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化け猫と海に。  作者: 真川紅美
海を見に。
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海を見に。

 青年は、祓われた呪詛が抜けると同時に動き出したらしい。

 常長は、罪滅ぼしとして、化け猫が転生して迎えに来るまでともなりが過ごせる庵を見つけ出して、そこに封じてくれたという。そして、子孫が、ともなりが目覚めたら、サポートできるように書置きを遺して逝って、今は、その常長の子孫の会社に身を寄せている、会社員らしい。

「ともなりがサラリーマン……」

 なんというか、似合わないと笑っていると、青年は、幾分恥ずかしそうにそっぽを向きながらぼそぼそというのだった。

「といっても、今でも調伏を行っている会社だからな。何も変わりはせん。昼間会社に行くときはやはり、スーツを身に着けなければならないらしいが、調伏するときは基本的に……」

「和服?」

「なれた服装じゃないと、動きづらい」

 少女が試しに、ジャージ姿を思い浮かべ、全然似合わないと、また吹き出すのだった。それがわかるのだろう。青年は憮然としたままだった。

「お前は? ちゃんと転生できたのはわかるが……」

「幸せな家庭に転生できたよ?」

 青年の目を見て首を傾げる少女は、微笑んで、青年の太ももをまたいで向き直る。

「でもね、ともなりが足りなかった」

 首に腕をかけてそういった少女に青年の目が大きく見開かれる。

「ここにともなりがいたらなーって、ずっと感じてた」

 物心つくかつかないかの頃、少女は、母親に、ともなりがいないと、ぐずったことがあるらしかった。少女は覚えていないのだが、母親は、大変だったのよ、と目を細めていった。

 そして、占い師である父親が、占った結果、少女の前世と、そのともなりとやらの存在についてわかったと。それを告げると、ケロッとした様子で、今度は、迎えに行くーといって聞かなかったと、父親は目を線にして言っていた。

「だからね、ともなり。一緒に行こう?」

 驚いた顔をした青年に、少女は微笑んだ。

 この人は、不安に思っているに違いない。だから、先手を打ったのだ。

「ずっと一緒にいたいって、言ったのは、わたしでしょう? その言葉に縛られて、一緒に来てくれたあなたを見捨てるわけないじゃない。義務じゃないよ? 私はあなたと一緒にいたいから、ここまで来たの」

 二十歳のお祝いに、と、父親が詳細を調べて、とある会社に行きついて、そこに連絡すると、この庵を教えてくれた。

 そして、家を出るとき、父は言ったのだった。

「本当に、彼を選ぶんだな?」

 選ぶ、一緒にいる気がないのに迎えに行くのは、お前の自己満足になるぞと、教えてくれた。

 その言葉を肝に銘じながらも、少女はまっすぐな目をして、父を見ていってきますと、言って出てきたのだった。

「忘れられるわけ、ないでしょ?」

 首を傾げると、青年は、また、泣きそうな顔をして、そして、ふっと笑った。

「名を、教えてくれるか?」

 ひんやりとした手が、少女の頬を包み込んだ。

 輪廻、転生の果てのその言葉に、少女はその手にすり寄って微笑んだ。

「美弥子。美弥子だよ。ともなり。ともなりも、音霊じゃなくて、言霊を教えて」

「……俺は、智也。現代風の読み方をすればともや、かもしれんがな。……美弥子」

 男性にしては細く、繊細な指が少女の髪を梳く。うなじを掠めたその感覚と、低い青年の声に、少女はふるりと体を震わせた。

「智也」

 名を呼ぶと、青年の表情がやわらかくゆるんだ。

 前世ではついぞ見なかったその表情に見とれながら、少女は、美弥子は微笑み返した。

「美弥子……」

 額を合わせて目を見つめあって、微笑みを交わし、体を合わせる。とくとくと、互いの早い鼓動が胸に伝わる。

「猫そのまんまだな、みゃーこだなんて」

 冗談めかして軽い口調で言う彼の肩に頭を預けて、美弥子は肩をすくめた。

「うちの母が名付けしたらしいんだけど。まったくそのとおりよ。会ったら言ってやって」

「いえるような関係になったらな」

 笑った智也は、そっとため息をついて、時計を見た。つられて美弥子も見ると、六時を回ったところだった。

「家に帰らないとまずいんじゃないか」

「うん」

 でも、離れたくない、と美弥子は智也のそでを掴んでいた。

「お前は学生だろうが。親のところにいるんだったら、送るから」

「送る?」

 それとなくそでを握る手を離させた智也は、サイドテーブルに置いたキーを手にした。

「当然車だ」

「と、智也免許!」

「あるにきまってるだろう。……そこらへんは長くなるからおいおいな」

 そういって、着替えてくるから待てと、智也は美弥子をベッドの端において、部屋から出ていった。そして、すぐにスーツに着替えて、カバンを持ってきた智也に、美弥子は目を瞬かせていた。

「すご、にあってる」

「……そういうものを買ってもらったからな」

 猫の時はあまり気にしなかった身長も、当時にしては、かなり高い分類だった智也は、きちんとスーツを着こなしていた。目分量だが、百八十センチはあるのではないだろうかと、上から下まで見て、美弥子は、ふと、こんなの実家に連れ帰っても大丈夫だろうかと心配になった。

「どうした?」

「いや、……お母さんミーハーだから」

「みいはあ?」

 まだ、外来語には弱いらしい。きょとんと首を傾げた智也に、くすっと笑った美弥子は、立ち上がってリュックを手に取ると、智也の腕に縋り付いた。

「まあ、いこ! 今度こそ、一緒に海、見に行こうね!」

 その言葉に、智也は目を見開いて、そして、ふっと、やわらかく微笑んだ。

「また今度な」

 わしわしと、美弥子の癖のないやわらかい髪を撫ぜて、一緒に部屋を出て、車へ乗り込む。

 そして、案内された美弥子の実家を訪ねると、そわそわと待っていた、父親と、母親に見事に騒がれて、結局智也は、美弥子の実家に一晩お世話になっていた。

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