分かれ道
コスモスは私が一番好きな花。あんまり目立つものじゃなくて、大きくてキレイな、主役級の花でもない。だけどとっても可愛い花。小さくポツンと咲くその花は、淡いピンクや紫に白なんかって控えめな色をつけている。ねぇでもね、きっととても強い花なんだ。露の時期によく見かける、一年草のコスモスは、雨に降られても笑ってる。小さな花びらをいっぱい開いて雨の中でもニッコリ笑ってるの。
私の大好きな花。とっても小さいけれど可愛い花。それを知らない君は、ふと足元にコスモスが咲いていてもそれを雑草だと思うのかな。それだけのことが、ただ切なくて。
「あ~あ、終わっちゃったなぁ」
「終わっちゃったって、誰かさん思いっきりやる気無かったじゃない?」
たそがれるように窓枠に寄りかかって顔を出した朋に、夏美が返す。少しだけ不安だった中学生活最後の文化祭は、私は何とか受付係を死に物狂いで勝ち取り、事なきをえた。
夏美は何故か異様に張り切って、お化け役の生徒達にグロテスクなメイクをさせることに夢中になった。朋と慎也はあまりやる気が無いながらも客引きとして宣伝役をかってでた。まぁ客を連れて来るときは決まって食べ物の袋なんかが増えていた所を見ると同じだけ遊んで来たんだろう。
「そりゃそうだけど、よく考えたら文化祭終わったらウチラもう受験生じゃん!」
「正確には三年になってからずっと受験生だがな」
二人の会話に慎也が混ざった。そうだ、私達は三年で文化祭が終わったらすぐにでも受験一色になってしまう。朋はきっとこのことが言いたかったんだと思うけど。
「・・・受験生かぁ・・・実感わかないなぁ」
「だろ?ウチもそ~なんだよね」
仲良く夕焼けにうちひしがれる私と朋を見た夏美が呆れ顔になる。
「二人でそ~してんのもいいけど、実感もなにももう二者面談は始まってんのよ!」
夏美がそう言った所で、教室の後ろの扉がガラガラと音を立てて開いた。
「ほぉら、なにやっとる出席番号三番、朝倉結衣菜!早く来んかぁ。全く先が詰まってるんだからな」
「ハーイ、ごめんね先生?」
「ま、今回は多めに見ておくけど」
担任の山さんに連れられて私は別教室に行った。そう、私達はあの教室でただだべってたんじゃなくて面談を待っていた。出席番号順が基本なんだけど、それぞれの都合もあるからけっこうバラバラになる。
「しかし、あれだな朝倉」
「はい?」
教室に入り、私が席に着くなり山さんはなんだか優しい表情を向けて言った。私は何が、あれなのかさっぱり分からない。
「・・・その、何だ、お前も寂しくなるなぁ・・・なんだかんだと言っても十四年の仲なんだろう?片岡とは」
「あ~・・・はい」
山さんはさっきから私の目を見ない。それから何故か本題に入ろうとしない。一体慎也がどうしたって言うんだろう?
「振り向けば隣にいた相棒がいなくなるっていうのはなかなか受け入れがたいことだと思うが・・・その、気を落とさずにいけよ」
そこまで言われて山さんが何
を言おうとしているのか、ようやく分かった。そこで私は山さんを気使ってその先のセリフを口にした。
「先生、私知ってます。慎也がM校希望してるの」
そう言うと山さんは一瞬驚いて私をマジマジと見つめたけど、やがて私に向き合って、二者面談とはかけ離れているような質問をした。
「・・・その、朝倉的には、どうなんだ?」
「何が、ですか?」
「いや、だからその片岡の進路についてというか・・・」
日ごろ私達のことをからかって冷やかしてイヤミのおまけ付きまでくれるのに、こ~ゆ~ときになると真面目に私達を心配してくれる。だから私は、山さんが好きだ。
「・・・それは、私が「行かないで!」って言ったらどうにかなると思いますか?」
「なると思うぞ?先生はそれが一番効くと思うし」
腕組をした山さんは先生らしからぬ発言をするから、つい期待しそうになって大きく頭を振った。
「じゃあ言わない!私が慎也の邪魔しちゃいけない!先生も、言ったら駄目だよ」
口を真一文字に結んだ私ををしばらくじっし見つめた山さんはやがてふわっと優しい顔になってポンと頭を叩いて「エライな」と笑った。
「よし、じゃあ朝倉、次に噂の片岡慎也を呼んできてくれよ」
「はい♪」
教室の扉を閉めると傍の階段から慎也の足音が聞こえた。
「おー、ど~だったよ二者面。絞られた?」
「全然。なんか放課後の恋愛相談みたいだった」
「何だゆ~、好きな奴でもいんのか?」
「いないよ。私がお答え役だったもん」
「何だよ山さんも、恋愛相談なら俺が乗ってやるのに、ほんっと足臭せぇよなぁ」
「・・・水」
笑いながら扉を開ける慎也の背中に私は小さく呟いた。本当は私も、どっかで慎也とはずっと一緒にいれるような気がしてたからM校の話を聞いた時は片岡、朝倉の両家で驚いた。
「俺M校に行きたいんだけど」
それは日曜日の夕方だった。私達は高齢の散歩から帰ってきて片岡家のキッチンでは今日も千里ママこと慎也のお母さんが今日も鼻歌交じりで美味しそうな匂いをさせていた。
「マジで?慎也は近所のK校に行くと思ってた」
珍しく早く帰ったお母さんがスーツのまま夕食の煮物のつまみ食いをしながらリビングに歩いてきた。
「今の成績なら頑張ればなんとかならないこともないって山さんが」
「随分曖昧な先生ねぇ」
お母さんが慎也の隣のソファにどっかりと座って腕組をしながら「にしても慎ちゃん結構優秀なんだ」とからかい、料理をテーブルに運びながら千里ママが「そうなのよ。そ~ゆ~のは私に似ないで良かったわ」と二人で笑った。私はテーブルに食器を運ぶのを手伝いながら他人事のように冷めた目をしている慎也を見てた。
帰り際に「ゆうちゃんも行くの?」と恐ろしいことを言い出す私千里ママにそっと首を振って笑った。寂しくなるなと思ったのに、何故か少しも実感が湧かなかった。
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