4-4話『花見計画』
「――翠!」
騒動の翌日、いつも通り授業が終わり今日も委員会があるため、集合場所の花壇へ向かおうと教室を出るとき、高い声と共に手が翠の肩にぽんぽんと叩かれた。
その声に急いで振り返ると、片手に紫雨にもらった地図を持っていた綺麗な紫ピンクをポニーテールにしている女の子――夜見 沙良が翠の後ろに立っていた。
「えと、どうしたの? 僕これから委員会があって……」
「それは私も同じ。じゃあ歩きながら話しましょ」
と、何か翠に話したいことがある沙良はわざと歩幅を小さくして歩き、それに翠も合わせる。
「それで、どうしたの?」
「これよ、これ!」
そう言って翠に見せてきたものはずっと沙良が持っていた入学式の日、第二の門で紫雨からもらう学校の地図。沙良はわざわざそれを広げ、見せつけるように翠の前に。
見せられた地図をジッと見る翠。見ていると何かその沙良が持っている地図に違和感を感じた。地図を凝視して、翠は違和感の正体に気付く。
「待って……これ僕の地図じゃない!?」
気付いた翠は制服のポケット、内ポケット、いつも入れてある場所に地図は入ってなく、間違いなく今沙良が広げて見せてきているその地図こそが翠のものだった。
「なんで沙良ちゃんが僕の地図持ってるの!?」
「六時間目の授業のとき落ちてたのを拾ったの」
普通落とし物を拾って持ち主が分かる状態であるならば、落ちてたよと言って返してくれるのが当たり前ではないのか。そう思ったが目の前にいる沙良は平然とした態度で、翠の地図を見ていた。
「そんなことより、私が聞きたいのは!」
そう言って翠の地図を見せた状態でずいっと距離を詰める沙良。よく分からない気迫に圧倒され、体は沙良から引いている。
「この地図の上部分に書いてる『桜の大木』っていう字はなんなの! 寮から学校までの道で桜が咲いているのは知ってるけど、この地図通りならここには大きい桜の木があるってことよね!?」
『桜の大木』と翠の字で書いてある場所を指差し興奮気味に聞いてくる沙良にまあまあと一旦落ち着かせる。
翠はその地図を彗斗以外に見られ、場所を知られたことへのショックも内心では感じてしまっていた。
考えれば昨日の彗斗との約束から少し浮かれていたのかもしれない。
これは昨日の出来事だ。
いつか二人で桜の大木を見に行くという約束をしたあと、翠と彗斗は食堂に。そこで諒、伊月、彼汰、功雅と、一年三組の男子組が偶然にも食堂前に集まっており、伊月の提案で皆で食べることにしたのだ。
その後はお風呂も皆一緒に入ったりして、部屋の前で解散となった。
翠、彗斗、諒は部屋に戻ったあと、彗斗が言ってくれた宿題を教えてもらい、翠は苦手な数学のプリントと戦っていた。
彗斗と翠で宿題をしていたが、諒からも彗斗にヘルプ要請があり、彗斗が諒の方に行ったタイミングで翠は主に諒にバレないように自身の地図に今日見た桜の大木があった場所に名前と簡単な桜の花びらを絵を書き込んでいたのだった。
今考えればその桜の大木は学校の敷地内にあるもので、すごく難しい場所にあるわけでもないのにわざわざ地図に書き、それを知らぬ間に落とし沙良に拾われるという失態を犯してしまう翠だったのだ。
六時間目は実技で外にいた一年三組。六時間目は組手だった。
実技の授業のときは制服のポケットにしまってあるもの、落としやすいものを机の中に入れていつもは行くのだが。今日はそれを忘れていたようで、実技で激しく動いたことによりいつの間にか地図を地面に落としていたのだろう。
まさかそれを沙良に拾われるとは思ってもいなかった。これがせめて彗斗だったらよかったのに。
「私も桜の大木を一回見に行ってみたいの。だから着いてきて!」
「いや、それは……」
沙良の言葉で思い出すのは昨日の記憶。
翠の姿を見た途端、わんわん泣いて無事でよかったと安心したように抱きしめる心優。
心優が翠がいなくなってて、見に来たとき既に泣いてたと言っていた叶奏。
初めてちゃんと注意を受けた陽向と渚の表情。
最後にちゃんとガツンと怒られた詠田先生の姿。
昨日の出来事をちゃんと全部鮮明に覚えている翠は返事に躊躇う。
心優が他区画で敵のはずの翠に泣いてくれたこと。そして自然委員会皆がよかった、と言ってくれたこと、翠は忘れていなかった。
あの時は泣かれて、心配されて、だけど胸が暖かくなった。伊月、來香、彼汰でお話会をしたときと同じ暖かさを感じたのだ。
だからこそ余計に昨日の出来事に罪悪感もあったのだと思う。
もう心優を泣かせたくないし、悲しませたくない。
そう思うと、自ずと沙良に返す返事が決まる。
「ごめんだけど、そのお願いは……」
そう言いかけたとき、さっきまでの元気な態度はどうしたのか。翠が返した返事の一瞬の間に沙良の目線は下がり俯いて、見るからにシュンとしたものに変わっていた。
「ええ!? いや、そんな悲しい顔されても……!?」
「……本当にだめ? 翠の地図に書いてあるけど初めての場所だし、実際に見た翠がいてくれた方がいいっていうか……」
そんなに悲しい顔をさせると思ってなかった翠は必要以上に焦る。
昨日注意されたばかり。当分の間は大人しくしよう、と昨日誓ったばかりなのに。
でも沙良の悲しげな表情に上手く断ることも出来ず、昨日の光景と沙良の表現を天秤にかけ葛藤。その思考の末に、
「……うう、わ、分かったよ。一緒に行ってあげるよ」
「本当!? ……本当に、いいの?」
「うん。でも僕今日は委員会あるからそれ終わってからだよ? だからぱっと行って桜見たらすぐ帰るからね?」
「うん、ありがと!」
結局『どっちか』を選べなかった翠は渋々沙良のお願いを了承。
了承した瞬間、顔を上げぱあっと笑顔になる沙良にこれでよかったのか分からずも約束を取り付けた。
「じゃあ私、委員会終わったら学校の玄関で待ってるね!」
そのまま「じゃあね!」と笑顔で言いながら沙良は廊下の方に行き、一旦お別れとなった。
・・・・・・
今日の委員会は心優の距離が近い気がした。
翠のことを心配しているのか、あまり離れたがらない様子だった。その過保護な対応にこれから沙良とあの桜の大木まで行くと考えたら、心優や自然委員会の皆を裏切っているような気分になる。
そのまま今日の委員会は終了し、翠は沙良が約束を忘れてたりしないかなー、なんていうちょっとした期待を心の片隅に置き、寮に戻らず学校玄関へ。
「あ、翠! こっちこっち!」
(まあ、いますよねー)
玄関の壁にもたれ掛かる沙良を見つけ、あっちから手を降られ声を掛けられる。
「じゃあ行くわよ!」
「はーい」
ウキウキ気分の沙良の後をついていく形で一緒にあの桜の大木へ。
二人で数十分かけて後ろの壁まで。
「あの建物何?」
「あれは多分理事長が寝泊まりしてる建物だと思う。あ、ここからは静かにね!」
翠が見つけたおそらく理事長の寝泊まりしてる建物を沙良は指を差す。
ここからもう奥の壁は近いため、大きな声で話すと昨日みたいに黄甲がやってくる可能性がある。
そうしたら昨日の今日でまたここに来てると思われ、小豆沢先生、詠田先生、渚に伝って話が行き渡りそうだ。
そうしたら今度こそ怒られそうな気がする。門庭に出ているわけではないけど、下級生だけの行動は少し危険だよと言われたばかり。
翠の言葉にこくこくと頷く沙良と共に目当ての桜の大木へ。
「わぁ、すっごく綺麗!」
「さ、沙良ちゃん、もうちょっと声抑えて……!」
そう言うが、やっぱりここの桜が一番綺麗だと感じるし、目を奪われる。
隣で一緒に見てる沙良も昨日の翠と同じように目線は真っ直ぐ桜の大木に。
目は見開き、口はぽかーんと開いている。
沙良のキラキラした目が目の前にある桜の綺麗さを物語っている。
寮から学校までの道にも桜は咲いている。なのにここの桜だけ、他の桜とは違うような気がするのだ。なぜそう思うのかは全然分からないが、その全てが美しいと、とてもそう思ってしまう。
「よし……!」
また桜の魅了にハマっていた緑は視線を反らし隣にいる沙良に。
隣からそう小声で呟く言葉が聞こえて、翠は一瞬目を丸くする。
次に発した沙良の言葉は、翠にとって驚愕的なものだった。
「――ここで小豆沢先生以外の三組の皆で一緒に花見をやりたい!」
「……え!?」
桜の大木を見ながらそう宣言した沙良の言葉に翠はただただ驚くしかなかった。
「な、なんで花見? あと小豆沢先生以外なのはなぜ……?」
「生徒だけの親睦会みたいな感じでやりたいの。先生がいたらきっと私達を仲良くさせるために動くだろうし」
「いや、今沙良ちゃんがやろうとしてることがそれなのでは……?」
親睦会、とはっきり言っていたし、小豆沢先生がいてもいなくてもやろうとしてることは仲良くなる、という目的のためになるのではと考える。
「あくまで親睦会は雰囲気よ、雰囲気」
「は、はあ……?」
あまり沙良がやりたいことが見えてこない気がする。仲良くするみたいな目的ではなく、だけど雰囲気は親睦会みたいな感じがいいと。
沙良の本当にやりたいことが分からない。
頭上にハテナマークがたくさん浮かんでいる翠を見た沙良は得意気に、
「私は三組の副委員長で総務委員会所属だから、何か三組全員を巻き込んだことをしてみたいのよね!」
「そういうのは総務委員会の仕事なんだからそっちでやればいいんじゃないの?」
「今はまだ企画の建て方と運営の仕方を学んでる最中だから出来ないの」
だからと言ってここで花見とは。更に翠の顔が沈む。
いつ花見を決行するのだろう。時間帯、日にち、色々聞きたいことはある。
「えー……だからと言って……」
翠は嫌な予感がした。もう沙良を置いて一人で走って寮に帰りたいとも思ったが、今は夕方で何かが動き出すなら夕方から夜にかけてだと考えると、沙良を置いていって何かあった場合、置いていった翠が怒られる。
それは嫌だな、と思った翠は消去法で両手で耳を塞いでそっぽを向く。
だけど耳を塞いでる片手を沙良に取られ、
「――翠、一緒に花見計画手伝って!」
そう元気よく言われるのだった。
これが嫌な予感。昨日からことごとく当たる勘に正直うんざりしながらも、沙良のそのキラキラした目線から目を反らせなかった。




