エピローグ
町を抜けると、視界の奥に青く広がる平原が見えた。
風が髪を揺らし、草の香りが鼻をくすぐる。
ここでは誰も私を“公爵令嬢”として扱わない。誰も、聖女の奇跡に縛られた存在として見ていない。
ディルクは少し前を歩きながら振り返った。
「自由に動いていい。行き先は自分で決めろ」
その言葉に、私はほんの少し微笑んだ。
自由——それは、かつての私に与えられることのなかった宝物だ。
歩きながら、ふとディルクの姿に目を留める。
背筋を伸ばし、堂々と歩く彼の姿は将軍としての威厳に満ちている。
しかし、その眼差しは私個人に向けられていて、評価も期待も、役目も含まれていない。
——こんな人が、いるのか。
その思いが胸に柔らかく残る。
それは不思議な感覚で、少しだけ心が温かくなる。
しばらく歩くと、空が茜色に染まり始めた。
夕暮れの光が平原を照らし、風景は柔らかく輝く。
私は立ち止まり、深く息を吸う。
すべてが手放され、何も求められないこの時間——
それだけで、充分に価値があるのだと、ようやく気づく。
ディルクも足を止め、少しだけ距離を詰める。
目線を交わすわけではない。だがその沈黙の中に、確かな安心感がある。
——この先、ひとりではないのかもしれない。
そんな淡い予感に、私は小さく微笑む。
未来はまだ白紙。
けれど、その白紙を、自分の意志で描けるのだ。
風が再び頬を撫でる。
私は前を見据え、歩き出す。
王都も、役目も、断罪も——もう振り返らない。
隣を歩く将軍の足音とともに、私の新しい人生が静かに始まった。




