2.8-2話『保健委員会のお仕事』
時間が立ち今は月曜日の放課後。委員会体験週間の開催だ。
あの日、晴峰先生との話が終わって部屋に帰ってきた果帆は残念そうな、表情が暗いまま帰ってきて、理由を聞いても教えてくれなかったことがちょっと気がかりだった。
だけど翌日になればいつも通りの笑顔で咲弥達に接してくれる果帆に少し驚いた。
「月曜日は保健委員会だから……集合場所は保健室っと」
「保健委員会行くぞー!」
「果帆ちゃん走っちゃだめだってー!」
月曜日行く委員会を確認する咲弥、今にも全速力で走り出しそうにしてる果帆を止める穂佳。見事な三者三様。
「こ、こんにちはー……」
一日目、初めての委員会体験。咲弥は保健室のドアをノックし、恐る恐る挨拶しながら入る。
「あ、いらっしゃい!」
保健室内はほぼ女の子の空間だった。晴峰先生が言っていた通り保健委員会は女子が多いらしい。
咲弥達が部屋に入って一番最初に紺色の制服を着た上級生の女の子が出迎えてくれる。容姿は水色の髪をミディアムにしている女の子。癖毛がついていて少々気になる。
「初日は一年二組の女の子三人だから全員揃ったね。よし、委員会始めよっか!」
上級生の女の子がそう言って、他の保健委員会メンバーも集まってくる。全員が揃い、最初に始まったのは自己紹介。
「えっと、まず私。私は六年二組の橘 水萌です。一応保健委員会の委員長もやってます。皆、よろしくね!」
笑顔で自己紹介をする水色髪の癖毛の上級生の女の子は保健委員会の委員長だった。他の人も続く。
「五年一組、あと保健委員会副委員長もしてる御山 快斗。よろしくな」
副委員長だから水萌の横にいる金髪のスラっとしてる上級生の男の子。見る限り保健委員会メンバーの中で唯一所属してる男子だ。
「四年二組の闇堂 雪華。よろしく」
容姿は黒髪をショートだが横髪が長い、言ったらヘンテコな髪型。
雪華と言っていた。その女の子の瞳は輝きがないように見えて、表情も無表情で。
皆と一緒にいる影響なのか。いつも元気な果帆、優しい穂佳、明るい世羅、一定の距離を保ちつつもなんだかんだ傍にいる遥。
そんな皆と一緒にいるからなのか、何を考えているのか分からない。喜怒哀楽が感じられない。まるでそこには底なしの闇しかないような。そんな異様な雰囲気を醸し出している雪華を、咲弥は少し怖いと思ってしまった。
「二年一組の和実 晴琉です。よろしくお願いします!」
黄緑の髪を三つ編みハーフアップにしている下級生の女の子。二年生だから咲弥達とは一つしか離れていない先輩。和むような笑顔で、話しかけやすそうだ。
「保健委員会顧問の久遠 雄哉よ。普段は保健室の先生をしているの。皆よろしくね!」
保健室に入って奥に置いてある机に座っている白衣を着た先生。茶髪をミディアムにしている名前と身長の高さからおそらく男性の先生だと推測する。久遠先生の特徴は初対面でも分かる女性口調と、髪型も見た目も女性っぽい感じ、というところだろうか。
「四年二組の担任、保健委員会副顧問の来栖 灯です。よろしくね!」
久遠先生の隣に立っている女性で、容姿は金髪をミディアム、髪を三つ編みハーフアップにしている先生。
保健委員会の皆の自己紹介を終えたところで次は自分達の自己紹介も忘れずに。
「まず保健委員会の説明をするね。担任の先生から一通りどういう活動内容なのかは聞いているとは思うけど、再度こっちから説明します!」
水萌の言う通り、説明は晴峰先生から教えてもらった通りだった。
委員会説明を終えた次は今日実際にやることの説明が入る。
「今日は備品の整理と、実際に包帯を使って手当ての練習をしようかなって思います」
説明を終えた水萌を見て、奥の部屋に行った快斗と雪華は大きめのダンボール箱を持ってくる。二人がダンボールを開けると色々な道具や包帯、薬品などが入っていた。
「まず、このダンボール箱に入ってるものを仕舞うよ。あ、薬品は危ないものもあるから触らないでね。快斗くん、薬品をお願い」
「はい、了解です」
水萌のお願いを頷いてさっきダンボール箱を取ってきた時と同じように薬品を持って、保健室の奥の部屋に入っていった。
「今快斗くんが入った部屋は薬品とかが保管されてる場所なんだ。保健委員会に入ったら薬品や薬草の名前と種類、効果を覚えてもらうんだけど……あ」
その言葉に咲弥と果帆は口をぽかーんと開ける。覚えてもらうという言葉に反応した二人は少々遠い目をする。が、対照的に穂佳は興味津々に目を輝かせている。
「あはは……二人ともすごい驚いてますね。私も最初は覚えることが沢山あって、頭がパンクするかと思いました」
「保健委員会は監査委員会と同じくらい専門的なことも覚えなきゃいけないからね。えっと、穂佳ちゃんだよね。穂佳ちゃんもこういうのに元々興味あったの?」
昔、と言っても一年前のことを思い出して懐かしむ二年生の晴琉と、そんな彼女を見てスラスラと言葉を述べる水萌は、先ほどから目を輝かせている穂佳に気付く。
「はい!」
「そっかぁ。そうなんだぁ! 私もね――」
今日一番のはきはきした声で返事する穂佳。そんな穂佳を見て嬉しそうに水萌は穂佳と話始める。
楽しそうに話す二人のきゃぴきゃぴした空間に、隣にいた晴琉は会話に入れず。医療トークともいえる会話に、委員長自らがのめり込んでしまい仕事の説明が今だされず咲弥は戸惑う。
「こらこら水萌ちゃん。同じ人がいて嬉しいのは分かるけど、今は委員会体験週間なんだから」
「そうですよ、久遠先生の言う通りです。ちゃんと保健委員会委員長として、一年生達に説明しないと」
奥の机に座っている久遠先生と隣に立っている来栖先生から軽い注意が入る。
二人の先生も微笑ましい空間だと感じているのか、注意にしては穏やかで優しい声色だ。
「わぁ~、ごめんなさい! えっと、ちょうど快斗くんも帰ってきたし、保健委員はそれぞれ一年生達についてくれる? まず備品を棚に仕舞うところから始めよう! 医療道具は一回拭いてから仕舞うの。タオル配るね。仕舞う場所は保健委員に教えてもらってください!」
水萌が説明すると他の保健委員が動き出す。果帆には快斗が、穂佳には水萌と晴琉、咲弥には雪華が隣についてくれた。
「包帯は全部巻いてこの箱に仕舞って。絆創膏とかガーゼはこっち。その道具はタオルで拭いてからそっちの入れ物に入れて」
「は、はい!」
二人とは離れて、そんなに離れてはいないけれど今は雪華と二人で仕事を教えてもらっている咲弥。
正直とても緊張している。
唯一保健委員会が自己紹介してくれて、最初に怖いと感じた人。
何を考えているか分からない。皆みたいな雰囲気じゃない雪華は咲弥にとって計り知れなくてとても怖い。
今はとりあえず全力で仕事をして雪華に呆れられないように動く。
ひたすらに手を動かし、咲弥達は側にいてくれる保健委員と一緒に備品を仕舞え終えた。
「じゃあ次は包帯を使って手当ての練習をするよ。まず私がお手本見せるね。快斗くん、来てー」
「はいはーい」
二人は向かい合わせになり、水萌は包帯を取り出し丁寧に快斗の腕に巻いていく。するとあっという間に快斗の右腕に綺麗な白の包帯が肌を覆った。
「よし、出来た。これは螺旋帯っていう巻き方なんだ。ただ見ただけじゃすぐには出来ないだろうから、私がやり方を書いた画用紙を用意したよ。三人分あるからこれを見ながら、あとは保健委員が助言してくれるからね。不格好でもいいからやってみよう!」
果帆と穂佳はそれを聞いて動き出す。ただ一人、咲弥は雪華の腕に手当ての練習をすることにとても緊張していた。
「…………」
水萌からもらった螺旋帯と呼ばれるやり方。画用紙に書かれた丸っこい字と可愛らしいキャラクターが描かれた絵で手順が書かれている。その画用紙を見て、心の中でほっとする。
そんな咲弥の様子を隣でジッと見つめていた雪華は立ち上がり水萌の元へ行く。
「橘先輩、穂佳をこっちにください」
「え、どうして?」
「それは……」
無表情の雪華は少し振り向いて咲弥を見つめた。水萌も咲弥の方を見ると何か理解したかのように、
「うん、分かった。穂佳ちゃんは多分螺旋帯っていう名前は知らなかったと思うけどやったことあるんだよね? 私がやってる時分かってる頷き方をしてたから」
そう言うと水萌は自分より背が高い雪華の頭をそっと撫でて、
「穂佳ちゃんは咲弥ちゃんと一緒にやってくれる? ……雪華ちゃんはちゃんと側にいてあげて。ね?」
「はい」
穂佳がこっちに来てくれて少し安心した。雪華と二人きりは、緊張と怖さで集中出来ない気がするから。
「私はこれ出来るから、咲弥ちゃん私に巻いてくれる?」
「うん、分かった!」
穂佳の制服の裾をまくり、雪華から渡された包帯を巻く。水萌が書いてくれた説明画用紙を見ながら。
「そうそう。あとは上に向かって螺旋みたいに巻いてくの」
「……出来てるかな。いや、出来てない気がする……」
穂佳の説明を受けながらやる咲弥は真剣だ。目が少し鋭くなっている。その理由はやはり雪華にあった。
穂佳が来てくれて雪華に直接巻かなくてよかったと思ったが、側でただジッと見られているのも緊張してしまう。不出来な自分をこの人はどう思っているのか。分からなくて怖い。
「――ごめん、咲弥」
「え」
包帯を巻くのに夢中になっていた咲弥に、横から雪華の謝罪が入る。驚いた咲弥は思わず怖いと思っているのに雪華の方を反射的に向いてしまう。
「私のせいだよね。私が側にいると咲弥、変に緊張して目あんまり合わせてくれないから」
「そ、そんなこと」
「ないって言える? そこは素直になってほしい。私はこんなだから、初対面では絶対怖がられることが多くて。そう言ったら私を傷つけるとか思わないでいい。慣れてるから」
雪華の言葉に反対するようなことが言えなかった。全て合っているから。
初めてのタイプの人間なんだ、雪華は。一年二組の誰とも違うタイプの人間。いつも明るい皆と一緒にいるからか真逆の雪華は怖いと思ってしまう。
「……はい」
「昔色々あったから、感情が分からなくなった私を変えることは出来ないけど、私は咲弥に対して邪魔だとか、迷惑とか、そんなこと一切思ってないから。それだけは、覚えててほしい」
「…………」
雪華の顔を見ると、無表情だった表情が悲しみに満ちた、寂しそうな表情に見えた。
そんな雪華の表情を見て。闇堂先輩もそんな顔をするんだと気付いたとき、今までの言葉は全部嘘ではないように思えた。
作った表情で、こんな悲しそうな顔は出来ないと――咲弥は思ったからだ。
「あの、この螺旋帯ってやつ、今やってみたんですけど、少し不格好になっちゃって……色々教えてほしい、です。――闇堂先輩」
「! うん」
無表情なのは変わらない。だけど勇気を出して言葉を出した咲弥を見て、聞いて、雪華の表情は明るくなった気がした。
そこから雪華と経験者の穂佳に教えてもらって、綺麗に巻くことができた。
雪華は保健委員なだけあって指示が的確。穂佳の教え方も分かりやすくて保健委員じゃないのに相応しいんじゃないかと思えるほどの実力持ち。
「……出来た!」
「一回目の時よりすごく綺麗になってるよ!」
「うん、上手くできてると思う」
穂佳と雪華の賞賛に顔が赤くなる。できれば二人から目を逸らしたい気分だ。
「私も最初は全然出来なくて、友達を待たせちゃったりしちゃったなぁ」
「そういえば、穂佳ちゃんはどうしてこんなに手当てが上手なの? いつも絆創膏持ってるし、実技で怪我した時とか真っ先に看てくれるよね」
思い出しながら話す穂佳に、そこに意図も何もない疑問を投げかける。聞かれた穂佳は言葉を選ぶかのように黙る。
おずおずと閉じていた口を開いた穂佳は下を見ながら、
「私が七歳の時、ある男の子に出会ったの。私が見つけたときその男の子はすごく泣いてて、転んだのか両膝を擦りむいてた」
「その子を手当てしたのがきっかけってこと?」
「うん。もう六年前だからあんまり覚えてないんだけど……確かその子、両親が軍に処刑されたって、言ってたんだ」
話の終わり、その言葉に反応したのは雪華だった。目を見開いて、無言だけれどただただ穂佳の方を見つめている。
「――え。軍に処刑されるって、その子の両親は相当悪いことをしちゃったんだね。私の区画では軍は絶対だから何か悪いことをしたら、場合によっては殺されちゃう」
「……けど、その子はお父さんとお母さんは何も悪いことなんてしてないって、ずっと泣いてたような気がするの。ずっとずっと泣きじゃくってて、私はその子の言ってることは本当なんじゃないかって思った」
正直、他人の区画で誰が殺されたとか、どうでもいいし自分達にとっては敵が勝手に殺されててメリットのはずなのに。
穂佳の悲しそうな顔を見ると、咲弥も――自分の胸がズキズキと痛く感じる。
――なんでだろう。
「穂佳はその子の名前とか聞かなかったの?」
「はい、お互いに名前を言わなかったし聞きませんでした」
「その子の特徴は?」
「えっと、顔はもう覚えてないですけど……透き通った銀髪が、始めて見たとき綺麗だって思ったんです」
口を開いた雪華の怒涛の質問に思い出しながら答える穂佳。
咲弥は二人の話を聞いてて、
(綺麗な銀髪……世羅くんみたいな子だったのかな。――そういえば、自己紹介のとき二人は同じ区画出身だったような)
◆◇◆◇◆◇
「よ、よし、これで活動は終わりです! どうだったかな? もし保健委員会に入りたいって思ってくれたら嬉しいです!」
疲弊気味の保健委員会委員長、橘 水萌の言葉で初日の委員会体験週間、保健委員会は終了した。
果帆の側にいたはずの水萌、快斗、晴琉が疲れ切っているのが気になったが、お礼を言って三人は保健室を出た。




