オークキングポン助
「しゃっ! こいこらっ!」
パンイチでポン助たちの前に立ちはだかるオークキングは、怪我を負いながらも素手で戦いを挑んでくる。
周囲には他のオークたちが倒れ、オークキングも最初に持っていたハンマーは投げ捨てていた。
周囲を囲むのはオークたち。
用意されたリングの上……ポン助も既に丸腰だった。
「最悪だ。参加した人数分だけオークキングが強くなるとか……リタイアしたい」
持っていた装備もいけなかった。
攻略戦後。
必要最低限の修繕しかしておらず、準備に気合いを入れていなかったのだ。
オマケに。
『オークが魔法を使うとは何事だ!』
『ひぎゃぁぁぁ!』
『貴様、小狡い手を使ったな!』
『ギブッ! ギブ、ギブゥゥゥ!』
魔法使い、僧侶系のオークたちは、ハンマーを捨てて本気になったオークキングに関節技を決められギブアップ。
アイテムを使う、スキルで相手のステータスを下げる……そんな事をしたオークもラリアットで吹き飛ばされていく。
リングの下で転がっているオークたちは、立ち上がれずにいた。
プライがポン助に声をかける。
「ポン助君……後は頼んだ」
「もっと頑張って! こんなのを相手にどうやって戦えば良いのさ!」
囲んで叩こうとすれば、その巨体から繰り出されるラリアットに吹き飛ばされる。
自分より大きなオークを見て、確かにこれは怖いと思うポン助だった。
「っしゃおら!」
オークキングのドロップキックを避け、カウンター気味に拳を叩き込むとオークキングが立ち上がり笑っていた。
「良いパンチだ。やはり戦士はこうでなくてはいけない」
「もっとオークキングは威厳があった方が絶対に良いよね」
NPC相手に文句を言いながらも、ポン助はどうやって戦おうか考えていた。
だが、オークキングの様子が変わる。
「ここまで追い込まれたのはいつ以来だろうか? わしが節制の都でエルフに追い回されて以来か?」
「あんたも色々とあるんだな」
節制の都はエルフの本拠地であるため、オークにしてみれば厳しい世界だ。そんな世界で苦労したらしいオークキングに同情したくなるポン助だった。
「貴様のような戦士を見ていると血湧き肉躍る。わしも本気を見せてやる!」
そういうと、オークのスキル狂化でオークキングは更に大きくなった。
「こ、こいつもこれを使うのか」
呆れるポン助だったが、相手はオークキング――最後の試練そのものだ。それくらいしてもおかしくない。
ポン助が狂化を使用するか困っていると……。
(嘘だろ。強制的に――)
体が音を立てて膨らんでいく。
手が大きくなり、そして獣のような姿になるのだが――。
(おかしい? 狂化しているのにコントロールが上手くいく?)
普段なら暴走するところで、ポン助はコントロールを維持していた。
オークキングがポン助の姿を見て目を細めた。
「……色違い?」
赤い姿をしたポン助に、オークキングはしばらく考え笑い出した。
「そうか、ロード! お前はロードか!」
(何を言っているんだ?)
オークキングが両手を広げる。
「女神に愛されしオークに祝福を! 我らの神もお喜びになられる!」
「いや、意味が――」
「そんなものは――戦えば分かる! ダァァァ!」
オークキングが体当たりしてくるのを受け止め、ポン助が角を掴み投げ飛ばした。
(狂化後はこっちの方が強い! いけるぞ!)
自分の意志でコントロールできる事に喜びつつ、オークキングを殴ると吹き飛んだ。
ポン助とその他のオークでは何かが違うらしい。
ポン助の胸元で輝く優しき心の首飾りが輝いている。
オークキングはなおも立ち上がり攻撃をしてくるが、ポン助の方が少し大きくステータスも高いのか押していた。
「このぉぉぉ!」
「っしゃこいこら!」
二人の殴り合いが始まると、オークたちが叫ぶ。
「キング、キング!」
「ロード、ロード!」
「ロード! ロードポン助!」
そうして決着がつくと……。
「お、終わった」
骨が軋み、肉が裂けるような殴り合いを制したのはポン助だった。
オークキングがリングに膝をつく。
「……見事だ、ロードポン助」
「あ、はい」
そしてオークの姿に戻ったオークキング。ポン助も元の姿に戻ると……。
「今の戦いで分かっただろう。最後の試練。その報酬は狂化の制御だ。以降、弱体化の時間が短くなる」
ゲーム上の話をするオークキングに違和感を持ちつつも、ポン助は頷いた。
(狂化がコントロールできて、デメリットが軽減するのは素直にありがたいな)
これで迷惑をかけることも少なくなる。
そう思っていると、外野――プライたちが困惑していた。
「ま、待ってくれ! それでは鞭が貰えないではないか!」
「ご褒美がなくなるなんてあんまりだ!」
「こんな事なら試練なんて受けなかったのに!」
本気で悔しそうにしているが、オークキングもポン助もプライたちを無視する。
「そして、ロードポン助には別の報酬を用意した。受け取れ」
「報酬!」
何か特別な報酬かと思っていると、オークキングがパンツを脱ぎ始めた。
股間はモザイクが発生し隠される。
ポン助は唖然としていた。
「え? あの? ……え!?」
オークキングは笑顔だ。笑顔で、赤いパンツをポン助に差し出した。
「キングの証。オークキングパンツだ。受け取れ、ロードポン助」
周りのオークNPCたちからは歓声が聞こえてくる。中には、泣いているオークの姿もあった。
「いえ、え……えっと。そう! 他の仲間にプレゼントを!」
プライにでも押しつけようとしたが、彼らは床に座り込み本気で絶望していた。こちらなど見向きもしない。
オークキングが股間をモザイク処理された状態で、ポン助の両肩に手を置く。
「受け取るのだ、ロードポン助!」
ポン助は涙目だった。
何か凄い効果があるにしても……オークの履いていたパンツを報酬にする運営には、文句を言ってやろうと誓うポン助だった。
街に戻るとポン助は泣いていた。
赤いパンツを履き、装備を付けないパンイチスタイル……他の装備が壊れてしまったせいだ。
そして、もう一つだけ問題がある。
「……脱げない」
脱ごうと思えば脱げるのだが、脱いでも装備を更新するとまた赤いパンツをはくようになっている。
つまり、絶対に装備することになっていた。
オークキングを倒した証であり、そしてステータスに大きな恩恵とスキルのクールタイムなどを短くする効果付き。
街でノンビリしていたルークたちギルマスは、ポン助の姿を前になんと言って声をかければ良いのか悩んでいた。
腕で涙を拭うポン助に、ルークが優しく声をかける。
「う、上に服を着れば問題ないだろ」
「うん。でも、脱げないんだ。オークキングが使用したパンツ……脱げないよ」
いかに性能が凄かろうと、他人のパンツをはいていると思えばどうだろう?
これが生粋の攻略組なら受け入れるだけの性能を赤いパンツは持っているが、エンジョイ勢であるポン助には受け入れられなかった。
「もっとあるよね? 王冠とか、もっと他にも王様らしいアイテムとか武器があったよね!」
ポン助を前に、ダンディーもピンキーも視線をそらす。
いさみやプラチナはいつの間にか逃げており、ルークは友人を前に困っていた。
「に、似合っているぞ」
「嬉しくないよ」
◇
現実世界。
明人は寝覚めが悪かった。
新しいヘッドセットを外し、ホテルのベッドの上で呆然としていた。
「……僕、汚れちゃった」
隣では目を覚まし始めた下着姿の女性二人がいて、本来なら顔を赤くして視線をそらすべきなのだが……明人はずっと天井を見上げていた。
ノイン――弓が背伸びをする。
その大きな胸が揺れて、ブラからこぼれそうになっていた。
「おはよう“ポン助君”」
「おはようございます。えっと……弓さん」
「もう! 弓って呼び捨てにしてよ」
流石にそこまでなれなれしいのも気が引けると思っていると、レオナが目覚めて服を着ていた。
下着姿にシャツ……。
「昨日は楽しかったな。まぁ、普段のような代わり映えのしない日常も良いが、適度な刺激は必要だ」
攻略戦が適度な刺激。
ポン助は暗い笑みを浮かべていた。
「……僕はしばらく攻略を遠慮したいです」
「そうか? まぁ、それはそれでいいが……」
レオナは少し恥ずかしそうに。
「そ、そう言えば、もうすぐ夏祭りだな」
弓も着替えをはじめ、ノンビリした口調で話に割り込む。
「花火もあるらしいよね。パンドラとどっちが派手かな?」
ポン助はスマホを手に取り。
(もうそんな時期か)
パンドラ内でも夏祭りが予定されている。だが、その前に集まってリアルで祭りを楽しむ話があった。
レオナが楽しみにしているらしい。
「ライターも出店をするから、研究のため祭りに参加するらしいぞ」
「あのおっさんは一度痛い目を見れば良いと思いますけどね」
仲間を蹴飛ばして落とす奴である。
明人だって対応が悪くなるというものだ。
服を着ていた明人はベッドから降りて立ち上がろうとすると、後ろから弓が手を回して抱きついてきた。
大きな胸を押しつけてくる。
「ポン助く~ん」
「あ、あの。恥ずかしいです」
照れていると、首筋を舐められ明人が焦った。それを見て弓は笑顔である。
「今日はアルバイトの日だよね? 車を出すから朝はノンビリしていて良いよ」
「で、でも――」
レオナがどこかに連絡をしていたのか、通話を切ると明人と弓を見た。
「朝食が終わったらドライブでもすれば良いさ。何、時間には間に合うよ」
明人は新型を購入して貰ったお礼もあり、最後まで付き合う事になった。
アルバイト先。
朝から八雲は不機嫌だった。
「どうしたんですか、先輩?」
「呼び捨てでいいって」
「でも仕事中ですし」
朝からアルバイトで顔を合わせている明人と八雲だが、一人の雰囲気が悪いと店内の空気も悪くなる。
今日はアルバイトに研修できている中学生はいない。
時間帯的に客足が途切れ、暇になったので商品でも並べ直そうとする明人だったが……。
「香水の臭いがするわよ」
八雲がポン助の背中に抱きつき、首筋を嗅ぐとそう言った。
ポン助は悪寒に震える。
「え、えっと、昨日は弓さんたちとその……」
「ふ~ん。朝まで遊んでいたんだ」
問い詰めるような八雲の態度に困惑している明人は、早くお客さんが来ないかと思っていた。
八雲クスクス笑う。
「なんてね。ドラマの修羅場を真似してみました」
明人は安堵する。胸に手を当てて深く呼吸をした。
「勘弁してくださいよ。凄く怖かったじゃないですか」
「ごめん、ごめん」
そう言いながら、八雲は明人の前に回って抱きついていた。
「せ、先輩?」
「ん~?」
店の中、アルバイト同士が抱き合っている。こんなの、お客さんからすれば苛立ってしまうだろう。
「お、お客さんが来ますよ」
「まだ大丈夫。あと五秒……三、二、一」
八雲がすっと離れると、同時に自動ドアが開いて客が入店してきた。
「いらっしゃいませ」
笑顔で対応する八雲にドキドキしつつ、明人も仕事に戻るのだった。
『次のニュースです』
暗い部屋でモニターに映るニュース動画は、パンドラ関係の話題を扱っていた。
元幹部が動画の検索を行うと。
「もう六割がパンドラ関係のニュースか」
これがいかに異常なのかを気にしていない人が多すぎる。
人が愚かなだけなのか? それともパンドラの影響なのか判断に困っていた。
プライ――元大臣が部屋に入ってきた。
手にはお土産のアイスがある。
「どうかな?」
「順調ですね。こちらもですが、あちらも驚くほどに順調ですよ」
あちら――新運営の情報屋たちである。
彼らの計画は何の問題もなく進んでいた。
「だろうね。こちらも今は手が出せない。さて、ポン助君への接触時期だが――」
「……夏祭りを考えています」
人が多く、監視カメラの数も少ない。
何より人混みだ。
紛れるには丁度良かった。
ただ、元幹部は気になっていることがある。
「彼はこちらに協力してくれるでしょうか?」
「しないとでも?」
「可能性はあります。もしもギルドマスターがパンドラの世界を否定すれば、今のギルドも崩壊します。簡単に言えば、今の彼の周りにいる女性たちも元に戻る」
奇行が目立つ彼女たちだが、本来ならそんな女性たちだろうか?
セレクターの影響を受けていないとは言い切れない。
目を覚ませば、ポン助から離れることだってある。
「……それはポン助君のためになると思うが」
「いや、そうですけどね! そう思いますけど……ほら、男の子ですよ。ハーレムは一度くらい夢見ますよ。それを手放せると思いますか?」
元大臣は考え込む。
「ないとは言い切れないが、騙して協力を得ようとも思わない。それだけの覚悟がポン助君には必要だからね」
元幹部も頷く。
「そう、でしょうね」
ポン助は――明人はどちらを選ぶのだろうか?
幻想か――。
それとも現実か――。