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優しい人



 いつかは、離れなくちゃいけない。私は君の手を離して、それぞれ別々の道に進まなければいけない。そんなの分かっている。けれど、やっぱりどうしても、怖くて君を振り返ってしまう。君は昔からどんなときでも優しくて、いつでも笑顔で私に微笑んでくれるから。ただの一度も、怖い顔や嫌な顔して、突き放してくれたことがないから。


 今だって、名前を呟くだけでいつもの、私を心配してくれる声と優しい笑顔がすぐそばにあるから、だから甘えてしまう。だけど君は、ゆっくり確実に私を置いていってしまうんだよね。

   



 部屋で一人、止まない雨を見ていたら何故か切なくなって泣きそうになった。父も母もこんなときでも仕事があって、私はいつも通り静かな部屋で夜を待つ。

珍しくなんかないことなのに。恋なんて、よくあることなのに。いつも一緒にいたと思っていた慎也が遠くに見えて仕方が無かった。


 「…うそぉ…」


 突然、黒い空に黄色い線が浮かんだ。そうかと思うとすぐさまゴロゴロという気味の悪い音が聞こえてくる。辺りがシーンと静まりかえっている窓の向こうの慎也の部屋はさっきから真っ暗。運悪く、父は出張で母は今夜は仕事で遅くなるらしい。


 「…ひ、光ったぁ!」


 ゴロゴロという音は何故だかどんどん近づいてきて、気のせいかたまに落ちてる。“この世の中に怖くないものなんて無い”くらい怖いものの多い私が、雷が怖くない訳なんかなくって、本当ならそろそろ寝る時間なのに電気を消しただけでベットの端で毛布にくるまり丸くなっていた。お風呂から上がって1時間も経っていないのに体が冷たくなってガタガタ震えている。



 そんな私を面白がるかのように雷は鳴り止まずに、雨までもがそれを応援しているようだ。しばらくそうしていたけど状況は何も変わらなかった。突然、静まり返った部屋でがちゃがちゃと鍵をしっかり閉めたはずの扉が開く音が聞こえた。



 「…なに?」



 静かに小さく律儀にチェーンまだかける音までしたけど、それは父でも母でもなかった。



 「…慎也」

 「風呂上がったら雷鳴ってたからさ。泣いてると思ったのに」



 毛布と一体になった私の隣に腰を下ろした慎也の髪は生乾きで、シャンプーの爽やかな匂いがした。 

 「…不法侵入だよ、慎也」



 昔みたいに甘えて飛びつくことなんか出来ないからそう言うのが精一杯だけど、本当は隣に来てくれたことですごく安心してる。



 「可愛くねぇなぁ。お化けみたいな格好で震えてたくせに」



 そうして小さく笑うと、暗い部屋の中で慎也はしっかり私の目を見た。


 「ゆ~、寝ろ。明日起きれなくなるぞ」



 私だって眠れるものならとっくに眠っている。こんなに遅く起きていると明日が辛いのはよく分かっているけれど、さっきから私の耳には雨と雷の音が入ってきては鳴り止まず、それが全身に小さな震えとして伝わっている。


 「家、チェーンまで閉めたでしょう?」


 「おじさん今日出張なかだろ?紫さんから顔さんに今日は帰れないって連絡あったって」

 「私にはないよ?」

 「忘れたんだろう」


 右手が、ちょっと久々に温かく包まれた。私はこの温もりをずっと知っている。


 「ちゃんと寝るまでいるから。ついでに絵本でも読んでやるか?」

 「いらない!」



 少しずつ暖かな体温が伝わってくる。手を繋いでもらいながら、もう手を離さなきゃいけないと考えると寂しくなった。雷の音が聞こえるとギュッと目をつぶった。そんなとき、包まれた手を、ギュッと握られるから余計に胸が痛くなった。


 「…慎也ぁ髪、風邪ひいちゃうよ?」

 「ひいたら気合で治す!」




 「あのさぁ…恋って、楽しい?」

 「あんま楽しんでる余裕なんかねぇよ」

 「…そのこ、可愛いの?」

 「さあ?…あんまり」



 だんだんと雷が遠のいていく中、ポツリポツリと会話をした。本当に久しぶりに、長いこと二人で並んでベットに座っていた。毛布のなかで繋いでいた手は、慎也の髪とは正反対にとても温かかった。




 朝、気づくと雨は上がっていて昨日の嵐がウソのようらカラッと晴れたいい天気だった。少し首が痛くて、おかしいなと思ったらすぐ隣に慎也が眠っていた。…あぁ私、慎也の肩に頭を預けて寝たのか。



 「…慎也、起きて。朝みたい」

 「…うん」



 寝ぼけた様子で目を擦りながら慎也はノロノロと立ち上がった。しばらく、何か様子がおかしいと思ったら、ハッとして私を見た。



 「…ここ、どこ?」

 「え、日本?」

 「や、そうじゃなくって、何でゆ~がいんの?」

 「あ~、ここが私の部屋だから?」



 しばらく時間が止まったかのように立ち止まると、再びぐるっと首を曲げてこっちを見ると、静かに私を振り返った。



 「…えっと、もしかして俺、昨日ここで寝たの?」

 「うん、そうみたい」


 コックリと首を縦に振ってうなづくと「マジかよ!」とだけ言い残した慎也は風のごとく出て行った。



 「…まるでこそ泥だな」




 学校に着くと、元気に回復したらしい夏実が笑顔で迎えてくれた。



 「おはよう結衣菜。昨日雷ひどかったけど、眠れた?」



 夏美はなんだか、本当に変わった。見る度キレイになって、違う人みたい。やっぱり、慎也は夏美が好きなのかと思った。

 「なんとか、ね。夏美こそさ、風邪治ったの?」

 「ってゆーか昨日は、初めてのズル休みなの。だから大丈夫よ」



 口元に細くて白い人差し指を持っていった夏美は、本当にキレイになった。それがいつからだったか、よく覚えていないけど。






 そ~やって、ずっと夏美のことを考えていたら放課後、いつもと様子の違う伊藤君に声をかけられた。朋は塾がある日で先に帰ったから、今日は夏美応援隊の活動はない。



 「ごめんな朝倉。忙しいのに」

 「ううん、話ってなに?」



 伊藤君は教室のプランターにある、コスモスを見つめながら、大きく深呼吸をした。



 「…俺さ、一応ちゃんと言わなきゃと思ってたことあんだけど、ずっと言えなくて」

 「私に?」



 コスモスから目を離した伊藤君は、今度は真っ直ぐ私を見た。その目が、なんだかいつもと違っていて、少しドキドキした。



 「…そのために遠藤の応援隊に入ったんだ。悪いことしたな、遠藤には」



 そうして伊藤君は、一呼吸置いて、今までで一番強い瞳で私を見た。



 「…俺、朝倉の事好きだ!」



 何だろう、そう言われた瞬間、とても暖かくて、熱いものが体中に満ちた。頬を真っ赤に染めながらも強く私を見つめる伊藤君から、目が逸らせなかった。



 「…試合、テニスの試合をした時も、私を好きでいてくれたの?」


 答えない代わりに、伊藤君はゆっくりと首を縦に振った。


 「あの試合は、俺の中では最悪の試合だったよ。いい所見せたいけど朝倉は敵だし、どへたくそだったし」

 「…ひどい」

 「必死になってボールに追いつこうとする朝倉に夢中になって、だけどそれを自然に上手くフォローをする片岡がムカついた。だから、それがバレて森川に叱られた」



 伊藤君は、とても優しい人。普段はあまり目立った行動を取らないけれどとても強くて、人を思いやって、不器用に笑う人。



 「・・・私、多分伊藤君の思ってくれるようないい人じゃないよ。ってゆーか一人じゃ何も出来ない弱虫で・・・」

 「毎日、楽しそうに花に水やったり、倒れた友達の心配して大騒ぎしたりして。俺は朝倉のそ~ゆ~とこが好きだ。自分であんま弱虫とか言うな」




 そうして私をまっすぐ見た伊藤君の何を、私は今まで見てきたんだろうと思った。穏やかに照れ笑いをする伊藤君は、こんなにも優しく強く私を思っていてくれた。胸が痛い。何で私は、それに少しも気づかなかったんだろう。



 「…ありがとう」

 「俺、ちゃんと言っておきたかっただけだから朝倉は何も気にしないで、幸せになれ」



 そう言い残して伊藤君は教室を出て行った。まるで、何かを知っているように。その後姿をいつまでも眺めて、熱くなった目頭からぼろぼろ涙がこぼれた。沢山の気持ちをくれた伊藤君に私は何も返せなくて、何も出来なくてただ泣いた。


 最後まで読んで頂きありがとうございます。

ご指摘など頂けたら幸いです。

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