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高級ホテル殺人事件

「どうして出ないんだ!」


 スマホを片手に歩く純は、摩耶に連絡を取ろうとしていた。


 メッセージを送るが反応はなく、電話をかけても出てくれなかった。


 部屋の方にも向かったが、三人とも外出している様子で見つからない。


 それに問題が一つ。


 従業員たちの慌ただしさに客が気付いてしまった。


 そちらの対応のため、従業員たちを通常業務に戻している。


「……まさか、摩耶ちゃんたちが巻き込まれた? いや、もしかしたら誰かを巻き込んでいるかも知れない」


 困った事に人手が足りない。


 純は立ち止まるとしばらく考え、今日予定していたオフ会の参加を諦める事にした。


 生産職のプレイヤーで集まったオフ会を、他のホテルで行う予定だったのだ。


 メッセージを送ると、ゲーム内の知り合いが心配したのか返信してくる。


 そのやり取りが面倒になり、電話をかけた。


『ライターさんですか? いったいどうしたんですか? 参加するのをアレだけ楽しみにしていたのに』


「すまない……実は問題が起きてしまったんだ」


 仲間意識があるために事情を話してしまう純だったが、生産職であるプレイヤーたちの絆も固かった。


『……水くさいじゃないですか。ギルマスを助けるんですよね? 俺たちも手伝います。何、心配しないでください。まだ酒は飲んでいませんから大丈夫ですよ』


 純は頼りになる仲間たちの声を聞いて、涙が出そうになっていた。


「すまない。……そして、ありがとう。私は素晴らしい仲間を持ったよ」






 他のホテル。


 宴会会場では、集まった生産職プレイヤーたちが今の会話を聞いていた。


「みんな聞いたな?」


 顔の厳ついおじさんから、ギャルっぽい女の子まで幅広い年齢層が揃っているこの集まり。


 ポン助と愉快な仲間たちの大半は生産職のプレイヤーたちが占めている。


 そのため人数も多かった。


「あぁ、ギルマスの危機だ。助けないと!」

「まさかリアルで殺傷沙汰を起こすなんて……」

「あいつらならやりかねない。あれ? もう刺したんだっけ?」

「刺したんじゃない? というか、刺してなくても時間の問題でしょ」

「だよな。まだ刺されていないかもだから、急いだ方が良いって」


 仲間に「あいつらならやりかねない」と言われてしまうマリエラとアルフィー……そして、ポン助の周りにいる女性陣。


 生産職のプレイヤーたちが立ち上がると、そまま純が待つ高級ホテルへ向かう準備に入るのだった。






 ホテル内。


 ロビーでソワソワしているのは直人たちだった。


「おい、なんか人が多くないか?」

「従業員を見かけなくなったと思ったら……」

「一般客? いや、なんか様子がおかしいぞ」


 従業員ではなく、今度は私服姿の人たちが目立つようになっていた。


 流石の直人もただ事ではないと思っていると、スマホに着信音が鳴った。


「……殺人事件だって!」


 目を見開く直人に、周りが驚く。


「ど、どうしたんですか?」


 冴えない女性が聞くと、直人は青い表情をしていた。


「……他のホテルでオフ会をしている連中が偶然聞いたらしい。ポン助君が刺されたって。大勢が騒いでいて、話を聞いたら……同じギルドメンバーだったって」


 他の五人が驚きを隠せないでいた。


「そ、それって……」

「食べる、食べない、の話じゃなかったのかよ!」

「いや……きっと鉢合わせをしたか、口論になってそれをギルマスが止めようと」


 争う女性陣の間に入ったポン助が、感情的になった女性の誰かに刺されるシーンを全員が思い浮かべた。


 誰がやったとしてもおかしくない。


 マリエラ、アルフィー、ノイン、フラン……そう、誰が刺してもおかしくないのだ。


 普段直人たちと遊んでいるプレイヤーたちが、別のホテルでオフ会をしていた。


 それを知り、明日にでも合流するかと言っていたところで騒ぎが起きたのだ。


 直人が酷く落ち込む。


「お、俺のせいだ。甘く考えていたから……ちゃんと対応していれば」


 冴えない女性が直人の手を掴む。


「ま、まだ分からないよ。本当に事件になれば警察や救急車が来るだろうし、そんな様子はないから……」


 他の仲間たちも同意見だった。


「そうだよ。まだ間に合う。とにかくギルマスを探そう!」

「部屋が分かれば良いのに!」

「関係者でもないのに教えてくれないだろ。こうなったら、手分けをして探そう」


 直人が頷く。


「別のホテルにいるメンバーも今から来るらしい。誰かロビーで待機していてくれ。それから互いに連絡を取り合って――」


 直人たちのグループもホテルに集まろうとしていた。






「大変だ! ポン助君が刺された!」


 麦茶を飲んでいた元大臣は、部屋に駆け込んできた同志の言葉に噴き出してしまった。


「な、何!?」


 元幹部も唖然としており、その場にいた探偵の男がゆっくりと立ち上がる。


「事件に巻き込まれたのか? それとも運営の差し金か?」


 報告に来た男性はその当たりの情報を持っていなかった。


「確認できていない。ただ、刺されたのは間違いないらしい」


 元幹部が青い顔をする。


 自分たちがここにいると運営が知ったのではないか? そして、計画に必要なポン助――明人を狙った可能性を考えた。


「ま、まさか計画が漏れたんじゃ……おい、どうするんだよ! 敵が近くに来ているかも知れないんだぞ!」


 元大臣はハンカチで口元を拭うと、そのまま視線で元幹部を黙らせた。


 そしてゆっくりと指示を出す。


「少し甘かったらしい。運営からの差し金である可能性もある。十分注意して情報を集めよう。それから、ここから移動をする」


 運営がポン助――いや、自分たちの事を嗅ぎ付けた可能性もある。


 そう思ったオークプレイヤーたちは、すぐに移動を開始するのだった。


 元大臣が一人の女性を見る。


「すまないが確認を頼む。ポン助君の安全確認は最優先だ」


 女性は頷くとそのまま装備を確認して部屋を出ていくのだった。


 鍛えられた体は、モデルとは違うが美しく感じる。


 過酷な訓練は成人男性も泣いて逃げ出す厳しい物。


 それをやり遂げ、特殊部隊入り――そして現場指揮官にまで上り詰めた女性だった。


 まるで映画に出てくる兵士のような、そんな強い女性。


 ――でも、ドMだった。






 部屋に戻ってきた八雲は小さなビニール袋を持っていた。


 中に入っているのはケチャップだ。


 ドライブ時、明人がオムライスの話をしたのでその時に聞いたのだが――。


「実家で出てくるオムライスのケチャップはこれ、か」


 実家で愛用しているケチャップがないと、なんとなく違和感があるという話をしていた。


 因みに、明日の朝食はふんわりオムレツ。


 明人のためにわざわざケチャップを買いに行った八雲だった。


「それにしてもなんかホテル内が騒がしいような……」


 次に部屋に戻ってきたのは摩耶である。


「……明人はいないのね」


 八雲など眼中にもないと言う態度。


 随分と肌つやが良いのを見て、八雲は察しがついた。


「今日は寝るだけなのに、随分と気合を入れたみたいね。エステに行くなんて無駄だと思うけど?」


 摩耶は動じない。


「普段からエステには通っているのよ。気にしなくて良いわ。あ、待って……貴方は気にした方が良いかもね」


 互いに挑発する二人。


 ただ、二人とも明人がいない事を気にかけていた。


「というか、本当に明人はどこよ?」


 摩耶が忘れていったスマホを探すと――。


「あれ? 充電が切れているわね」


 忘れた上に充電が切れていた。


 八雲の方も同じだ。


「あ、そう言えばお昼に――」


 観光地を回るため色々と調べ、写真も撮った。全てスマホで出来てしまうため、使い続けて充電するのを忘れてしまったのだ。


 理由は簡単で、ナンパの件で明人を問い詰める事に夢中になったためである。


 二人が充電を始める二人だった。






 コンビニで雑誌を立ち読みしているのは、皆が探している明人だった。


 地元、しかも期間限定のコンビニスイーツをドライブ中に発見しており、色々とあって購入できなかったので外に出て買いに来たのだ。


 真剣に読んでいる雑誌は、ゲーム関連の情報が掲載されていた。


「パンドラに新技術採用……胸がもっとリアルに揺れます? 質感もそのまま……くっ! 確かめられないのに、なんて心が躍る内容だ」


 ゲームでは十八禁行為は禁止。


 セクハラなども禁止だ。


 そのため触ることは出来ない。もしくは、アバターを女性にすれば多少触れるが、露骨な触り方は禁止されている。


 今の明人には確かめる方法などない。


 ないが、とても気になる情報だった。


「よし……これも買おう」


 雑誌を閉じたとことで、コンビニに入ってくる人が二人。


 一人は随分とラフな恰好をしたハーフパンツにシャツ姿の陸だった。


 もう一人は背が高くスラリとした美女。


 腕を組んで店内に入ってきたところで、明人も陸も目を見開く。


 ――明人は手に取った雑誌を落してしまった。


「……陸、お前」


 陸は少し俯き、そして女性の腰に手を回した。


「あぁ、そうさ。恋人と旅行だよ。まさか、お前もここにいるとは思わなかったぜ」


 黒髪ショートヘアーの美女は、明人に笑顔を向けていた。


「あら、貴方が明人君ね? 初めまして――ではないのよね。パンドラで何度か顔を合わせているし」


 明人は首を傾げるが、陸――ルークと一緒にいた少し不思議な女性を思い出した。


「あ~……ミラさん?」


 ミラ――鏡は、頷くと微笑んでいた。


「鏡よ。よろしくね。陸の彼女なの」


 美女だが、何か雰囲気がおかしい。頭のネジが良い感じで抜けている気がした。


 明人は照れている陸を見て。


「お、おめでとう」


 陸も。


「お、おぅ」


 返事をするが会話が続かなかった。


 明人が言う。


「来るなら連絡すれば良かったのに」


 陸が返答に困っていると、鏡がクスクス笑っていた。


「ごめんね。実は二日前からここに泊まっているの。私、日頃は忙しいから時間が取れないのよね。無理を言って連れて来たのよ」


 明人は陸と鏡の顔を交互に見て。


「二人で?」

「そう、二人で?」


「二日も前から?」

「二日前から」


 明人が聞いて鏡が答える。


 それを、陸は恥ずかしそうに隣で聞いていた。


「二人で……泊まったと?」

「そうよ。だって恋人同士だもの」


 陸の腕を抱きしめる鏡――明人は友人に随分と先を行かれてしまったと思いながら、引きつった笑みで「おめでとう」としか言えなかった。


 カウンターでは店員が陸を見て奥歯を噛みしめ、握り拳を作っていた。






「なんだ、明日には帰るのか。もう一日いればいいのに」


「委員長の伝手だから無理」


 ホテルへの帰り道。


 明人は陸と話をしながら帰っていた。


 コンビニのレジ袋にはスイーツと雑誌が入っている。


「あ、それより一つ聞いていいか?」


「何?」


「委員長とバイト先の先輩……どっちとやった?」


 陸がニヤニヤして聞いてきたので、明人は昨日と今日の件を話すのだった。少し自重気味に笑いながら、だ。


 陸がそれを聞いて……。


「わ、悪い。言葉が見つからない。そもそもなんで二人と遊びに来てナンパするんだよ。というか、失敗した話が酷すぎて笑えないぞ」


 ナンパの失敗に関しては、陸が笑えないレベルで罵られている明人だった。


「もう、パンドラのオーク並の対応で笑うしか――」


 鏡がニコニコしながら二人の話を聞いていると、急に振り返って構えた。


 木の陰から出て来たのは一人の女性だった。


「失礼、少し話を聞きたいのだが」


 両手を上げて降参のポーズをしている相手に、鏡が気を抜いていなかった。


「え? ――え?」


 明人が混乱していると、陸も慌て始める。


「おい、ミラ?」


 鏡は陸を背にして体を屈めた。


「ごめんなさい。構っている余裕がないかも。とにかく今は――逃げた方が良いかもね」


 陸はそれを聞くと明人の手を握って走り出した。


「いや、ちょっと!」

「黙って走れ!」


 何が起きているのか分からない明人を、陸がその場から連れ去ると現われた女性が少し焦りを見せた。






 木の陰から現われた女性――オークプレイヤーの一人は、連れ去られた明人を追いかけたいが無理だった。


(この女は一体誰だ? もしかしてポン助君を狙っているプレイヤー? なら、逃げ出した彼は……)


 次々に入ってくる情報から、ポン助が刺される可能性が高いという報告が来ている。


 その相手は、同じギルドメンバーだ。


 オークプレイヤーの一人である女性は、構えている鏡を見て動けずにいる。


 指を耳に当てて報告をした。


「ごめんなさい。厄介な相手に絡まれたわ。それから、ポン助君は生きているわよ。すぐに人を向かわせ――って!」


 鏡が距離を詰めて襲いかかってくる。


「誰に連絡をしていたのかしら?」


 今日の鋭く刺すような視線に、女性は小さく笑うのだった。


(あぁ、このタイプにボコボコにされて伝説の同人誌みたいな扱いが受けられたらしいのに。大事な時じゃなかったらやってみたいけど……流石に今は無理か)


 とことん自分を追い詰めてきたら、いつの間にか特殊部隊入りをしていた彼女。


 訓練を受けている仲間に「女の癖に生意気だ!」とか言われて屈辱されたかった。


 任務に失敗して「へへ、可愛がってやるぜ」と、拷問を受けるシチュエーションに憧れも抱いていた。


 間違いなくドMなオークプレイヤーだ。


 しかし、鍛えられた男が逃げ出す訓練を耐えきった彼女に周りは「姐さん!」と呼ぶ。


 任務で敵対した組織は全て問題なく壊滅させてしまっていた。


 とにかく、望んだ状況にならない女性兵士だった。


 二人は互いの構えを見た。


 似たような構え――同じ特殊部隊か、同格の部隊に所属しているのが分かる。


(……というか、なんでこの子は私の邪魔をしてくるのかしら?)


 鏡の鋭い蹴りを受け止めつつ、ちょっと興奮しながら女性はそんな事を考えていた。






 ホテルに戻ってきた明人。


 息を切らせながら、陸に詰め寄った。


「おい、なんで鏡さんを見捨てたんだよ!」


 陸は明人に胸倉を掴まれながら。


「俺なんかより強いんだよ。俺たちの方が邪魔なの!」


「なんで逃げないといけなかったんだ!」


 混乱する二人。


 だが、それ以上に――。


「いや、それは……おい、なんか様子がおかしいぞ」


 陸が異変に気が付き、周囲を見るとどうにも客が多い。それ自体は問題ではないのだが、何やら探しているような雰囲気。


 明人は首を傾げつつ、何やらオロオロしている眼鏡をかけた女性に声をかけた。


 女性はスマホを持ってメッセージのやり取りに夢中だった。


 というか泣いていた。


「あの、何かあったんですか?」


 女性は眼鏡を外して涙を袖で拭う。


「ギルマスが……ポン助さんが痴情のもつれで刺されて……」


 明人と陸は互いに顔を見合わせて。


「……え?」


 そう言うしかなかった。


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