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プロローグ

 ――最後と言われる世界は憤怒の世界。


 モンスターたちが顔に怒りの表情を浮かべ、荒々しい咆哮と動きでプレイヤーたちを攻撃してくる。


 これまでと違うのは、通常のモンスターも非常に強化されている事だ。


 通常の状態から【憤怒】というステータス異常から、ステータスが向上している。


 最初からステータスが強化された状態である。


 最後と言われるだけあってとにかく世界が広かった。


 様々なエリアは、まるでこれまでの総仕上げと言わんばかりに各世界の特徴を持っている。


 そんな憤怒の世界に足を踏み入れたポン助は、大盾を構えて通常よりも大きなキラーラビットの一撃に必死に耐えていた。


 一撃が重く、時折スキルを使用した連続攻撃を仕掛けてくる。


 大きさも、巨体のポン助の腰の高さまであって、ラビットというか他の生き物のように感じるパーティー一同だった。


「ぬんっ!」


 ポン助が大盾を上手く使ってキラーラビットを弾き飛ばすと、黄金に輝くライフルを持ったドレス姿の女性――アルフィーがキラーラビットを撃ち抜く。


 赤い粒子の光になって消えて行くモンスターを見る暇もなく、アルフィーはライフルを構えて他のモンスターを攻撃する。


 狙いを付け引き金を引くと、キラーラビットが華麗に避けていた。


 弾倉を交換しながらアルフィーは舌打ちをする。


「本当に素早いですね」


「任せて!」


 オークであるポン助が、大盾を大剣で叩いてモンスターたちを引き寄せるスキルを発動した。


 憤怒の効果でそういったスキルに反応してしまうモンスターたちが、一斉にポン助に向き直ると向かってくる。


 大盾を構えモンスターたちの攻撃に耐えるポン助の背中を足蹴に、飛び出てきたのは赤毛のエルフ――マリエラだった。


 両手に短剣を逆手に持ち、空中で身を捩るとスキルが発動して短剣が輝きを強めた。


 落下する直前で回転しながらスキルを発動すると、モンスターたちが吹き飛んでいく。


 その体には無数の傷がつき、光になって消えて行くモンスターたちも多かった。


「よっしゃぁ!」


 マリエラが敵を吹き飛ばしたことに喜ぶと、生き残った敵をアルフィーが撃ち抜く。


 レベル二百を超えたプレイヤーたちが苦戦するモンスターたち。


 生き残りがポン助に襲いかかるが、ポン助は慌てずに攻撃を盾で弾くと使い慣れたカウンターで綺麗に一撃を決めて敵を倒した。


 全てのモンスターを倒すと、増援が来ることもなく三人の前に枠が浮かびその中に文字が浮かび上がる。


 勝利を知らせ、そして手に入れたアイテム類を表示していた。


 ポン助が武器をしまうと、目の前の画面に触れて処理を行った。


「敵が強くて大変だな」


 憤怒の世界は広く、そしてまだ謎も多い。


 攻略組も苦戦を強いられていた。


 希望の世界に出てきたモンスターたちが、大型化と凶暴化したような敵。


 流石に最後の世界と言うだけあって攻略が難しい。


 マリエラがポン助に飛び付き、両腕を首に回していた。まるで小さな子供が大人の背中にじゃれついている格好だ。


「ポン助、今の攻撃は良かったでしょう? 褒めてよ」


 自分の動きを褒めて欲しいというマリエラに、ポン助は苦笑いしつつも頷く。


「凄かったよ、マリエラ」


 だが、その様子を見て頬を膨らませるのはアルフィーだ。


 ポン助の太く逞しい腕に抱きついている。


「私も褒めてくださいよ」


「あ~、うん。アルフィーも凄かった」


「へへへ」


 嬉しそうなアルフィーの顔……二人の美女がオークに抱きつき嬉しそうにしている光景は違和感がある。


 VRゲーム内ではあり得る光景だが、現実ではない。


(二人とも何だかベタベタしてくるな)


 観光エリアでの騒ぎから、ポン助は八人と結婚している。勿論、ゲーム上のシステム的な結婚を、だ。


 結婚するための条件も厳しく、必要になる資金やレアアイテムなどの獲得にはギルドメンバー総出で対処した。


 おかげで、現状では重婚人数がゲーム内で一番になっている。


 ランキングに名前が載っており、一部では「ポン助さん」などと呼ばれ始めていた。


 ポン助は抱きついて自分の体に全身で触れている二人を見ていた。


(注意表示も出ない。規制が緩和されてきている)


 大型アップデート後にも修正が常に行われている。


 ゆっくりと、そして確実にパンドラの世界は変わり始めていた。だが、それを気にしているプレイヤーはあまりにも少なかった。











 現実世界。


 目を覚ましたポン助――鳴瀬明人は、頭部にヘッドセットを付けた状態で視線を動かしカレンダーを見る。


 日付は八月の後半に差し掛かっていた。


 部屋の中は空中で温度が一定に保たれており、夏の暑さは感じない。けれど、窓から差し込む光は強かった。


 VRのヘッドセットを頭部から外し、欠伸をすると立ち上がった。


「今日も遊んだな」


 モニターが起動し、ネットニュースをピックアップして表示する。


 天気予報はしばらく晴れが続いており、夏祭りの日も晴れが決まっていた。


『皆さん、夏休みをいかがお過ごしでしょうか』


 学生に向けたネットニュースでは、八月も後半に差し掛かったことから夏休みの宿題に関した話題を取り扱っていた。


『昔は学校の課題も計算ドリルや漢字の書き取り、そういった物が多かったようですね?』


 女性キャスターが専門家と話をしている。


『VRがない時代では今とは課題の内容が違いますからね。反復学習が大事でしたから、宿題も多かったと聞いています』


 現代で出されている課題は自ら設定した目標が多い。


 新しい資格の取得。


 他には体を鍛えるとか、アルバイトに精を出すなど様々だ。


 学校側は、自分の設定した目標の高さと達成率で課題を判断する。


 低い目標を達成しようと評価はされない。


 明人は少しばかり難しい資格取得を目指していた。


 夏休み中に勉強しており、試験も受けて合格通知も来ている。


「僕の方は課題もこれで良いかな」


 アルバイトは無遅刻無欠勤。


 評価も悪くない。


 体を鍛えているし、難しい資格も獲得した。


 高校生の夏休みとしては悪くないだろう。


 ニュースは次の話題に移行する。


『それでは、お待ちかねのパンドラニュ~ス』


 女性キャスターのテンションが高い。


 毎日のようにパンドラに関するニュースが扱われ、時には番組で企画も行っていた。ゲームの世界でプレイヤーにインタビューをするのも話題になっている。


 トッププレイヤーへのインタビューなど、再生回数が凄いことになるため番組を製作している側も必死だ。


 聞けば、毎日のように取材申し込みが来るらしい。


 下世話な話も出てくる。


『今回はあの有名ギルド「ハンドレット」内で意見の対立があったようです。ギルドは三分の一が脱退し、新たなギルドを立ち上げるようで希望者を募っているとか。我々も取材してきました』


 明人は噴き出しそうになった。


「ハンドレット、って……嘘だろ」


 攻略組のハンドレットとは、色欲の都を攻略する際に一緒だったギルドだ。そんなギルドがニュース番組に取り上げられている。


 明人は苦笑いをするしかなかった。






 その日はアルバイトの日だった。


 ただ、十七時上がりであるため、一緒のシフトであるマリエラ――八雲と終わったら映画を見に行く予定だ。


(少し前の自分なら信じられない日々だよな)


 明日はアルフィー……摩耶と遊びに行く予定があり、他の日も女子と予定がある。


 仮想世界での繋がりが、現実世界にも繋がって……。


 八雲がバックヤードから出てくる。


 私服姿は朝も見たが気合いが入っていた。


「お待たせ。行きましょうか」


「あ、はい」


 アルバイト先の店の前で待っていた明人は、八雲の姿にドキドキと胸を高鳴らせながら二人で住宅地を歩く。


 駅の方へと向かい、そのまま電車に乗って街の方へ……。


 映画館へと行く前に二人で店を見て回るのだが、そこで驚きの光景を目にする。


「ねぇ、あの子」


「え?」


 八雲の視線の先を見れば、そこにはアルバイト体験で店に来ていた男子中学生の姿があった。


 夕日色に染まりつつある街で、男子中学生は中年男性と歩いていた。


 八雲は怪しんでいる。


「おかしいわ。なんだか親子、って感じではないし」


「そうですか?」


「だって距離感がおかしいわよ。ほら!」


 男子中学生の手を中年男性が握りしめ、そのまま狭い路地に消えて行く。男子中学生は抵抗せずに俯いていた。


 明人たちの場所から距離はあったが、八雲はその表情を見逃さない。


「……頬を染めて下唇を噛んでいたわね」


「う、嘘ですよね」


 八雲は淡々と。


「あそこ……ホテルがあったわよね」


「い、いや、そんなのおかしいですよ」


 すぐに警察のドローンが飛んできそうな光景だったが、きっと見間違いだろうと明人は思うことにした。


 何しろ、態度の悪いアルバイト体験の男子中学生は八雲を見て鼻の下を伸ばしていた。


「先輩、そろそろ時間ですし――」


 八雲が目を細める。


「八雲。呼び捨てにしなさい」


「あ、すみません」


 まだ呼び捨てになれないと思いながら、明人は八雲と映画館へと向かうのだった。






 帰り道。


 明人は八雲を送り届け一人でアパートに向かっていた。


 途中、男女の言い争う声が聞こえてくる。


「なんでだよ!」


「ご、ごめん」


 怒りをあらわにしている男性は顔も良く、細身の筋肉質。おしゃれにも気を使っており、女性とはお似合いに見えた。


 女性も美人の部類であり、二人を以前見かけたことがある明人は驚く。


 女性の横にはチェックのシャツを着た……言っては悪いが、髪が長くベタベタしており態度の悪い男が立っていた。


 女性の腰に手を回している。


 そんな態度に女性は嫌がるどころか……女性も手を回していた。


「男の嫉妬は見苦しいでござるぞ~」


 男性の独特の喋りは、相手の男性の神経を逆なでしようとしているようなものだった。


 女性は男性の胸に顔を当てて顔を赤らめている。


「この人じゃないと駄目なの」


 どう見てもあり得ないような状況だ。


 真実の愛に目覚めたのかと明人も思ったが、チェックのシャツの下――Tシャツにはアニメのキャラがプリントされている。


 チャックシャツの男は目の前の男性を前に勝ち誇った顔をしていた。


 とても性格が良いとは言えない。


(内面重視でもない? いったいどうなっているんだ?)


 訳が分からない。


 そう思ったが、首を横に振り歩き出した。


 妙に蒸し暑い夜。


 汗を拭うと同時に、まとわりつく違和感も拭い去りたかった。


(おかしい。なんだ、この変な感じ?)


 急いでアパートに戻った明人は、シャワーを浴びながらも違和感を拭いきれない。


 シャワーから上がるとインターホンが鳴った。






「えへへ、来ちゃった」


「杏里さん?」


「杏里で良いって。これ、お土産」


 コンビニで購入したアイスをお土産に部屋に上がる杏里に、明人は特に反対することもなかった。


 杏里が明人の部屋を見ることなく、自然な動きで冷蔵庫にアイスを入れる。


「今日の映画は面白かった?」


 八雲とのデートのことを聞いているのだろう。


 明人は素直に答える。


「面白かったですよ。シリーズ物で気になっていましたし、迫力は前回以上でしたね」


 杏里は別に怒った様子がない。


 明人が冷蔵庫に入れていた飲みかけのペットボトルのジュースを飲む。


「あたしも見ようかな? でも、シリーズ物なら最初から見ないと駄目よね」


 杏里は部屋のどこに何があるのか知っていた。


 今日で部屋に来たのは二度目である。


「昔の映画だから、レンタルも出来るよ」


「パンドラで上映会でもしようよ。時間も短縮できるし」


 明人の隣に腰を下ろして、二人で今日の出来事を話していた。


 杏里もアルバイトを始めたらしい。


 コンビニでのアルバイト。


 急に明人の部屋に来ているが、電車で随分と時間をかけてきている。


 前回は泊まっていった。


「今日、というか明日? ログインしたときに話をしてみるよ。それより、今日泊まるなら夜中に戻るの?」


 パンドラをプレイするため、前回は夜中に戻った杏里。だが、今日は荷物の中から箱を取りだした。


「残念。実は新型を手に入れました。だから、どこででもログインできるの」


 ヘッドセットが有線ではなく、更に小型化された物。


 その気になればどこででもログインが可能となっている。


「明人の部屋からログインさせてよ」


「いいけど、それ高くなかったの?」


 急遽発表された新機種。


 前から準備を進めていたらしいが、技術の進歩に舌を巻く明人だった。


「思ったよりも安いよ。お店で登録と引き継ぎさえすれば問題ないし」


 子機のような物。


 いや、携帯電話に近い。もう、単体で仮想世界にログインできるようになっている。


「僕も欲しいな」


「なら買う? 今からでも買いに行けるし、お金なら出すよ」


 明人は首を横に振る。


「いや、駄目だよ。杏里もそう簡単にお金を出さないでよ。他の人にもそんな感じじゃないよね?」


 心配になる明人だった。


 杏里は二つのおさげからゴムを取り、長い髪を揺らしていた。


 髪をまとめている。


「しないわよ。明人だけだって」


 そんな話をしていると、またもインターホンが鳴る。


 モニターを見れば、そこに顔が表示されていた。


 杏里が手を振る。


「奏帆~!」


 モニターの向こうでイナホ――奏帆が、驚いた顔をしていた。


『杏里さんも来ていたんですか?』


 部屋に上げると、奏帆も新機種を持っていた。


「あれ? 奏帆ちゃんも買ったの?」


 みんなが持っていることに明人は焦りを覚えたが、奏帆は首を横に振っていた。


「あ、これは違います。アフターサービスとかで送って貰いました。私、試作機ですかね? とにかく、モニターをやっていたましたから。報酬らしいです」


 明人はのんきに。


「羨ましいな」


 杏里はニコニコしていた。


「いつでも言ってくれれば買うよ。それより、これで朝まで一緒ね。ねぇ、何か遊ぶ物はないの?」


 杏里の自由さに明人も苦笑いをした。


「モニターにパーティー用のゲームが入っているくらいかな」


「それでいいよ。三人でやれば面白いでしょ」


「ですよね。こういうの、以外と盛り上がりますし」


 二人がやる気を見せたので、明人は飲み物などの用意を始めた。






(……あれ?)


 目を覚ました明人は、目覚ましが鳴っていることに気が付いた。部屋に響く電子音と、近くに眠っているのは杏里と奏帆だった。


 二人とも着替えてタオルケットにくるまって床に寝ている。


 明人は困った顔をした。


「ベッドを使えば良いのに。でも、どうして僕はベッドに寝ていたんだろう?」


 深く考えずに背伸びをする。


 二人を起こさないようにテーブルの上を片付け、そして準備を始めるのだった。


 シャワーを使ったのか、二人からは良い匂いがしている。


 明人は別に怒ることもなく時間が来るまで二人を寝かせておくことにした。


 夏の日の出は早い。


 もう外は明るくなり始めている。


「昨日は楽しかったのに途中で寝るなんて……ん?」


 何故か空調関係の音が大きいように思った。


 機械を見てみると、急いで部屋の温度を下げている。


 空気清浄機も最大レベルになっていた。


「二人が触ったのかな? 女の人だから気にするとか?」


 部屋の臭いを嗅いでみるが、普段と違う臭いがする。


 きっと二人がいるからだろうと、明人は深く考えないことにした。


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