攻略開始
――憤怒の世界。
枯れ木がポツポツと黒い大地に残り、灰色のどんよりとした空は今にも雨が降り出しそうだった。
大地には酷くドロドロとした何かが流れる川があり、生き物の姿を発見することは出来ない。ただ、いるのはモンスターたちだけ。
そんな大地の上を走るのは、鎖のついた鉄球を振り回すノインだった。
ハーフマーメイドで戦う僧侶。
鉄球を振り回し、周囲に現れるモンスターたちを吹き飛ばしていく。
数体が赤い光になり消えて行くが、残りは吹き飛んだだけでまた向かってくる。
「もう! 本当に面倒! フランちゃん、やちゃって!」
紫色の髪を持ち、二本の角を持つドラゴニア――フランが、大きな胸を更に膨らませ、そのまま口を開いて息を吐き出すと炎が周囲を包み込む。
赤い光になって消えて行くモンスターたち。
その様子を見ていたポン助は、武器をしまうと遠くにある砦を見た。
「あそこが次の攻略ポイントか」
憤怒の世界には、いくつか攻略しなければいけない砦があった。高台にある黒い砦は、見るからに禍々しい。
剣を担いでいる戦士風のフランは、口元を拭う仕草をしていた。
「ようやく発見したな。それにしても、流石に最前線は情報が少なくて困る」
ノインは大きな胸を揺らし歩いてくると、ポン助の隣に立っていた。
「攻略組も情報を集めているくらいだし、本当に手探り状態だよね」
広大な仮想世界。
憤怒の世界の全体すらまだ把握できていない。
ポン助は写真を撮ると、映像データとしてそれを確認した。
「みんなに知らせておこうかな」
あまり出回っていない情報をギルドメンバーで共有する。
いずれ、他のプレイヤーたちだって知ることになるだろうが、先に知らせるなら仲間たちだ。
フランは砦を眺めつつ。
「アレを攻略しなければ都市攻略戦に挑めないのは厳しいな」
憤怒の世界にある都を攻略するには、各地にある砦を攻略しなければならない。
そして、都市攻略戦に参加できるのは、砦を攻略したことのあるギルドだけ、だ。
攻略資格を得るためにも、必ず一つの砦は攻略しなければならない。
ノインはやる気がない。
「ポコポコあんな砦がいくつも出現するなんて勘弁して欲しいわね。それより、あそこの攻略難易度ってどれくらいなの?」
砦にも攻略難易度が設定されており、難易度が高ければそれだけ難しい。
攻略難易度の低い砦を発見して攻略するのが、一番の近道だろう。
「攻略掲示板には、難易度レベル四まで確認されていましたけどね。近付かないと分からないですね」
五段階評価なのか、それとも十段階評価なのか……それすらハッキリしていないのだ。
既にいくつもの砦が攻略されてきたのだが、一部で奪い合いも起きている。
「確かめてみましょうか」
ポン助が歩き出すと、二人も後ろをついて行く。
砦の近く。
骸骨に鎧を着せたモンスターたちがあふれていた。
モンスターたちの種類も、先程相手にしてきたモンスターと違っている。
ポン助は体験を振り下ろし、一体のモンスターを倒すと自分のステータスを見る。
ヒットポイントが三分の一を下回っており、フランもノインもきつそうだ。
(デスペナは避けたいな)
砦の近くにある看板には、砦の名前と攻略難易度が星の数でさりげなく記されている。
(星十二個……攻略難易度はレベル十二かな?)
それが他界の低いのかも、情報不足で分からない。
ノインが敵に囲まれていた。
「ぎゃぁぁぁ! ポン助君助けてぇぇぇ!」
鉄球を振り回しても受け止められ、弾かれてしまう。
フランも強敵と対峙しており、ノインのフォローには回れない様子だった。
「ノイン、だからアレだけビルドを見直せと言っただろうが!」
「無理! レベル上げとか嫌い!」
ビルド――ジョブやスキルの設定だ。組み合わせを考えなければ、ゲームでは活躍できない。
後衛が前衛のジョブを選ばないように、役割にあったビルドがある。
また、体感型――VRでは、プレイヤースキルが大きく影響するため、プレイヤーに合わせたビルドも必要になってくる。
ノインが吹き飛ばされ、そのまま赤い光になって消えてしまった。
「ノインさぁぁぁん!」
ポン助が叫ぶ。
その理由も、ヒットポイントがまだ残っていたのに、ビルドが酷かったのか本人のせいなのか一撃でやられてしまったためだ。
フランが舌打ちをする。
「これでは囲まれるじゃないか。仕方ない……死に戻りだな」
戦力分析を行ったフランは、このままでは逃げられないので諦めて死亡後に神殿で蘇る選択をする。
ポン助も流石に諦めていた。
(まぁ、無理か)
周囲を埋め尽くすように現れるモンスターたち。
(偵察なのに踏み込みすぎたな)
とりあえず、負けるのは悔しいので最後まで抵抗して出来るだけ経験値とアイテムを回収するポン助は一時間後に死に戻りをするのだった。
◇
――朝。
仮想世界から現実世界に戻ったポン助――明人は、ファミレスの窓際の席で溜息を吐いていた。
友人であるルーク――陸は、そんな明人に声をかける。
「朝から暗いな。というか、つまらなそうにするなよ」
友人と一緒にいるのにつまらなそうにされては、流石の陸も気分が悪いのだろう。
明人は謝罪する。
「ごめん。実は昨日――というか、パンドラで色々とあったんだ。死に戻りして、またレベルがダウンしたよ」
「お前が負けたのか? 相性が悪いとか?」
「砦を見つけたから偵察に出たんだ。そこで囲まれて」
「……見つけたのか。羨ましいな。攻略レベルは?」
「……十二」
「嘘だろ」
陸も驚く理由は、現状ではレベル十が最高だと考えられていたからだ。攻略難易度レベル十二となると、こまで発見されていない。
明人はその後のことを話す。
「見つけたのは良いけど、自分たちだけで攻略するのか、それとも他のギルドと共同なのかで意見が割れたんだ」
陸は、商売人気質の小柄な種族――ノームの【ライター】を思い出したのだろう。苦笑いをしている。
「あのノームが報酬を独占したいって言ったのか?」
「それもあるけど、攻略してその情報を売りたいみたいでさ」
商魂たくましいと二人で笑っていると、明人は時計を見た。
「あ、そろそろ時間だ」
「ジムに行くのか?」
「うん。今日はどうしても、って言われていて」
明人が通っているフィットネスクラブ。
以前は道場を経営していた老人が、若者向けに改装してフィットネスクラブとなった。
一汗流し、ベンチに座った明人は周囲を見る。
夏休みも終わりに近く、トレーニングをしている人たちは少ない。
そんな中、明人に近付いてくる二人の女性がいた。
「ポン助君、おひさ~」
明るくほのぼのした雰囲気のノイン――弓が、汗を流した後に近付いてくる。目を引くのは大きな胸だ。
隣にいるフラン――レオナも胸が大きいのに、弓の胸は更に大きい。
「昨日も会っているだろうに」
呆れるレオナに、弓は頬を膨らませている。
「リアルだと三日ぶりなの! それに、ゲームでも二日も一緒に遊んでいないし」
明人がフィットネスクラブに来た理由はこの二人にある。
午前中にトレーニングを終えたら、食事でもしようと誘われたのだ。
(女性とランチ……最近まで想像も出来なかったな)
明人は立ち上がる。
「僕も今終わりましたから、シャワーを浴びてきますね」
周囲には明人たち三人以外誰もいなかった。
弓が近付き、明人が驚く。
鼻が触れそうな距離で、弓は明人の体の臭いを嗅いでいた。顔を赤くし、心臓がドキドキ音を立てる明人を見て二人とも笑っている。
「あ~、なんか凄く雄、って感じだね。やっぱり男の子だ」
「そ、そうですか? 臭いますかね?」
困って自分の臭いを嗅いでみるが、特に違和感がない。
レオナが笑っている。
「自分の臭いは気が付かないものだからな。まぁ、臭いという話じゃないんだ」
「それなら良いんですけど」
弓がニコニコと笑っている。
明人の後ろに回って背中を押すのだが、汗ばんだ体でわざとらしく大きな胸を押しつけていた。
「フェロモンって奴だよ、ポン助君。良いから早く行こう。予約の時間が来ちゃう」
「予約が必要な店だったんですか?」
驚く明人だが、そのまま二人に連れて行かれる形でシャワールームに行くのだった。
(想像以上に高そうな店だな)
昼食のために訪れた店は、とても高級感があった。
白いシャツに黒いパンツ姿のウェイターが料理を並べ、料理の説明をしてくるとは明人も思わなかった。
そもそも、雰囲気からして高級だった。
来ている客もファミレスとは雰囲気が違う。
食事をしていても味が分からない。
「どう、おいしい?」
ニコニコと笑顔を向けてくる弓に、曖昧な笑みを浮かべて返事をする明人だった。
「は、はい」
「良かった」
レオナの方は堂々としている。
「昼はランチをやっていて、幾分か雰囲気も柔らかいんだ。こういう雰囲気の方が良いと思ってね」
(全然柔らかくない。というか、偉い人が挨拶に来たんですけど!)
三人が店に来ると、わざわざ偉い人が来て挨拶をしたのだ。
明人には経験がない事だった。
友人と一緒にファミレスに行った事もあり、朝との落差に目眩を覚えそうになる。
「それよりポン助は、新型は買わないのか?」
新型。
VRマシンの新型のことだろう。
明人は首を横に振る。
「アルバイトだとそこまで手が回りませんから。資格取得もありますし、学費とか他にも色々と……」
弓が嬉しそうに。
「だったら買いに行こうよ。アレ、凄く便利だよ。どこからでもログインできるし、時間や場所に縛られないから凄く良いの。安いから大丈夫」
明人が気づく。
(……あれ? もしかして、普通に買ってくれるつもり? いや、駄目でしょ)
予想通り、レオナが。
「金なら心配しなくても私たちで払うさ」
二人の雰囲気を察して、明人はしっかり断るのだった。
「えっと、そういうのは良くないです。買うなら自分で買います。お気持ちだけ受け取っておきますね」
きっぱりと断った明人だが、弓が思いついたように手を叩く。
「なら、報酬として買ってあげる」
「――え?」
「今日は二人でホテルに泊まるんだけど、その護衛を依頼するの。ほら、女で二人だと色々と集まってくるからね」
ナンパ目的の男避け。
「で、でも、そんな事で買って貰うわけには……」
難色を示す明人に、レオナが追い打ちをかける。
「それだけ真剣に取り組んで欲しいと言うことさ。せっかくの休日を楽しみたいのに、邪魔をされたくないからね。それとも、私たちの依頼で手を抜くつもりかな?」
「そ、そんな事はないですけど、報酬なんかなくても僕は別に――」
無報酬で引き受けても問題ない。
そう言おうと思ったが、弓は楽しそうに続けた。
「私たちの気持ちよ。正当な対価。……ついでに、ホテルで試してみれば良いんじゃない?」
そのまま二人に押し切られ、ポン助は販売店に連れて行かれるのだった。
新型VRの販売店。
販売店の店員は、明人のVR端末の登録に手間取っていた。
「う~ん、業務用のVRマシンですか」
「無理そうですか?」
新型は本体を登録して使用するため、VRマシンの本体は所有していなければいけない。
その登録で店員が手間取っていた。
弓が鋭い視線を向けている。
「何とかしなさい。貴方の仕事でしょ」
「そうは言われましても、本体が業務用だと手順が……普通はもう使っていないはずなので、前提が違うと言いますか」
弓やレオナに詰め寄られ、涙目の店員が可哀想になる明人だった。
明人は諦めてもいいと思い。
「駄目なら次の機会に――」
すると、店員の様子が変わる。
戸惑っているのだが、新型のヘッドセットが反応を示したのだ。間違いなく、明人の所有する本体と繋がっていた。
明人が確認すると、確かにアパートにある本体――いつも見るホーム画面が出てきて、パスワードも間違いなかった。
「で、出来ました」
困惑している店員を前に、レオナは呆れるのだった。
「出来るじゃないか。支払いを頼む」
「は、はい!」
新型を受け取った明人だったが、支払い手続きをしている店員が未だに困惑しているのが不思議だった。
「おかしいな。まだ本体を特定していなかったのに……どうして繋がったのかな?」
きっとマニュアル以外のことに弱い店員さんだと思い、明人は深く考えないことにした。
◇
「ふ~ん、起きたらベッドの上、ね」
場所はギルドの拠点。
ポン助は、ライターとの話でここ最近の不思議なことについて話をしていた。
「疲れているのかな? 今日もベッドの上だったんだ」
気が付けばベッドの上に寝ており、服も違う。
ライターはポン助の顔を見ないで。
「疲れもあると思うよ。今日はあの二人と食事してホテルだよね? 慣れない経験に疲れたんだよ。きっとそうだよ」
「そうかな?」
ポン助は考え込む。
(夜中に目が覚めたら、二人と同じベッドだったのはちょっと……)
下着姿の女性二人に挟まれる形で、ベッドの上に眠っていた。
今も、ログインしている場所はホテルで、二人と同じベッドの上に眠っている。
ライターはポン助と目を合わせない。
「そ、それより、砦の攻略の件だけど!」
話をそらしてきたので、ポン助はそれについて話をした。
「ルークのギルドと共同とか駄目ですか? 他のギルドと一緒に攻略した方が確実ですし、報酬に関してはルークもある程度は我慢すると言っていましたよ」
ポン助たちの顔を立てつつ、砦攻略に参加したいのがルークたちだ。
他にも誘えば、同じように参加を希望するギルドは多いだろう。
ライターが難色を示すも。
「情報を独占したかったけど、確実な方法が無難ではあるよね。う~ん、勿体ないけど複数のギルドで協同攻略かな」
ポン助の意見を聞き入れてくれた。
「意外ですね。もっとこだわると思ったのに」
「ポコポコ増える砦だからね。黙っていても情報なんてすぐに広まるし、それなら恩を売っておく方が良いと思ったんだよ。ほら、私たちは攻略組にあまりよく思われていないし」
(……あんたにも責任はあるけどね)
ポン助たちだけで都市攻略を成功させ、世界を解放したこともある。
その時の報酬は莫大であり、その報酬でポン助たちは浮遊島を購入してギルド拠点を手に入れたのだ。
だが、他の攻略組は面白いと思わない。
ライターが肩を落としていた。
「ここは協力して味方を増やす方が無難だね。じゃないと、次の都市攻略には参加も出来ないよ」
「意外とまともな意見で驚きました」
「どういう意味!?」
ポン助は笑いつつも謝罪をし。
「なら、ブレイズさんとも話をしますね。会議で決定したらルークに知らせます」
ギルドマスターだからと何でも決定してしまうタイプでもないため、周囲に確認を取りつつ後で会議をして多数決を採用しているポン助。
ライターは「別に誰も反対しないと思うけどね」などと言ってから。
「そ、それより、体の方は大丈夫かな?」
心配そうにポン助の体についてたずねてくる。
(ライターさん、意外と優しいのかな? まぁ、でも……普段からは想像も出来ないけど)
「体の方は大丈夫ですよ。疲れはありますけど、何となくスッキリというか……う~ん、気怠さもあるんですけど、上手く表現できませんね」
ポン助が返答に困っている様子を見て、ライターは涙を拭う仕草をしている。
「そ、そう、良かったよ。……体には気をつけてね」
「大丈夫です。そのために鍛えて、ちゃんとよく寝ていますから」
笑うポン助を悲しそうに見ているライターだった。