化け猫、心配する。の巻
最近、ともなりがしおらしい。
山の道を歩いている途中も、街で歩くときも、綺麗なお姉ちゃんに話しかけられているときも、女郎のところに引っ張り込もうとするお兄さんや、美人局しようと婀娜な年増女に声をかけられているときも、ずっと何かを考えこむようにしてただ、歩いていた。
わたしは肩に乗っておとなしく、三本の尻尾を振って、邪魔者にいたずらを仕掛けて、精一杯守っていた。
「ともなりー」
そんなある日、わたしはいつものようにご飯をかっぱらってきて、ともなりが今日のねぐらにした、山小屋に駆け込む。
「お? どうしたんだ? この化生」
「……憑かれた」
山小屋には、私の知らない顔が二つあった。一つはともなりよりずっと縦も横も大きくて熊みたいな男の人。もう一人は、見慣れない異国の衣をまとった、黒髪の、このにおいは女性だろうか。中性的な女の人。
「ほう? 面白いこともあるんだな。お前の霊気に中てられないとは……」
「俺もそう思っている。すぐに浄化されるかと思ったら厄介でな。力ばかり強い、おつむの弱い子猫だ」
「ははは、猫っつーのはそんなもんさ。情愛深いから、気いつけろよ」
「何をだよ」
ともなりの脇に姫飯をおいて膝に乗って丸くなる。最近これも許してくれたし、寝床にもぐりこむのも許してくれる。
「にしても懐いたな」
「懐かれた」
会話になっているのかと見上げると、精悍に整った大男が私を見て、でっかい手を伸ばしてきた。
「おうおう、おとなしい女っ子だ」
痛いほどの力で撫でてくるその手に嫌気がさして尻尾を膨らませると、ともなりがその手を取ってくれた。
「嫌がってる」
「お? ああ。すまんすまん」
「ツネ。猫を愛でに来たわけではないだろう」
話がそれすぎたのか、女性のほうが助け舟を出してくれた。ちらりと見ると、表情はあまり変わっていないが色の薄い瞳は微笑んでいる。あとですり寄って媚売っておこ。
「おう、そうだな。とりあえず、これ、頼まれてたもんだ」
そういって、男が取り出したのはお札。それも、束がいくつもだ。
「あんたの札は特に効果があるといわれているからな」
「しょせん、鬼の子だからな」
「そりゃ、俺もだろうが?」
「お前は、ただの神様の依坐だよ」
「……」
その言葉に舌打ちをしたともなりはそっぽを向いた。
「お前の村にはつくづく本物の力を持った術者がいなかったんだなと、思うよ」
「過去のことを言っても意味がない」
「……まあな。本来だったら崇め奉られるべきお方なのに、何が悲しくて、猫に取りつかれた術者やってんだか」
「うるせーな。俺の勝手だろ」
「その子を祓わないで、旅して歩いていることが、か?」
「……」
すっと、男は目を細めてともなりを見た。その何でも見透かすような目に、わたしは見ていられなくなって、ともなりの袖の中に逃げた。それを追ってともなりのもう片手が追うが、その手は私の背に触れて止まる。
「それに、その猫の化生はただの化生とは違うのは、気づいているか?」
「ちびの癖に力が強すぎる」
「そう。生半可の霊じゃねえぞ。……おそらく、神獣にも近いものだ」
「神獣?」
「ああ。元は祟り神だったんだろうがな。浄化されて神獣の形損ないになっちまって、お前に叩き起こされたんだ」
「……起こしたからには責任を取らなければならない、か?」
「そうだな。とっとと浄化して輪廻に送ってやんな。じゃねえと、お前もその猫も、情を抱いちまって、二人して自縛になり果てるぞ」
「……こいつはともかく、俺は……」
「そうだ。そしたら、俺が責任もって送ってやるから心配はいらねえけどよ、んなことはしたかねえぞ」
すごい口が悪いが、言っていることは的を射ている。袖のなか、ともなりがゆっくりと頭を撫ぜてくれるのがすごく気持ちいい。
「まあ、いつだって俺はお前の味方だ。困ったことは言えよ」
それじゃ、またな、と彼は女の人を連れて小屋を出ていった。その気配を感じてわたしはともなりの袖のなかから出て膝の上に乗って丸くなる。