反応をすれば良いのか分からない」


「TPOって大事だよな。そう言えば、友達のギルドに行ったけど、最初は興奮しけど……なんか違うよね」


 過激な装備を身につけたNPCが、色んなギルドの拠点で見かけられるようになっていた。


 一部ではNPCの自慢画像を貼り付けている猛者たちもいる。


 ポン助はうなずき。


「なら、配置する場所や役割にあった格好をさせると言うことで。条件を付けた上で、カスタマイズしたい人たちに名乗り出て貰いましょう」


 シエラが渋々と納得する。


「……皆さん信用できないので不安です」


 そもそも、実力はともかく変人が集まったようなギルドだ。


 条件を付けても何をするか分からない。


「なら、作成したNPCを最後に確認することにしましょうか。いっそ競うのも良いかもしれませんね」


 ライターがノリノリに、


「あ、ならコンテストとかしようよ。お客を呼んでお祭りみたいにするんだ。他のギルドからもNPCを呼べば盛り上がるよ!」


 既に金を稼ごうと考えているようだが、これにはアルフィーも賛成らしい。


「いっそ私たちの作ったエリアを見て貰いましょうか! こういうのは自慢するのも最高ですからね!」


 自分たちが作ったエリアを見て貰いたい。


 ギルドメンバーたちが盛り上がる中、胃を押さえているプレイヤーたちもいた。


 ――ブレイズだ。


「またノルマが増えるのか」


 何かを作るという事は、素材が必要になると言うことだ。そして、それだけの資金も必要になってくる。


 資金や素材を集める戦闘職たちは顔を青ざめさせるか、新たな目標に燃えている者の二通りである。


「あ、ノルマは増やしませんよ。欲しいなら自分たちで揃えるように」


 ポン助の言葉にライターが驚愕する。


「なんでさ!」


「どうしてノルマを増やせると思ったんですか?」


 素でライターの反応が理解できないポン助だった。


元運営幹部( ´_ゝ`)「……自分はドMじゃないから。……違うからね」

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