レイダーン王国、陥落
世界中に魔獣が蔓延っていた時代。
この日、一つの国家が滅びを迎えようとしていた。
「アイビス様! この王城ももう持ちません!」
「我らが盾となり時間を稼ぎます、裏道からお逃げください!」
レイダーン王国を守護する騎士たちは玉座に座ったままの国王に懇願する。
数日前まで人々が行き通い、活気に満ち溢れた王都は侵略者によって蹂躙され、王城にまで戦火が広がっていた。
「この国の王として逃げ出すわけにはいかん」
アイビスは断固として玉座を離れようとはしなかった。
隣に立つ王妃も赤子を抱いたまま動かない。
「……だが、この子にその使命を強制することはできない」
アイビスは手を伸ばし、愛しの我が子との別れを惜しむように頭を優しく撫でる。
「レイン、この子を王城から逃がしてはくれぬか?」
アイビスは一人の女騎士に頼み込む。
「……⁉ 私は陛下に命を助けられた身、この戦争も命を賭して戦おうと決意しました。それなのに王子を連れて逃げろと言うのですか!」
「其方の決意と忠義を無碍にして申し訳ないと思っている。だがレイダーン家の血を絶やしてはならない。その役目は其方にしか頼めないのだ!」
「ッ……!」
アイビスの鬼気迫る表情に押され、僅かに決意が揺らぐ。
「この中じゃお前が一番強いんだ!」
「アイビス様とカルラ様は俺たちが守るから、レインは王子を連れて先に行け!」
周りの騎士たちも彼女を説得しようと声を掛けた。
「……分かりました、この場は……お願いします!」
彼女は俯きながら仲間たちに思いを託すと階段を上がってカルラの前に立つ。
「この子をよろしくね、レイン……」
カルラは白い布に巻かれた我が子を大事そうに明け渡した。
「んああァ……!」
直後、愛しい我が子の声が耳に入り、感情を押し殺していたカルラは大粒の涙が頬を伝う。
「――――ごめんね……ちゃんと産んであげられなくて……!」
うめき声をあげながら彼女は泣き崩れる。
「……お前のせいではない、仕方のない事だったんだ」
アイビスは玉座を立ち、悔しさを滲ませながら妻を宥めた。
「レイン。最後にもう一度だけ顔を……」
カルラの願いに頷き、静かにしゃがみ込む。
「あぅあ」
赤子は両親に触れようと短い手を伸ばすと二人は優しくその手を掴む。
「この子と出会えてたった半年、『母様』と呼ばれることは叶わないのね」
「……今ならまだ間に合う。レインたちと一緒に――――」
アイビスは諭そうと声を掛けるが、彼女は首を横に振った。
「私も貴方と同じ気持ち、民に戦わせておめおめ逃げられるものですか」
「済まないな……」
彼女は夫に叱責すると、再び我が子に顔を向ける。
「これから貴方は人生という長く、険しい旅を歩むことになります。でも忘れないで。貴方を心の底から愛している私たちが居たことを、そして貴方を慕ってくれる人たちがいる事を……」
伝え終わると彼女は我が子の額にキスをした。
「愛しているわ、マイダス。強く生きてね……」
「……あとは頼んだ」
「はっ! 必ず逃がしてみせます!」
レインは赤子を抱えて玉座裏の隠し通路へ駆け出した。
「貴方も何か言っておけば良かったのに……」
「父というものは威厳のある姿を見せねばならん。それは母親の役目で十分だ!」
「こんな時まで頑固ですね……」
こんな事態でも変わらない主人の態度にカルラは苦笑してしまった。
しかしそんな時間は長く続かずバタバタと大勢の足音が王室前に響き渡り、扉が破られる。
目の前には広々とした廊下を埋め尽くすほどの侵略者たちが扉の前に押し寄せた。
「「「――――剣を構えろォ!」」」
国王夫妻に近付けさせまいと騎士たちは剣を突き立てる。
侵略者たちは端に寄って真ん中に道を作り、一人の男が姿を現す。
「貴様が国王だな、私の名はボルテッド! バラトラス陛下に仕える法廷執行官だ。偉大なる御方に逆らう者は万死に値するが、無様に敗走しなかったことは認めてやる! 許しを請う時間をやろう」
生還できる機会を与えられたアイビスは数秒の間を置いて口を開く。
「我らが貴様らに詫びる事などない。故に許しを請う気は一切ない!」
アイビスとカルラは騎士と同様に剣を持ち、戦闘の意思を見せる。
「……抗うか。ならば、『忌子』諸共ここで死ね!」
直後、控えていた部下たちが一気に玉座の間に押し寄せ、騎士も応戦した。
「ぐああああぁぁぁ!」
しかし多勢に無勢、四方八方から攻撃を受けて為す術もなく殺されていく。
「止まれッ!」
ボルテッドが攻撃を止めさせる。
数少ない騎士たちは全員殺され、国王や王妃も全身を切り刻まれて虫の息であった。
「おい、『忌子』をどこへやった?」
血で染められた胸倉を掴んでアイビスに尋問する。
「生憎、『忌子』なんて私たちは知らない……」
「……やれ」
「アアアァッ……!」
部下に命令し、カルラの脚に剣を突き刺す。
大きな血だまりを作り彼女は苦悶の表情を浮かべた。
「ッ……!」
「アイビス=レイダーン。私もこんな真似はしたくないんだ。貴様の子供の居場所さえ吐けば、さっさと楽に死なせてやる。もう一度言うぞ、『忌子』をどこへやった?」
ボルテッドはより一層の怒気を含めて尋ねた。
「……何度も言わせるな! 私たちは『忌子』など知らない!」
アイビスは最後の力を振り絞って言い放った。
「そうか、城ごとを壊してこの戦争も終わりだ……」
掴んだ胸倉を雑に離すと部下たちを連れて王室を後にした。
「済まない、カルラ……キミでは無く、マイダスを選んでしまった」
アイビスは謝罪し、傷付いた妻の手を握る。
「謝ることはありません、貴方の立場なら私も同じことを言いますから……」
朦朧とする意識の中、カルラも主人の手を握り返す。
「「「【火球!】」」」
侵略者たちは無数の火球を放ち、爆発とともに王城が傾いていく。
「王位を継がなくなったあの子はどんな大人になるのだろうか……」
妻との最後の会話は逃げ延びたであろう息子の将来を話す。
「……凄い人間に成らなくたっていい。人を思いやり、元気に育ってくれれば充分ですよ」
「そうだな……それだけで――――充分だ」
王城が崩れ墜とされる前に二人は静かに息を引き取った。
「…………」
ボルテッドは瓦礫の山を登り部下たちを見下ろす。
「我らが主に歯向かうことの愚かさを解らせる良き日となった! しかし今後、このような事が無いよう我々は一層、秩序を乱す輩を取り締まらなければならない。全てはバラトラス陛下、そして住まう臣民らの為に! 法国アベレインに栄光あれ!」
「「「法国アベレインに栄光あれェ‼」」」
ボルテッドに続き、手下たちは唱和する。
三日前に始まった戦争は夜が明ける前に終結した。
***
ときは流れ、レイダーン戦争から15年――――法国南東に位置する小さな村で成人式が執り行われた。
「マイダス=フロート、貴方は人族に生まれたことに誇りをもっていますか?」
「はい!」
「貴方は法皇様の臣民であることに誇りを持っていますか?」
「はい!」
「貴方はロログ村の村民、そして母レインを愛していますか?」
「はい! 愛しています!」
「では、貴方に成人の証を贈呈します」
村の宣教師は彼の胸に銀細工を括り付けた。
「皆、盃を掲げよ!」
老若男女問わず、数十人の村民が酒や果実水が入った器を手に取る。
「彼のこれまでの人生、そしてこれからの活躍を祝して――――乾杯ィ!」
「「「乾杯ッ!」」」
宣教師の合図とともに人々はグラスを当て、料理を食べ始めた。
***
「プハァ! 誕生日おめでとう、マイダス!」
勢いよく酒を飲むとダンテさんは俺の背中を叩く。
「成人したと言われても実感ないよ、ダンテおじさん」
「何言ってんだ! これからお前がこの国を支えていくんだろう!」
そう言ってごくごくと酒を仰ぐ。
本来、成人式は決まった日時に行うのだが、15歳を迎える者は俺以外に居なかったため、誕生日である今日に執り行う事になったのだ。
「あのマイダスが成人かぁ、お姉ちゃん嬉しいよ……」
不意に頭を撫でられた俺は反射的に彼女の腕を掴む。
「頭撫でんなよ、メリッサ!」
「そんなに怒らなくても良いじゃん! それに『メリッサお姉ちゃん』でしょ!」
彼女は二つ上の幼馴染みで子供の頃からよく二人で遊んでおり、本当の姉のように慕っていた時もあった……。
「昔みたいに背中流しっこしようよ!」
彼女の動きに合わせて胸部の双丘が上下に揺れる。
「だ、誰がお前なんかと入るかよ、バァカ!」
そんな彼女の胸に視線を向けるが体を反転させて無理やり視界の外へ追いやった。
「ちょ、ちょっと⁉」
少し顔が熱く感じたが、俺は足早にこの場から離れた。
「はぁ、あいつ無防備過ぎんだよ……」
「主役がこんなところで何してるの?」
広場から離れた俺は呼吸を整えていると茂みの奥から声が聞こえる。
「母ちゃん!」
「似合っているじゃない、成人の証」
目の前で微笑む銀髪の女性は母のレインだ。
村の警備を任されているため長剣を腰に携え、鉄製の軽装に身を包んでいた。
「俺が成人の証が贈呈されるとこ、見ていたのかよ?」
「ごめん、村の警備で持ち場を離れられなくて……」
彼女は正直に話し、両手を合わせて頭を下げた。
「……あっそ! まあ別に良いけどね」
俺は悪いと思いつつも不貞腐れた態度を取ってしまう。
警備体制が十分ではない地域でこのような祭りを催すと食べ物の匂いにつられて魔獣や賊が襲ってくることは少なくない。
そのうえ母は村一番の剣士であるため、警備に回されてしまうのは仕方のないことだった。
「ごめんなさいマイダス。こんな母を許して」
そんな俺を見兼ねた彼女は優しく抱擁する。
「わ、分かったよ! 怒ってねェからさっさと離れろ!」
久しく忘れていた母の温かさ、そして恥ずかしさに怒りは消え去った。
「そうだ! 成人祝いになにか欲しい物は無いかしら?」
数日前から考えておいてくれと言われており、俺はその言葉を待っていた。
「法国騎士団に入りたい!」
「……⁉ あなた、騎士になりたかったのね……」
どんな反応を見せるのかと顔を覗くと釈然としない表情を浮かべていた。
「駄目だった?」
「いや……どうして、騎士になりたいの?」
「母ちゃんみたいに魔獣の脅威から人々を守れるようになりたいんだ! 法国騎士団は兵の育成に力を入れているって聞いたから、そこで剣術や魔法を使えるようになって命を賭して法国を守りたい!」
「…………」
母ちゃんは俺の話を聞いて黙ったままだった。
「おーい! どこに居るんだ! マイダス」
気まずい雰囲気が漂う中、広場のほうから俺を呼ぶ声が聞こえる。
「……おれ行って来るよ。警備頑張って……」
広場に向かうと楽器を使って演奏会が開かれていた。
明るい音色は多くの人を楽しませたが、俺は母の顔が頭から離れなかった。
***
陽が沈み、成人式を終えた村のみんなは各々自宅で過ごしていた。
「「…………」」
母が夕食の皿を洗い、俺が布で水気を拭き取る。
いつもなら今日あった出来事を話すのだが、妙な別れ方をしたせいで楽しく話せそうな雰囲気ではなかった。
ほとんど言葉を交わさないまま皿洗いを終え、風呂場に向かおうとした時だった。
「……さっきの話、条件次第で許してあげるわ」
「――――ホントッ⁉」
どういう風の吹き回しか分からないが、俺は飛び跳ねるように喜んだ。
騎士になれることも嬉しかったが、これで普段通りに母と会話できることが嬉しかった。
「それで条件って何なの?」
「法国騎士団ではなく、冒険者を目指しなさい」
「え?」
その条件がまさかの職業変更に俺は言葉を失った。
冗談かと思ったが、至って真面目のようできりっとした銀眼が真っ直ぐにこちらを見つめていた。
「…………」
とても条件と言えるようなものではないが、『人々を守れる』という点だけは違いない。
「分かった……俺、冒険者に――――」
「あと、私も冒険者になることです」
「ふぇ?」
第二の条件があったようでその内容がまさかの母親同伴という……。
念のため顔を覗いてみるが、至って真面目な顔だった。
そうゆう事? そうゆう事なのか?
親子で騎士は無理でも冒険者なら親子だろうと関係ないと……。
「いくら何でも過保護過ぎんだろ⁉」
「過保護にもなります、貴方は大切な息子なんだから」
そう言って彼女は俺を包むように抱き締めた。
久しく忘れていた母の温かさ、そして恥ずかしさに騎士になりたい欲求は消え――――。
「――――ってそんな常套手段で丸め込めると思ったら大間違いだぞ!」
俺は彼女を突き飛ばし、丸め込まれないよ心を強く持った。
「この条件で呑めなかったら、冒険者になることは諦めなさい」
最初の要求が法国騎士だった事は疾うに忘れられているのだろうな。
「だったら俺からも条件だ! 母ちゃんに剣術で勝ったら俺一人でェ! 騎士になる!」
「そんなこと言っていいのかしら? 私に勝てたことなんて一度も無いでしょ」
「俺ももう成人だ、そろそろ母ちゃんに勝っても良い頃だろう?」
「いや、言ってる意味はさっぱり分からないけど……分かりました。でも私が勝ったらさっきの条件で呑んでもらうか、諦めてもらうわよ」
「おう! 望むところだ!」
「じゃあ明日の朝九時にいつもの場所で! 楽しみにしているわ」
「おう! 息子の成長ぶりを特等席で見せてやるよ!」
俺はそう言い残し、風呂場へ向かった。




