雨の日の帰り道
昼寝から目が覚めたとき、誰もいなくて怖くなったことがある。一人で迷子になったようで寂しくて仕方が無かった。あの時君が来てくれたから、私は走って暗い部屋から出てこられた。君の服をギュッと掴みながら「もう大丈夫」って思った。笑顔で迎えてくれる君をみながら「怖いものなんか何も無い」って思ったの。
君の手を離した私は、どのくらい弱虫になっちゃうんだろう?
途中結果を報告しよう。“夏美恋物語それゆけ協力隊”の数々の試みは、毎度毎度“恐るべき悪魔慎也”によってことごとく交わされてしまう。…よって、私達の活動は今の所全くもって意味をなしていない。
「…くっそ~慎也め~!!!」
そう言って地団駄を踏む朋を、二人で見つめた昼休み。寒くなってセーターを引っ張って手を引っ込めながら朝から空席のままの夏美の机を見つめた。珍しいことに、今日は夏美が風邪で欠席だった。元気印の朋と違って風邪をひくことはあるけど、真面目だから休むとはめったになかった。
「…まぁ、そんなに焦るなよ森川。遠藤と片岡って、たしか第一希望の高校一緒なんだろ?受かったら高校でも一緒だし、俺達が焦ってやらなくても、お互いそ~ゆ~ふうになるかもしれないし」
良い人スマイルで多分、朋をなだめるつもりで言った伊藤君の言葉で朋に火が付いてしまった。
「甘ぁ~~~いぃっ!!!伊藤さん甘すぎるよマジで!」
私は朋を抑えるタイミングを見失い、気づいたらそのまま突っ立っていた。
「いいかぁ!相手は慎也!片岡慎也!」
それを強調して、伊藤君に言い聞かせた。夏美の好きな人が慎也で、何がそこまで問題なんだろうか?
「ねぇ朋、慎也だと何でそんな問題なの?」
今度は頭を抱えられた。
「お前は天然ー!」
“訳が分からない”と言う顔をした私達を見て、朋はお手上げといったおどけたポーズをとって、それからオホンと咳払いをした。
「いいか前にも言ったけど、あいつはめちゃくちゃ鋭い。なんつーか、周りの気とか察知すんのが!心辺りはあるだろうが」
「え、分かんない。そんな隠すことなんか無いし」
「朝倉らしい」と伊藤君がふっと優しく笑ったのを鬼の形相で睨んだのを見つけて慌てた。
「…それで、鋭いと何なの?」
恐る恐る先を促すと、朋はハッと顔を上げて何とか落ち着きを取り戻してくれた。
「…そう、奴は鋭い。いくら内密にとは言っても、ウチラはそこまでポーカーフェイスになれないから、何かしら顔に企みが映ると思う」
「……それが、片岡にばれてるんじゃないかって、いうことだな?」
朋の言葉に、察知した伊藤君が続いた。私は二人の言葉に、ただコクリと頷いた。
「いいか結衣菜!慎也は絶対に何か感付いてる。だからウチラの計画は全て交わされてきた。・・・慎也はもう、夏美の気持ちを知っているかもしれないんだよ」
朋にしては珍しく理屈が通った…あぁごめんなさい!さすが我等が隊長らしく、理論の通った考えだった。そこまでたどり着いた隊長の指示は、とてもシンプルなもの。普通に、聞いて来いって。慎也に。全く呆れちゃう。
珍しいものは続くもので、その日は降水確率が10%以下だったのに、下校時刻になると雨が降っていた。雨自体はそうひどくないけど、黒い雲が近づいてきている。
「わー。これで塾休みになんねーかなぁ…」
そう言いながらも時間に遅れるからと、折り畳み傘を広げた朋は雨の中に消えていった。靴を取り出してから、大変な気付いてしまった。
「……あ」
「“傘、ない…”?」
昇降口で呟くと、後の声が続きのセリフを受け取った。
「何で分かったの?」
「さて、何ででしょう?」
笑いながら靴を履き替える慎也に問いかけた。
「雨すごいねぇ」
「このままだと濡れちゃうね」
「…じゃあ、二人で風邪ひいちゃうね」
靴箱を開けて奥に手を入れると、何か小さな細い物体がそこから顔を出した。それを見せながら、慎也は得意そうな顔で私に言った。
「ジャーン♪こんなときのために、置き傘しておいたんだ。俺ってばかしこい!」
「ずるーい!」
「あ、そう。そ~ゆこと言うの?せっかく入れてあげようかなと思ったのに。じゃあゆ~はびしょ濡れで帰んな♪」
そ~いえば、こうやって慎也と二人で帰るのは久々かもしれない。なんだかんだで最近は団体で帰っていたから。そんなことを考えながら、一人得意になっている慎也にここは仕方なくひたすらお願いすることにした。
「わ~ごめん。謝るから一緒に入れて?」
「どうしよ?折りたたみだから二人も入るとキツイしなぁ・・・」
「お願いします!」
「しょーがない。優しい俺がゆ~も一緒に傘に入れてやろう♪」
雨の音はそんなに大きくはなかったし、ひどい土砂降りでもなかったけど私達はいつもより近い距離でほとんど無言のまま道を歩いた。
「…あのねぇ慎也…」
だから私が話しを切り出したのは、けっこう家が近くなってきてからのこと。傘にポツポツと落ちていく雨の音が妙に大きく聞こえる。
「ん?」
ほぼ密着状態でいるのに、前みたいなぎこちなさは感じなかった。顔は見れないけど、いつものような微笑を浮かべている慎也に私は“夏美恋物語それゆけ協力隊”の任務遂行のため、質問の続きを口にした。
「…あのね、慎也好きな子って、いる?」
こんな、中学生なら誰でも話題の中心に上るような質問をするのに私は何故かとても緊張していた。耳をすませば聞こえてしまうくらい心臓の音が大きい。
「珍しいなぁ。ゆ~がそんなこと聞くなんて。もしかして、恋に目覚めた?」
「…ううん、そうじゃないの。ただなんとなく…」
悪いことをしているわけではないのに、何故か後ろめたい気がする。「なんとなくねぇ」と呟きながら微笑む慎也を見ながら、まだ私の心臓の高鳴りは収まっていない。
「ねぇ、いるの?」
「……いるよ、すっごい好きな奴」
…意外だった。ショックだった。慎也に好きな人がいるなんて考えてもみなかった。それが夏美なのかなんて考える余裕もなくて、折りたたみ傘越しに見えた慎也は見たことの無い大人の顔をしてて、何故か分からないけど胸の辺りが痛かった。
「…そ~、なんだ。その恋、叶いそう?」
「ん~、けっこうキツイ。望みうすっ!って感じ」
私が何かおかしいのを悟られないためにしたてきとうな質問に慎也は冗談っぽく笑いながら答えた。その横顔が、とても遠く見えた。
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