術者、憐れまれる。の巻
最近、化け猫が使えるようになった。
「ねー、ともなりー、ご飯かっぱらってきたー」
黒猫の小さな背に干物二枚と、姫飯の握り飯の入った包みを咥えて宿にしている納屋に入ってくる。
空の状態が思わしくなく、このまま山に入れば雨に当たると、ふもとの村の納屋を借りたのだ。
「そんなに俺は憐れなのか?」
「だって、ともなりすっごいがりがりなんだもん。食べないと」
むかつくが、仕方ない。俺もそう思っている。
毎日のようにどこかから姫飯と魚の干物をかっぱらって俺に渡す彼女に干物のかけらを駄賃に挙げてむしゃぶりつく。いっつも腹が減っているような状態なのだ。
「ともなりっていくつなのー?」
猫は納屋に住み着いているネズミで遊んでいる。湿っぽい風が、夏に近づく季節を告げている。
「今年で二十歳になったころだろう。年なんていちいち数えていない」
「誕生日は?」
「七月の八日だ」
「それは知ってるんだ」
「死ぬ時に書いてもらわなきゃならないからな」
「縁起でもないこと言わないの」
「俺は人間だからな。普通にいつ死ぬかわからない」
姫飯の粒の一つももったいないと手についた粒を食べて遊ぶ猫を見る。転がるネズミがひっかき傷だらけで見るも哀れな状態になっている。あの分ではもう死んでいる。
「そか」
「お前らのような化け物になったら、俺はどうなるかわからないからな」
「どういうこと?」
「……枯れたお前が元気になっているのは誰のおかげだ?」
「ともなり」
「そういうことだ。今はある程度制御できるが、霊力がバカ強すぎて、化け物に堕ちたときそれだけ強い化け物になり果てるんだ。俺とて無差別に人をぶっ殺すようなクソみたいな化け物になりたくはない。だから、人として死ぬ」
「死に目標なんてあるなんて」
目を瞬かせて化け猫はおもちゃにしていたネズミを食べてそして伸びをしてあくびをする。
「俺ぐらいだろう。そんなこと言ってるの」
「そーだね」
猫は俺に近づいて隣に座る。三つに分かれた尻尾がゆらゆらと動いている。
「なんだよ」
「なんか寂しそうだから」
「……」
なんなんだよ、この猫は。
深くため息をついて、小さな猫の頭をガシガシとなでまわす。化け物なのにぬくもりはある。それがたまらなく悲しい。
「おい」
「にゃあに」
「本当に海に行ったら成仏するのか?」
本来の目的を口にすると、三つの尻尾がぱたりと動かなくなった。
「そういってるじゃん。意地悪く残るつもりだと思ったのー?」
「……いや。……成仏じゃなく、消滅を願っているのではないかと思ってな」
納屋の壁に背中を預けて座り込んでいる俺たちの周りからはいつの間にか降り出した、雨の音がパタパタと鳴りやまない。
「なんだよ。インチキ術者の癖にしっかり見抜いてんじゃん」
「誰がインチキだ」
「経文なんてみんなインチキさ」
猫は伸びをして俺の膝にひょいと乗ってくる。そして膝の上でまるくなると尻尾もくるりと自分の胴体の周りに回したのだった。
「また、飼い主に巡り合わなくていいのか?」
「いいよ、別に。贅沢させてくれたけど、ただそれだけだから」
「畜生らしくねえな」
「そうよ。だから化け猫なの」
お高く留まってるが、本性は猫だ。
「あ、ネズミ」
「どこっ!」
部屋の片隅にひた走るネズミを見つけて飛び起きて追いかけるそのすばしっこさと習性に俺はそっとため息をついたのだった。