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すれ違いの果てに

 明人たちが宿泊していた部屋。


 そこは真っ赤に染まっていた。


 まるで返り血を浴びたような女性が七人。


 無言でその場に立っている。


 周囲には、少し遅れてやってきた純や直人を始めとした明人を探していた人たちがやってきていた。


 グルグル――星が床に崩れ落ちるように座り込む。


「ポ、ポン助兄ちゃんが……」


 純は右手で顔を押さえていた。


「間に合わなかったのか」


 いくら探しても見つからない明人たち三人。


 純はマスターキーで部屋の中に入ったのだが、そこに待っていたのは七人の女性たちだった。


 鋭い眼光で純に振り返り、尋常ではない雰囲気を出していた。


 純と一緒にいたメンバーの一人が叫び、明人を探していた直人たちが駆け込んできたのが今の状況である。


 部屋の外では、仲間たちが連絡を取り合っていた。


 雪音が、泣きそうな七海を抱きしめつつ八雲を見た。


「先輩……どうして」


 八雲は苛立ちながら髪をかき上げる。


 赤い液体でベトベトしていた。


「どうして? ……それは、こいつらが急に入ってくるから」


 摩耶を始め、数人は手にナイフやフォークを持っていた。


「そうよ。というか、おじ様も人の部屋に入るとかどうかと思いますよ。……汚したのは申し訳ないと思いますけど」


 そんな事を言う摩耶に対して全員が思った。


(そうか、そんなに思い詰めていたのか)


 ――と。


 もう、彼女たちには正常な判断が出て来ていないのだ。


 そう思った直人が床を見る。


 妙に生々しい這った跡。綺麗な掌の跡まであった。


 もがいたような痕跡が、より凄惨な状況をその場にいた者たちに想像させる。


「警察に連絡をしましょう。なるべく部屋の物には触らない方が良い」


 直人がそう言うと、純は頷いた。


「許してくれ、摩耶ちゃん。そこまで思い詰めているとは思わなかったんだ。だが、だが! ……こうなる前に相談して欲しかった」


 摩耶は首を傾げている。


「いや、あの。申し訳なかったとは思いますけど、先に手を出したのはこいつらですよ。人の部屋に入ってきていきなり明人のことを聞いてきたんです」


 顔を拭いているのは杏里だった。


 タオルが赤く染まっている。


「はぁ? 出せって言っても出さないし、それにあんたらがやろうとした事を棚に上げて何を言っているのよ」


 八雲がイライラしていた。


「そもそもあんたら誰よ? 明人を出せとかどういう意味?」


 オロオロしている奏帆が二人の間に入った。


「待ってください! 話をしましょう。そうすれば誤解も解けますから!」


 弓が争ったのかボロボロになった服からこぼれそうな大きな胸を隠していた。


「ちょっと聞いてくださいよ。この子たちが~」


 そこに入口にいた人たちを押しのけは言ってくる集団がいた。


 純はその人物を見て目を見開く。


「あ、貴方は!」


 老紳士が部屋に入ってくると、その凄惨な現場を見て顔を伏せた。


「……遅かったか」


 八雲も摩耶も、この状況について行けないのかオロオロとしている。


 いったいどうしてこうなってしまったのか?


 それは数十分前の出来事だった。






 明人が来るのを待っていた八雲と摩耶。


 しかし、帰ってくる気配がない。


 少し気になった八雲は、部屋の外に出て様子を見る事にした。


 ただ、同時に顔を出した八雲を発見したのがレオナである。


「ちょっと待ってくれ。君は……ポン助。いや、鳴瀬君と一緒にいた友人だったかな?」


 明人の友人と決めつけられ少し腹も立ったが、実際にまだ友人だ。


 そう、まだ、だ。


 相手は二十代前半の大人な女性が二人。


 八雲は少し警戒する。


(なんでこんなに胸が大きいのよ。明人がガン見するじゃない)


「なんですか? 私、忙しいんですけど」


 弓がへらへら笑っていた。


「またまた。夏休みで遊びに来ているんでしょ? 忙しいはずがないじゃない。それとも……部屋の中で何かやっているのかな?」


 八雲は二人に警戒心を強めた。


 部屋に戻ろうとすると、二人に挟み込まれる。


「……退けよ」


 レオナが立ちはだかりつつ、八雲の行く手を腕で塞ぐ。丁度、壁に手を当てている。


「少し話をしたい。鳴瀬明人君を知っているね? ……マリエラ」


 パンドラ内のネームを言い当てられた八雲が目を見開く。


 そして、相手の顔や体を見てどこかで見た事があると思った。


 八雲が凄い形相で睨み付ける。


(そうか……こいつらか)


 先程よりも警戒レベルを引き上げた。


 理由は、ゲーム内で明人に――いや、ポン助に近付くからだ。


「何のことですか? もう失礼しますね」


 弓が肩に手をかける。


「え~、マリエラちゃんでしょ? だって、アバターがほとんど身体データを弄っていないからすぐに分かったわよ。……ほら、早くポン助君を出しなさいよ」


 八雲が弓の両手を払いのけ言い放った。


「五月蝿いんだよ、このビッチが! 他の男でもナンパしてろよ。その無駄にでかい乳袋なら漁り放題だろうが」


 弓――ノインがギルドに入ったきっかけというか、出会ったきっかけは随分と酷い物だった。


 そのため、八雲は弓に対して否定的だ。


 何しろ、ポン助を困らせたから。


「……言ったわね」


 弓が八雲に手を伸ばすと、部屋から摩耶が出て来た。


「ちょっと、五月蝿いんですけど。喧嘩なら外でやってよね。そのまま帰ってこないならなおよし!」


 笑っている摩耶だったが、そんな摩耶の肩に手がかけられる。


 振り返ると背の高い女性。


 そして、どこかで見た事のある顔――杏里だった。


「ちょっと失礼するわね」


 クロエが笑顔で摩耶を取り押さえると、奏帆と杏里が大急ぎで部屋に入るのだった。


 そして、明人を探す。


「どこにもいません!」


「ちょっと、ポン助を出しなさいよ」


 強引な三人組みに対して、摩耶は呆れたというか唖然とするしかなかった。


 そもそも、こんな事をされるいわれがない。


「なんなのよ。いい加減にしないと人を呼ぶわよ!」


 八雲も摩耶も、スマホを充電中であるために手放していた。


 クロエが摩耶を壁に押しつけた。


「こっちも本気なの。それとも……見られると困るのかしら?」


 八雲たちも唖然としている。


 レオナがクロエに話しかけた。


「失礼だが、どういった関係だろうか? 私たちも用事があるんだが」


 すると、杏里が弓を見て――その大きな胸を見て。


「あ! こいつらノインとフランだ!」


 感で言い当ててしまった。


 すると八雲が激昂する。


「やっぱりお前らか! というか、なんでここにいるのよ。あんたら帰りなさいよ!」


 奏帆が泣きそうな顔で言う。


「だ、駄目です! だって……だって、このまま放置すると、ポン助さんが殺されちゃう!」


 八雲も摩耶も首を傾げた。


 摩耶が呆れている。


「いったいどういう事? なんで明人が殺されるのよ」


 そんな摩耶を押しのけ、レオナも弓も部屋の中に入っていく。


 八雲が慌てて追いかけると、中に入った女性陣が部屋の中を乱暴に捜索し始めた。


「ちょっとぉぉぉ!」


 叫ぶ八雲に、レオナがとんでもない物を見つけてしまう。


「……睡眠薬だ。以前、知り合いが使っていたな」


 全員の視線が八雲と摩耶に向くが、その視線は疑惑が確信に変わったものだった。


 弓がニヤニヤしていた。


「あ~、いけないんだ。こんな物を使っていったい何をするつもりだったのかな?」


 クロエが少し怒っていた。


「まぁ、単純に考えて寝ている方が都合は良いわね」


 そして弓が。


「……確かに確実よね。よし、私も試してみようかな」


 すると、奏帆たちが弓を見た。


「……な、何よ?」


 奏帆が震えている。


「ま、まさか貴方たちもポン助さんの事を狙って――」


 レオナが少し恥ずかしそうにしていた。


「ち、違う。ポン助君は私の……私の父に……いや、狙っていないわけではなくて」


 杏里が近くにあった枕を手に取り、レオナに投げつけた。


「この人殺し! あんたらにポン助を預けておける物ですか! とにかく出しなさいよ!」


 弓が驚く。


「人殺し!? な、なんで――って!」


 今度は弓にソファーのクッションが投げつけられた。


 レオナが近くにあった物を手に取った。


 それは、八雲が買ってきたケチャップである。


 それを投げつけると、摩耶が混乱して近くにあった物で叩き落とす。それは近くに置かれたナイフだった。


 ケチャップの中身が大量に飛び散り、そこで始まるキャットファイト。


 そうして全員が疲れ、なんとか離れて立ち上がったところに――。


「……ま、摩耶ちゃん?」


 ――純が来た。







「やってないわよ! なんで私たちがポン助を――明人を殺すのよ!」


「そ、そうよ! なんでそんな意味もないことをするのよ!」


 叫ぶ八雲と摩耶の二人だが、新たに入ってきた老紳士――元大臣に付き従っていた男が小さなビニール袋に入れた証拠品を見せる。


「一種類は睡眠薬だ。もう一つは特定できない薬物だな」


 元大臣が受け取った物を見て、八雲が冷や汗を流した。


「いや、あの……違うんです。それは違うの!」


 中身は、確かに睡眠薬。


 それと媚薬というか、精力剤であった。


「随分と用意周到だな」


 元大臣が悲しそうに女性陣たちを見ていた。


 弓とレオナが状況について行けていない。


「え、これってどういう事?」


「私が知る訳がないだろう」


 しかし、ここで集まった人たちの中に睡眠薬ともう一つの薬について詳しい人物たちがいた。


「おい、アレって」

「だ、だよな」

「ギルマス若かったよね? もしかしてもう頼っているとか?」

「いや、あの様子は……盛るつもりだったんじゃないか」


 八雲が顔を真っ赤にして顔を両手で隠していた。


 純も摩耶も、集団から視線を逸らしていた。


 混乱渦巻く現場に、人混みをかき分けて進んでくる人物がいた。


「ごめんなさい。通してください! あ、ごめんなさい! わざとじゃな――べふっ!」


 途中、雪音が叫んで男子高校生を一人引っぱたくとそちらに全員の視線が集まった。


 人混みをかき分け進んできたのは、頬を真っ赤にした明人である。人混みをかき分ける際に、雪音に触って平手打ちを貰ったようだ。


「いったい何が――って、ぎゃぁぁぁ!」


 明人が部屋の中の惨状を見て叫ぶ。


 すると。


「え、嘘」

「い、生きて……」

「ギルマスが生き――」


 まるで突然死人が現われたように、その場にいた状況が分からないメンバーが叫んでしまう。


「ぎゃぁぁぁあああぁぁぁぁぁぁぁああぁぁぁぁ!!」


 そして、ホテルに苦情が入るのだった。






 ホテルの一室。


 駆けつけた警察官たちが、並んでいる関係者を前に苛立っていた。


「……本当に気を付けてくださいね」


 明人は深く頭を下げる。


「すみませんでした」


 疲れた顔で帰っていく警察官たち。


 気が付けば朝になっていた。


 騒いだ結果、実は何事もなく勘違いが広がってしまったという事だけが分かった。


 疲れた顔でソファーに座っている純が溜息を吐く。


「……まったく、どうしてこうなってしまったのか」


 元大臣もソファーに座って首を横に振っていた。


「いや、まったくもって不思議ですね。まさか、ここにギルドメンバーが揃うなんて」


 話の中で分かったのは、ここにいる面子がギルド“ポン助と愉快な仲間たち”のメンバーという事だ。


 流石に明人も驚く。


 そして、話を聞いていた陸も同じだった。


「……明人、これって凄い確率だぜ」


「僕は宝くじが当たる方が嬉しいけどね。それにしても疲れたよ」


 話の中心人物であった明人は念入りに事情を聞かれたため、もう疲労困憊という状況だった。


 何しろ、自分の知らないところで勝手に痴情のもつれで殺されていたのだ。


 警察官も「こんな高校生が何股もかけていたのか?」と、凄い目付きで聞いてくるのである。特に、婦警さんの目が厳しかった。


 明人が思い出す。


「そう言えば……」


 陸が首を傾げる。


「どうした?」


「いや、昨日のお姉さんというか、鏡さんはどうなったのかな、って」


 その話を聞いて陸が「あ!」というと、元大臣も小声で「……あ」と言うのだった。






 日が昇ってしばらく過ぎると、互いにボロボロになった女性が二人。


 肩で息をしつつ相手から目だけ話さなかった。


 実力は拮抗しており、おまけに互いに探り合うような戦いをしてしまった。


 そして、二人には同時に通信が入る。


 女性が相手に言う。


「なぁ、互いに出ないか?」


 鏡が黙ってスマホを手に取ると、女性も通信を受けた。


 そして同時に「――え?」と言うと、互いの顔を見る。


 鏡が。


「あ、貴方、陸を狙っていたのではないの?」


 女性も驚く。


「いや、待て。私はポン助――じゃなかった。鳴瀬君に話があっただけだ。それをそっちが警戒するから!」


 二人とも勘違いをしたままずっと戦っていたのだと知ると、互いに疲れが出て来た。


「そ、そうなの? ならごめんなさいね。こっちは少しピリピリしていたのよ」


「いや、すまない。こちらも少し急いでいたからな。もっと話をすれば良かった」


 鏡は目を少し細めた。


「因みにだけど……任務かしら?」


 女性が兵士であるのを見抜いていた。


「いや、なんというかその……オフ会的な? まぁ、趣味の集まりだ」


 嘘ではない。


 趣味の集まりで世界を救おうとしているだけだ。


 鏡は安堵していた。


「ごめんなさいね。邪魔してしまったわ。何か問題があったのなら弁償でもするわよ」


「それは構わない。というか、そちらは?」


 鏡は迎えに来た軍用車に乗り込む。


「任務みたいな物よ」


 そのまま車は走り去っていく。


 女性は呟く。


「……連絡が遅れた上に誰も迎えに来ない。放置プレイか!」


 ちょっと喜んでいた。


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