2.5-3話『誓った信念』
――白崎 美桜は幼い頃から女性差別やそういう系統の思想、考え、全てが大嫌いだった。
出身区画は第三区画。美桜の父は第三区画主力軍隊に務める立派な兵士だ。
美桜が変わるまで、以前の彼女を紹介するとするならば、どこにでもいそうな普通の女の子。ただ一つ――性格がとても男前なことを除けば。
母は臆病な部分があり、性格はどちらかといえば美桜は父に似たのだろう。
他区画と戦争が始まっているとき、戦えない一般人は避難シェルターに逃げ込み安全を確保する。その中で母はいつも手を合わせて願っていた。
お父さんが無事でありますように。大怪我をしませんように。死なないで私達の元に帰ってきますように、と。
それを聞いて美桜が震えているお母さんに寄り添うと、いつも母は同じことを言う。
「私達女性は戦えない。だからお父さんや兵士の皆さんが帰ってくるのをただ待つしか出来ないけど……美桜だけは、お母さんが絶対命に代えても守るからね」
子供が聞いてこんなに安心して、そして親を大切に思える一言、これほどのものがあるだろうか。
だけど、美桜は違った。いつもこの言葉を聞かされて、美桜が思うことは、
(なんで最初からあたし達は戦えないって決めつけるの? そんなの分からないじゃん)
むしろ女性も一緒に戦えば、兵士の人数は格段に増えるし数的有利に運べる可能性がある。そうすれば、この戦争を第三区画の勝利で納められるかもしれない。幼い頃から美桜はずっとそう思っていたのだ。
そして十歳の時、美桜はただ思うことをやめた。頭の中でこうすればいいとただ思うんじゃなく、きちんと行動に移すことを決めた。
「お父さん、お母さん……あたし、兵士になる。それで強くなって、第三区画を勝利に導くの!」
声に出して宣言する。それが初めて美桜の中で出来た大きな誓いだった。
目の前にいる両親を見る。美桜は信じていた。きっと父と母も自分の言うことを肯定してくれるって。『頑張れ』って言ってくれるって。――だが、両親の返事は美桜が予想していた答えとは違った。
「……美桜が? ――いや、美桜は無理なんじゃないかなぁ。その心意気は素晴らしいものだと思うけどさ」
「美桜は女の子でしょ? それに、同年代の中でも美桜は特に身長が小さいし、小柄だし、兵士には――向いてないんじゃないかしら」
両親のその言葉を聞いて、初めて美桜の中で疑念が生まれた。
二人の言葉は美桜の心に突き刺さり、目の前にあったはずの道が見えなくなったような、そんな虚無感とも似た気持ちがずっと続いた。
それから気にしていなかった、見えなかったものが見えるようになったのだ。それは何気ない日常から。
兵士に女性が少ない理由。公共機関で働く人は女性が多い。その真実を。
実際、話を聞くと女性が兵士志望で軍の教育機関に行くと、少し冷たい目を向けられることがあるらしい。
――確かに男女の力の差はある。だけど、だからといって女性が男性と比べて『あまり使えない存在』でもないし、『守らないといけない対象』でもない。自分だって、戦えるはずなのに。
「美桜、それ重いだろ。俺が代わりに持ってこうか?」
「……別にいい」
「女の子なんだから無理しなくていいって。力仕事は俺に任せてくれよ」
「うるさい功雅!! 女だから出来ないって決めつけないで!! これくらいアタシ一人で出来るから!」
学習校舎でよく一緒になる男の子の優しい気配りも、おつかいに行った時に言われる『可愛いから一つおまけだよ』という一言も、女友達から言われる『美桜は小っちゃいんだから』という言葉も、全てが美桜にとって腹立たしいものになった。
そこからだろうか。美桜が『女だから』なんていう言葉や考え、決めつけを聞くと酷く嫌悪を感じるようになったのは。
そして美桜は誓う。
――絶対に誰よりも強い兵士になってやる。男女の差なんて投げ捨てて、女だからなんていう価値観、アタシが全部消してやる。
◆◇◆◇◆◇
翌日の放課後、廉は教室で悠真、美桜、叶奏の三人に頭を下げていた。
廉が三人に対して何かしたのか、ということではない。ただ、廉は三人にお願いをしていた。それの了承をなんとしてでも貰いたくて、必死に頭を下げる。
「…………」
三人はいきなりの出来事に無言だ。叶奏は驚いて口をぽかんと開けている。
「……勿論、いいよ! 特訓に付き合ってほしいならいくらでも」
「本当!?」
「二人もそれでいいよね?」
廉のお願いは、今日で後六日になる課題をクリアするために特訓に付き合ってほしいということ。
悠真は了承し、あとの二人にそれでいいかを尋ねる。
「アタシはいいわよ」
「私も大丈夫だよ」
「……本当にありがとう!」
無事、美桜と叶奏の協力の許可を貰うことに成功。
廉は絶対に課題を乗り越える。一人ではなく、三人の力を借りて。
「今日はどうすんの? また射撃?」
「ううん、今日は組手にする。まだ見てもらってないし」
射撃と組手。二つの課題があるのなら、交代で見てもらった方がいい。組手に関しては悠真に勝たないといけない。一番鍛えないといけない分野の可能性もある。
だからといって昨日の時点で射撃は真ん中付近を撃てたのはたった二回だけ。だから、射撃も手を抜かない。どちらも均等に鍛える。
「組手ならアタシが相手になってあげるわ。ビシバシ鍛えてやるわよ」
「お、お手柔らかにお願いします……!」
怖い顔をしながらそう言う美桜に背筋が震えあがる。これは昨日の叶奏の教えと同じと思わない方がいい。廉はそう覚悟した。
◆◇◆◇◆◇
「み、美桜ちゃん……? あの、少し休憩しませんか……?」
「まだ始まったばかりよ勝手に座るな」
「いや、でも、組手の特訓始めてから、もうすぐ一時間立とうとしてます……」
四人でグラウンドに出て廉は美桜に組手を教えてもらっていた。叶奏と悠真は少し離れたところでお互いに特訓中だ。
覚悟はしていたが、昨日の叶奏よりきつい。スパルタ。美桜の教え方はこの言葉がよく似合う。
だけど美桜の教えること全て廉にとって足りないものばかりで、きちんと筋が通っている。ただ横暴な振る舞いで教えているわけではないからそこは安心だ。
昨日の射撃では集中力。今行っている組手は体力が足りない。美桜の教えてくれることに廉の体が追い付かない。美桜も教えながら動いているはずなのに全然息を切らしていなかった。
「美桜ちゃん、廉くん。水筒に水入れてきたよ」
「二人のやつ勝手に持っていってごめんね。ここに置いておくから、ちゃんと休憩挟みなよ?」
離れでお互いに組手をしていたはずの叶奏と悠真が学校側からやってくる。
実技の授業では超必須の水筒に全員分に水を入れてきてくれた。悠真は廉と美桜の水筒を置くと、叶奏と一緒に組手をしていた場所に戻っていった。
「…………」
「……はあ、分かったわよ。少し休憩しましょ。無理に訓練して課題が出来ないんじゃあ意味ないし」
「やったぁ!」
ジッと二人が置いてくれた冷たい水がたっぷり入っている水筒を見つめていた廉の視線に気付き、ため息をつきながら美桜の口から休憩という言葉が出てきてくれた。
二人は水筒を取りに行きその場で座って水を味わう。体力の限界で近づいてきていて、口が乾いて水分を求めていた廉には恵みの水だ。
一口で結構な量を飲み干して一息つき、離れで同じく組手の特訓をしている悠真と叶奏の方に目を向ける。
二人の戦いを見ていると、やっぱり二人ともすごい。特に叶奏に関しては本当にすごいと思う。
今は女の子同士ではなく男女で戦っているはずなのに、男の子の体、力に物怖じせず、むしろ叶奏が優位な状況。
決して叶奏は力で悠真に買っているわけじゃない。叶奏が持つ技術だけで上手く渡り合えているのだ。
「……アタシだって、すぐに叶奏に勝ってやる。絶対に強くなってやるわ」
「え……?」
「あー……ごめん、口に出してたか。なんでもない」
二人のことを見ていたのは美桜も同じだったようで、隣から聞こえてきた呟き声に廉は咄嗟に反応してしまう。
美桜はすぐに視線を逸らし、水筒に口をつける。
「叶奏ちゃんもすごいけど、美桜ちゃんもすごいよね。――二人とも女の子なのに」
「……はぁ」
水筒の水を飲んでいた手を止め、静かに美桜はため息をつく。
そこからただならぬ雰囲気を感じ取った廉は怯えながらも身構える。何か開けてはいけないものを開けてしまったような感じだ。
今だ俯いてこちらに表情を見せない美桜から感じ取れるのは、廉に向けての激しい怒りではなく呆れ。
「そういう考えは、例え敵の区画でも共通認識なのね。……本当、腹立つ」
「今言ったことは決して美桜ちゃんを馬鹿にしたんじゃなくて……!」
「当然でしょ。アタシより弱い奴がそんなこと出来ると思ってんの?」
美桜の言葉に廉は言葉が出ない。顔を上げた美桜は不服そうな、不貞腐れた表情をしている。
「ごめん、美桜ちゃん」
「…………」
「そもそも違ったんだ。男とか女とか言う前に、美桜ちゃんは俺より強いんだからそんなこと言う資格なんて俺は持ってない。……だけど、本当にごめんなさい」
「アンタ、他の奴らと違うのね。地元じゃ、そうやって怒っても気まずくて黙るか、冗談だと思って笑う奴しかいなかったのに。潔く謝ってくるのは初めて」
美桜は頬杖をつきながら不思議そうに廉を見つめる。
「さっきの言葉は美桜ちゃんの気持ちを考えないで言っちゃった俺のせいだし……謝るのは当然だよ!」
「あはは、そんなこと気にするんだ。アタシ達は敵同士なのに」
廉が言っていることは確かに常識的ではない。これでは敵に情を抱いていると勘違いされてもおかしくない。だからこそ、真剣な顔でそう言った廉に対して美桜は呆れでもなく、笑みが零れた。
どうしてなのかは分からないけれど。
「けど美桜ちゃんは本当にすごく強い。学校に入る前、何か特訓とかしてたの?」
「ああ、アタシのお父さんが兵士で、時々家に帰ってくるときに特訓してるお父さんの姿を観察して、一番いいフォームをノートや頭に記録したりとか……」
「実際にやったわけじゃないんだ!?」
「一応一人で真似はしてたわよ? アタシのお父さん集中すると独り言が多くなるから、特訓してると「違う」、「そうじゃない」とか言ってたりするの。だからアタシはそれを目で見て覚えて、ノートにも書いてた。兵士にとって一番いい動きをずっと見て覚えてたかな。勿論一人で体力作りもしてたけどね」
(ああ、そっか……)
廉はようやくここで納得した。
美桜は決して天才ではない。覚えた動き、技術を美桜はすぐに真似できたわけじゃない。きっとすごく努力してそれをものにしてきたんだろうなと思う。まあ、十三歳でいい動きを気付いてすぐにものにするのは、それも一種の天才なのかもしれないが。
だけど叶奏は言った。美桜はすごく負けず嫌いで強くなるためなら敵に頭を下げるという選択が出来る子だって。
美桜と叶奏は同室。一番距離が近い叶奏が言うんだ。きっと当たっている。
その時、廉は思った。
――自分も、こんな風になりたいと。
そう思った瞬間、廉の体は動き出していた。
「よし、美桜ちゃん、休憩は終わりにして特訓の続きをしよう!」
やけに明るくそう言う廉に美桜はクスリと笑って、
「アンタが休みたいって言ったから休憩してたのに……ふふ、まあいいわ。こっからまたビシバシ行くわよ!」
宣言して、二人はまた元の位置に駆け出す。
美桜の気持ちに触れた廉はもう、止まれなかった。




