プロローグ
※注意事項
感想は受け付けますが、返信に関しては基本的に活動報告などで対応させて頂きます。
基本、三人称で書いていくつもりです。
ご都合主義、ハーレム的な要素を含みます。
後書きは更新毎に消していきます。
重要な事は活動報告を利用するつもりです。
大きな城塞都市が近くに見える草原。
そこには土色の肌をした長く刺々しい銀色の髪を持つオークが、右手一本で大剣を持っていた。
二メートルは超える身長。太い手足に、上半身の方が少し大きい。厳つい表情をしているが、下あごから牙は生えていない。
黒い目に黄色の瞳が、目の前の冒険者を睨み付けていた。
「来ないのか?」
金髪碧眼。白い肌の青年は、ツンツンしたヘアースタイルをしている。細身だが鍛えられた肉体を持ち、黒い服装は化け物――対峙している魔物の【オーク】と比べても軽装だった。
わざと右側の袖を通さず、片腕は露出部分が多い。それ以外は布や革で出来た服だ。
対してオークの方は青年の持つ大剣よりも大きな剣を、片腕に持っている。手足には革製の防具を。
そして、胸当てまでしていた。
「うおぉぉぉ!!」
オークがその大きな足を踏み出す。巨体が動くのを見ても、青年は慌てることなく大剣を両手で構えていた。
「やれやれ……ワンパターンだな」
そう言うと、踏み込んでオークの大剣を弾く。
体制の崩れたオークに対し、また踏み込んで大剣の腹でオークの腹を横殴りする。
「かはっ!」
オークがその大きな口を開け、そして苦しんでいるところに青年は大剣を振り下ろす。
「終わりだな」
オークが目を閉じる。
だが、しばらくして怯えたように目を開けると、青年が大剣を肩で担いで呆れたように口を開くのだった。
「動きがワンパターン。ついでに攻撃するときに迷うなよ。何度も教えたぞ。実戦で通用するようになるのはまだ先だな」
青年が手を差し伸べると、オーク……【ポン助】は、手を取って起こして貰った。
二メートルを超えたオークが、左手で頭をかいて申し訳なさそうにしている。
「そうは言ってもリ――」
すると、青年【ルーク】が険しい表情になった。
「おい、本名を出すな。マナー違反以前の問題だからな」
「ご、ごめん」
ルークは大剣を背中の鞘にしまうと、そのままポン助に対してレクチャーをするのだった。
「いくら俺が経験者でも、あそこまで簡単に負けるとか有り得ないだろ。単純にスペックだけならハイヒューマンよりも、オークの方が接近戦に向いているんだぞ」
ポン助も武器をしまい、そして身を縮めるようにしていた。
一見すると、青年が厳ついモンスターが説教をしている図だ。
「いきなり戦えとか言われても躊躇うよ。それに、普通はモンスターと戦って多少はレベルを上げてから対人戦じゃないの?」
ルークは肩をすくめた。
「馬鹿。他の誰かと組む前に練習しようって話だっただろうが。というか、レベル三十までは上がりやすくなっているから、多少の差なんか意味がない。それよりも、もっとプレイヤースキルを磨いた方がいい」
オークのポン助は、肩を落とすのだった。
「ただのVRゲームだと思ったら、こんなに大変だなんて……色々とネットで情報は集めたけど、敷居が高いよ」
VRMMO――日本ではその代表とも言えるタイトル【パンドラの箱庭】は、他のタイトルを寄せ付けないほどに高い人気を博していた。
だが、それにともない、新規のプレイヤーが入りにくい環境が出来ているとポン助は思うのだった。
ルークが慌てて訂正する。
「覚えれば後が楽だから! それに、別に戦うだけがこのゲームの醍醐味でもないからな。序盤さえクリアすれば、海や山、それに遊べる場所は沢山あるんだし」
モンスターと戦うだけではなく、ゲーム内に観光地――遊べる場所を用意していた。これにより、プレイヤーの幅が広がったとルークが説明する。
「自分なりの楽しみ方を見つければいいんだよ。まぁ、人が増えたから多少は敷居が高く感じるだろうけどな。でも、序盤くらいクリアしないとな!」
ポン助に対して、ルークがここまで必死にゲームを進めてくるのには理由がある。
(新人勧誘キャンペーンで手に入るアイテムが欲しいから、って必死すぎるよね)
本来、ルークはゲーム内でもレベルだけを見れば高レベルプレイヤーだ。
だが、そんなルークが初心者であるポン助に付き添っているのは、自分が勧誘したからだ。
ついでに言えば、アイテムは勧誘されたプレイヤーがイベントクエストをクリアするまで手に入らない。
ポン助が疑うような視線をルークへと向けた。
「アハハ……」などと気まずそうに笑っているルークは、親指で城塞都市を指差して戻ろうと言い出す。
「よし! まぁ、基本は教えたから、これから戻ってパーティーを組もうぜ。そうしないと、クエストが受けられないからな。俺を含めてあと二人だ」
ポン助はルークを見て首を傾げた。
「高レベルのプレイヤーと組んでクリアしてもいいの? ルークは確か……レベル百をこえていたよね?」
ルークは頷く。
「あぁ、もう百二十八だな。けど、今回はレベルに制限をかけたから大丈夫だ。今の俺はレベル十の設定だよ」
それを聞いてポン助は思った。
(レベル一の僕を相手にレベル十の経験者がボコボコに……いや、ここは素直にプレイヤースキル的なものを教えてくれただけと思っておこう)
ポン助とルークは歩き出すと、とても大きな城塞都市――【希望の都】であるゲームのスタート地点へと向かうのだった。
草原に風が吹く。
それを肌で感じるポン助は、周囲を見渡した。
(それにしても、凄くリアルだな)
◇
始まりは教室での事だった。
ポン助――【鳴瀬 明人】は、一言で言えばあまり目立たない男子高校生だ。高校に進学し、私立の学園に入ると一人暮らしとアルバイトを始めている。
部活動には入れるほどの才能もなく、趣味でスポーツクラブに入る気もなかった。
入学してすぐに、学園が斡旋しているアルバイト先――アパートやマンションが建ち並ぶ場所にある、小型のスーパーで働く事が決まった。
多少コンビニより広いくらいの店内で、雑用やレジを担当している。
スーパーとは言っているが、コンビニのような物だった。
そんな明人に教室で声をかけてきたのは、友人である【青葉 陸】である。
髪を金髪に染め、遊んでいる雰囲気はあるが中学時代まではスポーツマンだったらしい。もっとも、高校に進学してからは、才能がなく部活に入る事を諦めていた。
今は明人と同じように、一人暮らしでアルバイト生活を選択している男子生徒である。
そんな陸と机一つを挟んで向かい合うように座った明人は、首を傾げた。
「業務用のVRマシン? そんな物をなんで売りつけるのさ」
陸のアルバイト先は【VR喫茶】である。
仮想世界を楽しみたいが、機器を買ってまでは――という人たちは多かった。だが、最近になるとマシンの小型化と高性能化で個人でも手に入りやすくなっていたのだ。
陸は明人に両手を合わせ、頼み込んでくる。
「最新式のVRマシンに入れ替えたんだけど余ったんだよ。そのまま破棄するのも勿体ないし、二万で売れたら半分は俺にくれるって店長が言うからさぁ」
明人もVRマシンには興味を持っていた。
一般人がマシンに触れる機会が多いのは、病院だろう。明人も入学前に数週間は病院でVR教育を受けた。
学園で三年かけて学ぶ範囲を、数週間で叩き込む。
今ではそれが一般的である。
もっとも、誰もが同じようにマシンで教育を受けても、才能の差なのか学力に開きは出ていた。
教育、医療――他には軍事関係など、VRマシンはゲーム業界以外で大きく発展してきた。
ゲーム業界が取り入れたのはここ十数年だ。
「買っても遊べないなら意味がないし」
明人が難色を示すと、陸は待っていましたと言わんばかりに説明をするのだった。
「旧式でも性能的には業務用の方が上なんだ。オーバースペック過ぎて、必要ない部分が多いと思えば分かるか? それに、【パンドラの箱庭】も問題なくプレイ出来るぜ」
日本でVRゲームと言えば、陸が口にしたパンドラの箱庭が間違いなくナンバーワンのゲームである。
他にもタイトルはいくつもあるが、本格的なVRMMOを実現したのは箱庭が初めてだった。
他のタイトルも頑張ってはいるが、VRゲームは基本的に時間も、資金も、人材も、これまでのゲームとは比べものにならないくらいに必要となっていた。
一つのタイトルを開発するのに、簡単なゲームでも数年はかかる。
複雑なゲームであれば、開発期間は十年以上。開発費も莫大で、優秀な人材をかなり集めないといけない。
しかも、維持するのも大変だ。
そのため、成功したパンドラの箱庭以外のタイトルは、すぐに消えるか細々と運営しているだけの状態だ。
現状は、パンドラの箱庭が一強の状態だった。
明人が買おうか悩んでいると、一人の女子が近づいて来た。
委員長である【市瀬 摩耶】だった。茶色の長い髪をハーフアップしており、お嬢様という雰囲気が出ている。
実際、学園理事の娘であり、お嬢様だった。
本来はもっとランクの高い学校に行けるはずの才女で、クラス委員もしており周りからは距離を置かれている女子だ。
「ゲームの話もいいけど、二人とも提出物の方はいいの? 先生に二人がまだ返信してこない、って文句を言われたんだけど」
少しつり上がった厳しい目を前に、明人も陸も苦笑いをしていた。
「ま、まだです。今日中には」
「お、俺も……」
摩耶は溜息を吐く。
「早くしてよね。文句を言われるのは私なんだから」
明人が端末を取り出し、メールをチェックすると担任教師から出された物を調べて電子データを開く。
そこには近い内に一人暮らしをしている生徒の家を学園の職員が訪問する、という内容が書かれていた。
都合のいい時間を確認しており、すぐに記入して返送するように書かれている。
陸はすぐに記入して返信した。
だが、明人は困っている。
「まずいな。シフトの確認をしないと」
陸が明人の方を見た。
「お前のバイト先、シフトの変更が多いのか?」
明人は頷く。
「他のシフトの人たちがちょっと問題あってさ。たまに、急な変更を入れてくるんだよね。同じシフトの先輩がイライラするから止めて欲しいんだけど」
陸は笑っていた。
「お前のところは大変だな。俺のところはその辺は安心だ。それより、買うか? 買うならソフトの方もついでに購入しておいてやるぜ」
明人は肩をすくめた。
(まぁ、興味はあったから良いか。多少は余裕もあるし)
「お願いするよ。そう言えば、月額いくら? カードの登録とかいるよね」
陸は売れると分かると、すぐにアルバイト先にメールを行っていた。
「登録したら二週間は無料だったかな? 確かゲームのポイントカードからでも良かった気がするから、お前のアルバイト先でも買えるだろ。さて、それならマシンとソフトを用意して……明日はどう? お前のアパートまで持っていくけど」
陸は随分と楽しそうにしており、明人はただ苦笑いをするのだった。
◇
明人のアルバイト先。
スーパー【マイルド】では、高校生のアルバイト二人が店内にいた。バックヤードには正社員が一人いるが、表には出てこない。
「ありがとうございました~」
明人が店から出て行くお客に声をかけ、そして背伸びをして時計を見た。
時間はもうすぐ二十一時になっていた。
棚に商品を並べているのは、他校の高校二年生【志方 八雲】だった。肩に届かないショートボブの赤い髪が特徴的で、背も高くスラリとしている。
それでも、出ているところは出ており、顔立ちも良くレジに来る男性客はよく八雲のことを見ていた。
緑色のエプロンを着用している明人は、店内を見渡す。
「お客さんも途切れちゃいましたね」
対して、八雲の返事は素っ気ない。
「そうね。それより、今日も遅刻かしら」
だが、交代するはずのアルバイトが来ていなかった。大学生の二人組なのだが、まだ来ていない。
「ですね。まぁ、引き継ぎで僕たちも残っていますけど……あ、そうだ。ついでにこれも終わらせておこうっと」
明人はレジから電子マネーの購入手続きを行った。八雲も棚に商品を並べ、バックヤードに段ボールを置くとレジに来る。
明人が購入しているのは、【パンドラの箱庭】のポイント購入のカードだった。
「普通に一ヶ月の基本料金が一万円とか高いよな」
それだけの金額でなければ、運営が維持を出来ないのだろう。そう思って、明人は勝手に納得すると一万円分を購入するのだった。
(ここから更に課金アイテムとか、色々と購入して数万を消費するとか陸は言っていたけど……なんか凄いな)
その様子を八雲が横目で見ていた。
「どうしました、先輩?」
明人が気づいて話を振ると、八雲は首を横に振る。
「何でもないわ。それより、二人が来たみたいよ」
すると、店に大学生の二人組が入店してきた。
「悪い、少し遅れた」
「別に気にしなくて良いだろ、引き継ぎでこの時間はまだ残っているんだからさ。あ、八雲ちゃん元気してた?」
ヘラヘラした大学生に話しかけられるが、八雲は冷たい態度で引き継ぎを行うのだった。
だが、大学生二人は気にした様子もない。
「お前、嫌われてるじゃないか」
「え~、ショック。前は一緒のシフトだったのに」
少し垂れ目の表情と雰囲気もあって、本来なら優しいお姉さん風の八雲。だが、アルバイトの同じシフトである明人には、かなり冷たい印象があった。
引き継ぎが終わると、八雲はすぐにバックヤードへと下がる。
「お先に失礼します」
大学生の一人が、明人に話しかけてきた。
「お前も大変だな」
「アハハ……」
苦笑いをして誤魔化すしか、明人には思いつかなかった。
◇
――希望の都。
中央広場にある巨大な掲示板を前に、多くのプレイヤーたちが色々と書き込みや内容の確認を行っていた。
外から戻ってきた二人――ポン助とルークは、同じように掲示板を利用する。
「え~と、初心者と付き添い。残り二人のメンバーを募集中、っと」
細かい内容はルークが掲示板に書き込んでくれている。
ポン助は内容を確認していた。
「種族とか他に必要な項目は追加しないの? 他の書き込みには結構細かく書いてあるんだけど」
職業や種族、他にはプレイスタイルまで要求する書き込みがあった。
しかし、ルークは近くにあったベンチに座って興味なさそうにしている。
「いいんだよ。初心者向けのクエストをクリアするだけなら、ネタ種族やネタ職業でも大歓迎だ」
「ネタ職業?」
すると、ルークが少し驚いた顔をする。
「お前……まさか、素でオークなんて選んだのか? いや、選んでいる奴は多いけど、ほとんどネタとか効率を重視しない連中が選ぶ種族だぞ」
自分が選んだオークが、まさかネタ種族扱いを受けているとは思わなかったポン助が驚く。
「嘘っ!」
ルークはニヤニヤしていた。
「本当。まぁ、後で変更でもすればいいし、しばらくオークで遊んでいるのもありじゃないか? まぁ、トップレベルの連中には相手にもされないだろうけどさ」
ポン助が落ち込む。
「嘘だろ……このアバターを作るのに何時間も時間をかけたのに」
すると、落ち込んでいるポン助に声がかかった。
「掲示板を見て来ました。まだ募集していますか?」
赤いドレスを着て、腰に剣を下げている女性アバター。
金髪碧眼で、随分と綺麗に作られていた。
ルークが口笛を吹く。
「課金装備じゃないか。随分と入れ込んでいるな。それと、まだ募集中」
ルークはポン助にパーティーに加入させるように言うと、自分では掲示板に枠が一人埋まったと記入していた。
金髪碧眼の女性は、ポン助を見て微笑む。
「【アルフィー】です。よろしくお願いしますね」
「は、はい」
喜ぶポン助だが、人混みを走り抜けてくる一人のエルフに視線が向かう。
「まだ募集してる? エルフで狩人なんだけど」
元気そうな女性は、赤毛のストレートロングの髪を揺らしていた。動きやすそうだが、肌の露出が多い服。
背中には短弓を背負っていた。髪から姿を見せている、尖った長い耳も特徴的だった。
ルークが掲示板の書き込みを消去した。
「これで四人になったな。なら、クエストを受けようか。多少バランスは悪いけど、レベルを上げれば何とかなるだろ」
赤毛のエルフ【マリエラ】は胸をなで下ろす。大きな胸が揺れたように見えた。
「良かった。さっきから声をかけても全然駄目だったのよね。後衛なら魔法使いの方がいい、って言うのよ」
ルークは笑う。
「後から魔法関係の職業を取ってもいいし、気にする事はないよ。なら、ギルドで依頼を受けて、そのままクエストだ。多少時間はかかるけど最後まで進めたい。それでいいかな?」
ルークは、ポン助にクエストをクリアするまで付き合うことを話すと、二人とも納得した。
アルフィーは喜んでいる。
「経験者に教えて貰えるならありがたいですね」
マリエラも同意見だ。
「このままどこのパーティーにも入れて貰えなかったら、自分で仲間を探すか一人で外に出るつもりだったけど助かったわ」
ルークが首を横に振る。
「狩人でソロは可能だけど……プレイヤースキルがないと厳しいな。まぁ、何度も死んで学ぶ方法もあるけどね」
そう言って四人で移動を開始すると、ポン助は緊張した様子を見せていた。ルークが小声で話しかけてくる。
「なに緊張しているんだよ」
「いや、だって……急に綺麗な人が二人も仲間になったから」
そう言いながら、ポン助は気になっていた。
(どこかで見た事があるような気がするんだけどなぁ?)
ルークが後ろの二人に分からないように、肘でポン助の腹を叩いた。
「いいか、良く聞け……外見が若くて綺麗な女でも、中身は脂ぎった中年の親父なんて話はいくらでもあるんだよ」
「……え? えっ!? で、でも、仮想世界で異性のアバターを使うのはお勧めしない、って説明書に!」
混乱するポン助に、ルークは少し悲しそうな笑みを向けるのだった。
「お前みたいな奴が、中身オッサンの女性アバターに貢ぐんだろうな。まぁ、元気出せよ」
ポン助は、楽しそうに話をしている二人の女性アバターに振り返って見た。
美少女二人が楽しそうにしている光景……だが、それはただの幻で、オッサン同士が話している光景が見えた。
「……理不尽だ」
ルークがポン助の肩を叩く。そして優しい顔をしていた。
「世の中そんなものだ。良かったな、早い内に現実が知れて」
肩を落としたオークを慰める美青年……なんとも不思議な光景が、日常である世界。それが【パンドラの箱庭】の世界だった。