テニスの試合
生まれてこのかたずっと、飽きもしないで隣にいた私達。くだらない会話で笑い合って、ふざけあっているだけのことがとても楽しかった。私はその小さな世界で生きていくことが出来たかもしれない。ねぇ、幼なじみだからそ~いえば昔は一緒にお風呂に入ったこともあったね。小さな私達は性別も分からない体をお互いに笑いながら見せ合った。昔の事だけど。ごめんね、もう少し、もうすぐちゃんと手を離すから
やっぱり予想通り、朋は強かった。すごく早い動きなのに、それが思わず見とれるくらいキレイ。面白いほどキレイなサーブが決まるとうっかり、もう負けてもいいやとか思っちゃう。
「・・・朝倉さん、大丈夫だからボールを見て」
「ほら、大丈夫だよ朝倉さん。怖くないだろ?」
親切な伊藤君が置いてきぼりにならないようにと優しくボールを運んでくれる。マンツーマンのテニス教室のすぐ隣では白熱の試合が繰り広げられてるけど。
「・・・あ、飛んだ」
ラケットで打った球は少し弱々しく不安定に宙を舞った。今にも床に落ちてしまいそうな力で何とかネットを越えて相手側のコートに入る。そこでいよいよ力尽きたように静かに床へと落ちていく球を元エースの伊藤君がいとも簡単にこちら側のコートに返してくれる。
「おめでとう♪ほら朝倉さん、もう一回」
ちょうど良いところにきた球を先程より勢いをつけて打つ。さっき打った球は、伊藤君が打ち返さなければ当然こちらの得点だった。でも、そんなことよりも私の打った球を伊藤君が生かしてくれたことが嬉しくて、夢中で球を追いかけた。
「慎也!ボケッとしてんじゃねえぞ!」
と思ったら我慢出来ないとばかりの早業で体力バカの朋に奪い取られ、あっさりと点を取られる。
「よっしゃぁ!」
・・・わぁ!惚れてしまいそう。ゲームをしているときの朋はいつもと違ってクール。なのにサーブが決まったときは素直に喜びを表現する。その無邪気な笑顔がたまらなく可愛い。
「よーし、いいか慎也!今に負かしてやっからなぁ!」
「調子に乗るなよ朋!こっちだって今に泣いてやるんだからなぁ!」
・・・ってゆーか勝つ気ゼロですかー!?慎也君何かおかしいんですけど。二人がネットをまたいで訳のわからない争いで闘士を燃やしている中、私と伊藤君はカヤの外。目が合ってお互いどうしたら良いか分からずに小さく笑った。
「ほらゆ~、お前も何か言ってやれ!」
ど~ゆ~訳か、私にふられた。急にふられても正直困るんだけど、何か言わなきゃ・・・。
「なんとかしてこいつを黙らしてやれ!」
そ~ゆ~慎也の言葉に頷いて、私は今の気持ちを素直に朋に向かってぶつけた。
「・・・惚れました」
「今そ~ゆ~場面じゃないよぉ!」
「・・・サンキュウ♪」
来年、思い切って朋に手作りチョコでも渡してみようかな♪なんて場違いなことを思っているうちにも試合は進んでいく。
「よっし!」
またまた朋のサーブが決まる。だけど・・・何だろう。何かおかしい。何て言うか、今はダブルスなのに・・・朋はまるで三人の敵に対して一人で試合をしているみたい。仲間のはずの伊藤君を思いっきり敵視している。
「ハーイ♪そこまで!」
突然の先生の声に私達四人は動きを止めた。勝負はまだ、ついていない。
「何だよサエコ、最後までやらせろよ!」
上気した頬を膨らませながら、朋が講義する。それでも先生は冷静だ。
「サエコじゃなくて、サエコ先生よ!朋ちゃん。あんまり長いと次に進めないの。それに、もう結果は見えてるでしょ?あのまま行ったらあなた達負けてたわ」
「勝負は最後まで諦めちゃいけないんだぜ!」
「あら、じゃあいち早く流れを見きって自分勝手なプレーをし、勝負を捨てたのはどこの誰だったかしら?」
先生の得意な顔に、朋は「ばれてたか」とでも言うようにヘラッと笑ってみせた。
「へへっ。ウチー♪」
よく、分からない二人のやり取りを聞きまながら私はなんとか呼吸を整えた。
「…終わった…の?」
「そうみたい。ゆ~、よく頑張ったな♪」
そう言われて、なんだか安心した。そうしたら慎也が私の前に出て、ラケットを取り上げた。
「なに?」
「よし、どこもケガないな?」
ニッと笑顔を見せる慎也を見ながら、少し寂しくなった。独り立ち、まだまだ出来ていなかったなぁ。
「結衣菜、ちょっと!」
体育の授業の帰り際、夏美に呼ばれて駆け寄ると、隣には朋がいて二人してまたまた怪しい笑顔で私を見た。
「ね、言った通りでしょ?結衣菜は負けないって」
得意げに言う夏美に頷いた。そういえば試合前、怖くて半分怯えていた私に夏美が言ってくれた。“大丈夫、結衣菜は負けないし、ケガもしないから”その予言は、正にピッタリと当たってしまった。なんでだろう?
「ウチもやってる最中に気づいた♪ゆい~お前やるじゃん♪」
「なんのこと?」
訳が分からず聞いてみると、二人は顔を見合わせて笑った。ちょっと、だいぶ怖い。
「お前、運動はからっきしに近いほどダメだろ?」
「うん」
ニヤニヤしたままの朋の質問に答える。
「伊藤はさ、めっちや得意なの。テニス。エースだったしな」
「知ってるよ」
「じゃあお前さ、その伊藤の打った球、何で取れたの?」
その朋の問いかけに、一瞬黙ってしまった。でも、さっきのは試合で勝負じゃなかった。
「試合前に伊藤君が《楽しもう》って言ってくれたの。だからきっと楽しくやれるようにしてくれたんだよ」
「結衣菜にとってはそうだったかもしれないけど、コンビの朋も、もちろん慎也も少しも楽しんでなかったと思うけど?」
夏実の言葉に朋は腕を組んで大きく頷く。少し考える仕草をしてから、夏実は言葉を選ぶように慎重に私に言い聞かせた。
「伊藤君は優しい人だし、結衣菜に合わせてくれたかもしれない。けどあの子、わざわざあんたがいる所に、打ち返せる球だけを打っていたわ」
「…伊藤君って、優しいんだねぇ」
「バッキャロー!そ~いうこと言ってんじゃね~よ!」
私の素直な感想は朋にダメだしされた。夏美もなんだか頭を抱えてため息をついた。
「私達は伊藤君が結衣菜のことを好きなんじゃないかと思ったんだけど」
「あんなんじゃまるで勝負にならないから、ウチもやる気無くしたんだ。ってゆーか、気付てないのお前だけで慎也はもっと前から気づいてるだろうね」
朋の言葉に夏美が大きく頷いて答える。
「当たり前でしょ。そ~ゆ~のはすごく敏感だもん。あいつ」
二人の話を聞きながらそういえば慎也が試合前「さえこさんの恨みを買ったのは伊藤だ」と言っていたのを思い出した。気になって伊藤君を探すと目が合って驚いた。
「おーすっ!ゆ~今日は頑張ったな!」
料理が苦手なお母さんに、おばちゃんがよくおかずのおすそ分けをくれる。お使いに来た慎也からタッパを受け取った。今日はぬか漬けだった。上機嫌で今日の体育の出来を褒めてくれる慎也に悪くて弁解した。
「あれはね、私が頑張ったんじゃないんだって」
慎也にそう言うと首を傾げられた。それで帰りに二人に言われたことをほぼそのまま慎也に説明する。
「…だからね、私がちゃんと出来たのは伊藤君が私の事を好きだからなんだって。夏実が言ってた」
慎也は腕組をしながらあさっての方向を向いて少し黙った。何か考え事をするときのクセだ。
「ゆ~は、どうなの?」
「なにが?」
「伊藤のことだよ」
そう言った慎也の顔は、何故か少しムスッとしてて怒ったように見えた。
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