海を見に。
住宅地を作るために開かれたとある山の中腹あたり、寺社の建物があると、わずかばかりの鎮守の森が残されて、守られてきた土地があった。
木の根が張ってぼこぼことしたアスファルトの歩道を、リュックを背負った少女が歩く。
「……」
抜けるような快晴。
八月の照りつける太陽が熱波となって風と共にぬるく肌を舐る。
一度立ち止まり、草が刈られた斜面へ落ちないように敷かれたガードレールに手を預けて遠景を見渡せば、開発されたビル群の向こうに、白くかすむ海が見えた。ちょうどフェリーが到着したところらしい。白い船が岸辺に寄っている。
「……」
それを見ながら、少女は、ふと、脇を黒煙をまき散らしながら走り去るバスに目を細めて、また、でこぼこな歩道を歩くことを再開した。
やがて、坂を上りきらない、中腹ぐらいのところに、一つ、森におおわれた斜めに下る道が出てきた。石で舗装された、どこか怪しく暗い道。
その下をのぞき込み、少女は何か決意した顔をして、その、斜めの道へと足を踏み出した。
彼女の待ち人のいる庵に違いなかった。
少女は、階段の段数を少なくするためか、かなり緩やかに作られた石階段を下る。
そして、こじんまりとした参道の片隅にある小さな手水屋で手と口元を清めて、正中を避けて鳥居をくぐる。そして、湧水があるらしい境内の小さな橋を渡り、ぼろい社を見る。雨風にさらされて、板は灰色にくすんでいる。
「ともなり……」
つぶやいても、彼はここにはいない。
ざわ、と鎮守の森の木が風に揺れて、ぬるい風の中、かすかな水のにおいを運んできた。
少女はあたりを見て、誰もここに入ってこないことを確認して、飾りに近い小さな賽銭箱の脇を通り、靴を脱ぐ。そして、雨に浸食された社の階段を上がり、そして、中に入った。
「……」
少女は、音もなく中に入って、引き戸を閉めると、一度そこで瞑目した。暗い室内に漂う力を見るためにだ。
少女は、この時代には珍しく、目には見えないものを見る力に長けていた。
「ともなり」
この下に迷処とも呼ばれる異空間があることを探って、そして、その入り口をこじ開けようとした。そのときだった。
ぱっと社の入り口が開かれて、森に包まれているとはいえ、外の明るさが、鮮やかさが室内を刺し、貫いた。
「何をしているんだ!」
若い、男の声が鋭く、少女に突き刺さり、そのことに集中を無理やり解かれた少女は、くらりとたたらを踏んだ。
「……!」
少女が振り返るよりも早く、男は少女を支え、そして、しなやかな腕の中、少女は意識を失っていた。