海を見に。
「海って広いんだね」
ぽつりとつぶやいた美弥子に、智也は、すっと目を細めて、物憂げに海に視線を投げた。指に挟まれたままの煙草を吸って、隣にいる美弥子の頭をガシガシとなでてやる。
「にゃにするんだよう!」
素に戻ったのだろうか。
猫の時のように肩を怒らせて智也を見上げる美弥子は、寂しげな色を見せる智也の瞳を見て、言葉を失った。
「縛って、ごめんなさい」
ぽつり、つぶやかれた美弥子の声に、智也は瞬きをして、美弥子を見下ろす。美弥子は肩を落としてうつむいている。
「俺は俺の意思で、ここにいる。お前の言葉に縛られたわけじゃない」
「でも」
「聞いてみたいといったのは俺だ。お前と新しい時代を生きてみたいと思ったのも俺だ。あの頃にいた数少ない友人には挨拶をして、庵にこもったし。ただ、お前に巡り会うまで、長かったと、思ってな」
煙草を流木に押し付けて火を消すと、ポケットに突っ込んでいた携帯灰皿を入れてしまう。
「やっと、お前と海に来れた」
微笑む智也のその言葉に、美弥子は目を見開いて、彼を見上げる。
智也は、潮風に乱される美弥子の髪を撫で梳き、まるで逆立った毛並みを元に戻すようにしている。
「うん」
甘えるように、智也に肩を預けると、自然な動作で引き寄せられて、肩を抱かれる。
「ねえ」
「なんだ?」
「今世は、いつまで一緒にいられるかな?」
ぽつりとつぶやいた美弥子の言葉に、智也の瞳には、穏やかな色が宿った。
白波を立てては戻る波を見やり、そして、遠くの地平線へ目を移す。
「無論、お前が飽きた、というまでだな」
冗談めかした言葉に、美弥子はくすりと笑って頭を智也に擦り付ける。猫の子に戻ったような甘えるしぐさに、智也の表情が緩む。
「言うわけないじゃん。バカ智也」
「そうか? お前が、ネズミをいたぶってられた時間は短かったような気がするが」
「言わないで」
くくくと、体を揺らして笑う智也に、美弥子はむくれて見せる。その顔に、智也が立ち上がってひょいっと肩をすくめた。
「さて、うちの飼い猫に飽きられないように、せいぜい頑張るとしますか?」
振り返って流し目をくれた智也に、美弥子は、立ち上がって飛びかかろうとした。それもひょいとよけられて、何かあったかと、首を傾げて見せた智也に、美弥子は、走り出した。
「ほらほら走れー」
「このバカ智也ぃ!」
怒鳴りながら、楽しげに車のある場所まで追いかけっこした、バカップルに、まばらにいた学生は気まずそうな、それでいて、少しじっとりとした視線を投げるのであった。