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化け猫と海に。  作者: 真川紅美
術者、呪われる。の巻
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術者、呪われる。の巻

 そして、すべてが動き出した。


 化け猫の想いを聞いてから、俺は秘術を求めていた。

 何時か、誰かが作り上げたという、前世と来世をつなげる秘術をだ。

 幸い、それは常長が持ってきてくれた。こいつは、創術にも長けていて、苦労したがこれでできるはずと、参考にした資料を持ってきてくれた。

「……ともなり?」

「ん?」

 さっそく庵に入って、外の明かりを頼りに巻物を紐解き術の内容を頭にいれる。

「なにそれ」

「ちょっとな」

 すべてを読み終えて、次に資料を読み込む。どこかの寺院の宝物からくすねてきたらしい古びた紙は、おそらく、平安の世のものだろう。

「……」

 化け猫がじっと紙の表紙に当たる部分を眺めている。その顔が緊張しているようにも見えるのは気のせいだろうか。

「どうした?」

「ともなり、それ見ちゃダメ」

 猫の言葉を聞くよりも早く、手はそれをとり、視線を落としていた。

 びく、と体がこわばり、書物から視線が離せなくなった。

「ともなり!」

 化け猫が俺の手に体当たりして書物を取り落させるが、もう遅かった。

 脳裏に焼け付くように流れてきた、記憶の奔流に俺は、呼吸もままならなくなり、横倒しになり、そして、気を失っていた。


 揺蕩っていた。

 ぬるい湯の中に全身をつけたように。

 薄らいだ意識の中、ぼやけた視界の中、首元に気配を感じていた。ぷつぷつ、と何かが刺さってはなめとられ、体が楽になっていくような、不思議な感覚。

 体は動かず、だんだん、落ちるような、感覚がしていた。

 怖かった。

 自分とは何か。今、どこにいるのか。何もわからなくなっていく。

「ともなり」

 小さな声とともに頬に滑らかで温かい手がかかった。それで、顔がそこにあったことを知る。

 髪を撫ぜられ、頬を撫ぜられ、瞼を撫ぜられ、顎の線を伝って唇を撫ぜられる。そのまま、慰撫するかのように全身を撫ぜるその手が這うごとに、体にたまったよどんだものが祓われていくのを感じた。

 くまなく全身に触れられ、そして、今度は彼女の息吹を感じた。今まで気づかなかったほうがおかしいほど、彼女の息吹は、清らかだった。

 真実、あの化け猫は、神獣だったのだと、今更ながら、感じた。

 俺に息吹を分け与えて、そのまま清らかな息吹は肌を舐めるように這う。

「……ともなり」

 胸に心地よい重み。彼女は猫に姿を変えて俺の胸に乗って体を丸めたようだった。体が思うように動かないのが、癪だ。

 なぜ、俺は今、こんなにも体が動かない。

 なぜ、俺は彼女を撫ぜられない。

 目も見えず、体も動かせず、死人のように横たわるしかできない。

 いらだちが頂点に達した途端、ぶわっと、体の中心から指先、足先から何かが通った。

「ともなり!」

 胸の上で子猫が立ち上がる感触。広がったのは霊力だった。ここまで強く出せば、神獣とて無事じゃないだろうに。

 猫は、俺の頬に移動してすりすりとその柔らかな毛皮を擦り付けてくる。もう大丈夫だと、その毛並みを撫ぜてやりたい。

 それでも体は動かない。

 どうしてだ。

「ともなり、ともなり!」

 猫の呼び声はやまない。音霊を込められているその声に、ようやく、それは御魂呼ばいだと気づいた。ということは、俺は今、死にかけているのか。

 自覚したことで知覚が広がる。

 そう、体には、呪怨が渦巻いていた。

 俺に向けられた呪いが、いや、俺の魂に向けられた呪いの念が、俺を侵食していた。侵食しつくされたら最後、俺は、最もたちの悪い怨霊になるだろう。

 迷惑はかけられない。

 そう思って、神咒を口にする。

「ともなり?」

 俺の意識が戻っていることに気づいたらしい化け猫が、一緒に唱和する。化け猫が神咒を口にして浄化されないだろうかと少し不安になったが、それどころじゃない。

 脳裏には、穢れた体、魂が、天照大御神の神威である日の光によって浄化される様を思い浮かべる。そして、俺を加護する地祇、大国主神にも祈りをささげる。俺の身に宿る霊力は、とても荒いものであり、俺を加護しているのは荒魂だ。

 すぐに、体が楽になる。足元には、まだ呪いの残渣が残っているが、荒魂ににらまれて動けなくなっている。

「化け猫、体、起こして……」

 ようやく、口が回るようになった。化け猫は、すぐに人の形をとって、俺の体を支えながら起こしてくれた。

 そして、手に数珠をとり、体に残る、呪詛に呼吸を阻まれながらも、祓詞を唱え、一通り祓われたと、ふっと、体が軽くなった頃には、夜明けの日の光が、差し込んでいた。

「ともなり?」

 不安そうな化け猫の声。

 彼女の腕の中、俺は体を預けて目を閉じた。疲れた。

 だるい腕を持ち上げて彼女のつややかな髪を撫ぜて、無事を伝えると、短い腕を目いっぱい広げて俺を強く抱きしめた。

「……」

 彼女の体越しに伝わる、緩い神気が、疲れた体を癒してくれる。

「お前がいなかったら、俺は、呪詛にやられていただろうな」

 まだ、呪力抗争は終わっていない。俺が弱ったころ、夜には、また、やってくるだろう。

「……ともなり」

「もう少し、……そばに」

 せめて、俺の体力が戻るまで、少しの間だけでもいい。守っていてくれ。

 泣きそうな声が俺を呼ぶのを聞きながら、俺は、ずるずると、彼女に体を預けて、意識を失っていた。

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