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夏祭り

 夏休みも終わりが見えてきたある日。


「何だか最近は一日が長いな」


 そんな明人の呟きは、モニターから流れるニュース動画によってかき消える。


『最近の祭りはやはり変わってきましたね』

『そうですね。売られている商品がパンドラ内のアイテムというのがなんとも……つい買ってしまいますよ』

『回復ポーションの瓶に入ったジュースが爆発的に売れて――』


 各地で行われている夏祭り。


 地元の祭りももうすぐ始まるとあって、明人はワクワクしていた。


「服も買った方が良いかな? う~ん……あ、あれ? これってもしかしてデートじゃないか?」


 そう思うと急に恥ずかしくなってくる。


 今日は夏祭りの日だ。


 みんなとの約束の日……そう、みんな。


 明人は右手で顔を覆う。


「なんだろう? どうしてこんなに違和感があるんだ?」


 どうにも違和感が強くなってくる。


 それは丁度、優しき心の首飾りを得てからだ。


 明人は首を横に振る。


「夏休みも終わりだからかな?」


 今年の夏休みは、課題としていた目標もちゃんと達成している。充実した夏休みをくれたと思っていた。


 なのに、何故か心が落ち着かない。


 モニターの電源を切ろうとすると、ニュース番組が芸能関係の話題を取り扱っていた。


『次の話題はパンドラを題材にした恋愛ドラマについてです。この作品のヒロインを務めるのは【あずさ】さんです。最近、話題になった彼女ですが、今回の抜擢の裏には――』


 明人はあずさを見て思った。


「ゲーム内と同じ? そうか、身体データはそのまま使用したのか」


 ポニーテールではなくストレートのロングにワンピース姿。


 話題になった理由は知らないが、どうにも人気が出ているらしい。


「サインを貰っておけば良かったな」


 そんな記者会見には、誠の姿もあった。


 ドラマでは主人公のライバル役を演じるらしい。


 記者の質問に。


『ドラマであろうと関係ありません。必ず恋を成功させて見せます!』


 ポーズを決める誠に、周りは微妙な笑顔を向けていた。


「この人、本当に大丈夫なのか?」


 周囲が誠に困惑しつつも、あずさに色々と質問をしていた。


『今回、パンドラではヒロインとして主役の方に惚れるわけですが、ご自身はどんなアバターに興味がありますか? あ、惹かれるのかという意味で』


 主人公の男性は、現実では冴えない高校生。


 ヒロインは凄く有名な女子で、リアルでの立場は雲泥の差がある。


 だが、ゲームを始めたヒロインを助けたのは冴えない男子だった。


 そこから交流が始まり、ドラマとなっている。


「そんなの普通にあり得ないよね」


 自分のことはあまり考えずに、ドラマだな~、などと言いつつも気になってドラマの視聴時間をチェックする。


 すると、あずさが――。


『き、気になるのはオークです』

『え? オークですか?』

『は、はい。気になっている人がいて……』


 その言葉に明人は苦笑いをしていた。


「もしかしてオークが増える流れかな? でも、女優さんが気になるオークって誰だろう? 有名な人がいたかな?」


 オークをネタで使うプレイヤーは多いが、その多くが途中でアバターを作り直す。


 ゲームとしての面白みの他に、せっかく自分の外見をいじれるのだ。


 誰だって理想の自分を目指したい。


『お名前を聞いても?』



『ポン助さんというらしくて――』



 ここで記者会見の映像が途切れ、スタジオに戻ってドラマについてアナウンサーとコメンテーターが話を始めた。


『初々しいですね』

『これから大注目のあずささんに、いつも見ていて不安になる誠さんですからね。ドラマが楽しみですよ』


 明人はモニターを見たまま口を開けて呆然とするのだった。


 スマホにはルーク――陸から電話がかかっている。







『本当に知らないんだな?』


「直接会ったことはないよ。ほら、前に話した大会の――」


『あのやらせ番組か。アレ、一部では大人気だぜ。誠がワンパンで倒れるシーンが編集されて動画で使われているし』


「え? 放送したの?」


『なんで知らないんだよ』


 陸と話をしながら時間を潰していた明人は、あずさの言うポン助が自分なのだろうか? そのことを考えていた。


(変な意味で有名になっていたし、オークでポン助を名乗る人も出てもおかしくないよね)


 名前は重複しても問題ないため、同じ名前のプレイヤーは多い。


『……大会で見て一目惚れとか? お前の試合は割と人気だからな』


「人気?」


『それも知らないのか? お前が試合で戦ったプレイヤーだけど、ガチ勢だ。ギルドは超有名ギルドの一軍っていうか、主力の人。だから、お前は自分で思っているよりも人気があると思うけどね』


 そういうものだろうか?


 だが、相手も自分もスキルを封じていた。


 あの戦いで分かるのはゲームではあり得ない条件下での決闘だ。


 意味があるとも思えない。


『そ、それより大丈夫か?』


「何が?」


『な、何が、って……ほら、ギルメンからの連絡とか』


 陸が何を心配しているのか明人には分からなかった。


「連絡はないよ。いや、あるけど今日のお祭りに関する事ばかりだね。今から緊張してきたよ」


『そ、そうか! 無事なら良いんだ。そう、“今は”無事じゃないと』


 妙な言い方をすると思ったが、明人は聞き流して陸も誘う。


「一緒に来る? 鏡さんも連れてさ」


『あ~、悪い。あいつは来られないし、俺も別件で予定があるんだ。それに、馬に蹴られたくないからな』


「え?」


『いや、良いんだ。じゃあな、ポン助』


 通話が切れると明人が小さく笑った。


「最後に名前を間違えていたな」






 夕方。


 夏祭りの会場には多くの客が来ていた。


 明人は提灯の明かりが電気の光だと分かっていても、この独特な光は特別だと思えた。


 蒸し暑さは熱気と思えるし、周囲には煙が充満していた。


 タレの匂いが食欲をそそる。


 すぐにみんなを探そうとすると、手を振る子供連れの女性がいた。


 小さな女の子にも覚えがある。


 ただ、母親の方は――以前会ったときは、黒髪はもっと長かったはずだ。しかし、肩で切りそろえられている。


「あ、ポン助君」


「ポン助お兄ちゃんだ」


 苦笑いをする明人は、二人に挨拶をして近付いた。


「リアルでは鳴瀬明人だよ」


 小さな女の子に言い聞かせると「ごめんなさい」と言って頭を下げてくる。


 女性【瀬戸 理彩】はパンドラではナイア――ミノタウロスのナイアである。


 今は恥ずかしそうに明人に謝罪していた。


「ついうっかり。ごめんね」


 明人は理彩の左手の薬指を見た。それは、あの結婚式の真似事の際に配られた指輪である。


(あれ? 見間違い? い、いや、こんなところでなくしたらいけないとか、そういう理由で外しているのかも)


 理彩の娘と手を繋ぎ歩き出す。


 明人と理彩の間に娘がおり、見ようによっては親子か親戚か――楽しそうに見えるだろう。


 理彩も娘も浴衣姿である。二人は祭りの雰囲気を楽しんでいた。


「は~い、ポン助」


 そんな明人に後ろから抱きつくのは、浴衣を着崩した外国人女性――クロエだった。


 クロエ・バートン……パンドラではリリィと名乗っている。


「クロエさん? 本当に間に合ったんですか?」


「酷いわね。急いできたって言うのに」


「いや、忙しいと言っていたので」


 リリィが肩をすくめていると、周囲ではヒソヒソと話が聞こえてくる。とにかく、移動を始める四人。


 屋台が気になり、覗いてみると――。


「へい、らっしゃい! ――なんだ、君たちか」


 元気よく挨拶をしてきたたこ焼き屋の親父は、よく見ればライター……柊純だった。


 理彩の娘がたこ焼きを食べたそうにしている。


 純はすかさず。


「出来たてでおいしいよ」


 売り込みをかけており、理彩が娘のために購入する流れになった。


 クロエも興味津々で一つ食べさせて貰っている。


 三人とも楽しそうなので、明人は純を見た。よく見れば、以前見かけたギルドメンバーの姿もある。


「何をしているんですか?」


「見て分からないのかい? 祭りのためにリアルで腕を磨いているのさ」


(普通は逆じゃないかな?)


 呆れる明人は、純が真剣に取り組んでいるのでからかう気も起きない。


「他の皆さんも?」


「ここは私の要望が通るからね。各地に配置している。今のところ、我々たこ焼き班は売り上げ二位だ。ポン助君、我々たこ焼き班のためにも是非とも五パックくらい買ってくれ」


 因みに、一位はライターに浮島から蹴り落とされた生産職のプレイヤーが率いるかきお好み焼き班であった。


「五パックも食べられませんよ」


「みんなで食べれば良いじゃないか! どうせ八人とか九人もいれば、それぐらいすぐに食べるって! 摩耶ちゃんとか一人で三パックはいけ――」


 純が視線をそらしたので後ろを見れば、そこには浴衣姿の摩耶と中学生組――七海や雪音ともう一人。


「……冴木君はどうして浴衣なの?」


「お、男でも着るだろ」


 星が浴衣姿で立っていた。


 確かに男でも着るが、どう見ても女の子にしか見えない。


 七海も雪音も半笑いで諦めていた。


「そこでアルフィーさんに会ったんです」


「お姉様を知りません? 一緒だと思ったんですけど」


 明人はまだ合流していないと言い、そして摩耶を見た。純に笑顔を向けているが、向けられた本人は仕事が忙しそうにしている。


「委員長――じゃなかった、摩耶も似合っているよ」


 呼び捨てになれないと思いながらも、明人は摩耶を褒めた。


 随分と気合いの入っている浴衣だった。


「そ、そう? ポン助に言って貰えて嬉しいわ。そ、それより、屋台を見て回ったら花火の場所取りをしない」


 女性陣が集まり、楽しそうになってきた時だ。


 純が思い出したように。


「そ、そう言えば、とっておきの場所があるんだが」


 純の言葉に摩耶が。


「本当ですか、おじさま!」


 凄い食いつきで先をせかす。


「う、うむ、近くにホテルがあるんだが……そ、そこからなら良く見えると思うよ」


 視線をそらす純。


 摩耶は明人に。


「だって。見て回ったらそこに行きましょうか」


「え、でも人数もいるし」


 純が。


「だ、大丈夫! 広い部屋だからね!」


 パーティーも出来る部屋があるらしく、純が割り引きチケットを出すと摩耶がむしり取るように奪う。


「これでお金の問題も解決ね」


「いや、それは違うような――」


 女性に囲まれている明人。


 そんな明人に声がかかる。


 今度は聞き慣れたクラスメイトたちの声だった。


「な、鳴瀬、お前……」

「その集まりは何だ?」

「お前! 裏切ったのか!」


 男子たちの妬む視線は、怒気を孕んで今にも血の涙を流しそうな雰囲気だった。


 正統派の美少女に、中学生の可愛い女子。


 人妻、外国人と揃っており、男子たちが明人に指を差す。


「裏切り者! ここで大人しく俺たちに斬られ――へぶっ!」


 そんな男子たちが、後ろから巾着で叩かれ後頭部をさすって振り返った。


「だ、誰だ! ――ひっ!」


 そこには八雲に奏帆、杏里が浴衣姿で立っていた。明人からは顔が見えないが、男子たちが逃げていく。


 八雲は笑顔で。


「おまたせ~。あれ? まだ二人が来ていないわね」


 周囲を見てそんなことを言っている。


 純が肩を落として右手で目を押さえ呟いていた。


「すまない……本当にすまない。たこ焼きは二パックまでならサービスするから」


 何故泣いているのか?


 明人には理解できなかった。






 夏祭り会場近くのホテル。


 そこは穴場だったのか、浴衣姿の客がロビーで何組も見かけることが出来た。


 部屋に到着すると、部屋は広くベッドもソファーもいくつもあった。


 大きな窓からは打ち上がり始めた花火が見える。


 八雲がテーブルに屋台で購入した商品を置き始めた。


「沢山買ったわね」


 摩耶がたこ焼きを取り出した。


「おじさまたちがサービスしてくれるから助かったわ」


 純たち――ギルドの関係している屋台に行くと、明人を見た時点でサービスしてくれたのだ。


「みんな優しいよね。なんか悪い気がしてきたよ」


 理彩の娘や中学生組は、窓に張り付いて花火を見ていた。


 弓が疲れたのかソファーに座る。


「もうヘトヘト。レオナちゃんは元気だよね」

「楽しかったからな。しかし、どうして屋台は粉物が多いのだろうか?」

「それが伝統って奴じゃない? 昔からそうだから、誰も気にしていないわよね」


 汗の滲んだ浴衣。


 クロエなど前がはだけかけており、奏帆が直している。


 明人は目のやり場に困るので、中学生組と同じように窓に張り付いて花火を見る。


 そんな明人に摩耶が飲み物を渡すのだった。


「はい、ポン助」


「ありがとう」


 炭酸飲料を受け取る。摩耶は他の子たちにも飲み物を配り。


「食べたい物があるなら早く取ってね。でないと、食べられちゃうわよ」


 理彩の娘が「リンゴ飴が食べたい」と言ってテーブルに向かうと、明人はジュースを飲んだ。


 その様子を見てから、摩耶は優しい笑顔で。


「おいしい?」


「うん、冷たくておいしいよ。喉が渇いていたみたいだ」


「歩き回ったからね」


 摩耶と話をするポン助は、コップに入っていた氷も口に入れた。小さな氷は、ほどよく溶けて噛みやすい。


 体に残る熱を少し冷やしてくれるような感覚……その他には、夏祭りで疲れたのか眠気を感じる。


(あ、あれ?)


 急にどうしたのだろう?


「疲れたの?」


「え? あぁ、うん」


「なら、ベッドで休んだら。そこからでも花火は見えるわよ」


「そ、そうだね」


 軽く寝ておこう。


 そういう軽い気持ちになるくらいに、眠気が強くなっていた。






(体が妙に重い)


 目を覚ましたのか、それとも眠っているのか分からない感覚があった。


 部屋は暗く、窓の外で花火は打ち上がっていなかった。


(見逃しちゃったか)


 そんな残念な気持ちでいると、明人は視線を動かした。ソファーやベッドで理彩の娘と中学生組が眠っている。


(あの後はどうなったのかな?)


 眠気が酷く、また意識が持って行かれそうになる。


 部屋の中は空調のおかげで涼しく快適なのだが……声が聞こえてくる。


 明人の視線を塞ぐように肌色が出現した。


(なんだ?)


 意識が曖昧で声は途切れ途切れにしか聞こえない。


『今日は私が――』

『さっきもした――』

『子供が起きちゃ――』


 明人の首は動かない。


 だが、肌の感覚から自分が服を着ていないのではないか? そんな事を考えていると、肌が触れあっている気もする。


 瞼が重く声しか聞こえない。


『――は、私が』

『だっていつも――』

『もう効果が――』


 意識がなくなりかけた瞬間、明人は両手で頭部を掴まれ強引に向きを変えられると唇に感触があった。


 ぬるりと何かが入ってくる感覚に驚くが、そのまま意識は沈んでいくのだった。






 翌日。


 明人は飛び起きた。


 呼吸が荒く、そして周囲を見るとベッドやソファーに下着姿の女性の姿。


 中学生組は眠っており、寝汗を拭う。


「な、何だったんだ?」


 昨日は何かおかしかった。


 自分の姿を見れば私服姿だ。


 昨日横になったときのままの姿に安堵し、そして周囲を見た。時計は朝の六時を指し閉めている。


「寝過ごしたな」


 普段ならログインしている時間だというのに……。


 明人は皆が起きる前にシャワーでも浴びようとゆっくりとベッドから出て浴室に向かった。


 そして浴室で服を脱ぐと……顔が青ざめ冷や汗が噴き出した。


 鏡で自分の姿を見る。


「……なんで赤いパンツなんだよ」


 赤いボクサーパンツを明人は履いていた。


 確か、夏祭り前に履いていたのは、同じタイプでも黒の物だった。


 新品を購入したので間違いない。


 それに、赤は避けたい色だった。


 両手で顔を覆う。


「……おかしい。何かがおかしいよ」


 明人の違和感は膨らむばかりだった。


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