4-9話『皆で見る桜景色』
皆で夜、寮を抜け出して、ここからは翠が先頭になった。
「ここからは僕が花見会場まで案内するから、皆ついてきて!」
そう言って、彗斗の隣にいた翠は一番前へ。
後ろの方にいる彗斗は皆の反応を観察する。伊月と來香は楽しそうに翠に着いていって、彼汰は多分興味はないんだろうけど、強制参加だからとりあえず皆に着いていってる感じだ。
次は諒、と思っていると、比較的前の方で歩いていた諒はわざと歩くスピードを遅くし彗斗の隣にやってくる。
「翠達がコソコソ何かしてるなぁって思ってたけど、まさか花見だったなんてね。あんまりこういうことしたことないから少し楽しみだよ」
「……そうか」
彗斗の返事に、諒はジッと自分のことを見つめた。たった一言だけで、どういう意図で見つめてくるのか分からず少しぶっきらぼうに「なんだよ」と言い放つ。
「不機嫌そうだね、彗斗」
少しの沈黙の末に言われた諒の一言は当たっていた。思えばずっとずっとイライラが収まらない。
翠はいつの日からか、同じ班の伊月と來香、あまり接点がなさそうな彼汰とよく話すようになっていた。
今までは自分だけだったのに。入学式の日は第七区画のためにって翠も言っていたのに、最近の翠の行動は敵と仲良くしているようにしか見えない。
彗斗には何一つ理解は出来なかった。それなのに今度は功雅と沙良、優依とまで繋がっていたなんて。
なんだが翠が周りのせいでどんどん絆されていっているように見えて、肝心の翠はそれにすら気付いていないように感じて、どんどん彗斗の中で怒りが溜まっていく。
第七区画以外は全員敵。これを翠は分かっているのか。それを彗斗は問いたかった。
翠のことだから前に言ってた情報収集のためなのかもしれない。だけど翠が敵に見せる笑顔、言葉、態度が自分と一緒にいるときのように見えて、翠の中には第七区画のために尽くす心が見えなくなっているように感じた。
翠は一番信用している。家族の誰よりも、友達の翠のことを信用している。だって――翠は自分の不器用な優しさを理解してくれたから。
彗斗が翠に問い詰めた日。その日までちゃんと翠には何か考えがあるんだって信じていたけど、話をして、自分の言葉を否定してくれなかった翠に、更に怒りが募った。
「……うるせー」
諒は結構勘がいい。それにちゃんと相手をよく観察するから、自分の中にある感情に気付かれているような気もする。そんな感触に嫌気が差し、切り捨てるように諒に返事を返した。
そこからは諒と話すことなく歩き続け、一回も訪れたことのない場所を観察しながら翠に着いていって進むと、学校を囲む第二の壁が見え、側に明かりが着いた建物が見えた。
「ここから皆静かにね!」
後ろを振り向いて小声でそう言う翠に全員あまり声を出さないように進むと、壁の側に佇んでいる大きな桜の木を見つける。
皆は一瞬にして、その桜の木に目を奪われた。もちろん彗斗もだ。
桜なんて第七区画でも咲いているし、寮から学校までの道にも桜並木のように植えてある。桜は綺麗だけど感動するかって言われたらしない。だってどれも皆同じだと思うから。
だけど、今見ているこの桜の木、いやこの桜の大木は何かが違う。初めて見た感動もあるのか分からないが、何故か今まで見た桜の木より一番綺麗に見えるし、目がそれ以外を見せてくれない。
目を逸らすことさえ惜しいと感じる自分の思考に、まるで自分の思考じゃないような一種の恐怖を感じ、咄嗟に頬をパチンと両手で叩き正気を戻す。
「おい、諒! 正気に戻れって!」
すぐに自分の隣にいた諒のことを見ると、うっとりとした眼差しで桜の大木を見つめていた。まるで桜に魅入られたように。
もしかしてさっきまで自分も諒みたいな表情をしていたのかと思うと、自分の顔でも吐き気が出そうだ。
「……はっ!」
「ようやく戻ったか……」
肩を強く揺さぶって諒の正気を呼び戻す。なんとか戻ってくれた安心感からか「ふぅ……」と安堵の息を吐く。
翠はどうなったのか、皆の方を見ると翠と沙良を中心に他の皆を起こしていた。
「よし……っと、ここが花見会場よ」
優依を起こし終えた沙良は桜の方に手を向け、会場を示す。
沙良に起こしてもらった優依は持っていた布のようなものを桜の近くに引く。
おそらくあれがレジャーシートの代わりなのだろう。
「皆、靴脱いでここに座って!」
沙良の言葉で全員靴を脱いで、優依が引いてくれたレジャーシート代わりの布に上に座る。
「それで! 何するの?」
「まあ、何か皆で話す感じ……かな!」
元気よく沙良に向かって聞く來香に、当の本人は皆の方をチラッと見て、少し気まずそうに伝える。
(話すだけかよ)
案の定彗斗は沙良の言葉に、話す程度のことをこんな場所でする必要があるのかと。その思いが一番最初に出てきたものだった。
「まあ、こういうのはわざわざ話題決めるより、成り行きで話していけば自然と話が膨らむと思うぜ」
伊月の言葉に、皆は納得したように頷いて同意。
「じゃあ、今日の射撃訓練のことでも……」
「今日優依が銃撃つ練習しすぎて手元狂って彼汰に当たりそうになったこととか?」
「え!? それ話すのぉ……!?」
功雅、沙良、優依と会話が続き、なんとなく皆が話に食いついて一体感のようなものが生まれた気がした。皆が集まって今の話題から別の話題が生まれて、さっきまで何を話すか悩んでいたのが嘘みたいに盛り上がりを見せていた。
(皆で話すことの何が楽しいんだか)
彗斗は話をしたくないし、興味もない。だから一人で輪から抜けて引かれたレジャーシートの上の端っこにいた。話の輪が広がりすぎて、別々で話しているやつもいるわけで、だから自分が一人でいたとしても誰も気付かないだろう。
沙良、優依、伊月、諒。功雅、翠、來香、彼汰。二組に別れて色々な話で盛り上がっている。
知らない人から見ても楽しそうだなと、彗斗は思う。
別に羨ましいわけではない。むしろその輪に入りたくない。だって敵だから。
敵に情なんて湧かない。
体育座りをして、俯いていた顔を上げると、目の前には満開の桜の大木。
初めて見たときにまるで自分じゃないみたいな思考。恐怖を感じるものに、目を向ければ最初に浮かぶのは『綺麗』という想いだけ。
「彗斗」
気持ちを強く持っていても引き込まれる桜の魅力に、無意識に彗斗の意識は持っていかれていた。その時不意に、自分の呼ぶ声が聞こえた。
くすんだ緑色の髪の、自分の一番の友達。
翠がいつの間にか隣座っていて、名前を呼ばれる。
「……何」
「綺麗だよね、この桜」
「ここが、翠が前言ってた場所なんだな。委員会の先輩に泣かれたって言ってた」
「うん。……ごめんね、二人で見に行こうって約束したのに」
翠は罰が悪そうに沈んだ表情をしていた。
さっきは桜に魅了でもされていたかのようにそれしか考えられなかったけど、ここが翠が言っていた場所なんだってちゃんと気付いてる。
最初に一緒にここの桜を見に行こうって約束したから、それを破られたのはやっぱり嫌な気分だ。
「……えっとさ、よく花見の計画考えたよな、翠。今敷いてる布みたいなのとか、どこから持ってきたんだよ」
「ああ……これは優依ちゃんが調達してきてくれたんだ」
優依が仲間に加わった次の日、翠はいい報告を期待しながら朝、食堂で三人の元へ。
各自朝ごはんを取り、同じテーブルに座る。沙良の隣に座る優依はそっと口を開く。それが昨日言っていたことを報告してくれるのだろうと気付き、いい結果であってほしいと翠は心の中で祈る。
「レジャーシートの件なんだけど……」
思った通りレジャーシートの件だった。既に聞いているであろう沙良を除き、功雅と翠の二人はお互いに緊張が走る。優依の案がなくなれば本当に手立てがないから。
「ちゃんと代わり見つかったよ。多分花見の日に持ってくれると思う」
その言葉に二人は歓喜の声を上げる。場所が食堂だから小さい声で。
「どこで代わりなんて見つけたの?」
翠は気になって優依に尋ねる。一年生の自分達じゃやれることに制限があるはず。それなのにどうやって用意できるのか単純に気になったのだ。
「実は保健委員会に、摘んできた薬草を置くための布があるんだけど。それをレジャーシートの代わりに使えるかなって思って、昨日委員会があったから見てきたよ。ちゃんと洗ってあるし、こっそり持っていけそうだった」
この言葉で花見計画を実行するためのピースが全て揃ったといえる。あとは三組の皆に知らせるだけだった。
「あー……そうだったのか。……じゃあ今座ってる布、保健委員の人達にバレたら連帯責任で藍原と翠達が怒られるんじゃないか?」
「ま、まあ、そうだね! でも皆で花見をするにはこのレジャーシートは必須だったから」
翠は楽しそうに今までの準備期間について語る。最初は沙良から言われて、翠と功雅は巻き込まれる形でこの計画に参加したとか。それからずっと三人で計画について練って、後半優依にバレてしまい沙良が強引に仲間にしたらしい。
彗斗はそれを黙って聞く。
「集まったのが夜だから皆今パジャマなんだよね。それもなんだか新鮮だよね。今は同じ校舎、同じ寮にいるのに」
後ろで未だに会話で盛り上がっているクラスメイトを見る。夜は別に制服でいろというルールはないから皆パジャマ姿だ。
沙良と優依の二人はいつも髪を結っているのに、今はおろしている。逆に髪が長い男子代表の伊月はいつも結わずに垂らしているのに、今は上に結ってポニーテールに。
翠にそう言われてなんだが改めて見てみると、いつも会っているメンバーなのに髪型、服装が変わるとまるで別の人みたいだ。
「彗斗と二人で見る桜も綺麗だと思うけど……だけど、こうやって皆で見る桜も、すごく綺麗じゃない?」
「…………」
そう言った翠は夜中だからなのか、これも桜のせいなのか、彗斗から見てとても綺麗に思わせる表情だった。
だけどそう言われても彗斗は理解ができない。翠と二人で来れたなら、きっと綺麗だったんだろう。でも今は数人の敵と一緒に花見をしている。この状況で、綺麗に見えるわけがない。
「翠!」
「彗斗くん!」
後ろから女子の高い声で名前を呼ばれる。振り向くと、皆で話していたはずの沙良と來香が二人の背後にいて、肩に触れた。
「彗斗、皆でやらないと花見じゃなくなるでしょ! 翠も彗斗の隣にいったんだからちゃんと呼び戻してよ!」
「二人も一緒に話そうよ! 今皆で美園先生の眼帯はカッコつけなのかっていう議論してたんだ!」
もう夜なのに元気な沙良と來香の声が彗斗に響く。翠も翠で沙良に「ごめん」って言っている。
さも当たり前のように皆の元に行こうとする翠に戸惑っていると、來香にパジャマの裾をくいっと引っ張られ「早く早く!」と急かされる。
強引とも思えるぐらいに引っ張られる力に彗斗は戸惑いを隠せず、皆の元に行くのを拒む。それは相手は敵だと分かっているから。
「彗斗ー! お前はカッコつけなのか、趣味なのかどっちだと思うー?」
「金河、お前も早く来い。そうじゃないとこの議論が終わらないんだ。さっさと終わらせるために早く来てくれ」
伊月と彼汰に呼ばれる。伊月はともかくどうして彼汰もそうせかすんだ。おそらく本当に早く終わらせたいからなんだろうが。
「彗斗くんもこっち、来てほしい……皆で一緒に花見をするために計画を練ってたから。皆……傍にいてほしい」
「彗斗、頼むよ。ただの伊月の疑問から意外と深い議論に発展しちゃったんだ。お前の意見も伊月と來香に言ってやれば二人も満足するだろうからさ」
次に優依と功雅に呼ばれる。優依は同じ班だがあまり話したことはない。それでも控えめに、だけど強い意志を持って自分のことを呼んでいる。功雅は伊月が提供したこの議論が疲れたのか、『誘う』ではなく早く来てほしいという『懇願』のような声色に感じた。
「結構この議論楽しいよ。彗斗はどう思う? 彗斗の意見も聞いてみたいな。また違った考えが出そうだしね♪」
最後には諒にまでだった。そして、手まで差し伸べられている。
考えるより先に諒は彗斗の手を勝手に取り、皆のいる輪に引き寄せられる。
諒に強引に引き寄せられたとき、さっきまで一切風が吹いていなかったのにまるで狙ってましたかのように急に強い風が吹く。
その強い風に思わず彗斗は目を瞑る。そしてそっと目を開いたとき、桃色の何かが彗斗達の上から降ってきていた。彗斗は諒に掴まれてる手とは反対の手のひらを出し、その桃色の何かをキャッチする。
手のひらに落ちてきたのは桜の花びらだった。今吹いた強い風のせいで花びらが舞って落ちてきたんだろう。彗斗の手のひらを見た皆は一斉に上空に注目する。
「見ろよ! 桜の花びらが降ってきてる!」
「優依ちゃん、髪の毛に花びらがついてるよ。取ってあげる」
「あ、ありがとう……諒くん」
伊月の声で皆降ってきた桜の花びらに夢中になる。「綺麗だね」とか言っている皆を見て。ただ強い風が吹いて、その風に耐えられなくて花びらが降ってきただけなのに、不思議と募っていたイライラがスッと軽くなった気がした。
そして自然と花びらの次に桜の大木に皆集中して見て、自分も一緒に皆と見ていると何故か――、
『彗斗と二人で見る桜も綺麗だと思うけど……だけど、こうやって皆で見る桜も、すごく綺麗じゃない?』
翠が言ったその言葉に、納得しそうになってしまった。




