エピローグ
「あの野郎、俺に黙っていやがった……」
腹立たしい様子の陸の胸板に顔を埋めた鏡が、お腹の辺りをさすりながら答える。
「重婚の話? まぁ、いずれ実装するという話だったから、タイミング的な問題とも言えるわね。でも……もう少し早く知らせて貰えれば、あんな悲劇も起こらなかったのにね」
クスクス笑っている鏡が言う悲劇とは、観光エリアを火の海にした事件だ。
運営は今回の件を重く考え、観光エリアを希望の都から消去した。
多くの観光エリアのプレイヤーたちが激怒するも、希望の都から次の世界へ行くためのクエストを用意。
観光エリアだけを利用するプレイヤーには冷たい対応となる。
しかし、今更パンドラ意外に観光エリアのプレイヤーたちを満足させてくれるゲームなど存在しなかった。
開発費、開発時間、その他諸々の事情から、パンドラ以外のゲームは既に開発が中断している。
陸はベッドの上で舌打ちをしていた。
「おかげで明人の奴は一歩間違えば死ぬところだったんだぞ。あいつは大事なセレクターなのに、だ」
鏡は笑っている。
「アレは楽しかったわね。そう言えば聞いた? ギルドメンバーだけで結婚式を挙げるそうよ」
陸は笑えなかった。
「……明人の奴は結婚式のリハーサル的なものだ、って信じているけどな。俺はあいつの頭の中が幸せそうで何よりと思えば良いのか、それとも泣いてやればいいのか分からないけどな」
一人の鈍い男がいた。
そいつはゲーム内で修羅場を起こし、現実世界でも修羅場を起こした。
ただし、現実世界では修羅場になっているなどと思ってもいなかったのだ。
ただ、ゲーム内で重婚が出来ると聞いて、それならみんな結婚する? などと聞いて回った。
その結果が、現実世界での結婚式。
本人は、式場の宣伝目的の動画撮影や、パンフレット用の撮影。
式場乗りはサールを兼ねているという嘘に騙されていた。
「……俺さぁ、夏休み明けにあいつになんて謝れば良いんだろう」
陸は大事な友達が、知らない間に人生の墓場に脚を突っ込んだのを嘆く。
そして、原因が自分であることも理解しており……明人を助けられない自分に嫌気が差していた。
「あら? ハーレムは男の夢でしょうに」
鏡がそう言うと、陸は鼻で笑った。
「リアルは糞だから、現実世界で出来たハーレムなんてろくなものじゃない。そういう夢は画面の中か……仮想世界で叶えるものだ」
随分と高級感のあるホテルは、純の会社が経営していた。
高級そうなスーツを着用している純を始め、直人も普段よりも高めのスーツで髪も念入りにセットしていた。
純が従業員に指示を出している。
「よし、記念撮影の時は花嫁集合の前に個人撮影を忘れるなよ。化粧直しをすると言って連れだせ。いいか、絶対に順番を教えるな。絶対だぞ!」
従業員が困惑していた。
「は、はい。ですが、よろしいのですか? こんな時期に撮影などしなくても……」
「大丈夫だ! それから、従業員の教育も兼ねている」
「いや、しかしですよ。こんな変則すぎるというか、有り得ない結婚式は流石に」
「突発的な対応や、有り得ない自体への訓練だと思いなさい。それから、新郎に何か聞かれても撮影状の都合と押し通せ!」
純が従業員に細かく指示を出しているのを見ながら、直人は首元を緩めた。
結婚式……そう、これは明人とゲーム内で結婚した、そしてこれから行う八人の結婚式だ。
表向きは撮影となっており、参加している客は全てギルドメンバーである。
(良いのか? 本当にこのままで良いのか? ポン助君――ギルマスをまるで生け贄みたいに扱っているみたいじゃないか)
考え込んでいると、指示を出し終えた純が直人の肩に手を置いた。
直人が悩んでいるのを見抜いたらしい。
流石は実力のある経営者と思う反面、ゲーム内での態度に腹が立つ。
「一条君、分かっていると思うが情けは無用だ」
本当にギルドメンバーだけを集めた、非公式とも言える結婚式。結婚式に公式も非公式もあるのかと問いたいが、面には出せないという意味には間違いない。
「情け? こんなの、騙しているだけじゃないですか! 市瀬摩耶――アルフィーさんのお見合いだって潰しておいて!」
摩耶に予定されたお見合いは、純やドMのオークたちにより話自体がなかったことにされている。
それこそ、あらゆる手段を使って潰しにかかった。
純は直人を睨み付けた。
「では君は、何も知らない見合い相手の男性に――あの摩耶ちゃんを押しつけるというのかね? 私にそんな……酷いことは出来ない!」
摩耶を心配していると言うよりも、摩耶の見合い相手である男性を心配しての発言だった。
「冗談ではなく、本気で今の摩耶ちゃんならなんでもやるぞ。分かっているだろう? 今の摩耶ちゃんは――」
会場の外。
話し合っていると、摩耶が控え室から出て来た。
純白のウェディングドレスが眩しい。
純も直人も、その純白がいつ真っ赤に染まってもおかしくない中、緊張した様子で顔に笑顔を張り付けた。
「おじ様、一条さん、ここにいらしたんですね」
純は背筋を伸ばす。
「着替えたのかい? さっきの衣装は気に入らなかったのかな? だが、そっちも似合っているよ」
直人が緩めたネクタイを戻しつつ同意していた。
「少し露出が多い気もするけど、今の流行なのかな? 似合っていますけど、男だからこういうのは疎くて」
摩耶が高校生でありながら化粧をしてドレスを着ている。
それを誰も咎めない。
「沢山衣装があるから選んでみたんです。もう少しこの辺りを短くしてくれると動きやすいですかね。でも、露出が多いのは同意かも」
嬉しそうな摩耶だが、こんな彼女が包丁を持って街を歩き明人を刺して自分も死ぬ! というのを実行しようとしたのだ。
明人が結婚して、などと言わなければ……今頃は結婚式の会場ではなく、葬式の会場でみんな顔を合わせていただろう。
そう思うと、直人は笑えなかった。
(すまない、ポン助君。……俺たちにはどうすることも……)
明人や摩耶たちの勘違い。そして、すれ違いによって危機は脱した。
だが、純はその程度で問題が解決するなんて思っていなかったのだ。
だから結婚式を挙げさせようと思った。
直人は横で微笑んでいる鬼畜生の横顔を見た。目を背け俯く。
純が直人に言った台詞。
『今のあの子たちに現実や仮想世界の区別はない。しかし、病院送りにも出来ない。摩耶ちゃんの両親が抵抗するだろうし、その間に血が流れたら大問題だ』
『だからって……ポン助君を生け贄のように扱うんですか!』
『みんな美女に美少女! 何の問題がある! 彼は――明人君は、現実世界で幸せを掴んだ……そう思っているから良いじゃないか』
『その幸せは幻じゃないですか!』
『……幻だろうと、本人が幸せでそれを現実と思えば同じ事だ。偽の結婚式を挙げるくらいで問題が片付くなら安い物だ!』
……そう、これは偽の結婚式。
誰一人として婚姻関係を結んでいないし、参加している一人に限っては人妻だ。
ミノタウロスのナイアを探し出し、結婚式に参加してみないかと手紙を出した。
オークたちが一晩で相手の身元を調査しており、その有能さには直人も舌を巻いた。
摩耶が嬉しそうに自分の姿を見せてくる光景は、ハッキリ言って微笑ましいとは言えなかった。
まるで狂気だ。
この結婚式も、そして参加者たちも理解している。
客として来た仲間たちの中には、本当に泣いている者もいた。
それは、明人が何も知らずに少し照れくさそうに、しかし嬉しそうにしているのが良心を苦しめるから。
純が笑顔で言う。
「ははは! これは、摩耶ちゃんの良心にも見せるべきだったかな。いや、本番まで取って置いた方がいいのかな?」
すると、摩耶の表情がなくなる。
「本番? ……何を言っているんですか、おじ様? これが本番ですよ。だって、今日は私とポン助との結婚式ですから」
直人が一瞬にして、地雷を踏んだと気が付き焦った。
しかし、純は慌てない。
「摩耶ちゃん。言いたくはないが、両親や周りに祝福されない結婚は不幸だよ。まぁ、その時には、ね。摩耶ちゃんと鳴瀬君の二人で、さ」
これは本番ではない。だが、いつか二人で、などと意識をさせると摩耶に表情が戻るのだった。
「そ、そうね、おじ様! 本番のための予行演習よね! 二回も結婚式をやったら駄目とかいう決まりもないし!」
「もちろんさ!」
笑顔の二人を見て直人は思った。
(なんて悲惨な結婚式が始まろうとしているんだ)
控え室。
ナイア――【瀬戸 理彩】は、娘の前でウェディングドレスに身を包んでいた。
結婚式への参加は、ホテルの従業員への教育。
本当の結婚式ではないと聞いていた。
客として参加するのかと思ったら、まさか新婦側での結婚式。
おまけに新郎は一人になのに、花嫁は八人もいた。
撮影などを行っているので、人を多く用意したにしてもおかしい。
ただ――。
「ママ、凄く綺麗」
幼い娘が目を輝かせ見てくるので、悪い気はしなかった。
「ありがとう」
娘が理彩の周りを回ってその様子を見ていた。
「ねぇ、ママ。パパとの結婚式でもこんなお洋服を着たの?」
理彩は当時を思い出す。
「……う~ん、もっと落ち着いた感じだったかな」
必要最低限の結婚式。
自分の意見など全て無視。
ただ、関係者やら友人を呼んで結婚したと見せただけのようなものだった。
理彩はお腹周りをさする。
(それにしても、ここ最近でお腹が絞れてきていて良かった。本当なら参加して食事を食べて雰囲気とか味わうだけのつもりだったのに)
参加すれば交通費やらアルバイト代が出る。
娘の面倒も見て貰えるのと、家にいたくなかったので参加した。
「……そうなんだ」
娘の様子がおかしい。
「どうかしたの?」
娘は最近、家庭の様子がおかしいのを察していた。
「パパがね、また結婚するかも知れないって。だから、新しいママのいう事を聞くんだよ、って」
それを聞いて理彩は言葉を失った。
ただ、娘の前なので気丈に振る舞う。
「そっか。聞いちゃったのか。どうなるか分からないけど、ママは貴方のママだから安心してね」
「……うん」
「そうだ。今日の夜はこのホテルで食事をして帰ろうか。パパ、今日は遅くなるだろうし」
帰ってこない理由は浮気。
理彩は知っていた。だが、自分が騒いでもろくな事にならない。
夫の実家はそれだけ力を持っていた。
「なら、オムライスが食べたい!」
「え~? お子様ランチは?」
「もう大きいから食べないの!」
頬を膨らませる娘を見ながら、理彩は力なく笑うのだった。
別の控え室。
ウェディングドレスの調整を終えた八雲は、数日前のことを思い出す。
「……本当に失敗だったわ」
あの日。
明人を刺して自分も、などと考えていたのだが……明人に結婚しようと言われ目が覚めた。
しかし、だ。
告白されたのに、自分は朝から投げやりになっており何の準備もしていなかった。
アルバイトが終わった後で汗もかいていた。
おまけに下着も勝負できる下着ではなく、摩耶がいる状況で既成事実が作れなかったのだ。
摩耶もそれは同じ様子だった。
普段よりも気を抜いた恰好だったためか、告白後にホテルに連れ込んで――などという選択肢が選べなかった。
何しろ、ゲーム的に言えば装備品【包丁】【布の服】。
勝負になど出られなかった。
二人とも、明人に送られる形で家に戻った。
同室の女子たちが凄く心配していたのか、八雲が戻ってくると本当に泣きそうになっていたのを思い出す。
「時間があったんだから、朝念入りに準備をしておけば……いえ、大丈夫。ここから十分に巻き返しが出来るわ」
しかし、問題もある。
結婚式が開かれることになったのは良い。
摩耶の伝手で行われることになったので、この際だから摩耶はいてもいい。
しかし、リゾート地で出会った女たちがいるのは我慢できなかった。
どうして八人も花嫁がいて、新郎が明人一人なのか?
などという疑問やら常識は、今の八雲にはない。
ただ、明人と結婚できれば良い。
既成事実を作って一番になるのはその後の話だ。
……本人はそう思っていた。
「ちくしょう……でも、結婚式後にポン助と会える機会なんてアルバイトくらいしか残ってないじゃない。後は夏祭りくらいしか」
残り少ない夏休み。
明人たちにとって、とても濃い夏休みももうすぐ終わろうとしていた。




