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パンドラの真実

 明人は夏休みの街を眺めた。


 言われてみれば、パンドラ関係の店舗が増えている。


 以前はオフ会に使うようなファミレスやら喫茶店が出るだけで話題になっていたが、今では普通になっていた。


 パンドラのグッズを取り扱う店からは、親子連れや恋人たちが出てくる。


「……前にホテルに泊まればレアアイテムが手に入るって話もそうなのかな」


 どうして今まで気が付かなかったのか?


 パンドラの話題がニュースで連日複数も取り扱われている事への違和感。


 それに、だ。


 信号待ちのため立ち止まる。


 目の前には、以前見た若い女性――同じ年頃の男性と付き合っていたはずなのに、今は明らかに年齢が上でお世辞にも趣味が良いとは言えない男性が横に立っている。


 そんな二人を見ていられなかった。


 信号が青になって歩き出すと、二人の会話が聞き取れた。


「やっぱり外は嫌でござるな」


「もう、そればっかり。喫茶店に行こうよ。みんなに新しい彼氏を自慢するんだ。私の彼氏は“有名ギルドの主力”だよ、って」


「人気ギルドのメンバーも辛いでござるな!」


 新しい彼氏の外見は、以前の彼氏とは大きく違っていた。


 着飾った女性が好きになりそうには見えない。


 明人は気が付く。


「これもパンドラの影響なのか」


 元大臣の言葉を信じてしまったのは、これも原因だった。今まで抱えていた違和感の正体を告げられてショックを受けたから。


 貰った資料や証拠に震えた。


 街を歩いているのも、パンドラの影響がどれだけ酷くなっているのか確認するためだった。


「想像以上に酷いや」


 もう笑うしかない。


 気が付けば、日常生活に深く入り込んでいるのだ。


 子供が来ているキャラ物のTシャツは、パンドラ関係のキャラクターがプリントされていた。


 少しファンタジー要素のあるバッグを持つ女性。


 ピアスやネックレスも、パンドラで見たことがある形だ。


 強い日差しの中、出てくる汗は冷や汗だった。


 公園にたどり着くと、明人はベンチに座って頭を抱えた。


「……みんなになんて言えば良いんだ」


 元大臣から言われたのは、下手な言葉や行動はギルドメンバーを刺激して敵対行動に走らせるというものだった。


 それはそうだ。


 皆が築き上げ、楽しんでいる空間で明人だけが――みんな目を覚まそうと言っても話にならない。


 オークたちが仲間であっても意味がない。


 データを消そうものなら、八雲や摩耶たちがいったいどんな行動に出るのか分からない。


 現実でも同じだ。


 明人が倫理観や常識から、女性陣を突き放せば事件が起きてしまう。もう、そんなレベルに来ていると釘を刺されていた。


「最低だよ。僕は本当に最低だ」


 ゲームを利用してハーレムを築いた自分が許せなかった。知らなかった、などという言い訳は女性陣からすれば許されないだろう。


 そう、思っていた。


 その罪悪感から、明人は新運営の――いや、パンドラの計画を潰すことにした。


 地面を見下ろし、決意を固める明人は立ち上がろうと顔を上げる。


 すると、太陽を隠すように人が現れ、影が出来た。


「――え?」


 見上げた先にいたのは、サングラスを外している一人の女子だった。


 年齢は十代くらいだろうか? 帽子を深くかぶり、ワンピース姿で明人の前に立っている。


「あ、あの」


 女子が明人に話しかけようとしているが、どうにも恥ずかしいらしい。


 そんな事よりも、明人は背筋が寒くなる事実があった。


「あ、あずさ? もしかして、あずささん?」


 芸能人――アイドル、女優として活躍している女子がそこに立っていた。


 あずさは名前を知っていてくれたのが嬉しいのか、顔を赤くして嬉しそうに何度も頷くのだった。


「は、はい! あずさで活動している【藤根 梓】です! 知っていてくれたんですね」


 嬉しそうに安堵している梓に、明人は寒気が止まらない。


(どうしてここにいるんだ? それに、オークでポン助が好きとか言っていたような? もしかして本当に? いや、でもあり得ない。だって、この人が僕のリアルを知っているはずなんて――)


 驚いている明人だが、梓は感動していた。


「お、驚かないでください。わ、私、ポン助さんが出ていた大会に出場していたんです。その時、ポン助さんを見て凄く感動して……あの試合、絶対にポン助さんが勝っていました!」


「……どうして僕をポン助だと?」


 明人が最大限に警戒していると、梓は泣きそうになりながらも事情を話す。


「ち、違います。えっと……お仕事で運営の人と話すことがあって。その時にポン助さんの話をしたら、口外しないことを条件に教えてくれたんです。撮影が近くであるから、もしかしたら会えるかも知れないね、って。え、えっと、この番号にかければ分かります!」


 渡されたメモを見る明人は――すぐにスマホを取り出した。


(……情報屋が僕の情報を売ったのか!?)


 普段なら幸運と思ったかも知れない。


 だが、真実を知った後では何か裏があるのではないか? そんな事を邪推してしまう明人だった。


(いや、邪推なんかじゃない。何かある。あるに決まっている!)


 スマホからコール音が聞こえている間に、明人は呼吸を整えた。


『やぁ、久しぶりだね。もしかして出会ったのかな?』


「えぇ、目の前にいます。驚いてなんと言って良いのか分かりませんよ」


『悪かったよ。だけど、真剣に相談されてね。こちらとしてもお仕事を頼む関係でなんとかしたかったのさ。大人の事情という奴だね』


「そ、それにしても個人情報を売るなんて」


『顔写真とどの辺りに住んでいる、くらいしか伝えていないよ。でも、それだけの情報で出会えるなら運命じゃないかな? 羨ましいよ、ポン助君』


 こっちは女性とも縁がなくてね、などと言っている情報屋の言葉が全て嘘に聞こえてくる。


 ……個人情報を渡すのは違法だ。


 それが美少女だったから、では理由にならない。


 普通の男子高校生なら喜ぶのだろうが、明人には怖かった。


 それでも、情報屋に悟られないように取り繕う。


「……ど、どうしたら良いんですか?」


 戸惑っている感じを出しつつ、明人は会話を続けた。


『そこから先は自分で決めるんだね。さて、忙しいから切るよ。健闘を祈る』


 通話が切れると明人は溜息を吐いた。


 本当に心臓がドキドキしていた。


「あ、あの、迷惑でしたか?」


 明人は右手で顔を覆いつつ。


(迷惑だったよ。けど、これもパンドラの影響なら……この人も被害者か)


 明人は迷惑だと言って突き放したかった。だが、相手を傷つける理由にはならない。


 彼女も被害者だと思ったからだ。


「驚いただけです。でも、こういうのは駄目ですよ。オンラインゲームで相手の素性を調べるのはマナー違反ですから」


 仲良くなってオフ会をするなら別だが、梓の行動は完全にアウトである。


 オロオロとして涙目になる梓に明人は慌てた。


「ど、どうしたんですか!」


「だ、だって……ポン助さんにせっかく出会えたのに。それなのに、迷惑をかけて……わ、私は……」


 明人は梓の肩に触れようとして手を引っ込める。


 他の女性メンバーのように対応するところだった。


「怒ってはいません。ただ、今後は注意してくださいね。僕はこれで行きますから」


 立ち去ろうとする明人の背中に、梓が抱きついた。


 女性の匂いと柔らかい感触に明人が驚く……事もなかった。まるで、覚えがあるような感覚。体が覚えているような……。


(もしかして、ゲームの感覚になれているのか?)


 女性陣がゲーム内ではよく抱きつくようになっていた。


 以前は規制が強かったのに、そういうところが取り払われて自由に相手を触れるようになっているためだ。


「あ、あの……困ります」


「今日は数時間の休憩があるんです。お願いです。少しで良いので付き合って貰えませんか?」


 梓の顔を見れば、潤んだ瞳で見上げてくる。


 明人は丁寧に断る。


「……予定がありますから無理です」


 梓は俯き、そして明人から離れると。


「なら、連絡先だけでも!」


「芸能人が僕みたいな知り合いがいて良いんですか? アイドルもされていますよね? 誤解は与えない方が良いです」


 以前のポン助が気になる発言。アレは、オークというゲーム内のアバターなので、セーフの扱いで流されていた。


 だが、明人と連絡先を交換するのはアウトだろう。


 逃げるように明人は公園から去るのだった。


(何とかしないと。これ以上、被害者を僕のせいで増やすわけには――)






 アパートに戻って明人は驚く。


 玄関を開けると待っていたのは――摩耶と八雲だった。


 だが、すぐに思い出す。


(そうだ。二人と会う約束をしていたんだ。鍵は……合鍵を渡したかな? いや、渡していないけど)


 鍵はかけて家を出ていたはず。


 かけ忘れたかと焦ったが、少し怒っている二人を前にどうしたら良いのかと悩む。


 突き放せば何をするか分からない。


「ご、ごめん。鍵は開いていた?」


 明人の質問に摩耶が、


「合鍵を前に借りたわよ。外は暑いから部屋の中で待っていたの」


 以前借りたから返しに来たと言うのだが、明人には貸した覚えがない。これが大学生なら、酒を飲んで忘れていたのかも知れない――なんて可能性もあるだろうが、明人は高校生の未成年。


 飲酒は出来ない。


「そ、そう。ごめんね」


 八雲が明人のベッドに寝そべりながら、


「どこで遊んで――待って。ねぇ、その臭いは誰の?」


 玄関を閉めたところで、敏感に察知したのは八雲だった。


 明人も気が付かない香水の匂いを嗅ぎ分けていた。


(匂い? まさか、藤根さんの!?)


 明人は自分の臭いを嗅ぐが、確かに僅かに嗅ぎ慣れない匂いがあった。


 摩耶が立ち上がってポン助に近付く。


 耳元に鼻を近づけ、匂いを嗅いでいた。


「ま、摩耶?」


「……本当だ。ポン助の良い匂いに混ざって腐臭がするわ。香水だけじゃないわね。女の臭いよ」


 八雲が近付き、そしてドアに手をついてポン助を追い詰めた。さりげなく鍵をしているのを明人は見逃さなかった。


 明人が八雲に壁ドンをされている状況――。


「八雲……さん?」


「誰? 私“たち”じゃないよね?」


 全員の臭いを嗅ぎ分けているのかと言いたくなったが、ここで明人は思い出した。


(そうか。ジョブとスキルか。八雲はエルフで偵察も出来る。そういった鋭い観察眼や嗅覚も得られるとか資料に――)


 二人の視線が痛い。


 明人は心が痛かった。


(こうして好きでもない男に嫉妬して……いや、させたのは僕か)


 怖い、気持ち悪い、面倒、鬱陶しい……そうした感情よりも、罪悪感が刺激される明人は元大臣の言葉を思い出す。


 下手に刺激してはいけない。もしも突き放してしまえば、最悪――自ら死を選ぶ可能性すらあるのだから。


 その言葉を思い出した明人は、一度深呼吸をした。


(藤根さんの名前は出さない方が良いかな。二人が何かするとは思わないけど、弓やレオナはお金持ちで時間もあるし。それに、クロエは……外国の芸能人だから関係ないけど、何かされると藤根さんに悪い)


 二人のハイライトが消えかかったような目を見て、明人は優しく笑みを浮かべた。


「……お腹空いた」


 八雲が苛立っている。


「だから、誰の臭いかって――!」


 明人は八雲の手を握り、そしてお願いをするのだった。


「八雲の手料理が食べたいんだけど」


「……え、あ……う、うん」


 勢いを削がれた八雲は、冷蔵庫の方へ向かっていく。食材を確認するためだろう。だが、摩耶が残っていた。


「ちょっと、話は終わって――っ!」


 今度は摩耶の手を握る。優しく……しっかりと手の平をあわせて握る。


「汗をかいたからシャワーを浴びたいんだけど? ほら、変な匂いもするって言うし」


「そ、そうよね! 変な臭いは洗い流さないとね! お、お風呂にする?」


 お風呂の用意をしようとする摩耶に、シャワーにすると言って明人はそのまま洗面所へと入った。


 一人になり、鏡の前で項垂れる。


(……僕はいったい、どうすればいいんだろう?)


 二人を突き放さず、そして大事にする方向で……今の状態の二人もそれなりに満足させなければならない。


 難易度の高すぎるクエストを引き受けたような気分だった。


 そんな風に考える自分に苦笑いをする。


(これもゲームの影響かな? まぁ、手を握るくらいはセーフかな? いや、今更何をやってもアウトだろうけど)


 二人だけではなく、全員とどう向き合うべきか?


 明人は悩むのだった。


(このまま流されたら駄目だ。どうにかしないと……)






 食事が終わった三人。


 ポン助の部屋で話をしていた。


 ポン助を挟む形――体が触れあう距離である。


 ただ、今日の八雲はいつもと違うことに気が付いていた。


(ポン助が積極的に手を握ってくれる!)


 摩耶も同じような対応なのは許せないが、それでもいつもなら照れて今ひとつ踏み込んでこないポン助にしては珍しい。


(それに、甘えるとちゃんと答えてくれる……こ、これはもしかして行けちゃう?)


 別の女の臭いなど忘れて、舞い上がってしまう八雲だった。


 それは摩耶も同じだ。


 ポン助に膝枕をせがんでいる。


(この女は!)


 膝枕を受け入れるポン助。そして、勝ち誇った笑みを八雲にだけ向けてくる摩耶。


 ポン助の腕にしな垂れかかると、いつもなら照れるのに今日は困ったように笑うだけで受け入れてくれた。


(夏休みの最終日! これはもしかして最後まで行けちゃう?)


 三人でイチャイチャしつつも、八雲と摩耶は牽制し合い……中々先に進めないまま、夜が来てしまうのだった。


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