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化け猫と海に。  作者: 真川紅美
化け猫、回想する。の巻
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化け猫、回想する。の巻

 時々、忘れそうになる。ともなりが人の子であるということ。


 わたしは、生まれは平安の世。それなりにかわいがられていた。

 飼われているときは、逃げ出さないように網に巻かれて動けなかったのは癪だったけれども、やわらかい衣に抱かれて暖かい手で撫ぜられているあの時は、幸せだったんだと思う。

 でも、しょせんは小さな獣の子。人より短い命だ。猫又になる頃に、わたしは寿命で死に、そして、庭の片隅に埋められた。

 そこで、終われればたぶん、みんなのいう満足の行った命の終わり方ができたんだろう。もしかしたら、人として生まれ変わってともなりに逢えたのかもしれない。

 でも、私は私のままともなりに逢いたかった。だから、今のこの境遇には何とも思っていない。

 幽霊になってふらふらと屋敷を見ていると、嫌な感じがした。

 それは、今では死の穢れというべきものだとわかる。でも、そのときはわからなかった。近づいて、そして、引きずり込まれた。

 お屋敷に住んでいた家族はみんな、呪詛によって、殺されていた。その恨みや、妬みなどの、暗く、ドロドロした感情によって、わたしは穢されてしまった。

 自分なのに自分ではない。自分の意思で体が動かずに通りかかった人、みんなを傷つける存在になり果てていた。そんなときだった。

 家族に事あるごとにお屋敷に出入りしていた陰陽師が、禍を聞いて、やってきたのだった。

「……これは」

 秀麗な顔立ちを驚きに彩らせて、つらそうに眉を顰め、そして、祓えの呪文を唱え、わたしは解放された。

「猫の化生よ」

 わたしを取り込んでいた妖はすでにもう祓われて、わたしだけが残った。どうしてだか知らないと、陰陽師も言っていた。

「この屋敷の家族は、呪によって殺されたな?」

 起きる気力もなく、彼を見る。彼の目には怒りがあった。

 人以上の霊力を持って生まれたこの陰陽師は、私を飼っていた家族に少なからず、恩があるらしく、家族を助けるように、出入りしていたのだった。

「お前がいたころは、お前の霊力が家族を守っていたんだろうよ。だが、お前が死んでしまって、この屋敷の守りが一気に弱まった。皆すべて呪いで死んで、お前を呼び起こし、そして、俺に祓われた」

「それが……?」

「いや。……俺の回想だ。気にしなくてもよい。……ただ」

「ただ?」

「お前を祓うのは、俺にはできない」

 静かな声音に首を傾げると、陰陽師は深くため息をついて、倒れこむわたしに触れた。

「お前は、ここで即興で祓うには力が強すぎる。無理やり鎮めれば、この都の力場が狂う」

 乱れた毛並みを直すようにひんやりとした大きな手が梳く。久しぶりの人の手の感触。心地よい。

「少し、眠れ」

 やわらかい男の声に、私はふっと意識を失っていた。

 そして、しばらくして、わたしは、彼によって封じられた。祓うには代償が大きすぎたということだ。眠って起きたらともなりがいて、懐かしくて声をかけていた。

 たぶん、あの陰陽師、ともなりの前世だったんだろう。だから、このまま転生しても、ともなりに、ともなりを前に持つ魂に出会えると確信している。

 でも。

 でも、今までの楽しかった記憶とか、人の記憶とか全部忘れちゃうのは、悲しいと思うんだ。

 陰陽師は、いつも孤独だったのを知っている。

 その記憶を引き継いでいないはずのともなりでも、それに影響されているのがわかる。それがたまらなく嫌だ。

 このままだったら、後ろ向きも付け加えられて、とんでもない陰気なやつになってしまう。

「化け猫?」

 ああ、今世の彼が私を呼ぶ。

 ひんやりと冷たくかじかんでいるだろう手がわたしを撫でまわす。夏の真っ盛りだというのに彼の手は冷たい。

「冷たい」

 思わずつぶやくと、ともなりは片眉を吊り上げて、悪かったなと、わたしを抱き上げた。

「どうした?」

「何でもない」

 最近は、ともなりの着物のあわせにもぐりこむのに凝っている。暖かくて、ともなりのにおいが感じられて、獣冥利に尽きる。

「ずいぶん唸らされていた」

 肩にのっぺりと乗って寝ていて、わたしはうなされていたらしい。ともなりは歩いている。どこに向かっているんだろうか。ともなりと一緒だったらどこでもいい。

「昔の夢を見た」

「昔か?」

「うん。この姿になるまで。いろいろあってね」

「……そうだろうな」

 合わせが開くのを防ぐように手を添えられて、じんわりと手のぬくもりが優しい。

「ともなり」

「なんだ?」

「ばかな真似だけは、よしてね」

 そういうと、ともなりは目を見開いて、わたしを見たようだった。

「それぐらい。わかるんだから。あんたは何も変わってない」

「……お前に何がわかるんだよ」

「あんたの前世」

 思い出せた懐かしい面影と、ぴたりと重なる顔立ちに、わたしは少しだけうれしくなって、胸にすり寄るのだった。 

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