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化け猫と海に。  作者: 真川紅美
術者、慰められる。の巻。
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術者、慰められる。の巻

 へまをした。


「ともなり、ともなり!」

 山の斜面から滑り落ちてぼろぼろになった俺を見つけた化け猫がゆするように背中を踏んでいる。

 全身に走る痛みに、動けずに、うめくこともできない。

 妖退治で、山に乗り込んで、退治できたのはよかった。だが、そのあとがいけなかった。体にたまった陰気にやられて、浄化することもできずにふらついたまま川を目指して歩いていたらこのざまだ。

 見事に足を滑らせて、滑落していた。

 どれぐらい滑り落ちたのか、自分の状態がどれだけひどいのか、わからない。

 頬をぺろりとなめた化け猫は顔のあたりに頭をもぐりこませて、すぐにいなくなった。

 足音が遠くに行くのを感じた。

「……」

 その気配を感じて、俺は体の力を抜いた。

 一人旅でのこののたれ方では死亡確定だ。こんなところをわざわざ通るやつもいない。

 今は梅雨時。だからといって、凍え死なないとは限らない。

 降りしきる雨の音が聞こえる。

 葉を打つ雨粒の音。枯葉に落ちる水滴の音。遠くにかすかに川の音が聞こえる。

 この分では川には入れなかったか。水がかなり増えている。

 俺は、力が強すぎて、自分で力の浄化が行えない。すぐに汚されてしまうから、毎朝夕、水垢離をして清めなければならない。最近はずっと歩いていたからそれができていない。

 このまま、土に一緒になって死ねるのもいい死に方だろうか。

 やわらかい土の上に身を投げ出して、俺は意識を失っていた。

 

 昔を夢見ていた。

 そう、父母にぶっ叩かれて、近所のおっちゃんに死にかけてたところを見つけられて、そして、和尚に拾われた時のことだ。

「ともなり……?」

 薄目を開いてまぶしさに目を細める。ひんやりとした手ぬぐいの感触に思わず体に入っていた力を抜くと、全身に鈍い痛みが走って、目をつぶる。

 手ぬぐいは額に乗せられずに、押さえるように額、頬、首筋、鎖骨へと移動する。

「いつ……、死ねる?」

 和尚に、そうたずねていた。夢うつつの俺も近くにいるやつに、聞いていた。

「え……?」

 言葉を詰まらす気配。夢とは違う――。

 はっと、目を開いて朝の光に目を細め、体をはね起こす。

「ちょ、ともなり!」

 縋り付くように俺の体を押さえようとする女の手をふりはらい、剣印を突きつける。

「……」

「……ともなり?」

 そして、女の顔を見て俺は力を抜いた。化け猫が人の形を取ったときの少女すがただ。

「お前か……」

「お前かじゃないよ。いきなり……」

「……今のことは忘れろ」

 そういって、俺は、化け猫が見つけたらしい洞窟の壁面に手をついて立ち上がり、そして、雨が上がっていること、そして、近くの川が増水していないことを確認して川に入った。

「何してるの!」

「水垢離だ。見てわからないか」

 ちょうどよかった。少し眠ったからか、体も少し楽になっていた。水に入って冷たさに体の感覚がしびれてきたところで、ようやく俺は洞窟に上がり、着替える。

 体のいたるところに擦り傷や青あざが浮かんでいるが、骨は折れていないようだった。

「土とか、きれいになっていいと思うけど……」

 ごにょごにょとつぶやいた、どこか不満そうな化け猫の化けた姿に、俺はため息をついて土によごれたぼろぼろの手荷物にある、きれいな衣に着替えて体の感覚が戻るまで座り込む。

「はい、ごはん」

 作ってくれていたらしい粥をよそってもらって、かじかむ手で口の中に掻きこむ。熱い粥が腹の底にしみるようだった。

「……」

「なんだよ」

「……ううん」

 化け猫はそっとため息をついて、ふっと、猫の姿に戻って耳の裏を後ろで掻いて、俺の膝に乗って体を丸めた。

「重い」

「嘘つけ。ちょっと寝させてよ。あんた看病してて寝てないんだから」

「別に頼んだ覚えはないが?」

「うるさいな」

 尻尾がぱたりと力を失って俺の膝の上から垂れる。俺は、動かす気にもなれずに飯を食って、壁に背中を預けたまま、しばらくぼーとしていた。

 真剣に寝始めた化け猫に、俺はその首根っこをひっつかんで、おろすとその隣に体を横たわらせて、休んだ。

 思考も何もまとまらない。

 起きているだけ体に悪い。そう思ったからだ。

 眠りのふちに落ちる寸前、化け猫のやわらかい毛並みが俺に寄り添うのを感じながら。

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