宝石精霊国物語 番外編 【二度目の失恋】
ハルの思惑や如何に。
「そう言えば、そろそろ陛下とロアの生誕パーティーだったな。今年は盛大にやるのだろう?」
「二人の誕生日ケーキはクロウが作るんですものね。きっと素敵なパーティーになるはずよ。」
「2ヶ月前に通達が来てからどんなケーキにしようか色々と案を練っているんだ。ロアは苺が大好きだから苺をたっぷり使ったタルトとかどうだろう?」
「ハル陛下はリンゴもお好きと聞いたからアップルパイとかも良いんじゃないかな。」
「でもリンゴは時期じゃないから今は無いわよ。今の季節ならミカンとかどうかしら?」
ウル、クロウ、ネレア、テオの4人が話すのは、国王ハルとその義妹ロアの生誕パーティーのこと。
今年はハルの提案でかなり盛大なパーティーになり、普段は王宮に呼ばれない貴族たちも来る予定である。
その後、4人は王宮に来ていたロアのいる部屋へ向かった。
ロアはいつもと変わらず全身黒ずくめの剣士らしい恰好で椅子に座り紅茶を飲んでいたが、4人に気付くと立ち上がった。
「皆さん来ていらしたんですね。待ってて下さい、今紅茶をご用意しますから。」
4人分の紅茶が用意され、各々席に着いた。
「ロア、もうすぐ陛下とのご生誕パーティーだけど何かケーキのご要望はあるかい?」
クロウが質問するとロアはきょとんとした顔をしていた。
「私の、要望ですか?」
やはり国王陛下の誕生日と認識してはいるものの、それイコール自分の誕生日でもあるということを忘れていたらしい。
天然というか自分に無頓着というか、相変わらずの鈍感具合にウルは苦笑した。
「そうですね…。陛下のお好きなものをご用意したり、パーティーの進行をどうするかなど考えていたので自分についてなんて考えてませんでした。」
「もう一人の主役はロアなんだから好きなもの何でもリクエストしていいのよ。ロア、フルーツでは何が一番好き?」
「フルーツですか。そうですね、苺が大好きですね。甘酸っぱくていくらでも食べられそうです。」
以前のロアなら、いくら自分の誕生日と言えど陛下と一緒に祝われていいはずが無いと遠慮し、パーティーを辞退していたが、ブラックダイヤモンドの加護を授かってから気持ちが軽くなったのか、素直に自分の気持ちを言うようになった。
これはかなり良い成長だ。
「いいね!苺は今がちょうど旬だし、新鮮なものがたくさん手に入るよ。生クリームは少し甘さ控えめにして、苺の風味を存分に味わえるようにしよう!」
お菓子作りとなると興奮気味になるクロウをテオが落ち着かせている。
「そうだわ!ケーキだけじゃなくて、ロアはドレスも用意しなくちゃならないんじゃない?」
すると、ロアはまたきょとんとしてネレアを見つめている。
「いえ、私は普段通りのこの恰好で行くつもりですが…」
「あらぁ、ダメよ。せっかくのお祝いパーティーなんだからいつもより華やかなドレスじゃなきゃ!」
「しかしっ、その、私はキラキラしたドレスは苦手で…」
「それじゃあ、ロアの好みに合うドレスを選びに行きましょ!」
エメラルド伯爵家の大きい衣装部屋に連れてこられたロアは、色とりどりのドレスの数の多さに驚いた。
確かにネレアはかなりの洒落物なのでこの量は納得だが。
「ここにあるドレスは全部ヘリオドール家が製作しているのよ。精霊様のご加護があるとはいえ、どれも最高級のドレスばかりなのよ。ロアに似合いそうなドレスはいくつか見繕っておいたのだけど、どうかしら?」
ロアの目の前には数着のロングドレスが並んでいた。
しかしどれも胸元がざっくりと開いた、所謂セクシーなドレスばかりでロアは目眩がした。
「あの、選んで頂いたのに申し訳ないのですが、これはあまりに露出が多くて…」
「あら、ダメかしら?ロアは肌が白いからこういうドレスは映えると思ったんだけれど。そうねぇ…そうだ!それならパンツスタイルのドレスなんてどう?露出も少ないしロアも気に入るんじゃないかしら!」
ネレアはドレス選びに興奮しているのか、ロアの手を引っ張るとそのまま馬車でヘリオドール家へ向かった。
「これはこれは、バラス公爵にエメラルド伯爵。ようこそおいで下さいました。ヘリオドール侯爵家当主のユーリスと申します。」
「こんにちは、ユーリス。ごめんなさいね、突然お邪魔しちゃって。ロアに、バラス公爵にパンツスタイルのドレスを一つデザインして頂きたいの。あまり露出は無い方向で。」
ネレアはユーリスと昔からの知り合いらしく気安く話しているが、ロアは初対面だった。
ユーリスはネレアと同じ女性当主で年齢も同じ24歳だそうだ。
ヘリオドール侯爵家と言えば、ドレスはもちろん上級貴族や王族の着る服のデザイン、パターン製作、縫製まで全てを引き受けている職人だ。
デザインはもちろん、生地も着心地も装飾も全てが超一級品と有名である。
「なるほど。露出は控えめでブラックダイヤモンドを象徴するようなパンツスタイルのドレスですね。バラス公爵の肌の白さや美しい黒髪に映えるとびきりのドレスを作らせて頂きますよ。」
そう言うと、ユーリスはロアとネレアをある部屋へ案内した。
そこはユーリスが普段、デザインや縫製などを行う仕事部屋だった。
そこにある仕事机に向かうと、ユーリスはロアを観察しながらサラサラとデザイン画を描いていく。
いくつかのデザインをものの10分で描き上げると、ひらりとネレアに渡した。
「あらぁ、素敵じゃない!さすがユーリスね。ほら、ロアも見てみて!」
ネレアに渡されたデザイン画には、様々なパンツスタイルのドレスが描かれていた。
希望通りの露出控えめなものばかりだ。
どのデザインも美しい上品さと気高さがあった。
「バラス公爵は手足が長くほっそりとしてらっしゃるからそれを全面に活かしたデザインにしました。色は黒を基調として、腕は透けたデザインの袖に、ウエスト辺り布のベルトを締めるようにすれば、スタイルの良さが抜群に活かされますよ。」
ロアはファッションについてよく知らないが、自分好みのデザインのドレスに目が釘付けだった。
こんな素敵なデザインのドレスを自分が着こなせるだろうかという不安が頭をよぎったが、ロアはいくつかあるデザインの中で一番気に入ったものを選んだ。
それからユーリスはロアの胴回りなどのサイズを測るとそれらを紙に書き込んでいく。
「では、二日後にまたお越し頂けますか?試作品を試着して頂いて、直しが必要な部分の意見などをお聞きしたくて。」
試作品とはいえ、わずか二日でドレスを作れることにロアは驚いた。
さすが、王国随一の縫製技術と精霊の加護を持つヘリオドール家だ。
それから二日後、再びヘリオドール家に来たロアは試作品のドレスを身につけた。
「どうですか?どこかご不快に感じる箇所や直しの必要な箇所などありますか?」
試作品とは思えないほどしっかり作られたドレスは、着心地も良く文句の付けようがないくらい上等なものだった。
「問題ありません。こんなに着心地が良く素敵なドレスは初めてです。さすがの腕前ですね。」
「それなら良かった。これは試作品なので装飾品などは付けていませんが、完成品には胸元と腰のベルト部分にブラックダイヤモンドを、袖には細かいダイヤモンドを散りばめてみようかと思います。」
パーティーの前日にお届けします、と伝えられたロアはドレスの到着が待ち遠しかった。
そして、パーティー当日。
王宮の会場には既に多くの貴族たちが集まり、手には配られたシャンパンを持っている。
ウル、クロウ、ネレア、テオも集まり、本日の主役たちの登場を今か今かと待っていた。
しばらくして会場の大きな扉が開かれた。
そこには白金の髪に王冠を載せ、右手には王笏を持ち、真っ白な品のある正礼装姿のハルがいた。
ダイヤモンドの耳飾りと宝具である指輪を付け、肩からは縁と内側に上質な毛皮のマントが掛けられた豪奢な出で立ちだ。
シンプルな着こなしながら国王に相応しい威厳のある姿に貴族たちは感嘆の息をついていたが、その国王の後ろから現れたもう一人の主役の姿に驚愕した。
全身黒い服なのはいつも通りだが、一目見ただけでヘリオドール家の作品だと分かるくらい洗練されたドレスを見事に着こなすロアの姿に誰もが魅了されていた。
露出は少ないドレスなのに、袖の部分だけが透けた素材で、所々に細かいダイヤモンドが散りばめられ煌めいている。
それがかえって妖しく色気のある雰囲気を醸し出していた。
胸元と腰にはブラックダイヤモンドがあしらわれていて、ハルと同じ形の耳飾りが揺れている。
普段の夜会などでは国王の後ろ、もしくは部屋の隅で壁の花を決め込んでいるロアの見事なドレス姿に貴族たちは恍惚の表情だった。
「バラス公爵閣下はいつも陛下の後ろで控えめでいらしたが、今宵はなんとお美しいお姿だ。まるで精霊の化身のようではないか…」
「こうして隣に並ばれるとご兄妹なのだなと分かるな。お優しげな面差しが先代王に似ていらっしゃる。」
「見ろ、大精霊様方も祝福されておる。」
王笏の大精霊、ダイヤモンドの精霊、ブラックダイヤモンドの精霊は二人の手を取り頬にキスをして祝福した。
多くの貴族たちに混じって、ウルたちもハルとロアに祝福の言葉を贈る為、二人の元へ向かった。
ウルはロアの普段見慣れない、いつも以上の美貌に思わず見蕩れていたが、テオに背中を小突かれて目を覚ました。
「国王陛下、バラス公爵閣下、この度は誠におめでとうございます。心よりお祝い申し上げます。」
慌てて胸に手を当て拝礼するウルにハルはクスクスと笑った。
「皆さん、ありがとうございます。こんな晴れやかな気持ちになれたのは初めてなので、なんだかくすぐったいです。」
ロアも僅かに微笑みながら礼を言った。
そしてパーティー会場にいた貴族全員に、クロウお手製のライチとブルーベリーのケーキが振る舞われた。
これはハルのリクエストだ。
フランボワーズのコンポートとライチのジェルが挟まれたケーキのあまりの美味しさに貴族たちは感激していた。
その中でも一際目を輝かせてケーキを食べロアの姿に、いつも無表情で何事にも動じない彼女があんな素直な表情をするのか!と驚愕もしていた。
しかし夜会ということもあって、ちんまりと可愛いサイズになっているケーキにロアは物足りないと思っていたら、ハルが耳元に顔を寄せた。
「実はクロウに無理を言って、これとは別にロア専用に特大ケーキを用意してもらってあるんだ。あとで好きなだけお食べ。」
「え!し、しかし私だけが食べる訳にはいきません。今日は陛下にとって輝かしい日なのですから陛下が召し上がって頂かないと。」
「分かった、分かったよ。」
ハルはおかしそうに肩を震わせて言うと、ロアの頭を撫でた。
「ありがとう、ロア。」
そして、二人の生誕パーティーは恙無く終わり、ロアはハルに声を掛けられた。
「ロア、せっかくだから二人でケーキを食べよう。それなら良いでしょ?」
早々にケーキの誘惑に負けたロアは、陛下直々のお誘いを断る訳にはいかないので、と心の中で言い訳しながらハルの部屋へ向かった。
「ロアは普段、ワインを飲まないって聞いたからとびきりの紅茶を用意したんだ。甘いケーキにも合うように最高級なダージリンにしたんだよ。」
ハルが紅茶を入れるとメイドがケーキを運んできた。
ハルはメイドを下がらせると、ロアにケーキを切り分ける。
「久しぶりに兄妹二人きりで話そうかと思ったんだ。父上が亡くなってすぐ戴冠式と王笏の修復、そして闇の森の魔物討伐と。毎日が慌ただしくて、こうして二人で話す機会なんて無かったからね。」
「そうですね。特に陛下は毎日ご多忙と存じます。私も闇の浄化魔法を授かってから日々鍛錬をしてきました。何か陛下のお力になれることがあれば何なりとお申し付け下さい。」
「ありがとうロア。でも、今日この部屋では子供の頃のようにハルって呼んで欲しいな。」
「しかし、国王陛下をお名前でお呼びするなど…」
「お願いだ、ロア。」
いつに無いハルの真剣な眼差しにロアもそれ以上は何も言えず、「分かりました」と答えるしか無かった。
ハルとロアが初めて対面したのは、二人が7歳のときだった。
ハルの母親の正室もロアの母親の側室も、二人を生んで間もなく亡くなり、それぞれ別の乳母に育てられていた。
ハルは腹違いの妹がいることは聞いていたので会うのをとても楽しみにしていた。
そしていざ義妹と対面したとき、ハルはロアのまだ7歳とは思えない儚い雰囲気を纏った美貌と美しい黒髪に目が釘付けになった。
「初めましてロア、僕はハル。よろしくね。」
「はい、ハル王太子殿下。よろしくお願い致します。」
暗い目のどこか緊張した面持ちのロアは胸に手を当て拝礼した。
貴族の令嬢がこうした場面で挨拶をするとき、普通ならばカーテシーという、片足を後ろ少し内側に引き、膝を軽く曲げる挨拶をするのだが、ロアは臣下のような礼をとった。
周りのメイドや教育係がやれと命じた訳では無く、ロアが無意識的にやったことだった。
ハルもロアも、王族の象徴では無い黒髪であることと、母親が元平民の側室であることで周りの貴族たちからあまり良く思われていないことを察していた。
きっと心無い者から直接何かを言われたのかもしれない。
そのことでロアは自分は王族として相応しくない、腫れ物のように思われているのだと思い込んでいた。
だからハルに対して王の娘としてではなく、臣下のような振る舞いをしたのだ。
ハルはロアを侮辱した名も分からない貴族に猛烈な怒りを感じると共に、この厭世的な雰囲気を纏ったたった一人の妹を何者からも守りたいと強く思った。
それからは常にロアを気にかけ、ロアに対して不遜な態度を取る者には睨みをきかせていた。
ロアが周りから浮いている中、腐らずいられたのはハルや父親である国王が差別することなく平等に接していてくれたからだ。
ハルは少々過保護気味だったが、7歳まで孤独だったロアは心の拠り所が見つかって安心することが出来た。
そして、同い年で幼馴染のウルや四大貴族の跡取りだったクロウやネレアも優しくしてくれた。
「懐かしいね。こうして二人きりで話すのは、子供のとき以来じゃないかな?ほら、初めて会ったときなんて中庭を散歩したりしたよね。」
「はい。陛下…ハルが中庭に咲いていた花を教えて下さったのを覚えています。」
「ロアが中庭を見たことが無いって言うから私が案内したんだよね。ちょうど薔薇やカンパニュラが見頃で綺麗だった。」
ハルが過去を懐かしむように目を細めた。
「あの頃に比べるとロアはずいぶん表情が柔らかくなったし、笑顔がたくさん見られるようになった。」
ハルが嬉しそうに話すと、ロアは目を見開いた。
「…そうですか?」
「うん。感情も素直に出せるようになった。…ウルのお陰かな?」
ハルが少し揶揄うように言うと、ロアは一瞬ぽかんとしたあと頬がサッと赤くなった。
目を伏せるロアにハルは確信すると共に、ウルに対して嫉妬にも似た感情が蘇った。
自分はウルと出会う以前からロアの傍にいたのに、あの笑顔を引き出せたのはウルだった。
きっと、これからも。
ハルは立ち上がるとロアの元へ歩いた。
ロアの顔に手を添えてハルが引き寄せた瞬間、ドアがノックされた。
ハルはクスッと笑うと、ロアから離れる。
「どうぞ。」
ドアが開き、ウルが入口に立っていた。
「ご歓談中失礼致します。バラス公爵閣下に火急の用事が入りましたので、急ぎお迎えに上がりました。」
計られたようなタイミングにハルは苦笑する。
きっとずっと外で待っていたに違いない。
「それは大変だ。ロア、すぐに行った方が良い。」
ハルが言うと、ウルはロアの手を引いてドアの前で一礼すると出ていった。
一人取り残されたハルは、席に座り直すと残っていたケーキを一口食べた。
ハルは子供の頃、本気でロアを娶ろうとしていた。
王宮に閉じ込めて庇護しようとしていた。
ところが、ウルと出会い過ごしていく内に、彼はロアの良き理解者になっていた。
それにロアも気付き始める。
ハルの越えられなかったものを軽々と越えていくウルに嫉妬していた。
しかしウルの勧めで剣の道へ行き、外の世界へ出ていったロアの見たことの無い表情を見て、ロアの傍にいるべきなのは自分ではないと悟ったのだ。
そして今夜、ロアの気持ちを確信したハルは、ロアとウルの世界を見送った。
不思議と晴れ晴れとした気分だった。
ハルは最後に取っておいたケーキの苺を口に入れる。
それは深い海のような甘酸っぱい味がした。
ハル → ロアをずっと目の届くところに置いて守ろうとした。(鳥籠に閉じ込めるように)
ウル → ロアに剣の道を教え、外の世界へ連れ出した。(翼を与え自由にした)