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化け猫と海に。  作者: 真川紅美
術者、慰められる。の巻。
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術者、慰められる。の巻

 心の底にいつもあるのは、あの問だった。

 俺はいつ死ねる。

 周りは流行病だったり、野武士に切られてだったり、時には山から切り倒された丸太に曳かれたり、様々な死に方をしているのに、俺だけは何かに守られているかのように死ねない。今回もそうだ。今回も、こいつに助けられて、死に損なった。

 小さな毛玉がすりすりと胸にすり寄って小さくにゃぁと鳴いているのを聞きながらも、夢うつつの俺は思考をやめられなかった。

 どうして、死ねない。

 本当だったら和尚に拾われる前に死ねたはずだった。親からの虐待で。

 この世は苦しみばかりだ。

 釈迦の教えにもある。そこからぬけだすためには悟って涅槃へと旅立たなければならない。それは、死によって旅立つのではなく、生きながら、悟り、そして、心安らかな極楽へと旅立つのだ。

 すり寄る毛玉をぼんやりと撫ぜながら、俺は目を閉じて、起きることを拒否していた。ただの無駄なあがき。

 苦しみを苦しいと感じる時点で、まだ、俺は修行不足なのだろうか。

 自分自身は自分自身で救済しなければならないのはわかる。苦しみを感じている時点で、救済できてないのだ。でも、そんな俺が、こんな小さな化け猫の救済のために動いている。本当に、この子の救済ができるのだろうか。

「ともなり?」

 小さな声を、俺は無視した。もう少し、思考の海に浸っていたかった。

 ふわりと、頭を抱き寄せられたのに、さすがに驚いて目を開くと、化け猫がまた人の形をとって俺を抱きしめていた。

「何すんだよ」

「泣いてる」

 小さな声に、俺は目を見開いて、そして、目元がひんやりとしていることに驚く。

「お屋敷のね、お嬢さんが、泣いてるときこうしてもらってるの見てた」

 さわと大童の髪を撫ぜられる。

 こうやって、人に抱きしめてもらったのはいつ以来だろうか。

 とても振りほどく気にもなれなくて、俺は目を閉じてその胸に頭を預けた。

「……」

 化け猫は、何も言わずに、俺の髪を撫ぜ続けている。どうして、俺は、化け物に優しくされなければならないんだ。化け物で、しかも、畜生のほうが生みの父母より優しいなど、皮肉だ。あいつらは畜生以下なのか。

 ぬくもりを求めて、俺は、小さな背中に手をまわして体をゆっくりと、預けて、いつの間にかあふれていた涙が収まるまで、彼女に、少しだけ、甘えていた。


「ともなりって、優しいんだね」

 滑落して負った傷も動ける程度まで癒えたのを待って、俺たちは、洞窟を出た。山中、トコトコと道を行く化け猫が不意に振り返っていった。雨はからりと上がって、青々と茂る葉の間から、久しぶりの青空を見たような気がした。

「……何故そう思う」

 前も聞いたような気がするその言葉に、聞き流そうとしたが、やめた。

「私ね、いっぱい見てきた。お屋敷で、人が殺され、死ぬところを」

「……だから化けたのか?」

「ううん。違う。化けた理由は、まあ、これもあるだろうけど、自分でも本当にわからない。ただ、ああはなりたくないなって思いながら死んだら、気が付いたらこのざまよ」

「……醜い生き物、か」

「うん。でもね。ともなり、そんな感じ全然しないの。力強すぎて、つらい目に合ったんでしょう? でも、ともなりは、自分を害した人に怒りをぶつけようともしないもの」

 屈託ない声に、俺は驚いていた。そんなこと、考えたこともなかった。

「それが優しいのか?」

「だって、人が痛くなるの見たくない人でしょう? だから、あんたは人と関わらないんだって、思った」

「……」

「だって、あんたと人が関ったら、少なからず、あんたの強い霊力に中てられて体調崩すか、もしくは妖に襲われるかするから」

 こいつには言ったことのないことだ。どうしてだ。

「だからって、一人で行くには寂しいよ」

 しゅんと耳まで垂らしてそういう黒猫の姿のほうがよっぽど寂しい。

 しゃがみこんで、猫を抱き上げて肩に乗せる。

「なあ、化け猫」

「にゃに?」

「……」

 ふとよぎったバカな考え。肩からのぞき込む猫の黄色い瞳を見て、俺は、顔をそむけた。

「もし、俺が化けるっつったら、お前は消えずにこの世にとどまり続けるか?」

 その問いに、猫の目がまん丸くなる。

「にゃにいってんのよ」

「……そうだな」

 肩をすくめて俺は、ぱしと猫の足で小突く化け猫の頭を撫ぜて村へ下り、報酬を受け取って、街道に戻った。

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