世界でいちばんやさしい人
この町には世界で一番やさしい人と、世界で一番やさしくない人が住んでいました。
もちろん二人とも大変仲がよろしくありませんでした。どんなにやさしい人が優しくしても、やさしくない人がそれを拒むからです。その事で世界で一番やさしい人は悩んでいました。
ある日、そんな町に世界で一番賢い人が泊まりにやってきました。そこでこれは良い機会だと思い、世界で一番やさしい人は相談に行きました。
「おお!あなたが世界で一番賢いと言われているお方でしょうか?御目にかかれて光栄です」すると賢い人はすぐに相談事に気付いたのか彼にこう言いました。「あなたの悩みは聞かなくてもわかる。どれ、私に任せなさい。そうだな、一日待ってくれないか?そうしたら見事に君の悩みを解決してあげよう」賢い人のその言葉にやさしい人はすっかり上機嫌になり、「ありがとう。あなたは噂に違わぬ賢人だ!」と言って宿を出て行きました。
次に世界で一番やさしくない人が賢い人に会いに来ました。そして、彼はこう言うのです。
「あなたがこの世界で一番阿呆な人ですね?お初にお目にかかります」すると賢い人はこう答えます。「君の言いたい事が私にはよくわかるよ。世界で一番やさしい人を貶めてやりたいんだろう?私はその方法を知っている。話に乗ってみるかい?」賢い人のその言葉にやさしくない人は今にも躍りだしそうな位喜びました。「もちろんだとも!」
その翌日。世界で一番やさしくない人は、町の子供たちを攫って森の奥でぐつぐつと煮立っている大鍋でシチューにしようとしていました。これは朝早く賢い人から言われた作戦なのです。ただ子供たちをシチューにするだけでやさしい人を陥れる事が出来ると賢い人が言ったので信じて疑いませんでした。
そこに、剣を腰に携えたやさしい人がやって来ました。彼もまた賢い人に言われてここまでやって来たのです。やさしい人は賢い人にこう言われています。「今日、剣を持って森の奥に行って御覧なさい。するとそこで、やさしくない人が大きな鍋で何かを作っているだろうから、君もそれを作るのを手伝ってやると良い。そして一番重要なのは、最後にやさしくない人をその釜の中に入れてやることだ。剣でちゃんと身を斬ってから鍋の中に入れるんだよ。そうすれば、きっとお互い仲良くなれるさ」
やさしい人はその言葉通りに森の奥までやって来ると、大きな釜でぐつぐつと何かを煮ているやさしくない人を発見しました。すぐに近寄って言います。「やあ!いい朝だね。どれ、僕もそれを手伝ってあげよう」やさしくない人の返答も聞かずにやさしい人は、彼から引っ掻き棒を奪って鍋の中を掻き混ぜました。一時間ほど経った時でしょうか、やさしくない人が言いました。「もう、いい加減にしておくれ。とっくに鍋は完成しているよ」やさしい人はそれを聞いて答えました。「とんでもない!まだ一つ残っているよ!」そう言うと、腰に据えていた剣を抜き、あっという間にやさしくない人をバラバラにしてしまいました。
その後。やさしい人はバラバラになったやさしくない人を鍋でじっくり煮込み、それを町に持って帰りました。町に着くと広場に人々を呼んで彼は言います。「みんな、この鍋はやさしくない人で作った特製のシチューだ。冷めないうちに食べておくれ」町の人たちはそれを喜んで食べていました。まだ町に残っていた賢い人がやさしい人に質問しました。「このシチューからは、どう考えても子供の匂いがするのだが、お前さん一体どういうつもりなんだい?」やさしい人はその質問に驚きました。まさかそんな筈は無いと思い一口シチューを飲むと、確かに子供の匂いが漂ってきました。やさしい人はここで気付いたのです。あの時やさしくない人が煮込んでいたのは町の子供たちだったのか、と。しかし、時は待ってくれません。世界で一番やさしいと言われていた人は捕まって、「世界で一番やさしくない人」と打ち首になるその日まで罵られ続けたのでした。
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