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現実の世界

 陸の恋人である鏡は、軍用車の中で部下と話をしていた。


 部下二名は装備を着用しており、アサルトライフルも車内には積み込まれている。他にも武器が積み込まれ、随分と物騒だった。


「状況は?」


「例の集団は近くにあるホテルに向かいました。どうやら、セレクターがギルドマスターをしており、引き寄せられた可能性が高いです」


 鏡は少し疲れた顔をしながら、車内の時計をチラリと見た。


「……時間の無駄だったわね。これでは、あの男を笑えないわ」


 情報屋とは別に、独自で調査を行っていたのだ。


 鏡――ミラは、自分の恰好を見る。


 随分と体を動かしたために衣服はボロボロで、随分と汗もかいていた。


「一度宿泊施設に戻るわ。それから陸を迎えに行くから、貴方たちも切り上げてバカンスを楽しみなさい」


 部下の一人が口笛を吹く。


「気前が良いですね、隊長」


 鏡は肩をすくめていた。


「無駄骨だったからね。それにしても、私の勘は敵がここにいると囁いたのだけど」


 コソコソと動き回る個人か、それとも組織か。


 追いかける目的でリゾート地まで来たが、狙っていた集団はどうやら違うらしい。


「そう言えば、ギルマスの友人は警察のお世話になったらしいですよ。まぁ、一晩で解放されたようですが」


 鏡はクスクスと笑っていた。


「あの子も随分な面子を引き寄せるわね」


 車が使用している宿泊施設へと向かうと、鏡はスマホを取りだして陸に連絡を取る。


 その声色は部下に対する物と違って少し明るい。


 嬉しさがにじみ出ていた。


「えぇ、終わったわ。そっちは?」


 陸が明人のことを報告すると、鏡がクスクスと笑う。


「もう少ししたら迎えに行くから待っていてくれる。そう、それでいいわ」


 電話を終えると、鏡は朝日を見た。


 眩しいために目を細める。


(あの強さ……そう言えば、あの特徴はどこかで聞いたことがあるわね)


 戦った女性兵士を思い出し、彼女もセレクターに呼び寄せられたのかと思うと少し悪い気がする鏡だった。


(もしかして恋路を邪魔してしまったかしら?)


 セレクターは関係者を引き寄せる特徴を持つ。


 それは現実世界でも同じだ。


 彼らの周りには接触可能な人物たちが集まり、そうでない場合は現実世界に干渉してでも引き寄せてしまう。


 そんな馬鹿なことがあるのか?


 鏡も最初は疑ったが、今では少しも疑っていなかった。


 何しろ、VRマシンはプレイヤーと繋がっている。


 当事者だけではなく、その関係者とも繋がっている。


 会おうと思えば簡単に会えてしまう。


 それはまるで、運命に操られているかのように、だ。


 偶然手に入れたチケット。


 偶然旅行先が同じ。


 偶然に出かけた先で出くわしてしまう。


 そういった出来事が必ず続く。


 それもセレクターを中心にしており、ある意味でセレクターはVR世界だけではなく現実世界でも強い権限を持っているのと同じだった。


 目には見えない力により、守られ動かされている。


 だから、偶然にも目を付けた集団が明人の関係者なら……この場にいてもおかしくはなかった。


 そう、元大臣たちは鏡に見つけられていたが、明人の関係者であるために見逃されていたのだ。






 明人たち三人を乗せた車には、純も乗っていた。


 運転席後ろ。その後ろに明人たちが座って眠っている。


 電話をしている純は、摩耶の父親と話をしていた。


「だから、色々とあったんだ!」


『色々だと! お前、ふざけるなよ! なんで男なんかと一緒の部屋に泊めたんだ! あの子が嫁入り前だと分かっているのか!』


 高校生の男女を一緒の部屋に寝かせたと知られてしまい、純はその言い訳に苦労していた。


『大体、娘が何を言おうが止めるのが大人の役目だろうが!』


 純は親友とも言える男に対して苛立っている。


(私はお前の娘のためにどれだけ悩んだと……楽しみにしていたオフ会もキャンセルしたというのに!)


 双方共に言い分がある。


 いや、純の方が明らかに不利だろう。


 何しろ正しいのは摩耶の父親の方だ。


『その小僧はうちの学園に通っているそうだな? 住む世界が違うと分からせる必要がある』


 何事もなかったと説明しても、腹立たしいのか明人のことが許せないらしい。


 純は焦って止める。


「おい、馬鹿なことは止めろよ。いいか、振りじゃないからな。絶対にするなよ!?」


『世間という物を教えてやるだけだ。退学をちらつかせればすぐに大人しくなる』


 純は明人が憐れに思えてくる。


 何しろ、何度も睡眠薬を飲まされた被害者である。


 今回も摩耶に睡眠薬と媚薬やら性欲剤を飲まされそうになっていた。


 どちらに非があるかと言えば明白だ。


「……言っておくが、お前の娘は加害者だからな」


『はっ! 何を言っている? 男がいる部屋に可愛い摩耶を放り込んでおいて! 男はみんな狼で加害者なんだよ!』


 娘のことを考えるあまり、正常な判断が――いや、逆に普通なのだろう。


 摩耶の場合、狼が摩耶自身だというだけ。


 普通は誰もそう思わない。


「とりあえず退学やら休学は止めろよ。振りじゃないからな」


『な、なんだというのだ! こっちは心配して昨日は眠れなかったんだぞ!』


 純も大変だったと文句を言ってやりたかった。


「とにかく馬鹿な真似はするな。いいか、絶対だぞ!」


『お前はどっちの味方なんだ!』


 言い争いを始める親友たち。


 後ろでは真ん中に座るポン助の両肩に、頭を乗せている八雲と摩耶の姿があった。三人とも疲れ果てて移動する車内の中で爆睡している。


 純の声だけが車内に聞こえていた。


「私がどれだけ頑張ったのか聞きたいかぁぁぁ!」






 夏休みも半ばを過ぎ、そして待ちに待ったサービス再開が近付いていた。


 連日連夜、パンドラ関連のニュースが放送されその日がいかに待ち遠しいかが分かる。


 高層ビルの窓から夜景を見下ろす情報屋は、鏡はチキンを食べながら炭酸飲料で祝杯をあげていた。


 明らかに体に悪そうな食べ物を、気にせず食べ続けている。


 ブクブクと太り続ける体を最早気にしない。


 近くに立っていた細身の男性が呆れている。


「少しは食べる量を減らさないと、大事な日の前に死ぬことになりかねないぞ」


 そんな忠告も情報屋の耳には届かない。


「いつでもあっちの世界に行けるから大丈夫だ。ほら、見てくれ」


 体の中にVRマシンに接続する部品を取り付け、情報屋が乗っている卵形の宙に浮く乗り物と繋がっていた。


「……準備が良いな」


「だろ? もういつでも平気さ。それより、試作品はどうした?」


 パンドラを完成させるため、月から運び込んだ装置で実験を行った。


 そのための試作品があるのだ。


「予備として別の場所に保管している。それはそうと、もう後には戻れないぞ」


 細身の男性は顔色が悪い。


 情報屋は食べ終えた鶏肉の骨を床に投げ捨てた。


「とっくに引き返せないところに来ている。何、大丈夫だ……一時は文句を言われるだろうが、時期に救世主と呼ばれるようになる」


 全人類を仮想世界へと移住させる計画。


 それは誰もが悲しまない世界が生まれるはずだった。


 誰もが自分の世界で主役になれる世界。


 英雄にも、王様にも、お姫様にだって慣れる世界が人類を待っている。


 ただ、そんな世界に行くために不要な体を捨て去る必要があるだけ。


 それだけで人は神の領域に進めると、本気で彼らは信じていた。


「……パンドラのAIは必ずこちらの味方をするとは限らないのを忘れるな」


 情報屋がゴソゴソと新しい揚げ物を取り出す。


「勝利の女神は移り気だから仕方がない。だが、セレクターたちはこちらの手の内だ」


 魅力的な世界が待っているのだ。


 現実世界に多少干渉する程度ではなく、本当の意味で人は自由になれる。


 人が自分だけの世界に閉じこもるだけではない。


 同じ世界を共有するための場所もある。


 それがパンドラの箱庭だった。


「さて、憤怒の世界と……このくそったれな【現実世界】って奴を攻略しようじゃないか」


 情報屋がニヤニヤ笑っていた。


 彼らの言う九つの世界。


 その一つは現実世界を指していた。


 部屋にある大型モニターでは、パンドラのサービス再開をニュース番組が大々的に取り扱っている。


 現状、VRに触れない人間は地上にはない。


 世界中の人々がパンドラにログインするように仕向け、そしてその計画は大きく成功を収めていた。


 情報屋が炭酸飲料を口からこぼしつつ飲み干した。


「むしろ問題が少ないくらいで驚いているよ」


 細身の男性がポケットに手を入れ背中を丸めていた。


「ミラから敵を探すように言われているはずだが?」


「あの女の件ならいいのさ。人には偉そうに言っておいて、自分は失敗しているような女だからな」


 自分たちに敵などいない。


 情報屋が自惚れるほどに計画は順調に進んでいる。






 明人は夏休みに実家に帰省していた。


 家族は下に弟妹がいるので騒がしく、強い日差しが続く中を元気に走り回っている。


 欠伸をしながら階段から降りて居間にやってきた明人に、両親が少し驚いていた。


「なんだ、随分と早いじゃないか」


 タブレット端末でニュースを確認している父親に頷く。


「いつもはもっと早いんだけどさぁ……」


 弟妹が騒がしく起きてしまったと目で語る。


 視線の先には朝の体操から戻って来た弟妹が、食事を済ませモニターの前でアニメを観ていた。


 明人の知らないアニメは、どうやらファンタジー世界を舞台にしたようなものらしい。


 大型モニターでアニメが始まると静になる弟妹に苦笑いだ。


「あんたも少し前はこうやっていたのにね。それより、進路は決めたの?」


 明人は出された朝食を食べる。


 一人暮らしでは自分で用意するしかなく、こういう時に母親のありがたみを感じていた。


「うん……大学を出て就職……かな?」


 父親が呆れていた。


「なんだ、まだ決めていないのか? 卒業後に就職も悪くない。必要な資格を取っておけば雇って貰えるぞ」


 あまり明人の進学に興味のない両親は、明人の成績を知らない。


 そもそも成績など知らなくても、明人が平凡程度の才能だと知っている。


 学園に通っているという事は、何も問題がないと思っているのだ。


 それよりも、教育に関しては弟妹の方が熱心だった。


 何しろ明人よりも才能に恵まれている。


 母親が声を張り上げた。


「二人とも、それが終わったら塾に行く準備をしなさいね」


「は~い」


 明人が小学生や中学生の頃は通っていなかった塾に通っている。


 両親は特に次男に期待を寄せていた。


「もう、本当に困ったわね。あんたたち、そんな様子ならVRマシンは取り上げるわよ」


 母親の話を聞いて明人は顔を上げた。


「え、買ったの?」


 父親が言う。


「あぁ、家族が使用できるタイプが安く売られているからな。周りも持っていると言うし、何より二人に頼まれたからさ」


 才能があって可愛い二人の弟妹に言われ、父親も財布の紐が緩んだらしい。


 明人とは扱いが違っていた。


 だが、それが普通だと思っていた。


 可能性のある方に金をかけるのは正しい判断と言える。


 個人的に納得が出来ないとしても、だ。


(まぁ、それが世の中って奴か)


 VRが日常に広く普及した事で、人は持って生まれた才能を知った。


 そのため、兄弟内でこうした格差が生まれるきっかけになったのだ。


 努力も頑張りも、才能があればこそ許される話だった。


 才能もないのに努力することを無駄と言い切ってしまう世界。


 それはとても寂しいでもあったが、明人はそんな世界しか知らずに育った。


 時に両親の方針で、兄弟を平等に扱う家庭もあるが……明人の家庭は良くも悪くも一般的だったのだ。


「……明日にはアパートに戻るよ」


 明人のそんな話にも、両親はあまり関心がなかった。


「あら、そう? アルバイトもあるから大変ね」


「今の内に頑張っておくんだぞ。貯金もしておかないと、進学するときに大変だからな」


 母親が小さく溜息を吐く。


「そうよね。二人の塾の費用とかも大変だし。私たちも貯金しないといけないけど、出ていくばかりよね。明人、あんた二人の塾の費用を少し面倒見てくれない」


 父親が笑っていた。


「そうしてくれると助かる。二人は我が家の宝だからな」


 明人は苦笑いをしていた。


「……高校生のアルバイトに期待しすぎだよ」


 母親が一瞬だけ真顔になったのを、明人は見逃さなかった。


(少し期待していたけど、やっぱり駄目か、って思ったのかな?)


「そうね。しょせんはアルバイトだから無理よね。はぁ……毎月の出費が大変で困るわ」


 どこか冷たさを感じてしまう親子の会話だが、これでもまだマシな部類であった。






 その日。


 陸は一度実家に戻っていた。


 必要書類に保護者のサインがいるためだった。


 家に戻ると兄弟たちは部活動に出ていた。


 夏の暑い時期に汗水垂らして部活動を楽しんでいるのだろう。いや、それとも地獄を味わっているのか?


 陸には関係なかった。


 プロになれなかった両親が、書類にサインをしながら文句を言う。


「……仕送りは出来ないのか? あいつらは今が一番大事な時期だ」


「そうよ。もう少しだけ頑張れる環境を用意してあげたいの。陸、貴方にも分かるわよね? 貴方が諦めた分を、あの子たちが頑張っているのよ」


 諦めたと言われ腹立たしい陸が書類だけを貰って確認する。


(諦めた? 諦めさせただけだろうが)


 本当に少しだけ才能がなかった。


 そのために陸は部活をする権利を奪われた。


 社会からだけではなく、両親からも奪われた。


 そして他の兄弟たちが成功するために協力しろと言われている。


 いつの間にか、陸の夢まで兄弟は背負っている話になっていた。


「興味がないな。借金でもすれば良いだろ」


 両親の顔など見ずに書類を持って家を出ると、そこには車が一台待機していた。


 鏡がスポーツカーに乗って待っていたのだ。


 陸の態度に腹を立てた両親が玄関まで来ると、高級車を前に唖然としている。


 すぐに車に乗り込むと、何やら叫んでいる両親を無視して車を出すように頼む。


「行ってくれよ」


「了解」


 スポーツカーをマニュアル――自分で運転するミラは、隣に座る陸を見て声をかけた。


「ご両親とは上手くいっていないみたいね」


「どこも同じようなものさ。それより、明人と約束があるから急いで貰えるか? こんな事に時間を使いたくなかったぜ」


 明人の名前が出ると、鏡が少し嫌そうな顔をした。


「随分と大事な友達みたいね。妬けちゃうわ」


「……おい、違うぞ。そういう関係じゃないからな!」


 陸が必死に否定するのを聞いて、鏡は楽しそうにしていた。


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