優しき心
砦の最上階へと続く階段。
そこに配置されたモンスターたちは少なく、そして外よりも弱かった。
ダンディーがその拳でモンスターたちを倒すと、集まったギルマスたちで話をする。
子供の外見にしか見えないピンキーが、最上階へ続く階段横にあるプレートを見て。
「参加人数は八人……二パーティーみたいだね」
ルークが周囲を見ながら。
「八人をどうやって決めるかも問題だよな」
単純にギルドマスターと残り二人を決めるのか、それとも全体でレベルが高くプレイヤースキルの高い人材を送るのか。
もしくは、戦い慣れているパーティーを選ぶのか。
ここで揉めることになるギルドも多いだろう。
だが、集まったのは攻略組のプレイヤーたちだ。
自分たちの目的を忘れていない。
ピンキーが杖を担ぐ。
「ポン助さんのところで四人を出せば良いと思うよ。残り四枠は僕たちに譲ってよ。あ、でも提案した探検隊からは人を出さないよ。攻略して貰えれば、僕たちは問題ないからね」
目的は都市攻略への参加権だ。
プラチナも肩をすくめていた。
「私たちもそれでいいわ」
いさみとダンディーも譲る。
「寄せ集めでは連携が取れない。普段からパーティーを組んでいる者たちを送るべきだな」
「ルークのところで良いだろう。声をかけてくれたのはルークだからな」
ルークは指を鳴らす。
「任せとけ。ま、失敗したら次はお前たちのところから人を出してくれ」
ルークがポン助に向き直ると。
「なら、お前と俺の所でパーティーを出そうぜ」
ポン助は頷いて。
「そうだね。さて、誰を送ろうかな?」
ルークたちシルバーウイングスは、ルークとミラを中心としたパーティーだった。
彼らはどこか似通った装備や色を使っており、一つの集団として出来上がっている。
対して、ポン助たちはまとまりがない。
ポン助。
マリエラ。
アルフィー。
ナナコ。
それぞれ色が強すぎるというか、個性が強い。
蛮族スタイルのポン助。
軽装でスピードファイターのマリエラ。
課金装備で身を固めているアルフィー。
可愛らしいナナコ。
ナナコは後方支援の役割がある。戦えて、そして回復を行える貴重な人材だ。このメンバーは、ポン助が暴走したときに抑える役目も持っていた。
三人ともテイマーのジョブ持ちである。
「階段が長い」
ポン助がそう呟くと、隣を歩くルークも同意してきた。
「そうだな。もっとすぐに到着して欲しいよな。普通のゲームなら苛々するだろうな」
「なんだか緊張してくるよ」
戦うのは初見のボスになる。
下手をすれば、対策不足で負けることも普通にある。
負けると分かれば、即座に情報集めに切り替え行動する必要があった。
男二人、その事で話をする。
「やっぱり攻略はワクワクするよな!」
「どうかな? 僕はギルドの維持費で悲鳴が出そうだけど。動かして乗り込むのに、割と洒落にならない資金とアイテムが消えているから」
「……ギルド拠点で相手の城に突撃するのは浪漫だよな。まぁ、現実的に難しいけど」
「報酬次第だとやりたくても出来ないよね。世知辛いよ」
話をしている二人の後ろを熱く仲間たち。
ミラはマリエラに話しかけていた。
「男同士で仲が良いわよね」
「まぁ、リアルの友達ですからね」
「妬けるわね」
「そうですか? 楽しそうですから、見ていて微笑ましいですよ」
ミラは小さく笑うのだった。
「男とか女じゃなく、あの関係に妬けるのよ」
どういう意味か分からないマリエラだったが。
(……別に女じゃないから関係ないか)
これが女性ならありとあらゆる手段で潰そうと考えるが、男で友人なら問題ない。それ以上の関係になるなら……。
(その時は潰せば良いし)
考えがまともではなくなりつつあるマリエラだった。
ポン助が前を指さす。
「見えてきた。出口だ」
ポン助たちが戦っている中。
オークパーティーは城の外にいた。
城の中にプレイヤーが入ると、外は静かになってモンスターたちも出てこない。そんな場所――問題のある区画でオークたちは何やら動いていた。
プライが城の中から聞こえる音に耳を傾けた。
「――始まったな」
ポン助たちが戦闘を開始したのだろう。
周囲を警戒しているオークが、手で合図を送ってくる。
小声で。
「新撰組だ」
一人のオークが周囲に展開していた投影された画面を消し、作業を中断する。
ゾロゾロとやってきたのは、見回りをしている新撰組だった。
「そこで何をしている!」
プライが相手を見て微笑む。
「お仕事ご苦労様であります!」
新撰組は、オークを見ると侮蔑した目を向けていた。分別の都、そしてそれ以外の世界でも迷惑をかけているオークたちは、自治厨である新撰組にしてみれば天敵であった。
嫌そうな顔をする彼らは、既に武器を手に持っていた。
新撰組が好む武器は刀や槍、銃も火縄銃や外見が古いアンティーク風に仕上げた物が多い。
「またお前たちか。ここで何をしていた」
苛々したような美少女剣士に、プライは紳士的に答える。
「我々も日々進歩しているのです。今後、いかにパンドラを楽しむのか――会話をするだけで冷たい目を向けられる事に快感を覚えてしまうので、こうして離れた場所で議論を白熱させていた訳です」
冷たい目を向けられると興奮して話にならない。
言われて新撰組の視線は更に冷たくなった。
「やだ、ゾクゾクしちゃう」
「拙者もでござる」
「新撰組は容赦がないから大好きさ!」
美少女剣士が鼻を鳴らしてその場を去ると、仲間たちも彼女を追いかけた。
自分たち以外のプレイヤーがいなくなり、プライは安堵した。
振り返って一人のオークを見る。
「どうかな?」
「……間違いない。この砦は、ギルマスのためにパンドラが作り出した城だ」
「ポン助君のために?」
「ポン助君のためだ。正確には、セレクターであるオークプレイヤーのために、彼個人のイベントを作成しているのさ」
AIによる自動イベント作成。
パンドラには多くのプレイヤーたちがいるが、隠されたイベントを全て発見しているとは言えない。
それだけ多くのイベントが隠されている。
「セレクターのためにイベントを用意して何がしたいんだ?」
「セレクターというのは最後の選択者だ。彼らの事を知ろうとしているのさ」
そのためにAIはこんな砦を用意したらしい。
プライが顎を撫でる。
「他にもセレクターはいるよね? 他のセレクターにもこうしてイベントを起こしていると?」
「あぁ、でもポン助君は特別だろうね。AIは彼を常に監視している」
オークたちがその言葉に警戒すると――パンドラの元運営幹部であったオークは首を横に振る。
「警戒しなくて良い。AIは良い意味でも悪い意味でも中立だ」
「中立?」
「セレクターたちがどんな選択をしようとも、AIは受け入れるのさ」
元幹部はその場に座り込んで空を見上げた。
島が突入した部分の雲は破られ、そこから太陽の光が差し込んでいる。
「昔、高度に進化したAIが人類を支配するという予想があった。もしくは、AIが人は不要と判断する未来を人が予想した」
プライも座り、幹部と話し合う。
「その可能性は否定できないのでは?」
「あぁ、そうだね。否定できないし、そうならないとも言える。だから、我々の先祖はAIの開発に制限をかけた。だけどね……仮想世界なんて物を人が管理するなんて無理があったんだ」
元幹部がパンドラの開発について告白する。
「……パンドラが出来る前、出来た後もVRゲームは過酷な開発競争下にあったんだ。資金、人材、時間。全てが足りなかったよ」
周囲を警戒しているオークの一人、幹部の言いたいことを察した。
「それでAIに手を出したのか? だが、どんなゲームもある程度はAIに制御させているだろうに」
元幹部は項垂れる。
「……AIは……パンドラに禁止行為や制限は与えていない。AI【パンドラ】は、本当にこの箱庭の神なのさ」
プライが黙っていると、元幹部は続ける。
「勿論、危険思想を持たないようにこちらでよく話をした。優しい子に育って欲しかった。実際、パンドラは優しかったよ。けどね、ゲームが始まると人の嫌な部分だって見ることになる」
「それでおかしくなったと?」
「違う! パンドラは……どうすれば人が優しくなれるか考えたんだ」
人の才能が数値化されて未来が決められる世界。
パンドラはそんな世界に疑問を持っていた。
「気が付けば、セレクターという存在が生まれていた。ゲームを通して、彼らに才能を与える手段をパンドラは見つけたんだ。だが、我々はそれを解明できなかった。パンドラは秘密を隠していたからね」
どういう訳か出来てしまった。
方法なんて分からない。
だが、パンドラにはそれが出来てしまった。
プライは溜息を吐く。
「もっと早くに言って欲しかったよ」
「ここまでパンドラが成長しているなんて思わなかったんだ。きっかけであって、計画はあいつらが主導していると思っていたんだよ」
苦々しい顔をする元幹部。
プライは城の中から音が聞こえなくなったのを確認し。
「そろそろ時間だな。それにしても、ポン助君はセレクターの中でも特別なのか」
「理由は分からない。彼は、パンドラに特別視されている」
最上階。
ポン助たちはボロボロだった。
何かを守ろうと前に出て戦う骸骨の騎士――全身鎧の砦の主が消えかかる体で両手を大きく開いて立ちはだかっていた。
ポン助は顎の下を拭う。
「ヒットポイントはもうゼロなのに」
普通に消えて行かないボスに困惑するしかない。
何か特殊な方法でなければ倒せないのだろうか?
そう思っていると、ナナコが指を差した。
「皆さん、アレ!」
部屋の中、奥にあるのはボスの椅子――だが、その奥には祭壇があった。ただの風景だと思っていたのだが、ナナコは気が付いたらしい。
アルフィーが持っていたライフルのスコープを覗くと。
「棺桶? いえ、中に何か――」
マリエラが確認すると、敵のステータスが表示される。
「ボス? ヒットポイントも少ないし、これって雑魚じゃない? あ、あれ?」
だが、備考欄には――。
「倒せば報酬が莫大だな」
資金、レアドロップは確定。そして、様々な武器や防具の数々……明らかに、弱い敵が持っている報酬ではない。
ルークが大剣を構え。
「棺桶を守っているのか? なら、棺桶を攻撃するか?」
ルークたちが武器を構えると、消えかかっているボスが行かせないように立ちはだかる。
ミラは。
「もう抵抗なんて出来ないわ。回り込んで倒しましょう」
動き始めるルークたちに、ポン助が手で制した。
「ポン助?」
ルークが立ち止まると、ポン助は武器をしまう。
(……しょせんはゲームだ。倒して報酬を奪うのが正しいさ)
正しいのだが、消えようとしているボスが必死に守っている姿にポン助は心に来るものがある。
目の前の報酬はとても大きいが……。
ポン助が武器をしまうと、マリエラたちも武器をしまった。
「ちょっと、貴方たち!」
ミラがやる気をなくしたマリエラたちに詰め寄るも、アルフィーが首を横に振る。
「うちはポン助がルールです。戦わないと決めたら、それが私たちの方針ですよ」
攻略組の意見とは思えないが、元々ポン助たちはエンジョイ勢。
ミラが困っていると、ルークが武器をしまう。
仲間も渋々武器をしまい込むと、最上階への入り口――ボスが出現すると閉まった扉が開き、戻れるようになった。
ポン助がルークに謝罪する。
「ごめん。なんか倒せなくて」
「いいさ。お前が見つけた砦だからな。後で何かおごれよ」
そうして階段を降りていくポン助たち。
最後にポン助が振り返ると、そこには戦前らしい騎士と女性が手を繋いで体を寄せ合っていた。
(この砦には何か意味でもあったんだろうか?)
ドアが閉まると、そこで攻略終了の文字が浮かび上がった。
「ほら、あそこだ!」
戻ってきたポン助たちだが、ライターに連れられてやってきたのは砦近くに出現した街だった。
小さな街は、攻略途中の世界のはずなのに休息や買い物が出来る場所。
普通は出てこないだけに、攻略組も驚いていた。
ライターが説明する。
「攻略が終わったと同時に出現したんだ。中に入ったらビックリだよ。普通にNPCが生活しているし、他の世界では取り扱っていないアイテムも山のようにあるんだ!」
興奮しているライターたち。
攻略組のギルドメンバーたちも、店に並ぶ商品を見て興奮した様子だった。
ポン助は頭をかく。
「……これ、砦の攻略が関係しているのかな?」
そして、ライターはポン助の足を押す。
「それからこっち! イベントキャラがいるんだ!」
ライターは、イベントキャラとして表示のある老婆のところにポン助を向かわせる。
ポン助たちもそちらへと向かった。
老婆のイベントは砦の話だった。
かつて、砦は最前線で騎士や兵士たちがよく戦い人を守っていた。だが、攻め滅ぼされるとそこからは呪われて騎士も兵士たちも成仏できないまま砦に縛られたらしい。
老婆は言う。
「砦の騎士長様と、若い女性が結婚したばかりで不憫でしてね。私も小さい頃によくしていただきました」
ポン助は曖昧に返事をする。
「そ、そうですか」
「それが解放されたと聞いて嬉しく思います。聞けば、貴方様たちのおかげとか。この老婆からもお礼をさせてください」
老婆が取り出したのは首飾りだった。
赤い石が七つ埋め込めるようになっており、六つに空きがある。
「これは?」
「貴方様には必要な物でしょう。この石は“優しき心”と言います。全てを集めるとその真価を発揮します。あの二人に止めを刺さなかったお礼でございます。ありがとうございました」
どうして老婆がそのことを知っているのかと思ったが、ゲームなので気にせずポン助は受け取った。
画面表示に、これまで集めた優しき心と合成する表示が出てきたので、実行すると首飾りが完成する。
【優しき心の首飾り】
【効果・七つの世界で優しさを示した証】
老婆はポン助にお礼を言って去って行く。
ライターは首飾りのステータスを見て残念がっていた。
「ちょっと待ってよ。これ、記念アイテムみたいなものじゃないか」
残念がるライターと違い、ポン助は何度か優しき心に助けられたことがある。暴走時やら、暴れ回ろうとした時……これは、大事に持っておくべき物だとポン助は思った。
すると、ソロリが近付いてくる。
「隠しステータスがついているかも知れないよ。それより、イベントを進めてきたポン助君はどうなの?」
聞かれて、ポン助は返答に困った。
「攻略情報にないイベントなので困惑ですね。書き込んでも信用されませんし。ただ、まぁ……」
悪くないと思った。
今度はオークたちがポン助の所に集まってくる。
「ポン助君、どうやらこの辺りにオークの里があるらしいよ」
「本当ですか!」
「あぁ、NPCが噂をしていたんだ。覗いてみるかい?」
何かしらのイベントがあるかも知れないが、街でアイテムの補充も武器の整備も出来たので、ポン助たちはオークの里に向かうことにした。
憤怒の世界。
最後のオークの里には、城のようなものがあった。オーク用で大きい作りだが、城自体の大きさは微妙。
入るとすぐに謁見の間で、一際大きなオークがポン助たちを待ち構えていた。
「よく来た、外の世界に出た戦士たちよ」
ポン助はイベントが立て続けに起きていることに少し興奮する。
「なんか雰囲気がありますね」
「どうやら、我々の故郷という設定らしい」
プライが言うには、オークプレイヤーたちの故郷という設定のようだ。
希望の都には人の世界を知るために修行に出たことになっている。
オークの王様が続けた。
「ふむ、お前たちは試練を……うむ! 全ての試練をくぐり抜けたらしい! お前たちには最後の試練を受けてもらう」
最後の試練と聞いて身構えるポン助たち。
「最後の試練……それは、王であるわしと戦うことだ!」
立ち上がったオークキングが、近くにあった杖――というかハンマーを持って着ていたマントを脱ぐ。筋肉に覆われた体で、パンイチスタイル。
キングとしてそれでいいのかと思ったが、オークキングは言う。
「さぁ、試練をくぐり抜けた戦士たちよ――その力をわしの前で示せ!」