私の名前
私の名前はローズ・J・キイス。日本人の女子高校生。
父親も母親も日本人。親戚には誰も外国人はいない。唯一、私のひいおじいちゃんがアメリカ人だった。でも、ひいおじいちゃんは五十年くらい前に亡くなっている。
顔だって、日本人そのもの。黒髪、小さい目、低い鼻、おちょぼ口、アメリカ人らしさなんてどこにもない。
それでも、ローズ・J・キイス。笑えちゃう。
珍しいことじゃない。最近じゃ、元々の日本人らしい名前の人なんてほとんどいない。特に、これまで会ってきた私の同年代には、一人もいなかった。
日本人なのに、外人の名前をつけたがるなんておかしいと思う。百年くらい前からこんなふうになり始めたらしい。今じゃこのありさま。苗字まで外国に浸食されてる。
「おかしいと思わない? マーガレット。ROSE なんて名前にされるくらいだったら、薔薇とか露緒子のほうが漢字なだけまだマシよ」
「うーん……。難しいこと考えるんだねえ、ローズは。私は自分の名前が気に入ってるから、そんなに気にしないなあ」
学校の渡り廊下を第二理科室に向かって歩きながら、私達二人はそのことについて話す。
隣に居るのは友達のマーガレット。のっぽでそばかすがかわいい、私の親友だ。当然、マーガレットも日本人。
「サクラ、エミコ、ユイ、ミサキ、ハナコ、アン……。素晴らしいわ。日本人の名前は本当に素晴らしいのに。子どもにつける名前の漢字、一文字、一文字に様々な思いを込める事が出来るのよ? それって素敵なことだと思わない?」
「そうだねえ、覚えるの大変だよねえ。漢字って」
「もうっ! そうじゃなくて、ダサいって言いたいのよ! 外国――特に欧米に対する劣等感や憧れのためだけに、長年かけて築き上げた独自の文化を簡単に無下にしてしまう日本人が!」
「そういう小難しいこと言う癖に、ローズは社会苦手だよねえ」
マーガレットはカラカラ笑ってそう言う。もう、本当にマーガレットは、私の話をちゃんと聞いてくれないんだから……。
「でもさ」
マーガレットは言う。
「仕方ないよ。みんなそうしてるんだからさ。それはもう、日本の文化でしょ? 外国の文化を吸収した、日本の文化。それはローズの言うようにダサイのかも知れないけど、そのダサさも結局、日本人特有のダサさなんじゃないかな? よくわかんないけど」
「私は、そんなふうに思えない」
「じゃあ、ローズは子供に日本人っぽい名前をつけてあげなよ。漢字のやつ」
私はなんだかムシャクシャして、足元にあった小石を蹴った。転がる石を目で追っていると、鋭い鐘の音がスピーカーから流れ始めた。
「やっば! 遅刻だ!」
私たちは走り始めた。
ジリリリリリリ ジリリリリリリ ジリリリリリリ
※
ジリリリリリリ ジリリリリリリ ジリリリリリリ
ダシッ、と私は目覚まし時計の頭をはたいた。
七時半、スヌーズなしで起きられた。
一階からママの声が聞こえる。
「槐恵瑠、えんじぇるー……。起きてるのー?」
「ママ! 起きてるよー!」
ベットから出て、窓を開ける。起きて一番に朝日を浴びるのは習慣だ。
私の名前は林槐恵瑠。日本人の女子高生。
そういえば今日、変な夢を見た。