化け猫、心配する。の巻
「……あいつは、常長という」
「つねなが?」
「そう。……俺よりずっとすぐれた術者だ。すぐれているから、札とかを書いてもらうんだがな」
束の札を数えて分けて、荷物の籠に入れていく。ちなみに隣の女はばてれんだという。意味が分からない。
「……」
つねながに言われたことが引っかかったらしい。また、むっつりと黙り込んでしまったともなりに、面白くないのと、部屋の片隅を走り回るネズミたちを追いかけて遊ぶことにした。
「なあ、化け猫」
「にゃに?」
ネズミを仕留めていただいていた時だった。深刻そうな重たい声に顔を上げて、口元をなめてともなりの目の前に移動して座る。
「お前、ほんとのところ、どうしたい?」
胡坐をかいたともなりが真剣な目で私を見ている。どうしたいってどういうことだろうか。
首を傾げてともなりをみると、彼は深くため息をついて、そして、わたしを見る。
「このまま、ずっと俺に取り憑いていくのか? そうもいかないだろう? ……俺はいつ死ぬかわからない。俺が死んだらお前は野放しになってしまう」
「したら、海に飛び込むさ」
「じゃあ。……じゃあお前は?」
「わたしの願いは、もうかなえられないよ。ともなり」
もう、わかっているくせに。
獣の子は情愛深い。特に雌になるとそうだ。その通りだった。
膝の上に乗って丸くなると、自然に手で撫ぜてくれる、この掌の暖かさを知ってしまったから、もう、離れられなくなった。
「聞いてみたい」
毛並みをなでて、低い声でつぶやくともなりに、わたしはうっとりと閉じていた瞼をこじ開けて、つらそうな目をしている彼を見た。
「ずっとそばにいたい」
おおきな手のひらに頭をこすりつけてつぶやくと、ひょいと片手で抱き上げられて、そのまま、抱きしめられていた。
「ともなり?」
「俺は人だ」
「……うん」
「その思いを抱いている限りお前は、海に入っても念が残る。転生しようとあの世に行っても、未練が残る」
「…………うん」
「俺が死ぬのも待ってたら、お前が地縛霊になる」
「うん」
静かなつぶやきに、うなずくしかできなかった。わたしは、この想いを抱いている限り、この人に囚われるのだ。
「もう、遅いんだな」
「……もう、遅いよ」
確認するような言葉に、うなずくと、ともなりは深くため息をついてうつむいた。
「ごめんね。ともなり」
「……とっとと海に行かなかった俺の過ちだ。縛って済まない」
好きで縛られたのに謝らないでよ。ともなり。
「逃げられたのに、逃げなかったのはわたしだよ?」
「……俺が封じをとらなければ、こうならなかっただろう?」
「でも、ともなりに逢えたから」
人の形に戻ってもいいだろうか。毛を逆立てると気づいたともなりが膝の上におろしてくれた。それを見計らって人の形に戻って彼の首に縋り付く。
「おい、化け猫」
「そうやって、わたしを名で縛ろうとしない。その優しさに惹かれてしまった。ともなりが悪いんじゃないよ?」
ともなりにそういって、わたしは、仮の姿で感じる生身のぬくもりを感じていた。人として出会えていたら、どうだろうか。考えても、栓ないことか。
「だが……」
「後ろ暗くならないの。わたしはそれでいいからいいの。ともなりが死ぬとき、封じてくれていいから、ともなりを忘れられたら解けるぐらいの飛び切りのやつ、ちょうだい」
笑って言うと、ともなりは、複雑そうな顔をして、それしかできなくてすまんな、と絞り出すようにつぶやくのだった。
外からは、夕立が、降り出す音がした――。