秘密の終わり
嬉しいことがあったら、すぐに君に自慢話をした。悲しいことがあったら、君の優しい腕の中で涙を流した。ずっとずっと、私は私のほとんど全部を君に話して聞かせた。今日のおかずがハンバーグだとか、たまたま通った道で、可愛い店を見つけたとかそんなくだらないことまで全部。
君は昔からずっとそんなくだらない話にちゃんと頷いてくれていた。時々イジワルもするけど、とても優しい君のことを私は大好きだよ。だけど、君にも話せないことがあるんだ。
その日も私達は、いつもと変わらず元気に“夏美恋物語それゆけ協力隊”の次なる活動について話し合っていた。
昨日の今日であっても伊藤君は私に対して少しも態度を変えずに接してくれる。それがたまらなく嬉しくて、秋風の吹く校庭を見ながら涙をぐっとこらえた。
「…ヤベェよ!これじゃうちらが隊を作った意味が無くなっちまう!」
本気で落ち込む朋に、私も少し同情する。伊藤君までもがうなり声を上げた。
「…あのさぁ、なんか遠藤…最近ちょっと変じゃね?」
遠慮がちに切り出した伊藤君に、私は深く頷いて同意を表した。そう、なんか変。たしかに夏美はこの頃急激にキレイになってるけど、夏美いわく、ズル休み以降からは特に、何かが違う。
「…一皮むけたっていうのかな?」
「そう脱皮!」
「いや、なんか違う」
そう言った伊藤君は、何やらツボに入ったらしく笑い始めた。肩を震わせながらクスクスと笑う姿が、すごくキレイに見えた。
「…夏美は虫じゃねぇよ!」
呆れながら朋が呟く。その声にかぶせるように放課後の教室の扉が大きな音を立てて開いた。そうして私達の前に現れた人物を見た瞬間、固まった。
「ごきげんよう!夏美ファンクラブの皆さん♪」
誰もが羨むような急激変化のおかげですごくキレイになった夏美の明るい声がシーンとした教室に響いた。不自然なくらいの笑顔も場違いだ。
「…いや、ファンクラブじゃなくて“夏美恋物語それゆけ協力隊”なんだけど…」
なんとか声を出した朋に向かって夏美は余裕の微笑みを返しながら教室に入って、私達の前の席に白くて長い足を器用に組んで座った。
「どっちでもいいわよ。今日はね、ファンの皆さんに感謝して握手会でも開こうと思って」
皆が何もいえないでいる中、夏美は一人、とても楽しそうに微笑んでいる。
「…え、遠藤さぁ何で俺等のこと知ってんの?」
今更になって、当然の疑問を私達を代表して伊藤君が目の前の夏実の足から不自然に目をそらしながら口にした。余裕な夏美は面白がるように伊藤君の顔をジッと覗いて伊藤君が激しく動揺する姿を見て満足そうに笑った。
「結構前から知ってるわ。バレバレだもの♪」
「それってやっぱり慎也も知ってんの?」
さっきまでフリーズしてた朋がぎょっとして身を乗り出す。
「もちろん知ってるわよ。<面白そうなことやってる>って言ってたけど」
「あいつめぇ~!」
慎也への怒りを露にする朋を慌てて伊藤君がなだめようとするけれど、そんなのお構いなしに夏実は続けた。これが付き合いの長さなのかもしれない。
「私ね、こないだその慎也に告白して振られたのよ。だから一応あんた達に報告しとこうと思って。役には立たないとはいえ会まで作ってくれてたんだし?」
その言葉に、私達三人は固まった。夏美が何て言ったのか分からなかった。
「…夏美、今なんて言ったの…?」
「やぁねぇ結衣菜ったら、何度も言わせないでよ。ふられたのよ、私が慎也に」
落ち着いた様子で言う夏美を朋は心底心配そうな目で見つめた。だけど伊藤君は納得したように深く頷くだけだった。それでも固まったままの私を見て、夏美が肩を使って、大きなため息をついた。
「そりゃあ私だって、あんま信じたくないわよ。だって、私って勉強も出来るし。スタイルだっていいわ。外見だっていい線いってると思うの。ね、そうでしょ?」
いきなり振られた伊藤君は半端怯えたようにコクコク頷いた。
「まぁ体育はあんまり得意じゃないけど、そこまで出来たらパーフェクトになっちゃうし。そ~ゆ~女って近寄りがたいじゃない?性格だって問題ないし。ここまでいい女他にいないと思うの!」
「…事実だとしても、それを自分で言うのがマイナスだな」
少し笑いながら朋が返す。だけど私の頭は、相変わらず混乱したままだった。私はずっと、慎也は夏美が好きなんじゃないかとどこかで勝手に思ってた。でも、なんでだろう何か少し、夏美がふられたって話を聞いて安心した。でもこのモヤモヤした気持ちが何なのか私は分からない。
「何でもね、他に大好きな人がいるんですって。ここまで良い女の私になびかないくらい」
その瞬間、私は何故か教室を飛び出していた。何でかなんて分からないけど、とにかく慎也に会って確かめたかった。その、慎也の好きな子。それがこのモヤモヤした気持ちと、どう関係あるのかなんて分からないけど。
「…なんでゆいが出てくんだ?」
飛び出していった教室で朋が呟いた。私が猛スピードでダッシュした後のドタドタとうるさく音が響く廊下を眺めた伊藤君がそっと優しく笑う。
「多分、朝倉は片岡が好きなんだ」
「人を好きになるとその人のこと、意識してよく見ちゃうのよ。だから、その人が好きな相手もよく分かるのよね」
相変わらず大人な顔した夏美が続く。
「片岡は、ずっと朝倉のこと好きだよ。きっと俺達と出会う前から」
朋はただ、口を開けて驚くばかりだった。
「ちょっと待てよ!でも結衣菜は慎也のこと<気付いたらそこにいる空気みたいな感じって…」
その言葉に、夏美はクスッと微笑んだ。
「バカねえ。空気っていうのは……」
「慎也ぁ?」
ガラッと大きな音を立てて扉を開けて名前を呼んだ。いつも、夏美と一緒に勉強会をしている空き教室。多分慎也は、ここにいる。
「…どうしたゆ~?また朋にいじめられたか?あ、それとも俺に会いたくなった?」
いつものように勉強道具の片付けをしていた慎也が顔を上げた。いつもと変わらない笑顔で。
「…しんやぁ~」
何でか分からないけど、急に涙が出てきた。体の力が抜けてその場に座り込む私を見て、慎也は笑った。
「なんだなんだ、そんなに俺に会いたくなったか」
子供のおもりをするみたいに隣にしゃがんで私の頭をポンポンと叩いた。
「…さっき、夏美から聞いたの。<慎也にふられた>って。…私はずっと慎也も夏美が好きなんじゃないかと思ってて・・・」
私の言葉に、慎也はいつも通り頷いてくれた。それでだんだん落ち着いてきて、何かおかしいことに気づいた。私、慎也に何を言いに来たんだろう?
「そうしたら、夏美が<慎也には他に、好きな子がいる>って…それで…」
ますます分からなくなってきた。だから、何で私はここに来たんだろう?夏美の話を聞きたくなかった。慎也の好きな人の話なんて聞きたくなかった。それなのに、どうしてこんな話をしたんだろう?猛ダッシュしてきたせいなのかまだ心臓が早くて、息が苦しい。次の言葉の言葉につまっていると、肩に手が置かれて、慎也が私の目をジッと覗き込んだ。急に真面目な顔をするから、怖くなった。
「…昨日、何で黙って先に帰ったの?」
「あ、ごめん。えっと、その…色々ボーッとしちゃってて」
睨まれてつい謝ったけど、いつもの慎也ならそれで怒るはずが無かった。それに、私達は約束をして帰ったことなんか一度もないのに。
「昨日、伊藤と何があったの?」
「何で知ってるの?」
本気で驚いた私を無視して、慎也はさっきよりも強い口調で繰り返す。何故、そんなに慎也が怒ってるのか分からない。
「伊藤と、何があったの?」
何で、急にその話になったのか、分からない。分かってるのは慎也は最近異常な程伊藤君にこだわる。伊藤君の話をすると、急に機嫌が悪くもなる。それでも
昨日のことは慎也には言えない。
「…い、言えない」
「そ~ゆ~の、すごいムカつくんだけど」
本気で怒っている慎也を見たのは久しぶりだった。でも、こんな風に怒る顔は見たことが無い。低く搾り出す声は頼りなくて、揺れる視線が手伝って今にも壊れてしまいそうだった。だけど私には慎也が何に怒ってるのか、分からない。
「…ごめん、でも何か慎也おかしいよ。そりゃ私達ずっと一緒にいたけど…慎也がM校行ったらそれぞれの生活とか、友達とか、言えない事だってお互いこれから沢山出てくると思うし……」
そこまで言ってから慎也が泣きそうな顔をして、すごく傷ついた目をしているのに気付いた。
「…慎也?…ごめん、どうしたの?」
慎也は静かに、私の手を掴んで、目を見つめた。今まで見たこともないような、揺れながらとても強い目に、どうしたらいいのか分からなくなった。だってその目は真っ直ぐに私を見ていたから。
「結衣菜、聞いて。俺、結衣菜のこと好きだよ。ずっと前から、結衣菜のことが大好きだよ」
今までずっと幼なじみで、気づいたらいつも一緒にいる、空気みたいな存在の慎也が急にそんなことを言うものだから、私は時が止まったように、その場から動けなくなった。
最後まで読んで頂きありがとうございます。
次回がラストになると思います。
ご指摘など頂けたら幸いです。