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にがあまメモリーズ  作者: 空犬
『陽春の章』
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2.8-3話『お守り』

 委員会体験週間二日目火曜日。


 夕方。廊下で二人の生徒が歩いていた。彼らは二日目の委員会体験が終わり寮に戻るところらしい。

 銀髪の少年はむすっとした表情で小さい黄色の巾着袋を両手で握りしめながら、隣にいる気まずそうな表情をしてる水色髪の少年と一緒に歩いて寮に戻っている最中だった。


「なぁ世羅」


「…………」


「返事しろよ!」


「……なんだよ」


 遥はずっとふてくされている世羅に声をかけるが華麗に無視され声を上げる。

 いつもの二人ならば世羅がからかう。遥がそれに反発すると言ったコンビの二人。それがどうやら今に限っては逆だ。


「さっきのことについては何回も謝っただろ。そろそろ機嫌ぐらい直せよ……」


「…………」


「うんとかすんとか言ってくれないと困るんだけど……」


「すん」


「うんでいいだろ。なんですんなんだよ」


 ふてくされていてもふざける余裕はあるらしい世羅に呆れが生まれながらも、この状況を改善したい遥はいたたまれない気持ちになる。


 普通なら気にしない。世羅が、敵が落ち込んでいようが泣いていようが。

 だけど世羅のいつもの生意気さがないと違和感がすごいある。だから今自分が世羅の元気を取り戻そうとしているのはそうしないと変に見えるから。――ただそれだけ!


 他意なんてない。ただ、世羅が静かだとむずがゆいから! 自分のため。そう、自分のため!


 ただ、この状況になったのは自分が――遥が関係していることで。


 そう、ただの仕返しのつもりだった。

 いつも自分を振り回してからかってくる世羅に対しての、ちょっとした仕返しのつもりだったのだ。


 それが世羅の一番大切なものだとは思わず、適当に取り上げたのが始まりだった。



                 ◆◇◆◇◆◇



 それが起こったのは今日、委員会体験週間二日目のとき。

 二日目は世羅達は飼育委員会、咲弥達も同じでこの時五人一緒だった。


「はーい皆~、次は動物たちの餌やりをしますよ~」


 飼育委員会委員長の綾瀬 呉羽が餌袋を皆に配る。五人の手に移った餌袋に反応して動物たちが膝にすり寄ったり、体を登ろうとしたりするのを受け止める。


「わぁ……食べてくれてる。すごく可愛い……」


「そっと渡してあげてね」


 自身の手に餌を乗せて動物たちに向ける咲弥は、数匹同時に自分の手に群がって食べてくれる光景に心が癒される。

 飼育委員で四年生の不番谷 四季は咲弥の隣で見守り役を。

 咲弥はにやけてしまう顔を抑えられずにただジッと動物たちを見つめてしまうのだった。


 そして同じく動物、主に猫に興奮を隠しきれないのが遥。

 遥は大の猫好き。動物全部もちろん好きだが、その中でも猫が一番大好きなのだ。


「――! ――!!」


「遥くんのところに猫ちゃんいるー! 私も餌あげ……」


「だめ! 俺の! 俺があげる!」


「ええ!? わ、分かりました!」


 遥のところへ集まる猫たちを見て、果帆が横から現れる。

 餌をあげようと手を伸ばすが、眉間にしわを寄せた遥が大きく手を広げそれをガード。いつも元気な果帆だが、遥の強い思いが伝わったのか最後にはうろたえるほど驚いていた。


 代わりに果帆の周りに集まってきた犬を見て、遥は振り向きもう一度猫の鑑賞会に励む。


 いつも猫を飼いたいと思っていた。だけど母が猫アレルギーを持っていて、ずっとそれは叶わなかった。

 だから昔は野良猫を見て我慢して、だけどそれも本物を見てしまったら飼いたいという思いが強くなる一方だと気付いたときは、今度はあらゆる猫のキャラクターがあしらってある日用品やら服やらぬいぐるみを大量に買って欲求を満たしていた。


 だが、今目の前には本物の猫がいる。


 野良猫みたく触るのが危険な子ではなく、猫アレルギーを持っている人も周りには誰もいない。ということは――触りたい放題ということ。


「…………」


 という気持ちをなんとかぐっと抑えながら、餌やりを再開する。飼育委員会の猫たちとは初めましてのわけで、この初対面で欲望を発散すると百パーセントの確立で嫌われる可能性が高い。


 無事飼育委員会に入ることができれば、合法的に飼育小屋にいる子たちと六年間もふもふ、触りたい放題。そのためにまずは無害であることを証明しなければ。


「お前相当な猫好きなんだなー。目がかっと開いてて、相当我慢してたんだな」


 赤髪の少年――赫也 烈央は横に一緒にしゃがみ、目をかっと見開いている遥に一言。


「当然です。絶対ここに入ってやりますよ。念願の本物の猫ちゃん……絶対逃がさない……!」


 そう言う遥の目が獣ばりに光った気がした烈央は、今だ自分の方を向かず猫たちに一点集中している遥の肩に手を置き、


「あはは、お前面白いな! 遥だっけ。お前が飼育委員会に入れば楽しそうだ!」


 と、笑いながら一緒に餌やりをするのだった。


「見て見て、世羅くん」


「なになに?」


 別の場所では穂佳と世羅の二人が。穂佳に小さい声で世羅を呼ぶ。

 穂佳の視線の先にはお腹を見せながら眠っているウサギたちが。


「おぉー、ウサギも大の字で寝るんだな」


「私さっきこの子達に餌あげてたんだけど、お腹いっぱいになったのか眠っちゃったんだ」


 二人は無心で眠るウサギたちを見つめる。


「すごく可愛い……ねぇ、世羅くんもそう思わない?」


「――うん、すげぇ可愛い」


 そう言って穂佳は裾を掴みながら世羅の方を向いて問いかける。その時の世羅の表情は愛おしそうな目で、問いかけに答える彼の顔は全然うさぎの方を見ていなくて。


 自分の方を見てそう言われて、その表情全て穂佳に向けられてると気付いたとき、なぜか無償に恥ずかしくなった。


「……ウサギ! ウサギがね!?」


「え、あぁ……ウサギも、そうだな」


(も!?)


 自分は今ウサギのことを話していたはず。だけど世羅の言葉にはウサギと別の人物まで入っている。


「ふふふ、熱々ですねぇ。この子たちは飼育小屋の方で寝かせてあげましょうか。私がやっておくので、二人は別の動物たちに餌やりをしてください」


 そう言って後ろからひょこっと現れた呉羽に抱きかかえられて、ウサギたちは飼育小屋の方へ帰ってった。


「穂佳、別の場所に行こうぜ」


「う、うん。……あ」


 世羅に呼ばれ、彼の跡を追いかけようと立ち上がる。すると、世羅の制服のポケットから何かが落ちた。


 拾い上げると、それは小さい黄色の巾着袋だった。

 その巾着袋はあまり膨らみが感じられなくて、中に何も入っていないんじゃないかと疑うほど。


「世羅くん、これ落としたよ?」


「ん? ……っ!」


「いたっ!」


 肩を叩き巾着袋を見せる。それを見た世羅は表情に焦りが加わり穂佳の手に入っている巾着袋を強い力で取り返した。

 その際に世羅の爪が左手に引っ掛かり、一瞬の痛みに穂佳の顔が歪む。


「……っ、ごめん穂佳。痛かったよな」


「ううん、大丈夫……」


 強かったとはいえ、深く爪が入り込むことはなく血は出なかった。かすり傷程度だろうか。


「それ、大切のものなんだよね? 私も不用意に触っちゃってごめん」


「俺が落としたのをお前が拾ってくれた。謝るのは俺だろ。お前は拾って渡そうとしてくれたのに……手、傷付けてごめんな」


 左手を掬い取り、傷を優しく撫でるようにそっと触る。

 だけど世羅は、こっちの方を向いてくれない。穂佳の顔を見てくれない。巾着袋を取った世羅の顔は、見られたくなかったといった表情に近い。


「その巾着袋、世羅くんにとって大事なもの、なの?」


「…………」


 世羅は目も合わせてくれないまま黙る。そして、巾着袋、穂佳の顔の順番に視線は移動して。何か決心したように真剣な表情になり、


「思い当たらなかったら、この話は忘れてくれていいんだけど……穂佳さ、昔――」


 そう言った瞬間、にやけ顔の遥が後ろから音を立てずに近づき、世羅の手の中にあった巾着袋をサッと奪い取った。


「――はっ? あ、遥、おい待て!」


「返してほしいんだったら直接奪い返して見ろ!」


 世羅の巾着袋を握りしめたまま、遥は逃げ惑う。血相を変えた世羅のことを見向きもせず。


「いつもいつも俺を振り回してからかってきやがって! これで少しくらい懲りろ!」


「分かった! 分かったから返してくれ! それだけはだめだ。――それは恩人からもらった大切なものなんだよ!」



 そこから巾着袋を返してほしい世羅と絶対に渡さない遥の取っ組み合いが起こり、周りにいる動物たちを怖がらせてしまい、飼育委員会委員長の呉羽から説教を受けた二人。


「最初に言いましたよね? 動物たちには優しく接してくださいって。ここは教室じゃないんですよ。無駄に騒いで喧嘩するなら部屋に戻ってやってくれませんかね。ここは動物たちのお家、見学者だからといっても限度ってもんがあるでしょう。――二人とも聞いてます?」


「「はい……」」


 正座で地面に座らされた二人は、笑顔のまま、だけどとてつもない怒りを感じる呉羽の表情にとても恐怖した。


 その後、飼育委員会の体験が終わり今度は顧問の遠坂先生から呼び出されて一応の説教も受けて、


「まあ、言いたいことは全部呉羽が言ってくれたから、オレからは何も言わないが……それでも問題を起こしたのは変わりない。一応担任の先生に報告はさせてもらう」


「「はい……」」


「あいつは怒ると相当怖いからな、特に動物が関わると。……っと、話は以上だ。お前たちも寮に帰りなさい」



                 ◆◇◆◇◆◇



 遠坂先生と話をしていた二人は咲弥達より帰るのは遅く、学校に生徒は世羅と遥だけだった。


 世羅のふてくされた顔の理由はこれで全部。発端を生み出した遥は罪悪感が心の中で蔓延っている。

 まだふざける余裕がある世羅を見る限り、さっきよりかは気分も落ち着いてくれたのだろう。


 まさか飼育委員会の体験中に取っ組み合いという名のリアルファイト、組手が起こるとは思わなかったが。


 自分を傷つけるのも全然厭わなかった辺り、世羅が握りしめている巾着袋は相当大切なものだったんだろう。


「……なあ、その巾着袋って何が入ってるんだよ。掴んだとき何か入ってるような感触もなかった。それか、巾着袋自体が、その恩人からもらった大切なものなのか?」


「…………」


「……言いたくないならいいよ。俺が勝手に取ったから綾瀬先輩に怒られたし。……けど、ごめん」


 あんな血相を変えた世羅は初めてだった。いつもの無邪気で明るい世羅とは違う。あれは本気で焦っていたし、他人の手に渡るのが嫌だと感じた。


「絆創膏」


「――え」


「絆創膏が入ってる」


 巾着袋をそっと握りしめながら、世羅はそう呟いた。


「俺さ、親もういないんだ。俺が小さいとき軍に処刑されて」


「軍に処刑されたって……お前の親は一体何したんだよ……というか、軍に処刑されるって俺の区画だけじゃなかったんだな」


「どの区画にも主力軍隊はあるし、軍が絶対っていう思想はどの区画でもそうなんじゃね?」


 世羅の軽い口調が戻りつつあって、遥はほっと息をつく。世羅の方を見ると、悲しそうな目をしていた。揺れていて、もし涙を我慢しているならちょっとの衝撃でも溢れそうな、そんな不安定な顔。


「まあそれで、俺のお父さんは情報偵察小隊所属でさ。処刑される日、俺の家に数人の兵士が入ってきて、お母さんを連れてったんだ。その数時間後に俺は別の兵士に軍の管理下の保護施設に入れられた」


 軍が管轄の保護施設。そこに入る子供は共通して親がいない子達だった。


 世羅が入った理由は保護というよりも監視の意味でだった。悪いことをした両親。だけど自分は処刑されていない。それはあくまで両親が犯したのであって世羅はそこに含まれていないから。


 だけど隠している場合もある。本当に世羅も両親がした悪いことに関わっているか確かめるために保護施設に強制的に移動させられたのだと世羅は思っている。


「保護施設に入れられて数ヶ月……正直俺はもう限界でさ。施設の人も、たまに面談だって言ってやってくる兵士の人にもお前の親は悪いことをしたって言われ続けて……けど、俺は絶対にそんなことしてないって思った。小さい頃の記憶だけど、お父さんはいつも、情報偵察小隊は直接戦うことが少ない地味な仕事かもしれないけど、実は情報っていうのはとっても大事なもので、俺達はそれを取りこぼさないように頑張ってるって」


「……そう、なのか」


「限界がきた俺は保護施設を勝手に抜け出して、自分の家に走ったんだ。少しでもお父さんとお母さんの面影を感じたくてさ」


 そう言った世羅は悲しみを見せながらも、少し懐かしさに浸るような。そんな寂しいものになっていた。


「走って、走って、走り続けて、転んで泣いても走り続けて、そのおかげで家の近くの空き地まで行けて、そこで――ある女の子に出会ったんだ」


「女の子?」


「その子は俺の膝がすりむいてるのを見て駆けつけてくれて、優しく手当てをしてくれた。それで別れ際に絆創膏をくれたんだ。もしまた怪我しても大丈夫なようにって」


「それがその巾着袋に入ってる絆創膏なんだな」


「ああ、俺のお守りだよ」


 きゅっと巾着袋を握りしめた世羅は、夕日に照らされているからか少し頬が赤くなっているように見えた。


 世羅は七歳のときの出来事ながらも、その記憶を今でも鮮明に覚えている。

 両親が殺されてから誰もくれなかった優しさに、暖かさに触れたから。


(今でも、あの時の君の顔も、髪型も、服装も、かけてくれた言葉も、全部全部覚えてるって言ったら、やっぱり気持ち悪がられるのかな)


 ――君にとっては小さいときの忘れ去られた記憶になっているのかもしれないのに。


 だけどもう一つ、世羅にとって嬉しかったことがあった。

 皆、自分の両親を悪者扱いして殺して、それをずっとずっと言われて、否定してくれる言葉すら出てこなかった人達の中に――いたんだ。


 心の中では違うかもしれない。泣きじゃくってる自分を見て、敢えてそう言ってくれたのかもしれない。だけど、


(君だけだったんだ。俺の話を聞いて、俺のお父さんとお母さんが悪者だって言わなかったのは)


 だから覚えてる。今でも覚えてる。もし叶うなら――もう一度君に会いたい。


 これは遥にはまだ言えない。確証がないから。あの時お互いの名前も言わなかったし聞かなかったから、まだ分からないままで。



 入学式の日、教室に入って一番に穂佳の顔をみたとき、思ったんだ。



 ――君とは初めて会った気がしないって。



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