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化け猫と海に。  作者: 真川紅美
術者、呪われる。の巻
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術者、呪われる。の巻。

「どうして、……どうして、そんなことを?」

 化け猫は、俺を見てそういう。俺はその手を取って、握ってやって、口を開く。

「もう忘れるのはこりごりだ。化け猫」

 前世は、とてもつらかった。

 冷たい人がたくさんいて、俺を恐れながらも利用されて、利用されるしかない自分をどこか嫌っていた。それは、今世も同じ。

 でも、今世とは違うのは、俺を暖かく迎えてくれる、他人ながらも家族がいて、ことあるごとに尋ねれば、暖かく迎えてくれていた。

「思い、出したの?」

 恐る恐る聞いてくる化け猫に、俺はうなずく。

 袖触れ合うも多生の縁。といったところだろう。化け猫は化け猫のままあったこともあるし、常長はたぶん、俺を憐れんだ目で見ていた同僚で、リンはその妻だ。

「ああ」

 忘れていたからこそ、今世での俺はこんなにもこじらせたんだと思う。独りだと、いじけていた。

「もう、忘れるのはこりごりだ。お前も、少しは経験してみろ、化け猫。こりごりだと思うぞ」

「経験したくない」

「じゃあ、頑張って覚えてろ」

 常長の修祓を受ければ、いくら神獣ったって無事では済まないだろう。あいつは、俺を加護する地祇、大国主神をも術で縛って一時的だが、使役した男だ。聞くだけで怖気が走る。

「俺が、力を望んだのは、前世、力が足りず、お前の家族を助けられなかったからだ」

「ともなり?」

「だのに、今世の俺は、肝心なことを忘れて、一人いじけていた。そんなのもう嫌だからな」

 祈っても、魂にある霊力は消えないだろう。来世、また力が足りずに泣くかもしれない。

 であれば、このまま、生きて、こいつとともに生きられるようになるまで、待てばいい。そして、死ねばいい。

「話はまとまったようだな」

 いつのまにか常長は戻ってきていて、廟を背負ってきていた。

「商売道具か?」

 常長は、山伏だ。

 山に入った時点で、自らを死んだものと考え、修行を終えたと同時に新しい体を得て、転生したと考える、不思議な一派。

「おう。そうだ」

 小さな錫杖と、もろもろを取り出した常長は、日の高さを見て肩をすくめた。

「別れを惜しむか?」

 化け猫に目を移すと猫の形をして、俺の頬にすり寄ってから、トコトコと常長の膝の前に移動した。

「とっととやって。苦しませたくない」

「……肝の強い女っ子だな。まったく」

 軽く頭を撫ぜた常長が薄く笑って顔を引き締めた。

「だとよ。ともなり」

「……あとで、お前にいろいろやらせることができた。いいな」

「こうなってしまったのは俺の責任だ。なんでもいえ」

「そのつもりだ」

 無理やり体を起こすと、リンが俺を支える。

 細いなりでも俺の背中をしっかり支えている。ちりりと、何かが焼いたような感じがしてリンを見ると顔をゆがめていた。見れば、リンの手のひらが紅く焼けていた。俺の体を流れる、神気に焼かれたのか。

「リン。お前は外に出てろ。たぶん、お前は耐えられない」

「……だろうな」

 苦笑したリンが音もなく立ち上がって結界を張って外に出る。

「どういうことだ?」

「まあ、事情はあるもんだ。さて、日が暮れる前に、やるぞ」

 そういって、始まった呪詛を祓う術に、俺と化け猫はそろって苦しみだした。

 常長の詠唱する不動縛りの法が完成して、体は思い通りに動かなくなって、火焔呪に、火で焼かれるような苦痛を感じる。化け猫を見れば、もうぐったりと動かなくなっていた。

 縛られているものの、手を差し伸べて胸に抱きかかえると、かすかに身じろぎしてかりと爪を立てた。

「化け猫」

「ともなりぃ」

 小さな声に、俺は目をつぶって、できる限りの力で抱き寄せる。

 護摩壇代わりにされた火鉢からは煙たいほど香木の煙が出ている。その中に香木をくべながら常長は大粒の汗をかきながらも、呪文を唱え続けていた。

「忘れない」

「忘れるなよ」

 何かを刻むようにかりかりと俺の手の平に小さな爪を立てて、そうつぶやく化け猫の姿がだんだん薄れ始める。

「……」

 引き寄せたいが、引き寄せることは許されない。

「絶対、迎えに行く」

 そして、金色の目が俺を見たと思ったら、その言葉を遺して、姿が消えた。

 途端、ふっと体が軽くなる。今まで、呪怨に抗っていた霊力、神気が一気に呪怨がなくなり、ほとばしる。

「うわっ!」

 常長の飛び退る音。

 どこかにぶつかったらしい破壊的な音を聞きながら、俺は、化け猫が、光に向かって駆け出し一度こちらを振り返って、尾を一振りしてまた、光の先へ走り出すのを幻視していた――。

 振り返らずに逝くがいい。

 俺のことを忘れても、生まれ変わったら幸せになってくれ。

 そう祈りながら、俺は、意識を失っていた。

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