2.8-4話『総務委員会』
月曜日は保健委員会、火曜日は飼育委員会、そして今日、水曜日は総務委員会の体験だ。
「総務委員会の集合場所は総務室……えっと場所は」
「地図だと二階だね! よーし、総務室へレッツゴー!」
「待って待って!」
咲弥が広げた地図を覗き、総務室へ駆け出していく果帆を全力で止める。
一人で駆け出していかないように果帆と手を繋ぎ階段へ行こうとすると、後ろで俯きながら遅く歩く穂佳に目を向けた。
「…………」
昨日の飼育委員会の体験から穂佳はボーっとすることが多くなった。
いつも話を聞いてうんうんと頷いてくれる穂佳が、全然話を聞いていなくて上の空だったり。
昨日は世羅と遥がいきなり取っ組み合いを起こし、飼育委員会委員長の呉羽に引きずられて地面に正座させられ説教を受けたところを見ている。
淡々と冷たく話す呉羽はとても怖かった。
取っ組み合いが起こる少し前まで穂佳は世羅と一緒にいたようで、何か事情を知っているが故にもしかして落ち込んでいるのか。
だけど昨日散々呉羽と遠坂先生に怒られたであろう二人は、翌日の今日はケロッとしていて二人の仲には何も変わりないように見えた。
世羅が同じ空間にいれば、穂佳はいつも通りの自分を無理して演じようとしてくれた。だけど、世羅がいなくなれば視線はどこにも焦点を当てなくなって、静かになる。
いつも優しい穂佳がこんな風になってから、部屋での空気は少し微妙だ。
「穂佳ちゃん、昨日からずっとボーっとしてること多いけど、どうしたの?」
「……へ? あ、えっと、大丈夫。……大丈夫、だから」
咲弥に問いかけられて、不自然に目を逸らす穂佳。
「全然大丈夫に見えないよ! 穂佳ちゃんがずっとそうだと、私心配だよ……」
声を上げた果帆が、穂佳に向き合う。力強い瞳が、穂佳の瞳をジッと見つめる。
その行動に目を丸くした穂佳は、両手をぎゅっと握り、
「ありがとう。咲弥ちゃん、果帆ちゃん。でも、本当に大丈夫。今はちょっとまだ心の整理が出来てないっていうか、時間が立ったら、ちゃんといつも通りの私になるはずだから」
二人はあまり穂佳のことを信じていなかった。そう言うくせに、彼女の瞳はなんだか揺れていて、まだ何か隠しているみたいに見えたから。
だけど、その先まで踏み込むのはだめだ。敵として、情をあまり持たないようにしないと。
心配は心配だ。だけど一歩引いた目で見ないと、要らぬ感情も一緒に着いてきそうで。
「穂佳ちゃんがそう言うなら……」
咲弥は控えめにそう言って、三人は総務室へ急いだ。
階段を上がり総務室と書かれた教室に着き、ノックを挟み入室する。
「あ、いらっしゃーい! 総務委員会へようこそ~」
ピンクの髪を伸ばした上級生の女の子が三人を迎えてくれた。この人には三人は会ったことがある。入学式の日、生徒代表挨拶をしていた人だ。名前は、夢咲 愛里。
中に入ると、机に突っ伏して寝ている白髪の下級生の男の子と、おそらく総務委員会顧問の先生が揃っていた。
「女の子だから一年二組の子達かな? 一組からも今日来るから、椅子に座って待ってて~」
愛里に案内され、三人は席に着く。
「いや~今日は大人数ですね、椎名先生!」
「そうだな。愛里、ちゃんとアピールしとけよ。色んな面白い企画を思いつく想像力が揃ったメンツを集めるためにな」
「ラジャー!」
敬礼のポーズを取り楽しそうに話す愛里と顧問の先生に、なんとなく緊張の糸が切れた気がする。あとは愛里が言った一組の子がくれば活動を始めるらしいのだが。
そう思ったとき、総務室のドアからノック音がなりガラッと開かれる。
「あ、他にも誰かいるね。別のクラスの子かな。遅れちゃってすみません!」
「掃除で遅れました、すみません!」
青髪の男の子と緑がかった黒髪の男の子が総務室に入る。顧問と話していた愛里は素早く二人の方を向き、
「お、いらっしゃーい、二人とも。そんなに遅れてないから大丈夫だよ~。よし、見学者全員揃ったから委員会活動しますか!」
高らかにそう言いながら今だ突っ伏して寝ている白髪の下級生の男の子を起こし、愛里と白髪の男の子は前に出た。
「今日は総務委員会に来てくれてありがとね。自己紹介だけど、私のことは皆一応知ってるでしょ? そう! 私は、入学式の日代表挨拶をした五年一組、総務委員会副委員長の夢咲 愛里本人なのだ! いぇーい、ピースピース!」
胸を手を当てて誇らしげに自己紹介したあと、最後には見学者全員にピースのポーズまで披露。
入学式の日から思っていたが、やっぱり愛里は明るくて愉快な人ならしい。
「……はっ。三年一組の望月 凛空。えーっと、一年一組の妹がいるので、区別するために僕の名前は下の方で呼んでください」
愛里の自己紹介が終わり、少しの沈黙が流れる。凛空は立ちながら寝ていた瞼を起こし、淡々と自己紹介する。
「で、俺が総務委員会顧問の椎名 兼続。普段は三年生の実技を担当してる感じ。お願いしやーす」
椎名先生の見た目は抹茶色の髪。最後わざとらしく大きな声で深いお辞儀をした椎名先生。
愛里と椎名先生、結構似てるタイプなのかもしれないと感じ取った。
相手の自己紹介が終わり、今度は自分達の番。
「一年一組の羽鳥 悠真です。よろしくお願いします」
「い、一年一組の、かげしゃ……あ、噛んだ……」
「影澤 廉っていうんです、この子」
青髪の男の子が悠真、緑がかった黒髪の男の子が廉という名前らしい。
廉は緊張していたのか自身の名字を噛んでしまい、ズーンと暗い空気が。隣からさっと悠真が廉の代わりに言ってくれたことで場を繋ぐことに成功。
悠真のサポートに関心したのか、総務委員会の三人からは「おぉー」と拍手が起こる。
すごいという意味での拍手だったのだろうが、廉にとっては恥ずかしさが更に高まっただけのようで、両手で顔を覆うも見え隠れできないほど顔が赤くなっていた。
咲弥達も自己紹介をしたあと、愛里から総務委員会の説明が入る。
まあ説明してくれたことは晴峰先生が言っていた通りで。
総務委員会はクラスの学級委員長と副学級委員長が所属する委員会。クラスの管理は当然として、もう一つ仕事がある。
不定期に開催される学校イベントの進行と、企画立案にその準備だ。
「まあこんなところかな。これからやることはね、プリント配るから何かいい企画思いついたら書いてほしいかなーって感じ」
愛里の説明に咲弥達は疑問を浮かべた。
「あと今までの歴代のイベントの概要が書いてある冊子も配るから、ここにいるメンバーで何かお話しながら思いついたらプリントに書く! これでうちはやらせてもらってるんで!」
総務委員の二人と顧問の椎名先生は同じく席に座る。これじゃいつもの一年二組の風景みたいな。いつもとあまり変わらない日常みたいな感じだ。
「よっし、何話す? この際だから語り明かそうぜぇー!」
「あの、委員会体験週間なんですよね? 何か活動とか……」
「クラスの管理はそこまで厳しくやるんじゃないし、学校イベントの進行と準備の仕方とかは一日だけじゃ教えられない。企画立案は必至に頭を悩ませて考えるんじゃなくて、ぱっと思いついたものこそ真に楽しくて面白いものだと思ってるから」
「は、はぁ……? そうなんですね……?」
穂佳が尋ねた疑問も、愛里の説明によって返事する意欲を失う。
「つまりはのーんびり世間話しながら仕事するほうが、総務委員会にとって最善の結果が出せるってわけ。見た感じ今日来た君たちは互いに関わったことないでしょ? 学校を出れば敵同士でもここでは同じ生徒なんだから、この際いっぱいお喋りしちゃいなよ!」
愛里の言葉に渋々従うように、互いに椅子を近くにしたり向き合ったりした。その時、咲弥はある一人の男子生徒に手を引かれた。
「ね、咲弥ちゃんだよね? 僕と一緒に話さない?」
「えぇ……!? えと、は、はい」
声をかけてきたのは一年一組の羽鳥 悠真だった。にっこりと笑う彼に手を引かれて、二人の席をくっつける。
「…………」
「そんなに緊張しないでよ。あ、そうだ、仲を縮めるためにちゃん付けじゃなくて咲弥って呼ぶね」
「ああ……ど、どうぞ」
いきなり手を引かれ、親しげにやってくる悠真が少し怪しく見えた。
果帆がいつも隣にいるからだろうか。果帆は少しづつ仲良く、なんてことしない。正面から向き合って自分自身をぶつけるのだ。
なんだか悠真は、何か企んでいそうな、偽物の笑顔のように見えた。
「……警戒してるところ悪いけど、別に何も企んでないよ? そりゃあ僕達は敵同士だけどさ」
「えぇ……」
「そんな僕って疑われるかな……? 廉の課題のときも美桜や叶奏は僕が何か企んでいるって気付いていたしなぁ。本当に今はただ咲弥と話したいだけなんだけど……うーん、もっと果帆みたく無邪気に行った方がいいのかな」
果帆に目を向けて、悠真は唸る。
「素の僕でこんなに怪しまれるならもう変えられないかも……?」
頭を捻らせてものすごく考えている悠真を見て咲弥は少しの罪悪感が生まれる。
「あ、えっと、ごめんなさい」
「いやいや、咲弥の警戒は正しいよ」
互いに譲るつもりはないらしい。罪悪感が生まれた咲弥、謝罪を受け取らない悠真。これじゃあ埒が明かない。
悠真と目が合い、互いに見つめ合って――二人同時に吹き出した。
「あはは、互いにこんなんじゃ、一生話なんて出来ないね」
「ふふ、うん、そうだね」
悠真と咲弥、互いに笑顔になり、壁がなくなったように話し始めた。
出身区画だったり、クラスのことだったり。悠真の口から語られたのは、廉の課題で美桜、叶奏、悠真の三人で廉を鍛えたこと。そして課題当日、悠真は元々廉の情報が欲しくて手伝いを申し出たこと。感情が高ぶって廉を煽ったくせに意表をつかれて廉に負けたこと。そんなことがこの前まであったらしい。語る悠真の顔は少し赤くなっていた。
「へぇー、一組はそんなことがあったんだね」
「そうそう。今思い出しても廉が弱いからって油断してたのはすごく恥ずかしいや」
照れ笑いを浮かべる悠真の顔は楽しそうだった。他のクラスの事情や雰囲気なんて知らなかったけれど、意外にどこのクラスも二組みたいに仲良くやってるのかもしれない。
「そういえば、なんで悠真くんは私と話したいって思ったの?」
「――なんだか、怯えてるようにみえたから」
悠真の言葉に咲弥の口は動かない。言葉が詰まる。この表現が正しい。
「……えっと、どういう、こと……?」
悠真の瞳はこちらを見透かしたように見つめる。どうして悠真の言葉に最初返事が出来なかったか、それは『怯えてる』ということに心当たりがあるからに過ぎない。
「咲弥の顔を見たときや、夢咲先輩から委員会の説明をされてるときも、なんだか怯えてるみたいな、何かに怖がってるように見えたんだ。まあ、ただの勘に過ぎないけどね」
勘に過ぎないと聞いて、なんだか呆れが出る。なんとか隠してたつもりだったのに。
委員会体験週間が終わればその時が来るのも分かっているし、こんな環境じゃ何も怖がる必要ないっていうのも分かっている。だけど――怖いのだ。
「――僕さ、多分すごく完璧なんだよね」
「へっ……?」
咲弥が黙るのをただ見ていた悠真が出したのは、自分への賞賛だった。今この場で言うことなのか分からなくて素っ頓狂な返事が出る。
「昔から器用でなんでも出来たし、初めてやることでもやり方さえ教えてくれれば大体一回で出来た」
「そ、そうなんだ……?」
悠真の話は続き、戸惑いながらも返事をする。
「家族や色んな人からいつも頼りにされて……僕は別にそれが嫌だとは思ってなかったんだけど。でもずっと完璧にこなしてると、それが皆にとっての普通になる」
――悠真は完璧。分からないところも出来ないことも悠真に任せておけばいい、悠真がやってくれる。そんなレッテルを貼られて、少しでも完璧に出来なきゃ、皆はとても残念がる。
いつも完璧な悠真が出来ないんだ、と。
「いつも任せられてきたから、他の同年代の子と距離は離れがちで……」
いつも頼ってくるくせに、自分が頼りたいと思ったときは側にいない。だってそれは、悠真は完璧だって思われているから。
「対等な……そうだね、友達が欲しかったんだ」
「対等な友達……」
「この前の廉の課題の時に僕はあれだけ煽って無様に負けたのに、一組の皆はなんでもないような顔しててさ……その後に廉が言ってくれたんだ。『六年生になる頃には、きっと悠真くんと対等になってるよ』って。それが、敵なのにすごい嬉しかったんだ」
過去のことを話し始めた最初、悠真は寂しそうな瞳をしていた。だけど一組の皆のことを話し始めると、その瞳は段々と柔らかくなっていった。
「えっと……なんでそれを私に話してくれたの? 私達だって敵同士なのに……」
「僕からのエール的な感じかな。この学校って不思議だよ。敵だと思ってたのにこんなに心が揺れるんだ。でも、なんでか嫌だとは思わないんだよね。だから、咲弥も大丈夫だよ」
大丈夫。無責任な言葉だ。敵からの言葉なんて信用がないに決まってる。
「僕には咲弥が怯えてることなんてなにも分からないけど……きっと二組の皆や晴峰先生がいれば踏み出せるようになるよ」
信用なんてない。そう思っていたのに、二組の皆のことを思い浮かべると今までの楽しかったと感じたことばかり。悠真の言う通り、本当に不思議だ。
「皆も盛り上がってるね。ただ喋ってるだけなのに」
そう言う悠真の視線は、この総務室にいる皆に向けられていた。
「そういえば、凛空先輩って叶奏ちゃんのお兄ちゃんなんですよね」
「……あ、どうも兄です。叶奏はそっちで元気にやっていますでしょうか」
「なんでちょっと親みたいな話し方なんですか!?」
側では凛空と廉がお話し中。大袈裟なリアクションに廉のツッコミが入る。
「ねえねえ夢咲先輩! 学校イベントっていつやるんですか! 明日? 明後日? それとも一週間後?」
「ちょっと果帆ちゃん。そんなに勢いよく質問したら駄目だよ!」
「へいへい、ステイステイ、果帆」
「そうだなー、今ここで言えるのは、六月に学校恒例イベントをやるってことかな!」
食い気味に愛里に質問する果帆を止めようとしている穂佳と椎名先生。そんな愛里は人差し指を立てながら、今言えるわずかな情報を教えてくれるのだった。
「皆、楽しそう……」
「だね」
咲弥はそんな皆が、作っている笑顔なんかじゃない自然に溢れる笑顔を見て、開いた口からはそんな言葉が出る。隣にいる悠真も同じ方向を見ながら肯定してくれる。
「……さっきの話に戻るんだけど、悠真くんが言ってくれたこと、廉くんに言わなくていいの? 嬉しいって思えた本人がいるのに」
「うん、まだ言わない。廉が言ったから。対等になるって。だからその時がくるまで言ってやんない」
悠真は口角を上げて、ニヤリといたずらっ子のように笑うように廉の方を見ながら話す。
(悠真くんと廉くんもきっと別の区画出身同士のはずなのに……敵なのに、まるでお互いを信じてるみたい)
――踏み出せるようになるのかな。
完璧さを永久的に求められた少年が、無理に完璧でいなくてもいいのだと気付いたように。対等な友人に出会えたように。
――咲弥にとって一歩を踏み出せるような勇気をくれる人たちに、出会えるのだろうか。
「いやー、やっぱりお話してると時間はあっという間だね! 企画は思いついたら書いてって言っただけだから書いてなくても全然おっけー!」
親指を立てて、軽快に話す愛里。
「委員会体験週間では総務委員会の仕事はしなかったけど、とっても楽しいし、やりがいもある! もし総務委員会に入りたいって思ってくれたら、私達は歓迎するよ!」
総務委員会副委員長、夢咲 愛里の言葉で木曜日の委員会体験週間、総務委員会を終了した。
◆◇◆◇◆◇
「――咲弥、少しいいか?」
「……はい」
総務委員会の体験に行った翌日。金曜日は咲弥達は図書委員会の体験だった。
その図書委員会の体験も終わり、三人は寮に戻ろうとしている途中で、追いかけてきた晴峰先生に呼び止められる。
この前は果帆だったが、今回は咲弥らしい。
頷き、二人に先に戻っててと一言言って咲弥は晴峰先生に着いていく。一年二組の教室まで着いてお互いに向かい合わせで椅子に座る。
「委員会の説明をしたときからずっと重い顔をしていた咲弥が心配でな。果帆と穂佳の二人が側にいるなら、その顔も晴れていくんじゃないかと思っていたんだが……」
口を開いた晴峰先生が言ったことは、悠真が言ってくれたことと一緒なのだろう。晴峰先生もずっと咲弥が心配だった。
「新しい価値観に戸惑うのは当然だ。だけど、できれば学校にいるときは楽しく六年間を過ごしてほしい。それはこの場所を悪い噂で満たされてほしくないからだ。きっと、楽しい、通ってよかったと思えるはずだから」
晴峰先生がこの学校を大切に思っているから出る言葉だと咲弥は理解している。だってとても真剣な表情だから。
「だからもし、何か思い詰めていたら、私に教えてほしい。相談してほしい。――私は、君の担任なのだから」
「――!」
目を見て話す晴峰先生は、真っ暗の中に降り注ぐ一筋の光に見えた。
それは希望に見えたのかもしれない。
家族でもない。同じ区画出身でもない。敵同士なのに。
『きっと二組の皆や晴峰先生がいれば踏み出せるようになるよ』
突然脳裏に響いた言葉。昨日、悠真が言ってくれた言葉。
――本当に?
――皆は、自分のことを受け止めてくれるの? 踏み出せるように手助けしてくれるの?
こんな場所にいなければ、敵同士なのに。
俯いた顔を起こす。見えたものは、真剣な表情で咲弥のことをジッと見つめている、晴峰先生だった。
「……私の話を、聞いてくれますか?」
「ああ!」
信じられるのは自分と、自分の区画だけ――。
だけど、見上げた先にあった晴峰先生の表情は――咲弥には何も企みがないように見えたから。




