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にがあまメモリーズ  作者: 空犬
『陽春の章』
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2.5-5話『貰った集大成を発揮して』

 悠真からは訓練中、体術を教えてもらっていたが実際に戦ったことはない。組手の相手は美桜だった。

 美桜は当然自分より強い。悠真だって同じくらい強いはず。全力で挑まなきゃこの勝負は勝てない。


「無事射撃が終了して……最後は組手だ。相手は悠真。一番最初に言った通り、廉の勝利条件は悠真が次の行動に移せなくさせること」


 グラウンドに移動した廉達は同じく美園先生の説明を受ける。

 廉と悠真は向かい合わせで立ち、審判でもある美園先生は真ん中に。美桜と叶奏の二人は組手の影響を受けない少し遠いところで待機。


 廉は少し気になることがあり、学校の方を向き誰かを探す。見るといつもの位置に二人はいた。小さく手を振ると同じく振り返してくれる。世羅と遥の二人だ。


「グラウンドに来たってことは一個目の射撃は無事成功したんだな。最後は組手……自分だけで完結するわけじゃないから、難易度ぐっと上がるよな。課題……クリア出来るのか」


「廉も訓練してたんだし、無抵抗のままやられないだろ。それに、不意をつければ俺が二日前教えた技が使える。そこまで状況を運べるかどうかって感じだな」


 遥と世羅の二人も学校の中から廉と悠真の組手を観戦するようだ。


「廉、絶対負けんじゃないわよ! もしこれで負けたら補習にプラスしてアタシのしごきも加えてやるわ!」


「そ、それは勘弁……!」


 美桜からの声援を受け、廉は始まる前に深呼吸を挟む。

 もうここまで来たら今まで教わったことを信じるしかない。廉は、覚悟を決めた。


「それでは廉対悠真の組手を開始する。――よーい、始め!」


 開始コールが聞こえたその刹那、廉は悠真に向かって走り出し先制攻撃を仕掛ける。

 拳を突き出し蹴りをお見舞いする。顔、胸、ガードする時に使う腕、人体の弱点でもある部位を狙え。美桜から教えてもらったことだ。


「――! っなんで、全部避けられる……!」


「ふふふ、あははっ」


 全て避けられる。美桜から教えてもらったこと全て見切られてるみたいに。

 焦る廉に、不敵な笑みでこちらを見据える悠真と目があった。


「廉くんって、やっぱり馬鹿だよねぇ。他は知らないけど、簡単に距離を許すんだから」


「えっ……どう、いう……」


「そんなポカンとしないでよ。――僕達は、敵同士だよ? 当然だよね」


 その言葉で廉は我に返った気がした。皆と一緒に訓練する日々は楽しかった。いや、訓練が楽しかったわけじゃない、皆と一緒にいて、皆と一緒に何かする、取り組むっていうのがとても楽しかったんだって。


 まるで、元々同じ区画に住んでいる友達みたいに。廉はそんな関係でいれた気がしたのだ。



                 ◆◇◆◇◆◇



「やっぱりなぁ……」


「何がやっぱり、なんだよ?」


 神妙な顔をしてそう呟く世羅に、遥は疑問を覚える。


「この前廉と話した時からそんな感じはしたんだよ。あいつ、廉の課題とかどうでもいいんだ。ただ情報が欲しかっただけってこと。あいつ用意周到そうだし、訓練を通じて廉の身体能力とか癖も全部頭に入ってるぞ、あれ」


「もしかして……だから廉と初めて話した時、お前はすごい驚いた顔してたのか! こうなることが想定の内にあったから」


「同じ区画出身じゃなければ全員敵だからな。悠真の行動は正解なんだ。……予感が当たったな。廉、勝てるかどうかちょい怪しくなってきたぞ。一番近い距離で、悠真はお前を見てたんだから」


 窓から廉を見つめる世羅の目には少しの曇りが。世羅と遥は行方が分からない勝負を、ただ見届けるのだ。


「……アイツやっぱ性悪ね。譲らなくてよかったわ、本当に」


「悠真くんともしかして何かあったの? 私は射撃を教えてたから、悠真くんとはあまり関わらなかったていうか、そんなに深く関わらなくてよかったけど……」


 同じく二人の組手を観戦している美桜と叶奏。

 叶奏の言葉に美桜はふっと笑みを浮かべて、


「叶奏もやっぱり感づいていたのね」


「うん。……互いに敵同士で、一応にらみ合いをしないといけない状況で人よさそうに作り笑顔を浮かべていたから、嫌でも警戒しちゃうっていうか……」


「訓練の始めにアイツが廉の組手の方を受け持とうとしてたから、阻止するためにアタシが組手の方を廉に教えてたの。悠真の行動は敵としては正解だけど、それをやられたらアタシのやりたいことが叶わないからね」


 廉以外の世羅、美桜、叶奏は感づいていた。悠真の思惑に。本性を現した悠真を見て三人は苦笑いをうかべるのだった。



                 ◆◇◆◇◆◇



 今だ状況を全部理解出来ていない廉は、高らかに笑う悠真に戸惑いを覚える。


「本当は射撃も組手も、全部僕が教えたかったのになぁ。美桜に奪われなきゃ、完璧だったのに。もっと君の情報を得ることができたのに」


「情報……」


「こんな環境だからね。特別な機会でもなきゃ、クラスメイトでも深い情報まで探るのは無理だと思ったんだ。だけど……そんなときに君が課題を受けることになったから、チャンスだと思ったよ。僕が訓練を手伝えば、君はすぐに僕に信頼を抱いて君自身のことも、君の区画の内部情報も得られるってね」


 ここまで戸惑いを覚えるのは、悠真が言ったように廉は信用していたから。


 訓練を手伝ってくれる。相談に乗ってくれる。直すべき点について一緒に考えてくれる。この一週間、悠真は廉のためにと尽力を尽くしてくれた。

 そこまでされれば、廉は悠真に対して何も疑えない。これは美桜や叶奏にも同じように思っている。


 だが、違ったんだ。

 悠真の目的はあくまで廉の情報だけで、そこに廉の心配は微塵も何もなかったのだろう。


「全部僕が見ることは出来なかったけど、美桜達が君の訓練に参加してくれたおかげで二人の実力をインプットできたから、そこは全然プラスかな。……さて、僕の目的は達成できたし、君はあとは適当に僕を投げ飛ばしたりして課題をクリアしたらいいんじゃない? ほら、僕は動かないからさ」


 彼の瞳は興味をなくしたかのように適当になった。悠真はその場から動かず、手を広げて待っている。まるで流れ作業の一環のように。


 ――だけど、


「……嫌だ。これは俺と悠真くんが全力で戦って、それで――全力で挑んで悠真くんを倒さないとこの課題は意味ないんだよ。せっかく、実感出来たんだ。俺は、悠真くんと手加減なしで戦いたい!」


 この一週間の訓練で感じたほんの少しかもしれないけれど、実感した自分の実力。

 自分は成長している。自分は強くなっている。この気持ちを全部今ぶつけたいのだ。そのためには、お互いに手加減なしの全力じゃないと意味がない。


「ふふっ、馬鹿正直だなぁ。……まあ、いいよ。あんまり僕は美桜程組手は強くないけどっ……、ねっ!!」


「……ぐっ!」


 今度は悠真から先に攻撃を仕掛ける。次々飛んでくる拳に、廉は腕を交差してガードするので手一杯だった。


「ほら、ほら、ほらほらほらほら! いい加減攻撃を仕掛けないと君がやられるよ!?」


「ぐぁ……っ」


 痛い、痛い、痛い、痛い、痛い、痛い、痛い、痛い。


 顔を歪ませて笑う悠真。突きつけられる拳が、蹴りが、体にめり込まれるように伴う痛みが、廉を何度も絶望に落とす。だけど、状況が状況だから今はガードに徹するしかない。


 だけどこの一週間美桜に殴られ、蹴られ、投げ飛ばされ、地面にたたきつけられる。そんな日々を送っていた。そのおかげで廉は我慢強さを手に入れることができた。


(痛い、けど……だけど!)


 廉の弱点は変わらず、相手のペースに巻き込まれてしまった時、焦りと混乱でそのまま飲み込まれるてしまうこと。


 廉は世羅から『やり方』を教わった。それをやるのに重要なのはタイミングを合わせること。チャンスを逃せば、悠真は頭がいいから二度目は効かない。


 今、悠真は廉の程度を知って舐めている。見下しているのだ。それを分かった上で攻めているここが、チャンスなんだ。


(……ここだ!)


 手を交差させ悠真の猛攻を防いでいた廉は、拳が飛んでくる直前にそれを解除し、向かってくる右ストレートを避ける。


「っ!?」


 今までガードしていた廉が急に自分の拳を避けた。これは悠真にとって想定外の出来事。

 避けて悠真の懐に潜り込んだ廉は、そっと両腕を伸ばし――悠真に抱き着くように首に手を回し、そのまま押し倒した。


 二人はそのまま地面に倒れ、廉が上、悠真は下の状態で、廉は悠真の首に腕を回している。これが意味することは――、


「――勝負あり! この勝負、廉の勝ちだ!」


 美園先生のコールを聞き、喜びよりも廉はほっとするように力が抜けた。

 勝てたのは嬉しい。だけど、まさか自分が、という想いが強い。課題を無事達成することができたのに、まだ実感がないみたいだ。


「ね、ねえ……重いんだけど……決着はついたんだし、どけてくれないかな……」


「……あ! ごめん! 大丈夫、悠真くん!」


 力が抜けた廉は悠真にもたれかかるようにもっと体重をかけてしまい、悠真に背中を軽く叩かれヘルプを聞き、ハッと我に返った。急いで悠真から降りる。


「そうだ、悠真くん頭痛くない? ぶつけたら大変だと思って一応、押し倒す時に首以外に頭にも手を挟んでたんだけど……」


「ああ……だから思ったより痛くないわけだ」


「その調子なら大丈夫そうだね。よか……ぐぇっ!」


 安心したのも束の間、いきなり背中から強い衝撃が。


「廉ー!! よくやったじゃない! ちゃんと最初アタシの教えたことを実践してたし、最後はアタシも教えてない方法で勝つし! やればできるじゃないのよ!」


「射撃に続いて組手も……おめでとう。これで課題クリアだね」


 衝撃の正体は美桜が喜びから廉の背中に飛び込んできたものだった。後ろにいる叶奏も、廉の課題達成を祝ってくれる。


「……まあ、課題クリア、おめで、とう。最後、僕は色々油断して……なんだろうな、この気持ちは」


 心ここにあらず状態で、胸を押さえてポカンとしている悠真はつらつらと言葉を述べる。

 悠真自身でさえ分からない気持ちとやらに、美桜は気付いたようにニヤリと笑う。


「アタシ分かるわよ、今の悠真の気持ち。――アンタは今、悔しいのよ。格下だと思ってた、弱いと思ってた廉にちゃんと不意を突かれて負けたことが」


「悔しい……そっか、そうなのかもしれない。……ここでは、僕は完璧じゃないんだね。いや、完璧じゃなくてもいいんだ……」


 悠真はいつも通りの三人の顔を見て、何かを理解したように、そしてどこかほっと安心したように呟いたものは風と共に消え、誰にも聞こえることはなかった。


「そういえば、廉くん最後なんで悠真くん押し倒す選択を? 私が見てた限り、美桜ちゃんにそんな技教えてもらってないよね」


「ああ、それはね――」



                 ◆◇◆◇◆◇



 時間は二日前の夜に遡る。廉と世羅、遥で話していた時のことだ。


「廉、俺が悠真との組手に勝つためのアドバイスをしてやるよ! ――少しズルくて場合によってはフェアじゃないって思われるかもしれない方法か、的確な急所をついた方法か。お前はどっちで勝ちたい?」


「え、えっと、俺は……二番目がいい。ズルいのは、嫌かも」


「正々堂々意識してんなぁ。実際の戦闘は無慈悲で無法地帯だ。少しくらいズルい方に走ってもいいと思うけどな。ま、お前が選んだなら後者の方法を教えてやるよ」


 世羅からの説明を簡単に言うなら、『首』を狙えということだった。


 組手ではちゃんとした即死ポイントは存在しない。銃を持っているのなら脳幹を狙えば一発。だが銃もナイフも持たない。己の肉体だけで戦う組手では、一発即死を狙えない。


 世羅は言う。


「廉、お前は別に悠真ををボコボコにしなくていい。悠真が次の一手を出させない状況に持ち込めばいいんだ。それで勝負は決まると思う」


「だから首を狙うってこと?」


「そ。言っとくけど本当に絞めなくてもいいからな。首に腕を回して押し倒せば悠真も気付くだろうぜ。自分が何かするより廉が自分の首を絞める方が早いって」


 世羅から得た方法をこれだけ。その状況に持ち込むのは自分で考えろと言われ、その日はお互い部屋に戻った。



                 ◆◇◆◇◆◇



「美桜と叶奏は念のため悠真を保健室に連れてってくれ。廉は、少し僕から話がある。それが終わったら一緒に保健室に行くぞ」


 やってきた美園先生の言葉で、廉は先に立ち上がる。まだ座り込んでいる悠真に手を伸ばし、


「はい、悠真くん。その、これからもできれば課題以外にも色々俺に教えてほしい。勉強も、どっちかといえば苦手な方だからさ」


「君ってやつは……それで僕に騙されてたことをもう忘れたの? 教えるのはいいよ。けど、僕は僕の区画のために尽くす。そのために君の情報を手に入れさせてもらうよ。これは美桜や叶奏も対象だ」


「うん、上等だよ! 俺ももっと強くなる。今はまだ落ち込むことばっかりだろうけど……六年生になる頃には、きっと悠真くんと対等になってるよ」


「あはは、言うねぇ。――これからもよろしく、廉」


 嘲笑うような笑み。だけどそんなに嫌な気はしない笑みを浮かべた悠真は、差し伸べてくれた手のひらに同じく手のひらを重ねた。



「おめでとう、廉」


 悠真を保健室に連れて行ってくれた二人の背中を見届け、美園先生からの称賛の言葉を受け取った。これで、悠真に勝てたのは嘘ではないんだと、やっと受け止めることが出来る。


「どうだ、自信はついたか? 僕の言う通り、あの三人の中身は意外と完璧ではなかっただろ。廉や他の子と同じくまだ十三歳の子供だ」


「そうですね。……けど、まだ自信がつくには時間がかかると思います。元々自信満々の性格ではないですし。……だから、一番最初の実技の授業で三人の普通のレベルを見たとき、俺は飲まれて何も出来なかった」


「……そうか」


「けど! この一週間は、俺にとって必要な時間だって、そう思います。三人に訓練をつけてもらって、俺は成長できた! この一週間は何も無駄じゃない。それだけは絶対に言えます!」


 その言葉を聞いて、美園先生は優しく微笑む。


 この一週間、廉は周りの人を知って、全力で鍛えて、最後は勝つことができた。この出来事は廉の心の中で消えない思い出になる。

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