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もう一つの夏祭り

 昼頃。


 明人は薄暗い部屋の中、両手で顔を覆っていた。


 カーテンを閉め切った部屋には、夏の強い日差しが隙間から入り込んでいる。ベッドに腰掛け、拭えぬ違和感に怖くなっていた。


「……僕は」


 悪い夢でも見ているのではないか?


 そんな事を考えていると、プライからメールが届く。


「プライ……さん?」


 どうしてメールアドレスを知っているのか?


 グループチャットでは駄目なのか?


 そんな事を考えながらメールの内容を読み進めていく明人の顔色は、更に悪くなっていくのだった。


 メールの内容は、


『真実が知りたくないか?』


 ――という物だった。


 いつものプライからのメールなら笑ってしまうところだろう。また、何か悪いことでも考えているのではないか?


 呆れつつもしょうがないと言いつつ、いつも通り止めに入れば良い。


 だが、プライの本名を見て明人は手が震えるのだった。


「元……防衛大臣」


 どこかで見たことがあると思っていた。


 もしかしたら、他人のそら似かとも思った。


 そら似であって欲しかった。


 いくつかの資料に目を通し、明人は目を見開く。


「まだ終わっていなかったのか」


 情報屋に頼まれ協力したことがある。パンドラを使った国民を支配するという計画を未然に防げた。


 そう……思い込まされていた。


 ――明人は連絡を取る。






 向かった先は公園だった。


 家族連れはいるが、なんだか寂しい気がする公園のベンチに明人は座っている。


 隣には元大臣の姿があり、のんきにアイスを食べている。


 周囲には隠れているようだが、護衛の気配も感じる。


「……あの」


「ポン助君――いや、鳴瀬明人君。君は自分が特別だと言われたら信じるかな?」


「特別?」


 明人にとって特別とは縁のない言葉である。


 才能の数値はどれも平均に届くか届かないか……ギリギリばかり。


 両親にも見切りを付けられていた。


 際だった物など何もなかった。


「信じられません」


「だろうね。君の経歴は見せて貰った。それこそ才能の数値も全てだ」


 プライバシーの侵害も良いところだ。


 だが、プライは続ける。


「今の君はいくつかの項目が才能ありと認められるレベルに達している。そう言われると信じるかな?」


「またですか? 才能なんて子供の頃に固定されますよ。幼い頃から頑張っても才能の壁があるのに、そんな事は――」


「そうだね。それが世間の常識だ」


 明人が口を噤む。


(そんな都合のいい話があるわけがない。あるんだったら、僕だって……)


 自分も何かに熱中する事が出来たのだろうか?


 明人は「たら、れば」の事を考え、首を横に振るのだった。


 元大臣が話を続ける。


 目の前には子供を連れた夫婦の姿があった。


「情報屋たち新運営の計画により、当時の総理は汚名をかぶった。いや、元からかぶるつもりだった。ただ、発表された事実と真実は違う」


「真実?」


「――総理はパンドラを使って才能の開花を目指した。知っているかな? パンドラが流行する前には、自分の才能に絶望して命を絶つ若者が多かった。皮肉にも、今のパンドラがあるおかげで自殺率は大きく下がったけどね。才能の数値化とは、我々人間に対してあまりにも残酷だった」


 それをどうにかしようと考えた当時の総理と関係者たち。


 彼らが目を付けたのは、違法AIを使用していた【パンドラの箱庭】だった。


 パンドラというAIが起こす奇跡に、当時の総理たちは賭に出た。


「非道な人体実験だというのは分かっていた。だが、このままでは我々に未来がないと判断したのだろうね。事実、才能があろうとなかろうと、若者が多く命を絶った。命を落とさないまでも、道を外れる若者も多い」


 明人の頭の中に浮かぶのは、ギルドメンバーの顔だった。


 摩耶は才能がある故に好きな道を進めず自由がないように、八雲は才能が足りずに夢を諦めた。


 他にも才能で苦しんだ人たちは多い。


 何の才能もない自分も……悩まなかったと言えば嘘になる。


 元大臣は真顔になる。


「悪党や外道と言われても、総理は未来に必要な技術と判断した。協力者を得て、パンドラに本格的な支援を行った。だが、真実は彼らにねじ曲げられてしまったのさ」


 彼ら――新運営。


 情報屋の事だ。


「でも、それが本当ならどうして彼らは総理の邪魔をしたんですか? 嘘まで吐く必要がありませんよ」


 才能を伸ばせるのなら、邪魔などしない方が世のためだ。人体実験に変わりないが、パンドラで人生を狂わされた人たちはいなかった……。


(いや、待て。本当にいなかったのか?)


 不安になる明人に、元大臣は告げる。


「彼らの最終目標は仮想世界を現実世界にすることだからね。そのために、総理やパンドラの運営が進める計画は邪魔だった」


 明人の顔が青ざめていく。


(ぼ、僕は……何も考えずに彼らの手伝いを)


 元大臣を完全に信用したわけでもない。


 だが、拭いきれない違和感が――自分の直感が告げていた。




 これが真実だ、と。




 元大臣は明人の様子を見て気持ちを察していた。


「気にする必要はない。月の連中が動いていたのは事実だ。彼らの計画を止めることが出来たと思えば悪くない」


 月の住人たち……彼らは地球人が嫌いだった。


 地球から排除したかったのだろう。


「そう言えば、月の人たちはアレから何も――」


 元大臣は真実を告げる。


「彼らは滅んだよ」


 明人は冷や汗が吹き出てくるのを感じる。


 夏の熱い日差しが嘘のようだった……。






 夜。


 部屋に戻ってきた明人は頭を抱えていた。


 元大臣のもう一つの真実。


『セレクターである明人君が他に影響を与えるのは知っているね? その影響は段々強くなっている。もう分かっているんじゃないのかな? 彼女たちにその影響が強く出たのは、友好度設定だよ』


 仲良しというのを数値化してしまったために、八雲や摩耶たちに影響が出てしまった。


 明人は震えていた。


「……僕のせいだ。僕が、みんなに関わったから」


 元大臣は去り際に。


『皆から離れすぎないことだ。彼女たちは間違いなく暴走する。実際、現実でもその傾向が強い。瀬戸理彩さんを知っているね? 彼女は最近になって旦那と別れたよ』


 髪を切っていた事への違和感。


 そして、指輪……もう、明人はどうしたら良いのか分からなかった。


 考えていると時間だけが過ぎていく。


 時計を見れば夜中を過ぎ……ログインする時間が来ていた。


 スマホを見ると、ギルメンから次々にコメントが入っている。


『ポン助、今日は夏祭りだから遅れないでよ』

『稼ぎ時だぁぁぁ!』

『荒らさないでよ、おじ……ライター』


 コメントを見るポン助は涙が出てきた。


「……これも全部……偽物なのか」


 楽しかった思い出も、そして仲が良いと思っていたギルドメンバーも……全てはパンドラの手の平の上。


 AIによって操られていたと思うと、明人は涙が出てくる。


「そうだよ。僕がみんなと仲良くなるなんてあり得なかったんだ。少し考えれば分かることなのに……僕は!」


 泣きながら、明人はヘッドセットを手に取って装着するのだった。











 希望の都は夏祭りの雰囲気だった。


 都市全体に赤い提灯がぶら下がり、祭りの雰囲気を演出している。


 屋台を出しているNPCもいれば、プレイヤーたちが屋台を出して歩いている人たちに声をかけていた。


 オークのポン助がそんな屋台で出来た道を歩くと、周囲には女性アバターが沢山いた。


 それはリアルと状況がよく似ている。


 ポン助の肩に乗るのは、理彩の娘――のアバター。


 それを理彩――ナイアが笑顔で眺め、ポン助の腕には誰が手を握るかでもめ事が起きている。


 そんな喧噪も、どこか遠くの出来事のように感じていた。


「どうしました、ポン助」


 アルフィーの声にポン助が顔を向けた。


 焦りつつも答える。


「いや、なんだか本格的だと思ってさ」


「それはそうですよ。リアルで出来ないことでも“ここ”なら出来ますからね。少し前までいかに現実に近づけるかで試行錯誤をしていたのに、今は“あちら”の方が違和感はありますよ。そんな事より、本番はこれからですよ、ポン助!」


 笑顔のアルフィーに、ポン助は「そうだね」と笑って答えるのだった。


 マリエラが反対側の腕に抱きついており、頬を膨らませむくれていた。


「ポン助、それよりあっちに行こうよ。出店を全部制覇しよう」


 仮想世界でお腹いっぱい食べても太らない。


 女子にしてみれば、粉ものを大量に食べられるイベントのようなものだ。


 道行く人たちは大量に食べ物を購入し、そして祭りを満喫していた。


 すると――。


「あ、花火だ!」


 綺麗な希望の世界の空を彩る花火は、リアルと同じように体に響いてくる音を立てて散っていく。


 ただ、その大きさや色鮮やかさはリアルでは真似できないだろう。


 音だって痛くない。


 むしろ、適度に緩和されているのだ。


 色んな花火が打ち上がり、中には告白するような文字まで花火で再現されていた。


『アイちゃん、愛している! 結婚してくれ! システム上じゃない。俺の嫁になってくれ!』

『嬉しい……喜んで!』


 どこかでカップルが誕生したのだろう。


 微笑ましい打ち上げ花火を見ても、ポン助の気持ちは晴れなかった。


(幻か)


 これは幻……可愛い女の子たちが自分を囲んでいるのも、自分に好意を向けてくれているのもパンドラが友好度の数値を忠実に再現してしまったから。


 それが現実に影響を及ぼしているのだ。


(みんなすこしおかしいと思ったけど、みんな僕のせいだ)


 彼女たちの人生を狂わせてしまった。


 イナホがポン助の腰回りに抱きつき。


「ポン助さんの背中、お父さんみたいですよ」


「え?」


「私、母子家庭だったんです。だから、お父さんみたいな人が好きで……」


 フランもポン助の手を握る。大きな指を握りしめ。


「わ、私だってそうだ。父のような――父性を感じる人が良い」


 顔を赤くしており、周囲のプレイヤーたちが冷やかしてくる。


「何? もしかして中身は小学生?」

「中学生じゃない?」

「オークがお父さんか……ありだな」

「いや、ないって」


 ポン助は苦笑いをして曖昧にしか答えられなかった。


(彼女たちは僕を見ていない。僕のアバターを見ているんだ)


 そら似大きな花火が打ち上がり、その光が希望の都に降り注ぐ。


 熱くはない。


 暖かく、そしてキラキラ輝いていた。


 そんな幻想的な光景の中で、ポン助は心に決めるのだった――。











 現実世界。


 明人は指定された場所に向かうと、元大臣を前にしていた。


 そこは喫茶店。


 ただし、元大臣の知り合いが店を経営しており……知り合いも協力者だった。


「聞かせて貰おうか」


 店内にいる客も、どこかで見たことがある人たち。


 彼らはオークプレイヤーであった。


「……幻想と現実なら、僕はいつまでも夢を見ていたいです」


「それが君の答えかな?」


 周囲の日立の緊張を感じながら、明人はコーヒーを一口飲んだ。


 味は分からなかった。


 パンドラのコーヒーの方がおいしく感じたように思うが……苦みも悪くないと思う。


「でも、周りを不幸にしてまでみたい夢はありません。僕に出来ることなら協力させて貰います」


 元大臣が真剣な目を向けてくる。


「あの世界――箱庭で手に入れたものを全て捨てることになるよ」


「……いつからでしょうね。忘れていましたよ。現実よりも、仮想世界の方がメインの生活になっていました。楽しかったですよ。みんなと築いてきたギルドも大事です。ギルドメンバーにもお世話になりました。けど、僕一人が幸せな夢は嫌です」


 セレクターである自分に歪められた人たちがいる。


 それは明人に許せなかった。


 このまま、何もせずにゲームの中でみんなと楽しく過ごしたい気持ちもある。


 美女に囲まれ、有名ギルドのギルドマスター……パンドラ内でも数少ない成功者の一人なのは間違いない。


「男子にとって夢の一つであるハーレムがそこにあるが?」


「楽しそうですよね。でも、真実を知ったら楽しめませんから」


 まるでNPCのように数字に従い好意を寄せるなど、明人にしてみれば彼女たちを馬鹿にしていることだと思えた。


 元大臣が小さく笑っていた。


「正直に言うと、君なら味方をしてくれると思っていたよ」


「同じオークだから、ですか? もしかして――」


「否定はしないが、そっちの話じゃない。もちろん、君なら我々の同士になれると思っているが……君なら正しい方を選んでくれると思っていた」


 正しい……。


(本当に正しいのかな?)


 明人が元大臣たちに協力するという事は、情報屋たちと敵対することになる。


 そして、明人たちとは違う考えを持つプレイヤーも多いだろう。


(でも、一部のセレクターに有利な環境は駄目だ。それに、現実世界を否定するなんて……死ぬのと同じだ)


 新運営の考えた計画は、パンドラを世界に広めて地球を人が住めなくすること。


 そのための新型炉。


 アレを暴走させ、全ての人をパンドラに移住させる計画だった。


 生物的な死を受け入れる代わりに、夢のような世界で生きていける。


 それが彼らの計画だ。


 元大臣が告げる。


「こちらは劣勢だ。チャンスは一度しかない」


「いつですか?」


「憤怒の世界が攻略され、計画が最終段階に移行する時だ。今度は彼らと同じ事を我々がすることになる」


 明人は俯く。


「パンドラは……AIは気づきませんか? 映画とかだと高性能で、人よりも優れています。それに、邪魔だってあると思います」


「当然ある。ただ、AI――パンドラについては心配しなくて良い。どうして君たちがセレクターと呼ばれているか分かるかな?」


 明人は首を横に振る。


「……最後の選択を求められるからだ。パンドラは人の答えを求めている証なのさ」


 最後の選択を迫られる。


 それがセレクターという存在だった。


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