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季節はずれの暑さ、季節はずれの引越し。
思い描いたとおりとは少し違う、都会から少し離れた、少し日焼けたポスターが剥がし忘れてある様な少し田舎の街。
姉の使い走りで、高校生としては頼りない金額の入った財布をポケットにしまい込み、日陰を求めながら父の運転する車に乗っていた時の記憶を頼りに、都内に比べればやけに広く感じる道を歩きながら、コンビニエンスストアを探す。
実際には道の広さはあまり変わらないと思うけれど、多くも少なくもない畑や田んぼ、余った広い土地に建てられた、やけに広い洋服屋、高層ビルのない高い空がそう感じさせるのかな。
風化されて名前が見えなくなってしまった公園を見て、帰りがけにあそこで休憩をするのもいいかもしれないと算段をつけながら、初めて歩く道は小さい頃に姉や友達と冒険したことを思い出させて、ついつい頬を緩ませてしまう。
箒を剣に、ゴミ箱の蓋を盾に見立てて練り歩いたなぁ。……今思えば中々恥ずかしい格好だ。
そう思い、幼い頃の冒険心を片手に知らない道を歩き続ける。
しかし不快な暑さではないけれど、こうずっと歩いていては心地よい風も焼け石に水だ。一時間くらい歩いたんじゃないかな……さすがにしんどい。コンビニも自販機も見つからない。
さっきの服屋にジュース置いてないかな?さすがにないよな?戻ってみようかな?いや、もう少し頑張ろうそうしよう。きっとあの路地を曲がったら何かがあるに違いない。曲がった先に何もなかったら、精神的ダメージでもう歩けないな。
そんなことを考えていると、喉の渇きと焦燥感で歩が早くなっていくことを感じてしまうけれど現実は非情らしい。
「うぁ、マジかぁ」
……そこにあるのは小さい池を構えた公園。先程見た気がする。ジュースを買ったら帰りにここで休憩しようと思っていた、名前も知らない公園がそこにはあったのだ。
そもそもなんで公園に自販機がないのさ……。絶望を感じずにはいられない。こんなことで絶望してたら人に笑われてしまけれど、今はとっても喉が渇いているのだ。しゅわしゅわした炭酸というものをとっても切望しているのだ。できれば、うんと体に悪そうなやつが飲みたい。紫色したやつとか黒いやつとか。
今、絶望ではなく切望しているのだ……。
知らない街。知らない道。再び来てしまった憩いの場所になるはずだった、名前も知らない公園に辟易していると、ふと人影が見えた。
知らない少女。髪を金色に染め上げた、少しだけ目付きのきつそうな、少しだけ気だるそうな、自分と同じ年頃の、知らない少女。
多少やんちゃそうだが、金髪なんて今時珍しくもないのに不思議と見入ってしまう。
今日は暑く、外出している人も少ないから自然と彼女に視線がいってしまったのだろうと見当をつけた。
そんな彼女にジッと見られているの気のせいではないのだろう。
そんな彼女の、日の光に反射された金色の髪に見入られていると、こちらに向かって来るのが見えた。
正直うかつだったと思う。ジロジロ見ていたのはおれの方だったのだ。そんなのやんちゃでない人だって誰だって不快だ。
そして今さらながら彼女の右手に金属バットが握られていることに気がつく。
きききき金属バットとな? 何でそんなの持ってるの? なんかのお礼参りですか?
日陰に守られている無防備な自分はこの後一体どうなるのだろう。
ぎったぎたのめためたにされるかもしれない。仲間なんか呼ばれたらどうしよう。と素直にそう思った。
「もしかして道に迷った? さっきから同じ道グルグル回ってるけど……」
少し気だるそうな彼女は仕方がなさそうに話しかけてきた。
……どうやら自分の視線は、道が分からなくて彼女に助けを求めていた様に見えたらしい。
肩透かしを食らって呆けていると、彼女が少し怪訝そうな顔をしていることに気づいたので、金属バットのことはとりあえず視界の隅に追いやり、素直に道に迷ったことを告げる。道に迷っただなんて認めたくはなかったけれど、人から見れば立派な迷子なのだ。
「ええと、コンビニか自販機探してたんだけど全然見つからなくて」
慣れない土地での人の親切に安心して、自嘲気味にそう言う。
そして臆病風に吹かれていたことも忘れ、お願いします近くにジュースがありますように。なんて都合の良いことを考えてしまう。
「ああ、コンビニなら真逆だぞ? ちなみに自販機はここから歩いて二分位のところにあるけど、絶賛故障中」
都合の悪いことに、目指していたものは真逆に存在していたり故障なんかしているらしい。
「まじかああああああ! 一時間も歩いたのに!? 今日の旅路では何も得られなかったね! いやあああああ!」
精神的にも体力的にも疲れている割には、疲れているなりの大声をあげてしまったけど、おれは冷静だ。
他の人だったら心が壊れてしまうかもしれないけど、鉄壁の精神を持ったおれは平気だ。うん、冷静だ。冷静に違いない。だから落ち着け、おれ。
しかし驚いてはみたものの、しょうがないじゃないかとも思う。だってショックだから。これだけ歩いたのに何もないことが、とてもショックだから。そんなの誰だってショックだ。
「こんな暑い中一時間も歩いちゃったのか。凄いけど馬鹿だなぁ。何故よりにもよって何もない方向に前進してしまったのかを私は聞いてみたいよ。馬鹿だなぁ」
自分を落ち着かせてる間に、二回も馬鹿と言われてしまったが、ぐうの音も出ない。とてもじゃないが、ぼ~っとしながら歩いてましたなんて言えるわけがない。
「歩いてる時に見かけたかもしれないけど、こっち側は洋服屋を境に何もないんだよ。馬鹿だなぁ。あと少し落ち着け」
そんなの引っ越してきたばかりなのに分かるわけないよ。分かるわけがないんだよ。何で初対面の人に三度も馬鹿と呼ばれないといけないのか。
否定はできないけどさぁ……。なんていうかもっと言い方ってものがあるんじゃないかな。
それにおれが落ち着いてない様に見えるらしい。もう充分落ち着いてるし。
「何か言いたそうな顔してるけど」
「いえ何でもないです。はい」
威嚇してるつもりはないのだろうけど、気だるそうな、少しだけ目付きのきつい彼女を見ていると、少し萎縮してしまう。少しだけ。絶対に少しだけ。
「言いたいことあるなら言ったら?」
これは詰問というやつだろうか。まぁ、おれが何か言いたそうな顔をしていたから、ただ単に気になっただけだろう。悪気は感じられないし、多分誤解されやすい人なのだろう。と独りごちることにしよう。
だから、おれは怖くなんてないのだ。萎縮もしてないから言ってやろうじゃないか。人のことをバカバカ言ってくれるなって。
「ほんとに何でもないよ?むにゃむにゃぁ」
ここはやっぱり円滑にいこう。これこそ大人顔負けの、大人の対応というやつだ。おれ最高にかっこいい。
「……何かむにゃむにゃ言ってるけど。何だかお前って煮え切らない面倒くさい奴だなぁ」
あれ、雲行きが怪しいぞ。何だか呆れられているみたいだ。
「それじゃあ私はこれからコンビニに行ってくるけど、お前はお前で頑張ってくれ。あ、コンビニは真逆だからな? もう間違えるなよ?」
「え!? 待って! 一人にしないで! せっかくだし一緒に行かない?」
「……案内。いる? 真っ直ぐ歩いてればその内着くし、私自転車だから付き合うの面倒くさいよ」
御前に見えるものは自転車っ。自転車じゃないですかっ。それは原付免許持ってないタイプの高校生にとってはなくてはならないものではないか。興奮が冷めやらないっ。
自転車の単語に反応したおれの真意に彼女はいち早く気が付き、いよいよ本格的に面倒くさそうな表情をしているけど、ぜひとも相乗りさせていただきたいものです。
自慢じゃないけど足が棒の様になっているおれには自転車がスポーツカーに見えて仕方がないのだ。
自転車に思いを馳せるなんて、初めて乗れるようになった小学生の頃以来だろう。
「二人乗り? 悪いけどその話は聞けないな。まぁ、こんな日に一時間も歩けたんだからまだまだいけるだろ」
「ジュース奢るからお願いします」
今のおれ、我ながら非情にかっこわるい。でも背に腹はかえられないし旅はかき捨て、旅は道連れ世は情けとかなんとやら。
「ん~。このまま放っておくのも、捨て犬を見てみぬふりするみたいで夢見が悪いかもなぁ。……しょうがない、ジュースとアイスで手を打ってやるよ」
初対面なおれに対する彼女の優しさが心に沁みる。
ジュースとアイスだけではこの借りは返せないなぁ。なんて大げさにも思ってしまう。
そして自分の図々しさを鑑みて反省なんてものをする。姉も中々に図々しいしこういうところが似ているって言われる理由なのかな。
そんなことを考えながら、彼女の自転車の荷台に腰を下ろす。
「……お前が運転だよ! 前、前!」
おお、無意識に後ろに座っていたらしい。呆れる彼女に促されるまま自転車のペダルを漕ぎ、一度通った知ってるけど知らない道を、まだ名前も知らない彼女の先導に従って進みだした。
彼女にはとても感謝をした。
それと同時に、勝手に見た目で判断をした自分が恥ずかしく、彼女に対して申し訳ない気持になった。
素直にそう思った。
そういえばバット持ってる理由聞きそびれたな。野球部なのかな、今は少しだけぷんすかしてるから後で聞いてみようか。