アイドル
純潔の都にある闘技場。
かつて存在した文化遺産をモデルにしているらしいその場所で、女子アナがマイクを片手に声を張り上げていた。
「トッププレイヤーは誰だ! 目指せ、パンドラ最強! その拳で栄光をつかみ取れ!」
急に始まった企画に困惑しているポン助は、周囲のプレイヤーたちを見た。
観客席には大勢のプレイヤーが詰めかけている。
ただ、闘技場内に――参加するプレイヤーたちは困惑していた。
見た目がいかにも強そうなミノタウロスを始め、厳つい外見をしたプレイヤーたちが集められていた。
「トッププレイヤーって誰だ?」
「俺、見た目こんなのだけど魔法職だよ」
「こんなの聞いてない」
いったい何を考えているのか?
そう思っていると、女子アナが集められたプレイヤーとは別に、最初から待機していたプレイヤーたちを会場に入場させていた。
「新人アイドル【MAKOTO】! その実力は本当にパンドラ一なのか! なんと、この企画に緊急参戦だ!」
外見もアイドルなら、中身もアイドルという男が手を振って登場する。
周囲にいるプレイヤーは、中身は女子だったのか興奮していた。
「嘘っ! 誠じゃない! 本物の誠よ!」
「サイン貰いたい!」
「もしかしてゲームもリアルデータで遊んでいるの? 流石は誠!」
ポン助は思った。
(あの人、人気があるみたいだ)
あまりアイドルに詳しくないため、ネットの記事や動画で見たことがある程度の認識しかなかった。
そして、続々と入場するプレイヤーたち。
だが、アイドルの後ろに続くプレイヤーたちは……ガチ勢だった。
「なんでガチ勢がいるんだよ」
一人のプレイヤーが唖然としていると、ポン助たちに近付いて並んだガチ勢――攻略組プレイヤーたちがボソボソと。
「悪いな。出演料で課金したいんだ」
出演料に釣られてこの場に出てきたらしい。
一人が俺たちを見て。
「お前ら騙されたな。これ、テレビの企画だぜ。適当に名前が売れている俺たちを出して、後は数合わせ。アイドルとか若手の俳優を売り込みたいんだよ」
周囲に手を振る攻略組プレイヤーたち。
だが、観客たちはアイドルや若手俳優に夢中だった。
出場者の中には、女性アイドルに若手の女優の姿もあった。
パンドラの人気が無視できず、こういう場で顔を売ろうとしているようにポン助には見えていた。
(た、大変だな)
インタビューと聞いてやって来たが、どうにも巻き込まれたらしい。
空気を読まずに女子アナを問い詰めても良いが、それをしたところで……。
(雰囲気を壊すよりも良いか)
観客席にもうけられた解説者たちの席。
そこには、格闘技で見たことのある顔や、人気のあるコメンテーターが座っていた。
彼らの声が会場に響く。
『いや~、始まりましたね。集まったのはパンドラを代表するトッププレイヤーたちのようですが、MAKOTOをはじめとした芸能界代表はどこまでやれると思います?』
格闘家は難しそうな表情で。
『初めてのことで予想できませんが、芸能人チームは鍛えていましたからね。十分に通用すると思いたいです』
専門家気取りのコメンテーターは、独自の意見を述べている。
『ゲームばかりのプレイヤーに、鍛えたMAKOTOや【あずさ】が負けるとは思いませんね。確かにアイドルや役者ですが、プレイヤーなんてゲームが出来る素人ですよ。本物の格闘技を学んだ芸能人チームの敵じゃありません』
そんな意見に俺たちは苦笑いだ。
攻略組のプレイヤーが呆れつつも笑っていた。
「こっちは盛り上げればそれでいいから、お前らは気にせず好きにしてくれ」
どうやら話はついているようだ。
ポン助は唖然とする。
「え、それって八百長――」
『さぁ、それでは一回戦! トップバッターはMAKOTO! 対するは、ネタ種族だって良いじゃない! 暴虐、強欲、悪質プレイヤーの“ポン助”だ!』
一斉に会場中からブーイングが巻き起こる。
ポン助は怒鳴った。
「おい、いくらなんでもそんなの酷いぞ! 僕は悪質プレイヤーじゃ――」
『選手以外は退場してください』
強制的に始まった決闘。
ポン助の目の前にいるのは、アイドルの誠だった。
鍛えられた肉体に、セットされた髪――そして、イケメンがそこにいた。
「いきなりヒール役の登場か。僕の活躍を見せつけるに相応しいな」
自分に酔ったような態度を見せる誠は、ポン助を見て気にした様子がない。所詮はゲームと思っているのだろう。
(なんで悪役の扱いなのさ)
見た目と数少ないオークという理由で悪役にされた気がするし、実際にそうなのだろう。女子アナはとりあえず盛り上がることを口にしていた。
ゲームにあまり興味がない。
仕事として対応しているように見える。
『それでは皆様! 一回戦の開始です!』
女子アナの声に銅鑼が鳴らされ、戦いの合図が起きると決闘が開始された。
素手を使った単純な喧嘩――武器、スキルなしのルールは、あまりにもゲームとして面白みに欠ける。
「行くぞ、オーク君! 君を改心させてみせる!」
「いえ、オーク君ではなくポン助です」
一瞬で間合いを詰める誠は、身体能力――ゲームのスペックに任せて蹴りを放とうとしていた。
ポン助は咄嗟に。
(あ、ヤベ)
左手で蹴りをガードしつつ、そのまま左手を誠の顎に放った。
音にしてパ、パン。
そんな小さな音が響いた闘技場は、静寂に包まれるのだった。
クリーンヒットを貰った誠が、地面に倒れ立ち上がれないでいる。
静寂の後、カウントが発生して――最後まで誠は立ち上がれなかった。
「誠ぉぉぉ!」
「ふざけんな、こんなのインチキよ!」
「オークなんて帰れ!」
咄嗟に動いてしまったポン助に、観客席からアイテムなどが投げつけられる。
「い、痛い。止めて。ちょっと止めて!」
『……お客様。会場にゴミを投げないでください』
女子アナの注意する声。
そして、ボソリと「これだから空気の読めない素人は――」などと言っていた。
控え室。
倒れている誠に駆け寄るのは、眼鏡をかけたスーツ姿の男性だった。
彼はマネージャーらしい。
「誠君、良かったよ。今日も君は最高だ!」
誠も良い笑顔を向けている。
ただ、ヒットポイントが少ないので笑顔が痛々しく見えていた。
「そうか。僕は最高か」
「最高だよ! 威勢良く飛び出してワンパンなんて――君の路線にピッタリだ! この日のために準備をして、それも動画にして盛り上げたところでワンパンなんて笑いを取るなんて、やっぱり君は持っているね!」
「マネージャー、後で動画を見せてくれ」
「もちろんさ!」
オロオロとしているポン助に、マネージャーが笑顔で挨拶してくる。
「あ、ごめんね。気にしないで」
「で、でも、予定が狂ったみたいで」
「ん? あぁ、企画? 別にそっちはこちら的には問題ないよ。誠君はこういうノリで売っているし、そもそもこういうキャラだからね。下手に成功する方が怖いの」
誠はこういうキャラで売っており、そして売れているらしい。
誠はポン助にサムズアップで笑顔を向けていた。
「オーク君……ナイスファイトだ。また戦おう」
「だから、ポン助です」
誠もマネージャーもやりきった感じで笑顔だった。
面白くないのは番組の関係者だろう。
控え室でポン助を見て舌打ちをしていた。
マネージャーは、誠を連れて外に出て行く。
「さぁ、次の仕事だよ。その前にゲーム内で一日休む?」
「準備があるんだろ? ファンのために休んでられないさ!」
「流石だよ、誠君!」
二人がそのままログアウトしていくと、ポン助は気まずい控え室で巨体を縮こまらせるのだった。
「なんなのあのガキ!」
「参加させない方が良かったかな? ヒール役で適任だと思ったのに」
女子アナと関係者が文句を言っている側で、なんとか勝利した【あずさ】は次の出番を待っていた。
その近くにはマネージャーがいる。
あずさは溜息を吐いた。
「もうグダグダじゃない」
「素人を参加させて臨場感を出したかったみたいね。けど、パンドラは凄く人気だし、今後のためにもあずさもしっかりここで活躍しましょう。ほら、良いところを見せれば、アクションでオファーがあるかも」
あずさは黒髪のポニーテールに、引き締まった体をしていた。
胸の大きさは少しある程度。
「演技の勉強をしたいわ」
「……これもお仕事よ。あ、ほら、次の試合が始まるわ」
あずさが闘技場を観客席から見下ろすと、先程のオークが登場していた。誠を一撃で倒してしまったのは笑ったが、あずさにはそれだけだ。
(わざわざ化け物になるなんて意味が分からない)
女子アナがマイクのスイッチを切り、ポン助と戦っている相手を応援していた。
「そこ! ほら、ちゃんとやって! もう! あれで一流プレイヤーなの!」
早々にポン助を排除しようと、組み合わせを変更してぶつけた相手はガチ勢――攻略組のプレイヤーだった。
あずさはその試合を見て……。
(なんか凄いな)
そう思っていた。
『動きがありませんね』
『ゲームでスキルでしたか? 攻撃手段に頼っているから、手が出せないんですよ。こういう試合はつまらないですよね』
解説者席。
コメンテーターが面白くないと言い切っている。
だが、格闘家は真剣に様子を見ていた。
『いや、これは――』
ポン助は目の前の相手に集中していた。
相手の肩がピクリと動くと、対応してポン助の足も僅かに動く。
相手との間に目に見えない攻防が繰り広げられている。
(この人、どうやっても倒しきれるイメージがわいてこない)
だが、それは相手も同じ様子だった。
ステータスはエンジョイ勢でもオークであるために高いポン助。
相手も攻略組で前衛を張っているプレイヤーで、ステータスには自信がある。
問題は中身――プレイヤースキルだった。
格闘家が叫ぶ。
『動きますね』
次の瞬間には相手プレイヤーが距離を詰めてくるのを、ポン助が対応して攻撃を弾きカウンターを決めようとして――咄嗟に距離を取る。
相手も待ち構えており、すぐに切り替えて蹴りを放てば筋肉同士がぶつかり合い激しい音を立てていた。
誠のようにパン……などという音ではなく、骨に響くような一撃を放ち続ける。
相手が笑っていた。
ポン助は相手の顔面に一撃を叩き込むと、相手に隙が出来る。
そのままラッシュで攻撃を浴びせ続けると、相手に掴まれ蹴りを頭部に入れられて関節技を決められた。
ポン助は地面に大の字に倒れる。
「やってくれるじゃないか! お前、どこのギルドだ? うちに来いよ! いつもは違う時間帯だが、ガチ勢はいつもギリギリの戦いで楽しいぜ!」
「楽しそうですけど、これでもギルマスでして――お断りします!」
「そいつは残念――って、おい!」
相手プレイヤーが驚くのも無理はない。
腕を固められていたポン助は、そのステータスに任せた力業で相手プレイヤーを持ち上げるように立ち上がった。
そのまま地面に叩き付けようと腕を振り下ろすと、相手は腕から離れて地面に着地を擦る。
互いに距離を詰め、そこからは殴り合いだ。
とにかく連打。
紙一重で避ける事もあれば、わざと当たって相手を押し返す。
そうして徐々にポン助の方が有利になってくると――。
『時間切れです! これより、勝敗は判定で決めたいと思います!』
闘技場は盛り上がっていた。
激しい打ち合いに観客たちも興奮し、そしてオークが負けたのも良かったのだろう。
あずさは次の試合が始まっても闘技場を見下ろしていた。
マネージャーが不安そうにしている。
「こ、怖くなった? なんなら、話をしてくるけど」
次の試合で手加減するように話をするつもりなのだろう。だが、あずさはマネージャーの話を聞いていない。
「……さっきの、オークが勝っていたよね?」
勝利したのは相手プレイヤー。
相手も首をかしげ不満そうであり、格闘家も何やら不思議そうにしていた。
コメンテーターがその場ののりと雰囲気で解説し、それっぽいことを言っていたので観客も興味がないのか納得して終わり。
大会関係者も、邪魔なオークが消えたことで一安心という感じだった。
ポン助は試合が終わったので闘技場を出ており、あずさは追いかけるべきか悩む。
(もう順番が回ってくる。……また、会えるかな?)
ポン助は一人で純潔の都を歩いていた。
頭をかいている。
「う~ん、勝てたと思ったけど駄目だったか。やっぱり、攻略組のプレイヤーは強いや」
負けて悔しいが、相手が悪かったと思うポン助は空を見上げた。
夕方になりつつあり、そろそろ拠点に戻るかどこかで食事をしようと思った。
周囲を探していると、手頃な居酒屋を発見する。
入ると、そこには――。
「ポン助、お疲れ様で~す!」
……アルフィーたちがいた。
他のギルドメンバーも来ており、ちょっとした宴会が開かれている。
「みんなここで飲んでいたの? あれ、もしかして――」
ポン助が何か言おうとすると、ソロリ――ギルド内で最も謎の多いプレイヤーが、ポン助の側に立っていた。
「いや~、見ていたよ。何でも面白い企画があると言うから覗いてみたんだ。そしたら、我らのギルドマスターが出場しているじゃないか! これは見物だと思ってみんなを呼んだんだよ。いや~、面白かったね。おっと、残念だったと言うべきだったかな?」
無駄に饒舌に喋り始めるソロリに違和感を覚えつつも、ポン助は納得した。
(あれ? 観客席にみんないたかな? それにしては静かだったような……みんな落ち着いたのかな?)
マリエラがポン助にジョッキを渡す。
「ほら、飲んで忘れなさいよ。でも、惜しかったわね。判定負けも、なんか怪しい感じだったし」
もう少しで勝てたのに、などと言ってみんな盛り上がっている。
ポン助は照れつつも宴会に参加して誠のことを話すのだった。
意外に面白くいい人だったというと、数人が「あ~、分かる。それがMAKOTOさんですよ」などと言っていた。
(きっと凄い人だったんだろうな)
今日は楽しかったと思うポン助だった。