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13日間の殺人犯  作者: かに
1day
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プロローグ

学生の時書いた創作小説です。諸事情により、登場人物の名前など少し変更しました。東京が舞台ですが、作中には創作上の地名や建造物など出て来ます。

文章、構成ともに素人クオリティなので荒さが目立つと思いますが、ご容赦頂けると幸いです。当時の拙さを出来る限りカバーしつつ少しずつ更新していきますので、よろしくお願い致します。



午後5時43分。

高層ビル28階の社長室に内線電話が鳴り響く。

帰宅の準備をするカラギ貿易社社長・大渡清四郎(おおわたり せいしろう)は、こんな時に何の用だと、煩いとばかりに表情を歪め受話器を取り、それを介して聞こえる受付嬢に何事かと問いかけた。

どうやら、外線からの通信らしい。


桜田(さくらだ)様から、お電話をいただいておりますが、お繋ぎいたしますか?』

「桜田?誰だそれは?」

『ええ・・・。例の件で、と言えばわかると申していましたが・・・』

受付嬢の口ごもるような声に乗せられた伝言を聞いた大渡は、すぐさま表情を変え、こちらへ繋げるよう指示を促した。

回線の切り替わる高い機械音の数秒後、電話の向こうの主が代わる。声質から、相手は男性であるようだ。

『こんにちは、初めまして。桜田です。突然の電話すみません。』

「挨拶はいい。取引の件だろう?手短に話せ。私は表向きは大企業の正式な社長だ。お前達と関わっている時間は、出来るだけ短縮しなければならない。」

『わかりました、では手短に。先日、取引の日時をお知らせいたしましたよね?取引の時間は、明日の午後8時だと。その件ですが、変更をお願いしたいのです。』


それを聞いた瞬間、大渡はどういう事だと声を荒げて電話の相手に迫る。

自分の意に反した突然の予定変更は、大渡が何より嫌うものである。

気の短い大渡は、早くも怒りの最頂点に達しようとしていた。

そんな大渡を気にする様子も無く、桜田は淡々と言葉を繋げる。

『それが明日、ウチのバカがヘマをやらかしたせいで、取引場所で警察のガサ入れが行われる、という情報が入りまして・・・。警察から圧力をかけられる可能性があるので、しばらくこっちは動けなくなるでしょうね。』

「ちっ・・・役に立たんな。で?いつだ?取引が決まった時に言ったぞ、こっちは明日の深夜までにアレが必要なんだ。」

『ええ、わかっていますよ。で、予定変更ということで、日時は・・・・・・今日の6時半、カラギ貿易センタービルの社長室、でどうかと。すでに遣いの者を向かわせています。』

一企業の、あろうことかそのトップに立つ人間に対しての、あまりに礼儀作法を知らない言葉遣いの数々。

そんな桜田の対応に不快感を募らせながらも、まぁ相手は低レベルな無法者だ、礼儀知らずでも仕方がないと一歩引いていた大渡であったが、腹で煮えていたその怒りに油を注いだのは、場所と時間の指定内容だった。

桜田が平然と口走った常識はずれの提案。

その上、もう遣いの者が来ているだと?・・・あまりに唐突で勝手なスケジュールの狂いに、大渡は顔を真っ赤にして怒鳴り声を上げ、息もつかせぬ罵倒をぶちまけた。

「ふざけているのか!?なぜそうなる?前の取引場所を変更して、ウチの部下に取りに行かせる、という事では駄目なのか?社長室という事は、私が直接受け取 るという事になるのだろう。さっきも言ったはずだ。私はお前ら裏の奴らと直接会うわけにはいかんのだ。そもそも私は6時に退社する。それからは職員の残業 の時間になる。なぜ私がその時間まで残っていなければならん!?」

『しかし、こちらにも都合、というものがあります。ただでさえ、警察に睨まれている。場所を検討している時間はありません。あなたが少しだけ会社に残っていればよい話でしょう。それで駄目だと言うのなら、この取引は決裂、という事になりますが・・・』

ああ、そう言われてしまっては分が悪いと、大渡は顔をしかめる。

大企業の社長のくせに、融通の利かない男だと思われるのも些か癪だと感じた大渡は、渋々その提案を受け入れるしかなかった。

「・・・わかった。今日の午後6時半だな?」

『ありがとうございます。では、失礼します。』

そう残し、相手は一方的に電話を切った。

大渡は今だ燻ってる怒りに任せ、乱暴に秘書を呼び出した。

「・・・ああいう連中はすぐに予定を狂わすから腹が立つ・・・。おい!」

「・・・ご用でしょうか。」

呼び出しにすぐさま応じるように、社長室と秘書室を隔てる扉を開け、柔和と沈着を交えた表情を湛える、銀縁の眼鏡をかけた若い専属秘書が大渡の前に現れた。

「今日は少し急な取引が入ってな。誰にも邪魔されたくない。お前は、時間通りに退社してくれ。」

「取引?社長が出向くのですか?受け取りなら僕が・・・。」

「いや、かまわん。私が行かなければ、意味がない取引なのでな。」

「はぁ・・・。それでは、お気をつけて。お言葉に甘えて、お先に退社させていただきます。」

秘書は一瞬怪訝な表情を見せるも、一礼して社長室を去った。


馬鹿な秘書だ・・・

今から、この場所で違法取引が行われている事など知りもせず、気軽に帰宅するのだろう。

時間を持て余した大渡は、スーツの内ポケットから、名の知れた銘柄のタバコを取り出し一本を口に加えた。



ーーーー



桜田の指定した午後6時半が近づいた頃。

煙草を吸いながら社長室の大ガラスを通し、暗くなりつつある冬の空の下に広がる輝く都会を眺め、時間をつぶしていた。

昼も夜も、この景色は嫌いではない。

自分が高い地位にいる人間だと、この景色を見る度に再認識することができる。


その時、社長室の扉を叩く者があった。

入れ、と声を掛けると、あさぎ色の作業服を来た清掃員、いや、清掃員に模した若い男がキャップを整えながら静かに現れた。

顔はキャップのつばの陰に遮られ確認し難くも、明らかに普通の清掃員などとは違う。

笑んでいるのか、または無表情なのか、判断に難する口元をこちらへ向ける彼の右手には、白い包み紙が抱えられていた。

彼は桜田以上に礼儀の無い、上辺だけの軽薄な丁寧語で言葉を連ね始めた。

「遅くなってごめんなさい。桜田に言われて来ました。メタンフェタミン600グラム、届けに参りました。」

アンフェタミンとは、覚醒剤の一種である。

大渡は、海外製品、食品の輸入など、会社の公的運営の裏で、覚醒剤や大麻、銃火器の密輸入を行っており、否合法的な商売でここまでのし上がったと言っていい。

今回も、密輸入者のグループと取引を交わしていた。

「ご苦労だったな。金はここにある。持って行け。」

大渡は社長机の側に隠されるように置かれる、150万円の入った灰色のジェラルミンケースを差し出そうと取っ手を掴み上げた。

その瞬間、男の口角が釣り上がり、悪意の籠った笑い声を上げた。

「お金なんていりませんよ、社長さん。」

「・・・何?」

「そのままの意味だ。お金はいただきません。代わりに・・・」

男は、大渡が手にする筈だった包みを鷲掴み、封を引き破った。

「あんたの命でも頂いとくよ。」

顔を上げた大渡に向けられたそれは、取引で持ち込まれるはずの覚醒剤などではない。

重量のある黒い光を放つ拳銃、その先には、銃声を最小限に抑えるサイレンサーが取り付けられていた。

予想だにしていなかった状況に、大渡はうろたえた。

「お前っ・・・何なんだ!?」

「そうだね・・・簡単に言うなら、あんたに雇われてる人、かな。この会社の関係者さ。多分、あんたは俺がどの役職に就いているか知りもしないだろうけど。」

わかるわけがない。カラギ貿易社は、一つの高層ビル全てのフロアに数百人の社員を囲う大企業である。

今目の前にいる男は、幹部職の中の顔ぶれでは見かけない。恐らく、このビル内で働いている、一介の社員なのだろう。

その時、カチリとストッパーの外れる音。

それを合図にしたかのように、大渡は素早く電話に手を伸ばすが、男は動じる様子もない。

受話器を耳に当ててダイヤルを回した時、男が言った。

「無駄だ。繋がらないよ。回線いじってるからね。」

「お前、自分が何をしているかわかっているのか!?私にそんなものを向けるなど・・・」

受話器の向こうの静寂。

恐ろしくなった大渡は、怒鳴り声で脅しをかけつつ、回線電話が駄目ならと懐へ手を入れ携帯電話を引き出すが、その瞬間、風を裂くような銃声と共に、手の内の携帯電話が砕け散った。

「うわぁっ・・・」

飛び散った携帯電話の破片が皮膚を打つ。大渡は痛覚に顔を歪め、右腕を握った。


と、その時だ。

革靴らしき足音が、社長室の外から近づいてくる。

それは扉の前で足を止め、ゆっくりと社長室へと入ってきた。

誰だと怒鳴る大渡の問いかけの中、通路の陰から革靴の静かな足音を響かせ現れたのは、スーツに身を包んだ男。

先ほど退社させたはずの秘書だった。

なぜ、まだ残っているのか、という事など今はどうでもよく、何よりも優先しなければならない事がある。

「お・・・おい!警察だ!!警察を呼べ・・・」

そんな大渡の命令を普段と同じ静かな表情で聞いている有能な秘書は、すぐに携帯電話を手に取ると思われたが、その両手を脇に垂らしたまま、大渡が予想もしていなかった言葉を帰した。

「お断りします。・・・あなたこそ、自分が今まで何をしてこられたか、おわかりですか?」

「お前・・・お前は何を言っている・・・?」

大渡は声を震わせた。秘書の語り口調は、表情こそは普段通りでありながら異様な威圧感を孕み、これまで書類整理やスケジュール管理などをやらせてきた秘書とは、とてもかけ離れていた。

秘書は、拳銃を持つ男をちらりと目で指した。

「どうです?これは、あなたが密輸入し、横流しした拳銃ですよ。」

「はははは!そう、その銃弾、返させてもらうよ。」

秘書に続くかのように上げられた、男の高笑い。大渡は、背後の壁まで後ずさった。

「私を裏切るのか!?」

「まぁ・・・裏切るとは違いますね。この会社に入り、あなたの元へ下ったのも、全てはこの時のためですから。」

「・・・何だと・・・!?お前達、端から手を組んでいたのか・・・!」

秘書の口から聞いた驚愕の事実に言葉を失いそうになるが、ここは弱さを見せるわけにはいかない。

声を震わせながらも、泰然と構えようと大渡は必死だった。

「取引はどうなった!?」

「はぁ・・・この状況下で、取引の話ですか。第一・・・取引は、明日でしょう?昼の電話は、あなた達の取引情報を使った、ウチのリーダーの嘘八百ですよ。あなたをここに呼び出すためのね。まんまと騙されてくれましたよ。」

「俺らは、ここから始めなきゃいけない。あんたの部屋で、あんたが密輸した銃を使ってね。」

拳銃の男は、再度秘書に続くように言葉を紡ぐ。気づけば男の表情から軽薄さは消え、そんな彼の意味深で静かな語りが、室内の空気を凍らせたように思えた。


「お・・・お前達は何が目的なんだ。何が欲しい?言ってみろ!金か?何なら、取引をした粉をただでやってもいい!」

恐ろしい冷たさを帯びる壁の温度を背に感じながら、大渡は叫んだ。

しかし、そんな目先の金に一切興味は無いと言わんばかりに、秘書は微かな憤りの交えた抑揚に乗せた言葉を返す。

「・・・あなたらしい台詞ですね・・・。僕らの大切なものを奪っておいて・・・よくそのような事が・・・。」

「わたっ・・・私が何をしたと言うんだ!?」

「ほら、覚えていないじゃないか。やっぱりあんたに良心の呵責なんて存在しないだね。・・・まぁ、いいさ。あんたが知る必要はない。どうせあんたはここまでだ。12年前のあの日、“あんた達”全員の首に縄が掛かった・・・」


「命で償いなよ。」


その声を耳に残したまま、全てが消え去った。




ーーーーー




秘書に続き社長室から退室した、清掃員に服した男は携帯電話を開く。

「終わったよ!」

先程とは打って変わった無邪気な声が廊下に響く。

電話の向こうの声は、そんな彼と、その隣の秘書に労いの言葉を述べた。

『お疲れ。智には、今からエレベーターで普段通りに退社してもらう。で、お前は非常階段で1階まで下りて作業用の裏口から外へ出ろ。』

「は?」

『大丈夫だって。監視カメラにはちゃんと細工してあっから。しばらくは復帰できねぇよ。』

「いや・・・そういう事じゃないんだけど・・・。このビル、28階建てだよ?」

『文句言うな、仕方ないだろうが。また連絡する。頑張れよ。』

そう言うが早いか、向こうは有無を言わさず電話を切ったそこには、間延びした音声だけが聞こえて来る。

秘書はしかめっ面の男の顔を覗き込む。

「どうした?」

「何でもないよ。じゃ、俺行くから。」

そうやって淡白な別れを互いに告げ、二人は帰り道を違えた。



始まりは、ある大企業。


白い壁に映える血液と、小さく壁をえぐる弾痕。

暗い室内には、まだ硝煙の臭いが漂っている。

そんな様を、夜の大都会の明かりが、柔らかく照らし出していた。

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