本当に欲しかったもの
法国によってレイダーン王国が墜とされたあの夜、私は誓ったんだ。
王子を……この子をどんな脅威からも守り育てると。
それがたとえ法国だとしても関係ない。
これは陛下の最後の命令で、私の生きる理由なのだから。
そしてこの子が『悪』に染まらないように必ず私が導いて見せる……!
「……⁉」
日も昇っていない早朝、レインは目を覚ます。
「んが……」
彼女が寝ていたベッドの横にマイダスが椅子に体を預けて眠っていた。
「確か……マイダスと戦って、負けてしまったんだわ……」
彼女は頭に巻かれた包帯を握り、静かに怒りを噛み締める。
無論、息子に負かされた事に腹を立てているわけでは無い。
「あの戦いは絶対に負けてはいけなかったのに……」
マイダスが隠していた天賦に早く気付いていれば……。
最初から天賦を使っていれば……。
対話の機会を設けさえしなければ……。
彼女の後悔が次々と脳裏に思い浮かぶ。
しかしどれだけ悔いたとしても結果が変わることは無い。
「頭を下げて懇願すれば、応じてくれるかしら……」
レインは口に出しながらもすぐに首を横に振った。
(そんな簡単に諦めてくれるのならこんな結果になっていない。この子の覚悟は本物だった。だから負けた)
「あんなに小さかったのに……」
彼女は息子に手を差し伸べ、優しく頬を撫でる。
(今後の事はとりあえず後で考えましょう……)
気持ちを切り替えてベッドから降りるとマイダスに毛布を掛け、台所へと向かった。
***
「――――おぉ」
レインが寝室を離れてから数十分後、涎を垂らしながらマイダスも目を覚ます。
(寝落ちなんて久しぶり、ってか座ったまま寝たせいでまだ眠ぃ……)
二度寝でもしようか、そんな考えが頭をよぎるが目の前の光景で眠気は吹き飛んぶ。
「母ちゃん……!」
寝込んでいた彼女が姿を消しており、俺は椅子から立ち上がって寝室から出る。
すると軽装の鎧を装着した母の姿を目撃した。
「マイダス……⁉ お、おはよう」
「おはよっ」
今は会いたくなかった、そんな思いが容易に読み取れた。
「起こしてごめんなさいね。あと看病してくれてありがとう。テーブルに朝食を用意しているから食べてね。お母さん、村の見回りに行って来るからお留守番よろしくね――――」
「待ってよ、母ちゃん! 話したい事があるんだ」
息をつく間もなく一方的に話し続け、ドアノブに手を添えたところで彼女を引き留めた。
「……見回りがあるから後で――――」
「逃げないで、ちゃんと俺と向き合ってくれ」
「ッ……分かったわ、貴方の話を聞かせてちょうだい」
彼女は観念したように肩を落とし、テーブル席に腰かける。
俺も目の前の朝食を端に寄せて彼女と対面した。
「決闘の賭けの内容は覚えてる?」
「ええ、貴方が勝ったら――――」
「覚えているなら言わなくて良いよ。それで昨日の決闘はどちらの勝ちだと思う?」
「それは……」
その途端、彼女は声や身体を震わせ、明らかに答えたくない姿勢を見せる。
俺自身、この質問が彼女を動揺させるだけなのは分かっている。
しかしこの答えだけは彼女の口から言わせたい。
「それは……マイダス、貴方の勝ちだと私も思う」
「……そっか、俺が母ちゃんに勝ったんだな」
ずっと負かされ続けた彼女に初めて勝ちを認めてもらった……。
俺は静かに幸福感をかみ締めた。
「じゃあ俺の要求を呑んでもらう。俺を――――」
「マイダス、私は――――」
俺の口を塞ごうとする彼女だが、この言葉は誰であろうと言い切ってやる!
「認めてくれェ‼」
「法国騎士だけはお願いだから――――えっ?」
泣き崩れる彼女、しかし俺の言葉を聞き入れるとぽかんと口を開けた。
「どういう事? え、法国騎士になりたいんじゃなかったの?」
「……まあ本当はその予定だったけどもう良いんだ、別に」
理由は分からないが、法国騎士に嫌な思い出でもあるのだろう。
俺としては母ちゃんに立派な大人になったと思って貰えればそれで良い。
「母親を気遣うことも出来る息子を持って喜ばしいだろ、って何で泣いてんだよ⁉」
「ごめんね……私の我儘のせいで貴方の将来を諦めさせて……」
「ち、違うんだって母ちゃん! 俺は母ちゃんが誇りに思ってくれるなら何でも良かったんだよ!」
「誇りに思うって、貴方を……?」
「そうだよ! 女手一つで育ててくれた母ちゃんに恩返しがしたくて法国騎士団に入団しようって考えたんだ! だって給料も良いし、これまでの特訓も活かせて母ちゃんも喜んでくれるかなって――――」
再び口を塞ごうと両手を伸ばす彼女、俺は咄嗟に身構えたが――――。
「マイダス、貴方って子は……!」
伸ばされた両手は俺の首をホールドし、自身の体と密着させた。
「ちょなにっ⁉ あんまくっつくなよ!」
不意の状況に混乱しながら引き離そうとするとより一層の力で俺を抱き寄せる。
「何者であろうと貴方は私の誇りなのっ! 貴方の母親になれて良かったァ!」
「分かったから離れてくれよォ! 恥ずかしい!」
彼女の胸部にまで押し付けられた俺は顔を真っ赤にさせて叫び散らした。




