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にがあまメモリーズ  作者: 空犬
『陽春の章』
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1-5話『同室』

 笑顔でこちらに挨拶をした諒は自身の手を翠達に向けて伸ばしていた。おそらく同じ部屋になったからよろしくという意味での握手を求められているのだろうなと推測する。

 どうしようかと迷ってる翠を彗斗はその手を引っ張り部屋のドアを開けた。


「早く部屋入ってみようぜ」


 諒に対しぶっきらぼうに言い放った彗斗はそのまま翠の手を引いたまま部屋に入った。諒はキョトンとしながらもクスッと笑って、そうだねと言って後をついていき部屋に入った。


「三人って考えると広めの部屋だね」


「…………」


「そ、そうだね!」


 諒の言葉に彗斗はシンプルに無視。そうするとこの部屋に微妙な空気が流れることになる。なんかそれは他区画の人だとしても心が痛くなるため、咄嗟に返事をした。


 部屋にはロフトベッド三つ、それぞれのロフトベッドの下には机も置かれている。二つのロフトベッドの間にクローゼットも置いてあり、少し開けたスペースもあった。

 あまり窮屈というわけでもなく、三人で同じ部屋と考えたらこんなものかなという感じ。


 それぞれのロフトベッド付近に学校に行く数日前に言われて送った翠達の荷物が置かれていて、とりあえず荷解きをしてしまおう。部屋も綺麗で、ベッドには既にシーツなどが引かれていて、翠達のやることは荷解きと荷物の整理整頓くらいだ。


 床に座って荷解きをしていると、ベットの下にある机に目がいった。机の上にはさっき小豆沢先生が言っていた寮のルールなどが書いてあるしおりと時間割などが書いてあるプリント。


(色々書いてある……)


 ぺらっと開いてとりあえず全部のページをさらっと見ておく。ページの中に寮のルールが書いてある欄があり『部屋を綺麗に使うこと』や『部屋に異性を入れないこと』、『下級生の就寝時間は十時まで』など色々書いてある。


「しおりに食堂が何時に開いてるかとかも書いてあったよ」


「……あ、諒くん。そうなんだ、どこに書いてるんだろう」


 一通り見たしおりを再度ジッと目を凝らして見ていく。後ろから諒が最後ら辺のページだよ、と教えてくれて翠はそのページにたどり着けた。


「……あった! えっと、今はもう少しでお昼だから……十二時二十分か。今って何時だっけ……」


 きょろきょろと辺りを見渡して部屋に時計がないか探す。


「あともうちょっとで十二時になるぞ」


 部屋の壁に掛けられた時計を見つけたと同時に彗斗が時間を言ってくれる。再度時計を見たけど彗斗の言う通りもうすぐで十二時になろうとしていた。


「また学校に入らないといけないし、十分前とかには寮を出たほうがよさそうだね」


 彗斗はだな、と言いながら荷物を開けていた。さっきから彗斗はあまりこっちを見てくれない。その原因はなんとなくというか、完全に理解はしている。それはおそらく諒のことだろうな、と。


 翠にとっては彗斗が一緒の部屋になってくれたからあまり気にしてはいないのだけど。やっぱり他区画の人達と一緒に共に生活をするなんで無理なんじゃないかと彗斗を見ていると思う。敵同士が一緒に勉強をして、一緒に生活を共にするなんて。


 だけど肝心な諒の方を見てみると、諒は諒でなんだかこの状況を楽しんでいるかのように見える。例えるなら伊月みたいな感じだ。伊月は態度も言葉もそれを感じさせたけど、諒は態度でそれを表しているように見えた。


 すると、ドアをノックされる音が聞こえた。部屋に入ってきたのは小豆沢先生だった、手には荷物を抱えている。


「教室に戻らずに解散にしたから、教室に置いていた荷物を渡しにきたんだ」


 小豆沢先生が持っていたのは自分達の荷物。今日、学校に行くときに使っていたカバンの存在を翠は普通に忘れていた。


「ありがとうございます」


 三人のカバンを受け取った諒は翠と彗斗に渡す。


「これから六年間一緒の部屋で生活するわけだけど、なんとかうまくやっていけそう? 他区画の生徒達と交流したくないっていう相談は聞けないけど、それ以外の不満があればすぐに僕に言ってね」


 そう言い残し小豆沢先生は控えめに手を振り部屋を出て行った。


 そこからはお互い荷物の整理とか、机周りの整理。三人揃って無言で作業に勤しんだ。


「ね、もう少しで食堂が開く時間になるし、良かったら三人で昼ご飯食べない?」


 黙々と作業をしているとき、諒から提案された。翠は返事をするよりも先に彗斗の反応を見た。分かってはいたが、ムスッとした顔をしている。一緒に行きたくない、とそのまま顔に出ていた。


「せっかく同じ部屋になったんだから、一緒に食べようよ。僕は二人とも仲良くなりたいな」


 屈託のない笑顔、微笑み。少なくとも翠には諒が嘘をついているようには見えなかった。彗斗の方を見てみると、変わらず不機嫌で何も言わない。

 彗斗はこのままだと何も言わず、さっきみたいに翠を引っ張って二人で食堂に行くことになる。それでもいいのだが、せっかく相手から一緒に行こうと誘われている。いい意味に捉えれば、相手自ら情報を話す機会があるかもしれない場面に呼んでいる。つまり、これはチャンスだ。


「……そうだね! 一緒に食べよっか、僕も諒くんのこと知りたいな」


「!」


 彗斗は翠がそう言うと思ってなかったのかポカンと口を開けている。翠は彗斗に有無を言わさずもう行こっか、と言って二人を連れて部屋を出た。時間的にもちょうどよかったから、今出れば時間ちょうどに食堂に着けるかもしれない。


 食堂に向かっているとき、隣にいる彗斗から小声で耳打ちされた。


「なんで稲浪のお願い聞いたんだよ。あいつは他区画出身なんだぞ? 俺たちは仲良しこよしするためにここに来たんじゃないだろ」


「そうだけどさ、これは逆にチャンスだと思うんだ。ここには色んな区画の人がいる、つまり情報が沢山眠ってる宝庫みたいなもの。ここで掴んだ情報はいつか僕らが兵士になった時にきっと役に立つと思うんだ」


「……そうだな。俺らは区画を守る兵士、私情じゃなくて第七区画のために動かないとな。いつか訪れる平和のために」


 先頭にいる諒を見つめる。二人が現時点で最も近くにいる存在。諒が住む第二十四区画、第七区画から遠いが情報はあればあるだけ事が有利に進むのは間違いないのだ。


 食堂に着くと中は生徒や先生達がいて賑わっていた。

 今日の学校案内で入ったことない食堂、人も多く少し緊張する。食堂内にいる人達皆トレーを持ち、色々な食事が置いてあるテーブルに並んで好きなものを自分のお皿に取っていた。


「ここの食堂はビュッフェみたいな感じなんだね」


 方式はそれと一緒のようで、翠が言ったものと合っているようだ。

 翠達も列に並び置いてあるおかずやご飯、みそ汁を取り、三人が座れる席を探した。幸い翠達が来た時間帯が食堂が開く時間と同じぐらいだったためまだ比較的数が少なく、席も難なく座ることができた。


 三人で取ったご飯を食べ進めているとき、隣に座っている諒の方をチラッと見て気付いたことがあった。


「諒くんって、食べ方っていうか、所作が綺麗だよね」


「そうかな?」


「うん、自己紹介の時もスマートだったし」


「区画の環境が違うからか?」


 二人の会話に覗き込むようにして答える彗斗。区画が違うからといって諒の所作に違いがあるものなのかは分からないが、二人は諒のことを知らないし他の区画の環境も知らないためそういう答えにしておこう。


「多分……家の環境、かな?」


「諒くんのお家ってどんな感じなの?」


「ふふっ、それは秘密かな♪」


 翠的にはその先の情報を聞きたいのだが。分かってそう言ってるのか、それとも諒がそういう性格だからなのか、得られない情報に少し苛立ちが顔に出てしまう翠に彗斗は肩を置きまあまあ、と制止した。



・・・・・・



 昼ご飯を食べ終わった三人は部屋に戻った。

 昼の食事の場では諒の情報を得ることは出来なかった。


「食堂のご飯おいしかったね」


「だね。お母さんが作るご飯と同じくらいおいしかった!」


 お互い話しながら荷物作業をする。主に話しているのは諒と翠だけ。彗斗は時々相槌を打ってくれる程度。だけどさっきまでは諒のことをフル無視していたけど、今は相槌を打ってくれるくらいはやってくれる。情報を得て第七区画の役に立とうという翠の想いが通じたのだろう。


「そういえば、翠くんと彗斗くんは同じ区画だよね。二人はいつから仲良くなったの?」


「あ……っと、僕は他の人とコミュニケーションするのが少し苦手で……まあ、あとは根がやっぱり弱いから、そういうことが好きな人に狙われやすくて……一人でいることが多かったんだ」


「そういうことが好きな人って、弱い者いじめとか?」


「うん、その時に助けてくれたのが彗斗なんだ」


 伊月や來香みたいに底抜けに明るいわけでもなく、沙良みたいに自信家でもない。ましてや彼汰のように主力軍の教育機関を卒業できるような体力、強さを持ってるわけじゃない。翠は普通の人より体力もないし、根性もない。それどころか気が弱くて、少し臆病の面もある。


 だから誰かにいじめられることが多かった。


 だけどある日、彗斗が助けてくれた。その助け方もあまり良いとは言えないけど。



『――お前ら何? こういういかにも弱そうなちんちくりんいじめて楽しい? お前らとこいつの差が開きすぎてこんな弱そうなやつにイキってるお前らの程度に呆れる。こんな状況なのに誰にも助けを求めないで耐えてるこのちんちくりんの方がお前らより度胸あるしよっぽど強いわ』



 この言葉は一見悪い言い方にも聞こえるけど、この言葉には彗斗の優しさが沢山詰まってる。そこからなんやかんやあって二人は友達としてここにいる。翠にとって初めての友達だ。


「やっぱり、君は優しいんじゃないか」


 そう言葉を発した諒の視線の先には彗斗がいた。


「……何?」


 怪訝そうに答える彗斗の前には差し伸べられた手があった。その手の持ち主は諒で、さっきの部屋の前の会話と同じように、その手は握手を求めている。


「握手だよ、握手。さっきは僕のこと無視したじゃないか」


 そう言ってずいっと手を彗斗の近くまで伸ばす。諒は笑顔なのに、どこか内心怒っているような静かな圧を感じ、少し体が震えた。


「はぁ……」


 翠が感じた圧を彗斗も感じたのか、しょうがない、といった表情でその手を握り返した。


「僕達は六年間同じクラスメイトで同室なんだよ? よろしくって挨拶したかったのに見事に無視したよね、僕結構ショックだったんだからね!」


 わざとらしくぷくーっと頬を膨らます諒に、翠はこの時だけは気が許せた。なぜなら、今この時だけは『他区画の人』『敵』じゃなく、同い年の友達みたいな親近感を覚えたからだった。

 顔が整っていて少しミステリアスな雰囲気もあって大人びた言動や行動だったのが、途端に十三歳らしいというか、子供っぽさが見えた。諒もこんな表情するんだ、と発見した日だった。


「僕も二人と同じく自分の区画のためにこの学校にきた。だから勝利を譲るつもりはないけど、ここにいるときだけは区画とか関係なくなるんだから仲良くしようよ。僕は二人ともっと仲良くなりたい。――ね、()()?」


「! ……はぁ、分かったよ。お前は敵だけど……無視して悪かった。こちらこそよろしく――()


 二人はさっきよりも硬く握手した。


「――()も。……六年間よろしく!」


「うん、よろしく、諒くん!」


 彗斗と繋いでいる反対の手で諒は翠とも握手をした。


 この後、翠も呼び捨てでいいのに、という会話が繰り広げられ、呼び捨てで呼んで討論を諒が開始してしまい、その審判として彗斗も巻き込まれたのでした。


 ※結局翠の味方をした審判の彗斗によって、変わらず翠は諒のことをくん付けで呼ぶことになった。

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