血の雨降る観光エリア
「え? アルバイト? ポン助君、学生でアルバイトなの?」
「えぇ、まぁ……はい」
希望の都にある観光エリア。
以前よりも規模を縮小してはいるが、施設は揃っており相変わらず人気だった。
芸能人を真似たアバターも多く、妙な不気味さがあるのも変わらない。
そんな観光エリアにミノタウロスとオークのカップルがやってきているのは、なんとも異様な光景である。
別にヒューマンや、美形アバターだけのエリアではないが、浮いているのは事実だった。
観光エリアを中心に活動しているプレイヤーたちにしてみれば、ゲーム中心であるポン助たちは邪魔な存在だ。
自然と視線がきつくなっている。
ポン助とナイアが結婚した理由。
それは互いにメリットがあったからだ。
互いに前衛職。お互いに与える恩恵が欲しかったのもある。
ナイアにしてみれば、結婚したらその後に会うつもりもなかった。
アバターを強化する意味合いで結婚したに過ぎない。そもそも、ゲーム内の結婚に大きな意味を求めていない。
それはポン助も同じだった。
「あれ? でも、特待生とかは? スポーツで推薦を貰う様な子じゃないの?」
驚くナイアにポン助は首を傾げていた。
「いや、部活とかは入れませんし。そもそも、月額料金も自腹ですよ」
取りあえず結婚すると貰えるチケットがあったので、使っておこうとポン助と一緒に観光エリアに来た。
何気ない会話をする中で分かったのは、ポン助がナイアの思っているようなエリートではないことだった。
「ふ、ふ~ん、そうなんだ。動きが良いからスポーツや部活をやっている人かと思ったわ」
(嘘。読み間違えた? いや、だってあの動きは一般人には無理って言うか)
古参プレイヤーでもなく、あそこまでプレイヤースキルが高いとスポーツ関連で高い才能を持っていることが多い。
そう判断したナイアだったが、見事に外れてしまった。
適当に会話をして、今後は付き合いもない関係に持ち込むつもりだった。互いにステータスやスキル的なメリットを重視しての結婚だ。
ゲーム内で一緒に生活するなど有り得ない。
「現実世界で体を鍛えると、ゲーム内でもある程度は動けるそうですよ。僕もそれを聞いて体を鍛え始めたんです」
「へ、へぇ……」
(ヤバい。どうしよう……この子、結構苦労している感じの子だ)
話を聞いて分かったのは、高校生で一人暮らし。
アルバイトをして生活しており、割と真面目だが才能が軒並み低い。
エリートで育ってきたナイアからすれば、言わなくても家族間の間柄を察することが出来た。
ポン助は語ろうとしないが……兄弟間の格差を感じる。
そんなポン助が自分の娘とかぶってしまう。
自分の娘も、将来的にこんな扱いを家族にされるのだろうか?
それはナイアにとって耐えられなかった。
観光エリアにある喫茶店に入って会話をしているわけだが、そんなポン助たちの近くには四人組が座っていた。
全員美形アバターで、使っているのはヒューマンやらエルフだ。
性能よりも見た目重視の装備は布の服。
ファッション性を重視した物である。
「はぁ、運営も仕様を元に戻してくれないかな」
「課金アイテムを換金するのも面倒だよね」
「ゲーム性とか求めていないし。というか……」
「こっちに来ないで欲しいよね。何、あの外見? ネタでも有り得ない」
美形立ちがポン助とナイアに視線を向け、顔をしかめていた。
観光エリアは自分たちの縄張り。
その意識が強く、ゲーム性を重視しているプレイヤーが来ると排他的になるのだ。
ナイアは腹が立つ。
(縄張り意識とか動物かよ。お前ら、私たちより動物だよ。そんなに来て欲しくなかったら、マーキングでもしろよ)
外見だけを見れば、ナイアやポン助の法が動物的である。
しかし、どちらの言動がより知的かと言えば……。
「ナイアさん、出ましょうか。ここにいても面白くありませんし」
紳士的なポン助が店を出ようとする。
立ち上がると、四人組がポン助に向かって。
「さっさと出ていけ、負け組」
「本当に嫌だよな。攻略に夢中な奴ら、って基本的に現実に居場所がない負け犬だし」
「あぁ、それ分かる。仮想世界で戦うとか意味が分からないよね」
「現実で鬱憤がたまっているから、ストレス発散じゃないか?」
負け組――そう言われているポン助は気にした様子がなかった。
いや、気にしないようにしているのだろう。
しかし、ナイアからすればポン助と自分の娘を重ねたばかり。
四人の態度が許せなかった。
飲んでいたアイスティーのグラスを持って四人に投げつけると、グラスは当たる前に砕けるように赤い光になり消えていく。
「……は? 何、こいつ今、俺たちに何をしたの?」
「底辺だわ。本当にこういう態度が底辺だよ」
「牛に人の言葉が分かるわけがないじゃない。もぅ~、って言って上げなきゃ」
「化け物が私たちの目の前に来るんじゃないわよ」
ポン助が謝罪をしつつ、ナイアを自分の後ろに下がらせた。
「ナイアさんは下がって。すみません、すぐに出ていきますから」
しかし、美形の男性エルフが立ち上がった。
「待てよ。落とし前を付けさせてやるよ。ゲーム、得意なんだろ? 俺ってリアルでボクシングしているし、お前と決闘っていうの? それで勝負してやるよ」
ポン助が慌てているのを見て、彼らは怖がっていると思ったらしい。
しかし、ナイアには分かっていた。
(阿呆が。レベル二百超えと、レベル十もないお前とで決闘なんかしたらいじめだろうが)
実際は、ポン助は狂化の影響でレベルが大きく下がっていた。しかし、それでも目の前の男とはプレイヤースキルでも埋められないレベル差が存在している。
レベルが十も違えば、プレイヤースキルで相手を倒すなど神業に近い。それが出来るような相手には見えなかったし、レベル差は十を超えている。
仮にレベル差を撤廃したとしても、純粋な前衛であるポン助とエルフの男性では相手にならない。
相手は殴り合いをしたいらしいが、素人がプロに喧嘩を売っているようなものだった。
プロが怪我をさせたくないので困っているという状況が、ポン助の焦りの原因だった。
「い、いえ、出来ません。本当に申し訳ない。すぐに出ていきますから」
しかし、ポン助は優しいのか相手のプライドを傷つける言い方をしなかった。
ゲームに関して知識が乏しい四人組は、そんなポン助の態度を見て怯えていると思ったのだろう。
現実世界で脅すようなやり方が、ゲームで通用すると思っているだけ滑稽にナイアには見えていた。
(こいつ晒そうかな)
そんな事をナイアが考えていると、喫茶店のドアが吹き飛ぶ。
全員の視線がそこに向くと、赤い血のようなドレスを纏い金銀で装飾されたガンドレットやブーツで武装した女性が、ポンプアクションを動かし弾丸を込めていた。
金髪が綺麗なのに、目は狂気に染まっている。
ポン助は声を絞り出し……。
「まさか……ドアを撃ち抜いたのか」
散弾銃でドアを破壊し入ってきた人物は、ポン助の超えに反応するとニヤ~と口元を三日月のように広げ笑っていた。
「み~つけた」
ナイアは思考が停止していた。ドアを吹き飛ばされ、NPCたちは騒ぐもプレイヤーたちの方は唖然としている。
動きが鈍かった。
エルフの男性が文句を言うために女性の前に出た。
「テメェ、いったいどういう――」
女性が装飾されたショットガンをエルフの男性の頭に向け、そのまま引き金を引いた。頭部が赤い光になり吹き飛ぶ男性。
体が吹き飛ばされ、残された三人のいるテーブルに頭部のない体が投げ出される。しばらくして赤い光に包まれ消えていくのだが……。
「きゃぁぁぁ!」
女性が叫ぶと、もう一人の男性が手に武器を持った。
簡単に手には入るようになった拳銃を装備し、女性――アルフィーに向かって引き金を引く。
「このアマァァァ!」
何度も引き金を引くが、アルフィーは笑ったままゆっくりと男性に近付いていた。弾丸は当たってもたいしたダメージを与えていない。もしくは、弾かれていた。
男性に近付くと、ポンプアクションを行いショットガンの銃口をお腹に向けて――。
「邪魔だよ」
――引き金を引いて吹き飛ばした。
観光エリアで流行った武器がある。
それは拳銃だ。
日本人にとって拳銃が手には入らないのは、過去と同じである。そのため、仮想世界のリアルな拳銃を持つことに憧れを持つ層がいた。
海外の俳優をアバターにしているプレイヤーの中には、拳銃をアクセサリーのように持つ場合もある。
とにかく、観光エリアで人気がある武器だった。
中にはマシンガンを購入して、ギャングの真似事をしているプレイヤーたちもいるのだが――。
「ちくしょう! 当たれ! 当たれよ!」
「来るな。来るなぁぁぁ!」
「あいつどこに――へ?」
狭い路地で銃を使用するギャングを真似たプレイヤーたちは、一人のハイエルフに全員首を狩られていた。
その手際は見事と言うしかなく、一切の情け容赦もなかった。
一人だけ生き残ったプレイヤーが、撃ち尽くした拳銃の引き金をカチカチと引いて震えている。
赤毛のハイエルフが、そんなプレイヤーを蹴飛ばした。
「おい、ここに恰好良いオークと、不細工なミノタウロスが来ただろ? どこに行ったか教える気になった?」
プレイヤーたちは、人を探しているマリエラにナンパしたのだ。
外見は良かった。
運営の目が届かないエアポケットに行けば、楽しめると知っていた。中身がオッサンだろうが関係ない。仮想世界でアバターが女なら問題なかった。
だが、一人を残して全員がマリエラに狩られてしまった。
「あ、あっちに行きました」
「そう」
プレイヤーの顔を踏みつけて潰し、赤い光に替えるとマリエラは歩き出した。
「イライラする。さっさと教えろよ、カスが……ゴミが! それよりもあいつだ……あのミノタウロス、捌いてステーキにしてやるよ」
目につき、声をかけてくるプレイヤーを片っ端から排除するマリエラだった。
言動が徐々に危なくなり、本人が想像しているよりも危険な状態にある。
すると、路地を曲がったところで壁の壊れる音が聞こえてきた。
そこには観光エリアのプレイヤーが数人……潰されて赤い光に変わっていた。
ノインだ。
鎖に繋がった大きな鉄球を振り回し暴れ回ったのか、周囲の建物にも被害が出ている。それらは逆再生をするように再生していくが、ノインは鉄球を振り回し始めた。
「糞がぁぁぁ! 知りません、じゃねーよ! 人をこんなところにまで連れて来て、騙される方が悪いとか言いやがって!」
どうやら、ポン助たちを知っていると言ったプレイヤーに路地裏に連れ込まれたらしい。
マリエラがステータス画面を確認すると、この場所がエアポケット――運営の目が届かないエリア――になっていた。
マリエラはノインに声をかける。
「五月蝿いんだよ、ビッチが。それより邪魔だから退けよ」
ノインがマリエラに振り返ると、鉄球を振り回して攻撃してきた。
「ガキが、殺すぞ」
「やれるならやれよ。お前は前から気に入らなかったんだ。ポン助にたかる蝿が!」
ポン助を探していたマリエラとノインが、そのまま戦闘に入ってしまう。
観光エリアの普段静かなはずの裏路地が、一気に殺伐とした光景へと変わってしまった。
「はぁ……はぁ……」
どうしてこんな事になってしまったのだろうか?
ポン助は自分に何度も問いかけるのだった。
仲間たちへのメッセージは既に送っている。
観光エリアの目立たない建物。
かつて、ボブと一緒に汗を流したその建物には隠れられるスペースがあった。そこにナイアと身を潜めている。
「い、いったいさっきの人たちは?」
ナイアも恐怖で息が荒かった。
喫茶店に殴り込みをかけてきたアルフィーだったが、邪魔をしてきたプレイヤーがいたのでそちらに意識が向いていた。
ポン助は危機感を覚え、ナイアの手を取って喫茶店から逃げ出したのだ。
途中で見かけたアンリが、絡んできたプレイヤーを槍で突き刺していたのを見て狭い路地に逃げ込んだ。
怖かった。本当に怖かった。
本来であれば注意するべき立場にいたのだが、ポン助の勘が囁いた。
(アレは駄目だ。捕まったら駄目だ)
まるで野生の勘。
考えるよりも体が逃げることを優先し、ナイアを連れてここまで逃げてきた。
「し、知り合いです。普段はあんな事をしないんですが、どうして暴れているのか分からなくて」
ナイアが座り込んでいる。
「止めさせた方が良いわよ。アレ、迷惑行為だからログイン禁止にされるわ」
「そ、そうですね。連絡を取ってみます」
だが、手が震えて彼女たちに連絡が取れない。
ポン助は、助けを求めた仲間たち――ルークからの返信を受け取った。
「来た!」
ルークのメッセージには。
『すぐに行くから隠れていてくれ。大丈夫だ。なんとしても助け出す。最悪の場合、強制ログアウトで逃げるんだ。いいか、絶対にあいつらに見つかったら駄目――』
そこまで読むと、建物内に足音が響いた。
……ヒールを履いているような音だった。やけに不気味に建物内に響く。
プレイヤーの数が多くない建物というか、この建物にはNPCしかいなかった。
「誰か来たわね」
ナイアが顔を出そうとすると、ポン助は無理やり手を引いて口を押え込む。
息を殺し、そして足音が近付くと……リリィの姿が見えた。
こちらに気が付いていないリリィの目が怖い。まるで飢えた獣を通り越した何かだった。
両手に拳銃を握りしめ、それがリリィの持つ本気装備だと思い出したポン助は背筋が寒くなった。
(ちょっと待って。どういう事? なんでリリィさんも参加しているの?)
もしかして、アルフィーとマリエラなら嫉妬してくれるかも知れない。そんな淡い気持ちを抱いていたポン助だが、現実は甘くなかった。
普段とは違う仲間の様子に、困惑を隠せなかった。
リリィが離れて行くのを確認して、ポン助はナイアを解放する。
「ちょっと、彼女も知り合いなの?」
「……逃げます。とにかく観光エリアから逃げないと」
ポン助は真顔で言うと、ナイアの手を取ってその場から出た。
すると――。
「……ポン助さん、どこに行くんですか?」
出入り口で待ち構えていたイナホが、ハイライトの消えた目でポン助たちを映していた。
「イナホちゃん……君までどうして?」
ポン助のせいで、観光エリアに七人の獣が放たれたこの日……血の雨が降った。