4-7話『もう一人の協力者』
その日の夜のこと。食堂で夜ご飯、その後に入浴を終えた翠、彗斗、諒は部屋に向かっている途中だった。
(もうすぐ四月も終わっちゃう。レジャーシートか、代わりになるものを早く見つけないと……)
あの時はまだ大丈夫、なんて思ってしまったけど、日数的にもうそろそろ時間が無くなってきていた。結局今日の昼休みの時間だけでは持ち物の件については何も進展がないまま。
もう持ち物を揃えておかないと四月以内に花見をするという沙良の望みは叶わない。何もいい案が思いつかない自分に呆れながらも、これ以上悩んでいても都合よくレジャーシートが現れるわけはないため、一旦明日の自分に任せようか、と考えていたとき、
「……」
「……」
両隣から翠を何も言葉を言わずジッと見つめてくる二つの目線に気付いた。
「! 彗斗……に、諒くんも、どうしたの? 僕のことジッと見て……」
「夜ご飯のときもさっきお風呂に入ってたときも、ずっとずーっと何か考え事してるみたいに翠が上の空だったから」
諒の言葉に翠はドキリと胸が鳴る。ずっと考え事をしていたのは本当だ。だけどそれが食堂のときからずっとそうだったなんて。
翠の記憶では彗斗と諒とにちゃんと喋っていたような気がしたのだが。それすら出来ないくらいに翠は花見計画に思考を埋め尽くされているということなのか。
「いや、そんなことないと思うけど……?」
「本当かなぁ」
疑い深いのか諒はそう言ったあとも目線は翠から外れない。これは部屋に戻ってもまだ問い詰められそうだな、と考えていると、いきなり隣にいた彗斗に口を塞がれ諒にバレないように寮内の廊下の角に連れていかれる。
「!」
翠の口を塞いだ彗斗の手のひらは完璧に声が漏れないようにしており、翠の悲鳴は発することなく隣にいた諒は気付かず二人は廊下の角に。
翠の口元を塞ぎながらそのまま引きずられるように寮の角にズルズル引っ張られ、翠の口が解放されたのは廊下の角の奥まで来たときだった。
「……ぷはっ! ケホケホッ! け、彗斗、いきなりどうしたの!?」
むせながら彗斗に問いかける翠が見たのは頭の後ろを触りながら静かにこちらを見つめる、翠だから分かる『怒り』の目だった。
すぐに翠は直感で彗斗は『怒っている』ことを悟る。彗斗はそのまま何も言わず翠に近づき、その静かな態度が逆に怖い翠は後ずさるも背中に壁が当たり逃げ場はなくなってしまう。
怒りを含んでいる静かな目で見つめられるだけで何も発さない彗斗に焦りを感じた瞬間、翠の横に手が置かれる。この状態は前に図書室で借りた恋愛小説で見たいわゆる壁ドン状態ではないか。
「……彗斗?」
恐る恐る名前を呼んでみる。数秒沈黙の時間はあったが、彗斗はため息と共に閉ざしていた口を開いた。
「翠、俺に何か隠してるよな」
決め手すぎる言葉に翠は何も言葉が出ない。
沙良から花見計画を言われ協力するとなった日から部屋以外でまともに彗斗と諒と会話をしていない。食堂で食べるご飯の時間、教科と実技の授業中、昼休みは図書室に行って、放課後も委員会の休みが重なれば三人で会議して。
考えればあの日から翠、彗斗、諒の三人で過ごしていたのが翠の他に沙良と功雅が加わり花見計画のために集まることがほとんどだった。
翠達はバレないようにと必死に頑張ってはいたが、いきなり沙良と功雅、彗斗から見ればあまり同じクラスでも接点がなかった二人といきなり一緒にいるようになるのはおかしいと考えるはず。
深く考えれば分かる。これは分かる人からすれば自分達の行動は分かりやすいということに。花見計画については知られなかったとしても、態度、関係、色々なところから翠達は『変』と気付く。
でも勘が鋭い彗斗のことだから最初から気付いていたとは思うが、最初に言わない辺り葛藤してくれたのかもしれない。そう考えると少し嬉しかった。
「さっき諒はあえて深く聞いてこなかったけど……絶対俺……っていうか、夜見と勿堂以外のクラスの奴ら全員に何かバレないように三人でいつも何かしてたろ」
やっぱりバレている。疑うその目線が痛い。チクチクと翠に刺さる。だけど花見計画は皆には秘密と言われている以上口には出せない。
「あいつらは全員敵なんだぞ? ……まさか、絆されなんかいないよな」
「……いや、えっと……最近沙良ちゃんと功雅くんと一緒にいるのは……情報収集! 情報収集のためだよ!」
彗斗が疑っているのは翠が他区画出身である沙良と功雅と仲良くしているようにみえるから。
三人が密かに練っている花見計画のことはバレてはいない様子。だけど一刻も早くレジャーシートの件について案を出さなければ彗斗はきっと調べてくる。
「ほら、早く部屋に戻ろう。何も言わないで来ちゃったから今頃諒くんが探してるかもしれないしでしょ!」
翠の前に立つ彗斗は疑いの目は変えず、ジッと見下ろしている。見下ろした後、彗斗は壁についていた手を下ろす。
「はぁ……翠がそこまで言うならまあ、信じるよ。無理矢理連れてきてごめん。……部屋戻ろうぜ」
そう言って先に進む彗斗の後を着いていくように翠も足を動かした。
言葉では納得したように見えたが、多分まだ、彗斗の中では完全に疑惑が晴れたわけではないのだろう。翠だから分かる。彗斗はまだ納得いっていない表情だった。
証拠に彗斗が言った『絆されてなんかいないよな』って言葉。現に翠は否定をしなかった。
それは自分でもそうなのか分からなかったからかもしれないし、認めたくなかったからなのかもしれない。だけど、この気持ちに従った先に得られる強さがあるなら、翠は素直に従うつもりだ。
――友達の気持ちも、翠の気持ちも、芽生えた気持ちも、全部全部、第七区画のために利用するから。
・・・・・・
昨日は大変だった。まず一つ、あの後ずっと彗斗とは変な空気が流れたみたいに気まずくなった。まあ、ちゃんと話せてはいるけども。
最後、一番大変だった二つ目。二人で部屋に戻ったら先に戻ってるはずの諒がいなくて、五分後に少し息を乱した諒が帰ってきて、いきなり音沙汰なくいなくならないでとすごく怒られたこと。
入学式から一度も諒の怒ってる姿を見たことがなかったから余計に怖いと感じた。翠と彗斗は床に土下座して諒の説教を受けたのだった。
翌日、彗斗の目が厳しくなっている気がして昼休みまで沙良と功雅と一緒に行動出来なかった。
今日も昼休み、図書室の奥で会議をする予定だったのだが彗斗の目が予想以上に厳しすぎて教室から抜け出せずにいた。今教室に二人はいないから食堂の帰りにそのまま図書室に行ったのだと思う。
彗斗とお喋りながらどうしようか考えていたとき、
「彗斗ー」
教室のドアから彗斗を呼ぶ女の子の声がした。
そっちに目を向けるとピンクのツインテールを揺らす彗斗と同じ監査委員会所属の一年一組、白崎 美桜の姿が。美桜の手には何かのプリントを持っている。
「彗斗聞こえてんでしょ、早く来て。アンタが来ないとアタシの時間無くなるから」
呼ばれる声に一度は無視する彗斗だったが、美桜の少し棘がある言い方にイラッとしたのか「……あーもう、分かったよ」と言って席を立つ。
「相変わらず悪い意味で素直だな、白崎は。一応俺はお前に呼ばれてる立場なんだから少しはこっちのことも気遣えよ」
「じゃあ無視しないで早く来なさいよ。その方が早く終わるんだから。アタシが後から聞いて「早く聞きにこいよ」って言うのは彗斗でしょ」
前は仕事仲間みたいな雰囲気だったのが、今は仲悪いみたいな空気が漂っている。だけどこれはチャンスだと考えた。
翠は美桜と話に夢中になっている彗斗にバレないように音を立てずにそーっと教室を出て図書室に向かう。昼休みが終わるまで後十分くらい、今日は何も決めれないかも。
急いで図書室に向かう。図書室の奥に行くと、既に沙良と功雅の二人は揃っていたのだが、そこにはもう一人いた。
「ごめん、遅れて! ……って、なんで優依ちゃんがここに……?」
沙良の隣に立っている優依。優依の表情はどこか気まずそうなもの。
咄嗟に優依以外の二人も見るが、二人も優依と同じくどこか気まずい表情。あまり状況を吞み込めていない翠は首を傾げる。
せっかく急いでここまで来たはいいが、優依がいたんじゃ会議は出来ない。そう思ったとき、
「実は……優依も、花見計画に加わることになったん、だよね……」
「……え!?」
沙良から発せられた言葉に一瞬翠の思考が停止する。その言葉だけで状況を察知できるほど頭は良くないが、条件反射なのか声は出るらしい。
完全に理解出来ていない翠は沙良と優依を交互に見る。
「あーっと……とりあえず、俺から説明するよ」
沙良の隣にいた功雅から説明が入る。
功雅の説明を聞いて、今この状況を簡単に言うのなら『優依に花見計画がバレたから仲間にすることにした』になるだろう。
・・・・・・
それは昨日のこと。昨日、翠が彗斗に迫られたように、沙良の方でも色々あったらしく。
沙良、優依、來香の三人はお風呂を済ませたあと、お風呂でのぼせてしまった來香を水分補給のために優依が水を飲ませに二人だけで寮共有のキッチンに行っていた。
沙良は二人に着いていかず、一人で部屋に戻った。
部屋に入ったらすぐに机に向かい、沙良が管理を任されている花見計画の計画用紙を出し、色々考えていた。主にレジャーシートの件。全然いいアイデアが浮かばない沙良は頭を悩ます。その集中力はすさまじく、部屋に戻ってきていた優依に気付かない程に。
「……沙良ちゃん、何やってるの?」
「わあ! ちょっ、びっくりさせないでよね!」
いつの間にか部屋に戻ってきていた優依からいきなり言葉をかけられ、悲鳴を出してしまう。「ご、ごめんね!」と謝る優依の視線は沙良の机に向いていた。
「沙良ちゃん、それって何?」
「――あ」
今更気付いてももう遅い。優依はばっちり机に開いていた花見計画用紙を見ていた。
「えと、その、ああ、あのー! これはぁ、な、なんていうか!」
「さ、沙良ちゃん、落ち着いて!?」
優依の心配も耳に入っていない。どうしようもできない両腕を空中にぶんぶん回し、沙良の返事は絶対『何か隠している』ような分かりやすい、むしろ少しわざとらしい反応をしてしまったのだ。
計画用紙を見てしまった優依に記憶を忘れてほしいなんていえるはずがない。そもそもそんなことできない。この時の沙良はバレてしまった焦りと動揺で正常な判断ができていなかった。
だから何も考えずに口走って、
「き、今日から優依も花見計画チームの一員だから! 分かった!?」
「う、うん」
ということを言ってしまい、晴れて優依が花見計画チームのメンバーの一人になってしまったというわけだった。




