夏美、倒れる
気づいたらいつもそばにいた私達は、多くの時間を二人で共有していた。振り向けばいつもそばにいて、名前をつぶやくだけで返事が聞こえる程近くにいた。きっと私達は、他の誰よりもお互いのことを知っていると思う。飾ることも、偽ることもしないお互いの事を。
その日は、いつもとなんら変わらない、平凡な水曜日で私達のクラスは三時間目の体育の授業をしていた。夏休みも終わり、そろそろ受験一色になる私達三年の数少ない息抜き授業の一つなので、先生たちもそれを分かってかよく遊ばせてくれていた。
「よっしゃあゆい、因縁の夫婦対決だぜ!」
私の隣でやる気満々にジャージの腕まくりをした朋はじっとしていられないらしく、その場で一人柔軟を開始する。
「因縁対決って、これで?」
床に落ちた白いボールを拾い上げた。すぐ目の前にはやけにバカデカイネットがある。今日はバレーボールを試合形式で行うらしい。
「朋、めっちゃ張りきってんな」
ネットの向こう側から聞こえた声に顔を上げるとネットごしに慎也が笑う。私と朋は同じチームで、今からまさに「因縁の夫婦対決」という名目上私達と、慎也のチームが対決する。
「あったりまえだろ!さっきまで机に縛り付けられて、やっと開放されたんだ♪」
「野生に帰ったか」
「そんな感じ♪」
二人が楽しそうに会話をする中、私はチラッと奥のコートの方を見た。ちょうどこっちと同時進行で夏美のいるチームも試合をする。夏美のクマは、言うまでも無く相変わらずひどい。夏美は肩の所まである髪を束ね、最後尾でダルそうにコートに立っている。その様子を心配した同じ学級委員の伊藤君がさっきからチラチラと不安そうな顔で夏美を振り返っていた。
「ねぇ、夏美大丈夫かな?」
ふいに話題をふると朋はチラッと夏美の方を見た。
「わっかんねぇや・・・。夏美って体育いつもあんなだし」
ヘラッと笑ったともに深く頷いた。確かに夏美は朋とは対照的で活発ではないし、静かに何時間でも本を読んでいられる。そんでもって、体育は苦手・・・て言うか嫌いかもしれない。
「ん~、伊藤は気付いてるっぽいし、まぁ倒れたら俺保健室連れてって、そのまま寝かしてくるよ」
いつものように微笑む慎也に上機嫌の朋がつっかかった。
「まぁ!お優しいこと。でも、こんな大勢の前で・・・奥様が見てらっしゃるわよ!」
「ゲッ!いや、誤解だよハニー、愛してるのは君だけさ♪」
「ど~でもいいけど二人して私を巻き込まないで」
わざとらしく右手の指先を左の頬に当てながら朋が言う。それに対し、慌てたフリをした慎也がネット越しに私に呼びかける。あ~あ、この二人は悪ふざけが好きなんだから。
そんな悪ふざけをしていた罰なのか、虫の知らせのように何かを感じた私が奥のコートを振り向くと、夏美がちょうどとてもキレイなスローモーションで倒れていく所だった。慌てて素早くかけよった伊藤君が滑り込んで夏美の体を支えた。
「夏美!」
「おい、遠藤どうした?」
先生と生徒、皆が口々声をかけたが、夏美は起きない。慌てて皆が駆け寄って、試合どころではなくなってしまった。さっきまで奪い合うように追い掛け回されてた白いボールが虚しく床を転がった。
「夏美、マジ大丈夫か?」
「夏美?」
慌てて朋と駆け寄り、声をかけたけど夏美は返事をしなかった。ただ目を閉じて、気を失ってるのかもしれないけれど。
「保健室行こうか?」
振り返ると後ろから慎也が進み出て、返事をしないと分かっているはずの夏美に話かけた。それから皆が何も言えないで固まった中、伊藤君に手伝って貰いながら夏美をおんぶして、伊藤君と三人で体育館を出て行った。
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