4 二人目
「町崎さん、ちょっといいですか?」
昼休み、下滝は1階の社員食堂を訪れ、窓際のテーブルで定職を食べ終えたばかりと見える、ウバメ貿易者の集計課長、町崎に声をかけた。
「ああ、下滝君か。昨日は色々と大変だったな。」
「ええ・・・これからどうなることかと・・・。でも温史さんがいらっしゃいます。心配はいらないでしょう。あの、ご一緒しても?」
町崎のイエスの身振りを確認し、下滝は彼の正面に座った。
先に切り出したのは町崎だ。
「何の用かな?」
「・・・いえ、たいした用事と言うわけではないんです。ただ、僕のパソコンに一通のメールが入りまして・・・。どうらあなた宛のようでした。」
町崎の眉がぴくりと動いたのを、下滝は見逃さない。
その額に、うっすらと冷や汗が滲んだようにも感じ取れた。
「その内容を見たのか・・・?」
「いい難いのですが・・・その・・・見てしまいました。」
目を泳がせながら小さく口ごもる下滝を前に、町崎は即座に椅子を引いた。
何も言わずにその場を立ち去ろうと立ち上がる。
「待って下さい、町崎さん。最後まで話を聞いていただけませんか?」
下滝は、意味ありげに声を潜め、悪意の篭った笑みを、少しだけ添えた。
「実は僕、社長の手伝い、させていただいてたんです。」
「何・・・?」
下滝の言葉の意図を瞬時に理解した町崎の目の色が変わる。
そこで下滝は本題を切り出した。
「あなたに不利な話をするつもりも、ましてや脅しをかけるようなつもりは一切ありません。ただ、少しお話を・・・。今夜、あなたのご自宅に伺っても宜しいですか?」
ーーーー
2人目の犯罪者への復讐の準備が整った。
今日も自宅に籠っていた、志麻田は押し入れの襖を引く。
そこにしまわれていた4台の液晶ディスプレイを慎重に抱え、パソコン本体と押し入れの間を4往復した。
さらに、キーボードも4台分引っ張り出し、ディスプレイと一緒に、本体の置かれたデスクの周りに並べた。
この為に購入した広めのデスクも、ディスプレイとキーボードを4組も置いてしまうと、殆ど隙間もないほど手狭になってしまった。
そんなデスク上のわずかな隙間に、ネットのオークションで落とした、今出回っている周辺機器の中でも、トップクラスの容量を持つハードディスクを接続した。
「よし・・・」
志麻田は本体のキーボードへ向かい、キーを叩く。
それと同時に、2台のディスプレイに表示されたのは、各6つに区切られた動画だった。
内3画面は、ターゲットである町崎の住む、多くの高収入者が自宅を構える大田区の高級マンションの映像。
そして、それ意外はマンション周辺の街灯防犯カメラのものだ。
「こんなセキュリティ、いじれるやつはすぐに突破できるぜ?マンションはともかく、警察は大丈夫なのかこんなので。」
志麻田は嘲笑しながら、マンションと大田区を管轄とする警察署のセキュリティに侵入し、今夜の為の細工を始めた。
数日前、志麻田は前もって、マンションの防犯カメラの数度に分け映像を盗みだし、録画しておいた。
その数日前の映像を、通行人が映っていない映像のみを選出し、それらを予定している犯行前後の時刻に合成し、映像の日付と時刻だけは、本日のものを表示させる。
誰が通っても、何も映らない、偽りの映像の完成だ。
すり替えた本当の映像は、編集した映像とディスプレイで監視し、今日の映像に映るマンションの住民の動きを見ながら、今回の実行を担当する下滝に、移動のタイミングを指示するのだ。
「便利だからって、コンピューター管理に任せれば任せるほど足を掬われるぞ。普通の防犯カメラの方が、まだマシなんじゃねぇか?」
そう皮肉の独り言を呟いた時、携帯電話が、ちゃぶ台を振動させた。
志麻田は椅子から立ち上がって電話を手に取る。
下滝からの着信だ。
『秀ちゃん。言われた通り、町崎のマンションへ行く約束を取り付けたよ。』
「そうか。じゃあ、早速2人目を始末するか。あいつのマンションも、周りの防犯カメラも、高性能の分厚いセキュリティを設けてるらしいけどな、ははは、俺にはそんなもん無意味だ。カメラの管理は俺にまかせな。」
志麻田は、せせら笑う。
自信満々の発言を聞いた下滝の声に、苦笑いが混じった。
『姑息な技術を身につけたもんだな。』
「そう言うなよ。で、そっちの方はどうだ?」
『町崎の事は調査済みだ。マンションにも一度だけ行ったことがあるしな。』
「そうか。じゃあ後は頼んだぞ、智。通信はマンションに着いてからでいい。そこから行動のを指示するからな。」
ちゃぶ台の上に置かれた、ラベルの無いの茶色の小ビン。
これと同じものを、下滝にも渡している。
2人目の“犯罪者”は、この小ビンの中身の餌食となる。
志麻田の姿が、光沢のあるガラスの曲線になぞるように歪んで映った。